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葵マガジン2019年02月23日号

カテゴリー: 2019年02月23日
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  葵マガジン 2019年02月23日号
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◇◆◇◆聡明鬼◆◇◆◇
 第36話 符合(全100話)

 三名を降ろした後、リンケイとリョーマは更に上を目指した。
 冷たい空気に頬を、耳をさらし、木々の梢を飛び越えて行く。
 --何だ……?
 ふ、と一瞬リンケイは、眩暈にも似た違和感を覚えた。
 違和感--なにか“思いつき”を、脳裡に感じたのだ。
 何を思いついた、否、思い出したのだろう、自分は……
 恐らくそれは、生命天球図に関係のあることのような気がする。
 生命天球図--
 先ほど創った、模糊鬼のものだろうか。
 それともスンキの--
 スンキの--
「……ああ……」
 陰陽師は、自分が引いたその図の中で、一見したところどういう意味なのか、すぐに判明できずにいた箇所があったのを思い出したのだ。

 抗フ可クモナキ運命ヲ最期迄受ケ入レム

 言葉にすれば--単語の羅列として表せば、そのようにしか表現しようのないものが、そこには示されていた。

 抗フ可クモナキ運命

 言葉にしてしまえば、そんなのは誰にとってもいえることだ、なにも生命天球図の中で殊更に表示されるべきものだとも思い難い--そうも言える。
 だがそれが、敢えて生命天球図が指し示し導く道であるというのは、どういうことなのか。
 それは当人の生涯に、どのような特別な現象としてもたらされるものなのか。
 そう、それは紛れもなく、スンキの生命天球図の中にはっきりと示されたものだったのだ。

 コノ星ノ配置ノ下ニ生マレシ者、抗フベクモナキ運命ヲ最期迄受ケ入レム

 最期まで--
 つまり、死を迎えるそのときまで。
 死を受け入れるその瞬間まで、抗いようのない運命をスンキは受け入れ続けるというのか。
 死を--
「まさか」リイケイは呆然と独り言を口にした。「無理に引き離せば、スンキは自害するとでも--」

 ごうう

 冷たい大気の中に突如として炎熱が燃え立ち、

 キァオオオオ

 鉄を引き裂いてでもいるかと思わせる大音響が大気をつんざいた。

 グォオオオオ

 リョーマも吼える。
 赤き炎と青き炎の、再会だった。
 リンケイは、此度は降りずにいた。
 人ひとりの重量を背負う分、リョーマの機動がフラに比べ不利になる可能性もあるが、リョーマと同じ視点から共にフラを視認し、共に法力を合わせる効果の方が遥かに強大であると考える故だった。
 なのでそのまま、リョーマの背に乗りフラを真正面から睨む。
 山賊方の龍馬は相変わらず一本鬚だった。
 それを見ると、つい口元がゆるんでしまう。
 --いったい何を思って、鬚なぞを引っこ抜いたのか--
 それをした時の聡明鬼は、腹をフラの牙に貫かれ気も失わんばかりの苦痛に襲われていたはずだ。
 --あいつ、必死で掴んだのだろうな。鬚を。
 さぞや必死の形相で鬼はそれを掴み引き抜いたのだろう。
 そう思うと、その情景を想像すると、陰陽師はこれから凶暴な龍馬と闘おうとしている状況にも関わらず眉を寄せ肩を揺らして、笑いを噛み締めるに耐えられないのだった。
 --変な鬼だ。
「面白いだろ。引き千切ってやった」
 虫の息の中、かすれた声で、だが自慢気に言う声が蘇る。
「面白いのはお前の方だ」リョーマの背の上で答えた時、二匹の龍馬はついに互いの牙をぶつけ合った。
 耳が痛くなるほどの大音響が、何度も山の空気を切り裂く。
 それから二龍は離れ、互いに違う色の炎を口から吐き出す。
 だがフラの炎は、リョーマにも、リンケイにも届くことがなかった。
 リンケイの呪力により跳ね返されたのだ。
 対してリョーマの吹いた火は間違いなくフラの顔面を、真正面から襲った。
 跳ね返され空中に散った赤い炎の輪の中を潜り抜けて、青い炎は一直線に伸びたのだ。

