学校現場からのメッセージ

学校現場からのメッセージ vol.153

━─━─━─━─━─━─━─━─━
学校現場からのメッセージ vol.153
 ~ブログには書けなかったこと~

2017.3.5 塩崎義明 編著
━─━─━─━─━─━─━─━─━


● 国家神道批判の立場から考える


国家とは、そしてその国家の道徳とは、誰の意思によってつくられるのか、というテーマは重要です。


結論から先に書いておくと、道徳を生み出すものは、常に国民・市民であるはずです。道徳は、生活の中で他の人々と交わる中で生み出すものです。国家が決めたり、教えたりするものではない、というのが私の考え。


国家神道の小学校ができることが話題になっています。それをつくる学園の幼稚園では、五か条のご誓文や教育勅語を唱えているとか。


この問題を考えるのにはまず、神道と国家神道とをきちんとわける必要があると思いました。


神道は地域土着の信仰から成立したもの。大地や水など様々な精霊に対する畏敬の念から発し、地域や地域有力者の氏神とされていました。そういった信仰が神道。


それに対して国家神道とは…、


教義の第一は、天皇は天照大神の子孫であり、この神によって支配者となることを命ぜられたということから始まる信仰であること。


※天皇陛下の先祖である天照大神が、孫のニニギノミコトに、日本の支配者になるように述べたという「神勅」は、日本書紀や古事記にはこの内容では書かれていなくて、明治政府役人の創作だったことがわかっています。


教義の第二は、その結果、町々村々の産土神、氏神様、鎮守様と言われていた神々は、天照大神の家来ということになり、天皇は神社を祀る独占的権利を持つということ。


教義の第三は、天皇の祖先が道徳を創始し、歴代天皇がこれを継承、発展させて今の天皇に及んでいて、天皇はそれを国民に教え、国民はその教えに服従することで道徳を身につけるのだということ。


教義の第四は、天皇は神を新しく作ったり、格付けしたり、統廃合したり、邪悪な神仏を信じているかどうかを判定して、必要に応じては、徹底的に弾圧する権利を持っていること。


このように、国家神道とは "教義のある宗教" だと言わざるを得ません。それを国家が司ることは、当時でも憲法違反になってしまいます。


そこで明治政府は、これらの教義を学校で、『宗教ではなく道徳として教える』ことにしたわけです。そしてその具体化された取り組みが『教育勅語』。


このように、国家神道の教義を教えることは、人権と平和、民主主義の近代国家の原理に反し、日本国憲法の規定に反します。


その結果、日本の国が、何をやらかしてしまったのかはみなさんご存知の通りで、日本はその反省の上に立って国をつくっていかなければならないはず。反省は、自虐でも何でもないはずなのです。


[参考]
星とさくらと天皇と 城丸章夫


━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■お問い合わせ先■
塩崎義明   shiochanman@nifty.com
発行サイト http://shiozaki.info/
━─━─━─━─━─━─━─━─━─
----------------------------------
学校現場からのメッセージ
発行システム:『まぐまぐ!』
http://www.mag2.com/
配信中止はこちら
http://www.mag2.com/m/0001670304.html
----------------------------------

学校現場からのメッセージ

発行周期: ほぼ 週刊 最新号:  2017/06/04 部数:  173部

ついでに読みたい

学校現場からのメッセージ

発行周期:  ほぼ 週刊 最新号:  2017/06/04 部数:  173部

他のメルマガを読む