「神との対話」シリーズを読む

サンプル誌

こんにちは!
幸せ実践塾塾長の赤木あつしです。



私はみなさんに「神との対話」シリーズを
ぜひ読んでいただきたいと思っています。


なぜなら、これまでの価値観を一変させ、
私たちを間違いなく幸せに導いてくれると
思っているからです。



ただ、この本の内容がわかりにくい、
という話も聞きます。


神と著者のウォルシュ氏との会話なので、
話があちこちに飛んでしまうこともあり、
体系的でないからです。


それとやはり、
これまでとは違う考え方なので、
受け入れ難いという問題もあります。



ということで、
「神との対話」シリーズを解説するという
試みをしたいと思います。


これまでも断片的に行っていますが、
今回のは、引用した文をどう理解するかを、
私の体験もふまえて書きたいと思います。


記念すべき1回目は、
「神との対話」の最初の部分です。




「わたしはすべての者に、
つねに語りかけている。
問題は、誰に語りかけるかではなく、
誰が聞こうとするか、ではないか?」
(p.14)


神は、常にすべての人に対して、
語りかけていると言います。


ただ私たちがそれを聞こうとしないから、
聞こえないだけだと言うのですね。



おそらく、
すぐには信じられないでしょう。


「だって、
神の声なんて聞いたことがないもん。」


そう言いたくなると思います。



そこで神は、「語りかけている」
という意味を説明します。


「第一に、「語る」ではなく、
「コミュニケートする」と言うことにしよう。
神とのコミュニケーションは、
言葉よりもすぐれた、言葉よりずっと
豊かで正確なものだからだ。」
(p.15)


言葉は不正確に伝わる可能性があるため、
滅多に使わないというのですね。


それなら確かに、神の声なんて
聞いたことがなくても当然です。



では、言葉より優れたものとは、
いったい何なのでしょう?


「いちばん多いのは、
感情を通じたコミュニケーションだ。
感情は、魂の言葉だ。
何かについて、自分にとっての真実を
知りたいと思ったときには、
自分がどう感じるかを探ってみればいい。」
(p.15)


私たちは様々な感情を感じています。


それが、
神がコミュニケートしていることなら、
まさに誰もが神とコミュニケートしている
と言えるでしょう。



神は、「感情は、魂の言葉だ。」と
指摘しています。


つまりこれは、
感情は魂が私たちの意識に、
何かを気づかせようとしている
ということを示しています。


そして次に、
魂は神の一部であり、
本質的に神と同等のものだ
ということになります。


魂=神と言ってもいいでしょう。




さらに神は、
他のコミュニケーション手段についても
言及します。


それは思考や、経験です。


思考にはイメージ画像が使われるので、
言葉より効果的だと言います。


言葉はシンボルやサイン、しるしであり、
本物ではありません。


しかし経験は本物です。



起こることはすべて必然で無駄がないと、
私はよく言っています。


つまり起こったことが、
そのまま神(魂)からのメッセージであり、
コミュニケートだと言えます。



ただ私たちは、
すべてを経験できるわけではありません。


そのために思考があり、
感情があるのだと神は言います。


「感情と思考と経験のすべてが失敗したとき、
最後に言葉が使われる。」
(p.16)


言葉に頼りがちな私には耳が痛いですが、
神はこのように言っています。




「経験をないがしろにしているから、
神を経験しても、それが神について
教えられていたことと違うと、
たちまち経験を捨てて言葉のほうをとる。
ところが、ほんとうは逆であるべきなのだ。
経験や感情によって、ひとは直感的に知る。」
(p.16)


教えられたことではなく、
自分が体験したこと、自分の考え、
自分の感情の中にこそ、
自分にとっての真実があるということです。




最近は多くの人が、
感情をしっかりと感じることが重要だ、
と言っています。


もちろん「神との対話」でも
そう言っています。


たとえそれが怒りであっても
妬みや憎しみであっても、
しっかりと感じることが重要なのです。



ただ私たちは、
「しっかりと感じる」
という方法を知りません。


教わらなかったからです。


むしろ逆に、
「感情を抑圧する」
ことを叩きこまれて育ちました。



「怒ってはいけない」


そう、しつけられませんでしたか?


私などは、
「男はヘラヘラ笑うな」
「歯を見せて笑うな」
と言われて育った世代です。




感情をしっかりと感じる方法は、
実は簡単です。


どう感じているかを、
言葉にしてみればよいのです。


判断することなしに。




たとえば怒りを感じたなら、
「怒りを感じたんだなあ」
と言葉にするのです。


そう感じた理由も考えてみましょう。


「あいつが俺をバカにしたからだよ。」


そのときも、判断抜きで言葉にします。


「あいつが俺をバカにした、
と感じたから、次に怒りを感じたんだなあ。」




先日紹介した嶋津良智さんの
「怒らない技術2」という本で、
アンガーログ(怒りの記録)を書くことを
勧めていました。


これなども、
感情を言葉にすることで
しっかりと感じることに役立つ方法だと
思います。




経験、思考、感情による
神とのコミュニケートは、
これまでの考え方を
一変させてくれると思います。


まずは自分の感情をしっかりと感じる。


そこから始めてみませんか?




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どうぞ、よろしくお願いします。

  赤木

「神との対話」シリーズを読む

発行周期: ほぼ 平日刊 最新号:  2018/12/12 部数:  52部

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