 ギィイイイイ

 フラの悲鳴が響く。
 そこへリョーマはもう一度炎を吐き、フラの目を焼いた。
 更なる苦痛の叫びが発せられる。
「フラ!」
 地上から叫ぶ声がした。
 リンケイが馬の背から覗くと、鬼にしては線の細い、一見すると少年と見まがうような、いわば鬼らしくない鬼が険しい表情で上空を見上げていた。
 --キオウか。
 その鬼の周囲を見てみる。
 --スンキも、いるのだろうか。
 だが若い女の姿は見当たらない。
 どこかに捕われて--或いはかくまわれて--いるのか。
 池のある方に、比較的大きな天幕の張られているのが見える。
 あるいはその中か。

 グオオオオオゥ

 リョーマが吼え、次の瞬間激しい衝撃が背の上のリンケイをも襲った。
 龍馬たちが再度、角同士をぶつけ合わせ互いに噛みつこうとしたのだ。
 リンケイは天幕から視線を離し、フラの眼を--かっと見開かれた赤き妖龍の眼を見据えた。
 一瞬、フラもリンケイを見る。
 --捕えた。
 リンケイは唇の前に持ってきていた二指にふっと息を吹いた。
 フラの動きが、止まった。
 山賊側の龍馬は、まるで上天から糸で吊るされた彫刻のように、空中でぴたりと硬直し、馬の脚で空中を駈けることも、龍の首をうねらせ牙を噛み合わせることも、眼や鬚を動かすことさえもできなくなったのだ。
「貴様、陰陽師か」
 地上からキオウが叫んだ。
 リンケイはもう一度、馬の背から首を覗かせた。
「頼む……フラを殺さずにいてくれ」模糊鬼は痛みに耐えるかのように眉を寄せ眼を細めて言った。
「散々我々を殺そうとしたくせに、随分と虫のいい頼みだな」リンケイは馬の背の上から言い返した。
「フラにももう、手は出させない」
 リンケイは身動き取れぬままのフラを見た。
 リョーマは片時もそこから眼と意識を離さない。
 リンケイが背の上からキオウと言葉を交わす間も、ぐううう……と喉を鳴らし、早くそいつを噛み殺せと命じてくれ、と言わんばかりだった。
 もう一度、地上の模糊鬼を見下ろす。
「ではスンキの身柄と引き換えということだな」
「--」キオウは陰陽師を見上げたまま、術にかかったかのように硬直した。
 --すぐには答えられないか。
 この短い日時の間に、すでにスンキがキオウにとってフラに劣らぬ重要な存在になっていることを、リンケイは知った。
 --げに相性とは不可解かつ恐るべきものなり。
 リンケイは空恐ろしいほどの占いの結果の符合に、いささか肌の粟立つのを感じた。
 さて、だがこの目の前の龍馬をどうすべきか。
 生かしておけば、確かに自分たちにもはや手出しをすることはないのかも知れない、だが。
 --またしても鬼の骸を運ばせはするかも知れないな。
 そう、この模糊鬼が、たとえスンキという存在を得て心の在り様を変えたとしても、それが閻羅王に対する叛逆心までをも懐柔するとは誰にも判らない。
 このフラという龍馬を使って、今後も人間と鬼との関係を悪化させ続けることに、疑いを挟む根拠などないのだ。
「ではやはり、こうさせてもらう」
 リンケイが右手の指をす、とフラに向けると、リョーマが疾風怒涛の勢いでフラに襲いかかった。
 かっと開かれた龍の口の牙が、身動き取れぬ龍の喉首に突き刺さろうとした。
「やめて」
 女の声が叫ぶ。
 リンケイは、伸ばしていた指を瞬時に握り締め、その拳を己の額に力を込め引き寄せた。
 それでリョーマは、すんでのところで噛み付くはずだった牙を、フラの首の寸前でぴたりと止めることになったのだ。
「私は、何の危害も受けていません」女の声が続けて叫ぶ。
 リンケイが見下ろすと、キオウの前に立ちはだかるように若い女が--スンキだ--両腕を広げて立ち、キオウと同じく上空を強い意志の篭った眸で見上げていた。
「フラを傷つけるなら、私はあなたを敵と見做します」スンキはまた叫んだ。
「スンキ」別の方角からも、声が響いてくる。
 リンケイが眼を遣ると、聡明鬼とジライ、少し遅れてコントクが姿を現した。
「リョーマ」リンケイは龍馬の首に手を当てた。「降りよう」
 龍馬は素直にフラから離れ、それでも最後にもう一度睨みつけてから大地へと降下した。
 リンケイは呪を解き、だが背後の龍馬がぶるっと身震いしてそのまま宙に自らの意思において留まり続けるのを確かめることを怠らなかった。
 地上に立つと、地から湧いて出たかのように隣にケイキョが姿を現す。
「さて」リンケイは誰にともなく呟いた。「いよいよ、どういう意味なのかがはっきりする時だな」
 鼬が不思議そうに見上げるが、特に何も訊いては来ない。

