「神との対話」シリーズを読む

【神との対話】全面的な愛とは全面的な自由だ

こんにちは!
幸せ実践塾塾長の赤木あつしです。



「神との友情・上下」の一部を引用しながら
内容を解説するシリーズ。


今回は第15章の3回目です。




「五つの姿勢」についての話をしています。


「五つの姿勢」とは、
「大きな喜び」「愛」「受容」「祝福」
「感謝」の5つです。


この5つを実践することで、
神性が得られるということです。



2番目の「全面的な愛」ですが、
前回はそれは通常ではないが自然だ
という話でした。


通常ではないのは、自然な性向を否定し、
抑圧してきたからです。


その原因が、
自分を悪とみなす原罪論にあるのだと。


それがある限り、
自分自身を全面的に愛せない。


だから、そこを変えて、
自分自身を全面的に愛することが
第一歩になるという話でした。



今回はその続きになります。




「人類は本質的に
信頼できない邪悪なものだと信じるなら、
その見方を支える社会を創り出し、
それを正当化する法律を制定し、
規則を採用し、規制を実施し、
制約を課すだろう。
人類は本質的に
信頼できる善良なものだと信じるなら、
まったくちがう種類の社会を
創り出すだろうし、
法律や規則、規制、制約は
ほとんど必要なくなるだろう。」
(下 p.99)



前回も書いたのですが、
原罪論を信じる一神教の社会は、
まさにこの前者の社会です。


だからアメリカでは、
いまだに銃規制が行われません。


それによって、
数々の不幸な事件が起こっているのに。



「最初の社会は自由を制限し、
第二の社会は自由を与えるだろう。
神が全面的な愛であるのは、
全面的な自由だからだ。
全面的に自由だということは、
全面的な喜びにひたされているということだ。
全面的に自由なら、
あらゆる喜びに満ちた経験ができる。」
(下 p.100)



愛とは自由です。


これは、以前にこう言っていますよね。



「愛の自然な表現を妨げようとするのは、
自由の否定だよ。
したがって、魂そのものの否定だ。
魂は人格化した自由だから。」
(「神との対話3」 p.248)


「愛が無制限で、そしてつねにあるなら、
愛は……自由だ。愛は完璧な自由なのだよ。」
(「神との対話3」 p.255)



愛とは自由です。


そして、
自由であれば喜びに包まれるのです。



「自由は神の本質だ。
人間の魂の本質でもある。
自由度が減少するにつれて、
喜びも減っていく。
それにつれて、
全面的な愛の可能性も低下していく。」
(下 p.100)



神も魂も同じものであり、
その本質は自由なのです。


その自由が減少すれば喜びも減少し、
愛の可能性が低下します。




この「自由」というのは、
自分に自由を与えることと同時に、
他人に自由を与えることを意味します。



「そして、他者にも
全面的な自由を与えるということだ。」
(下 p.100)



これに関連することを、
以前にも言っています。



「愛は自らのためには何も望まない。
ただ、愛する者の望みが
実現するよう願うだけだ。」
(「神との対話3」 p.24)



相手の自由を願うことが、
愛なのです。



「--神は赦す。
わたしはすべてのひとに、
好きなようにさせる。」
(下 p.100)



神は、私たちを自由にさせ、
何をしたとしても罪を問うことはしません。




ただし、私たちが何を選ぶことによって、
それに応じた結果が生じます。


罪による罰と結果は別のものだ
と神は言います。



「結果とは自然ななりゆきで、
罰とは通常のなりゆきだ。」
(下 p.101)


「罰とは、自然な結果を待つ辛抱強さが
ないということだ。」
(下 p.101)



私たちの社会では通常、罰を与えます。


自然ななりゆきに任せる辛抱強さがない
ということなのです。




私たちは、人々の行動を規制し、
変化させるために罰を用います。


このことについて神は、
次のように言います。



「だが報復するため--
つまり「仕返し」するため--に罰しても、
あなたがたが創りたいという社会はできない。
高度に進化した社会は、
罰からはほとんど学べないことに気づいた。
それよりも、
結果のほうが良い教師であると考えたのだ。」
(下 p.101)



たとえば「死刑」は、
「報復」ではないでしょうか?


行動を改めさせるための罰ではありません。



そしてさらに、罰よりも結果の方が、
行動を改めさせるには効果的だ
と神は言います。


だから高度に進化した存在は、
結果によって学ばさせるのだと。



「罰は人工的に創られた結果だ。
結果は自然のなりゆきだ。
罰は、
罰される者とはちがった価値観をもつ
外部の誰かが強制する。
結果は、自己が内部で体験するものだ。
罰とは、
それは悪いことだという他者の決定で、
結果とは、
それはうまくいかないという
自分自身の体験だ。
意図した結果を生まないという体験だ。」
(下 p.101 - 102)



つまり、価値観を押し付けるのか、
それとも体験に学ばさせるのか
という違いです。


以前に、
こういうことを神は言っていました。



「あなたがたは体験するために
この世に生まれ、その体験を通じて
自分を創りあげるはずだった。ところが、
他人の体験から自分を創りあげている。
罪というものがるとすれば、
これがそうだろう。
他人の体験で
自分を創りあげてしまうことだ。」
(「神との対話」 p.88 - 89)



本来は、
自分の行動の結果を体験することで、
それが上手くいかないことだとわかるから、
学ぶことができるのです。


しかし、罰を与えられることは、
その体験をする前に
他人の価値観を
押し付けられることになります。


だから学べないのです。




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発行周期: ほぼ 平日刊 最新号:  2019/01/22 部数:  53部

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