 抗フ可クモナキ運命ヲ最期マデ

 眩暈がする。
 リンケイは思わず額に拳を当てた。
 何かが今、つながりかけたような気がしたのだ、しかしそれはほんの一瞬のことで、完成はしなかった。
 しばらく待ったが、彼の中で何も姿を現すことはなかった。
「スンキ」聡明鬼が叫び、その声が陰陽師の迷いにも似た靄を吹き払う。「戻って来い」
「御主人様」スンキが、落ち着いた声で答える。「せっかく来ていただきましたが、私は戻りません」
「何」
 そこにいる全員の姿勢が緊張する。
 なかば予測していたとはいえ、こうもあっさりと意志を伝えられるということは、流石に衝撃を生まずにはおかなかった。
「私は多分」スンキはまっすぐにリューシュンを見て、言った。「キオウの子を、生むことになると思います」
 彼女は至極真面目な顔でそう言い放ったので、それを聞いた男たちの方はそれぞれに--人も鬼も--顔色を変えることになった。
「おま……お前……いや」リューシュンは、何と言葉を返せばよいのかまったく思いつくことができずにいた。「だって、お前、スンキ、あいつは、模糊鬼だぞ。鬼なんだぞ」
「そんなことは関係ありません」スンキは肩をいからせた。「少なくとも私はそんなこと、これっぽっちも気にしません」
「お前、模糊鬼」リューシュンは今度はキオウに対し、声を荒げて言った。「なんてことをしやがるんだ、人間の女に。そんなことしてよくも平気でいられるな、お前」
「人であれば“人でなし”ということになるのだろうが、鬼だからな」ジライが考えながら呟く。「差し詰め“鬼でなし”か……そうすると今度は何になるのか」
 コントクが物も言わず横目で義理の弟を見る。
「キオウは悪くありません」スンキがかばう。「むしろ彼は私がそういう事をするのが嫌なのではないかと気づかってくれたんです。でも私は、それをして欲しいと望んだのです。何度も」
「確か知的で品位があるとかってえ話でやしたね」鼬がぼそぼそと言う。「あのスンキさん」
「知的で品位はある」隣に立つリンケイは真面目な顔をしている。「ただ、あからさまなだけだ」だがその下の顔については誰も測り知ることができなかった。
「なんてこった」蒼ざめたリューシュンが睨みつける先のキオウは、赤い顔をしている。
「こうなると、スンキはもうこちら側に戻って来る気はないという事になりましょうかな」コントクがリンケイに確かめる。
「だめだ」リューシュンが叫ぶ。「戻って来るんだ、スンキ」
「ご主人様」スンキは姿勢をまっすぐに伸ばし、静かな声と面持ちで言った。「まことに申し訳ありません。私は戻りません」
 凛、という文字がまさに相応しい、美しく堂々たる出で立ちだった。
 リューシュンも、キオウも、他の者たちも誰ももう差し挟む言葉を見つけることができなかった。
 --これが……?
 一人リンケイだけは、心の内でそう自問していた。
 これこそが“答え”なのか?
 生命天宮図の指し示した、

 抗フ可クモナキ運命

という、ものは--
 そしてスンキは、最期までそれを、受け入れる、と--だが、こんなにもたやすく予測のつくものであったというのか?
 スンキが模糊鬼の妻となり、もう二度と聡明鬼の元へ、否人間界へ戻りはしないという、ただそれだけの、単純なことであるというのか--?
 何か、もっとこう、予測のつかぬ、重大な事があるのではないのか--

 ざざざざ

 突如激しく葉を擦る音が聞えたかと思うとそれは現れた。
 テンニが打鬼棒を両手に構え、上から降ってきたのだ。
 その頭上に振りかざされた打鬼棒は、鬼を狙っていた。
 鬼といっても聡明鬼ではない。
 模糊鬼だ。 

◇◆◇◆次号へ◆◇◆◇
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 発行者:葵むらさき
◇◆◇◆葵むらさき言語凝塊展示室◆◇◆◇
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