ローマから吹く風

ローマから吹く風 第44号ルネサンスの宝庫ヴェッキア・ローマ/憲兵警察カラビニエリ

カテゴリー: 2018年12月13日
目 次
1.はじめに ファルネーゼ宮殿
2.ルネサンスの宝庫ヴェッキア・ローマ
3.現代人の巡礼地、フォッセ・アルデアティーネ 
4.旅の情報:文化財の撮影と憲兵警察カラビニエリ
5.あとがき

1.はじめに ファルネーゼ宮殿
 ウンベルト・エーコの小説「薔薇の名前」の翻訳で知られる河島英昭さんがローマで最も訪問することを薦めると言っているのがヴェッキア(古い)・ローマ地区です。ヴェッキアローマには、ミケランジェロの設計したカンピドッリオの丘があり、古代、中世、ルネサンス、バロック、近代のすべての光景を目にすることができるとのことです。
 河島さんがルネサンス時代の宮殿の中で最も美しいと言っているのがファルネーゼ宮です。その理由は「ファルネーゼ宮の薄紫色の石の肌が美しい」のだそうです。当然この微妙な色合いは写真では確認できません。現地で確認してみてください。

2. ルネサンスの宝庫ヴェッキア・ローマ
 ローマの中心街を南北に走るコルソ街より西側の部分、これをヴェッキア(古い)・ローマと呼んでいます。
 このヴェッキアローマ地区の西側、テベレ川を挟んだ地区はこの地区はルネサンス時代の宮殿などが建ち並ぶローマルネサンスの宝庫です。ルネサンスの発祥はフィレンツェなのですが、政争に明け暮れたフィレンツェでは発展せずに、ローマに移植されイタリアルネサンス期の最盛期を迎えているのです。ここではこの地区にある主な宮殿の簡単な説明をさせていただきます。しかし何と言っても、先にも述べたようにヴェッキア・ローマを散策されながら、実物をご覧になることをお勧めします。
<ファルネーゼ宮(Palazzo Farnese)>
 富豪ファルネーゼ家出身の教皇パウルス3世が、3階部分と中庭のデザインを変更の為にミケランジェロを雇い、ファルネーゼ家の威信の象徴として造らせました。内装はラファエロが手がけており、現在はイタリアにおけるフランス大使館として使われています。 
 コロッセオの外壁に用いられていた白大理石を石切り場として使用したために、コロッセオ現在の姿になった原因の建物としても知られています。

<ブラスキ宮(Palazzo Braschi)>
 もともとは1435年、ローマ知事であったフランチェスコ・オルシーニのために建てられた宮殿。1492年のコンクラーヴェの頃は、枢機卿オリヴィエロ・カラーファの住まいでした。1791年、教皇ピウス6世が宮殿の解体と再建築を決定、新宮殿はルイジ・ブラスキ(Luigi Braschi)に与えられ、この名が残っています。第二次世界大戦後、ローマ市所有となり現在は博物館として利用されており、18世紀から19世紀の絵画や彫刻、タペストリーなどが展示されています。

<コルシーニ宮(Villa Corsini)>
 セッティミアーナ門を通り抜けたところにあるのがコルシーニ宮(Villa Corsini)です。1500年代初頭の大司教の住まい、1600年代にはスェーデン女王の住まいでした。1700年代にはフィレンツェ出身の富豪、その後、教皇の住まいとなっています。コルシーニ宮は国立古代絵画美術館となっており、中世の終わり、ルネッサンス期、初期バロックの絵画が並んでいます。

<スパーダ宮>
 16世紀半ば、ルネッサンス末期にカポ・ディ・フェッロ家によって建てられた宮殿です。のちに歴代の枢機卿を輩出したスパーダ家に買い取られたことからスパーダ宮と呼ばれています。イタリア統一後の1926年に国により買い取られ、1951年から美術館として運営されています。ルネサンス当時の姿をそのまま残している宮殿として知られています。

<ヴィッラ・ファルネジーナ>
 1500年代にシエナの銀行家キージがルネサンス期の建築家ベルッツィに依頼して建てられたルネサンス様式の邸宅です。ラファエロやベルッツィなどの当時の有名画家によって、部屋ごとにフレスコ画が書き込まれているという贅沢なものです。現在は迎賓館として利用されています。
 美術品の宝庫、ヴィッラと宮殿→http://www.ivc-net.co.jp/guide/rome/palazzo.html


3.現代人の巡礼地、フォッセ・アルデアティーネ
 ローマの7大聖堂の一つ聖セバスティアーノ大聖堂の近くにフォッセ・アルデアティーネと呼ばれる洞窟(元石切り場)があります。ここでは1944年3月24日に、ここに連行されてきた政治犯やユダヤ系などからなるイタリア市民335名が、当時ローマを占領していたドイツ軍によって虐殺されました。当時ドイツ軍は、ドイツ兵一人が殺された場合、10人のイタリア人を処刑するとの、何とも残酷なルールを定めました。もちろん裁判抜きです。
 当時、ローマではパルチザンの活動が活発で、市内ラゼッラ街でドイツ兵32人が殺害された報復措置だったとのことです。ちょうど320人でないのは、ついでに15人余分に始末してしまったのでしょう。戦争は狂気なものですが、それにしても何ともやるせない話です。現在はフォッセ・アルデアティーネには亡くなった335名を慰霊するため反ナチ反ファシズムと抵抗精神の国立記念館が建てられています。


4.旅の情報:文化財の撮影と憲兵警察カラビニエリ 
 イタリアでは文化財の撮影は許可が必要になっています。ですから寺院や文化財の外観を撮影するのも許可料を払って許可証をもらって撮影しなければなりません。
 この法令には例外がなく、個人が撮影するものも対象となります。ただ、普通に観光客は写真を撮りますので、観光客はお目こぼしに預かっている状態です。では許可が簡単にでるかと言うと、これがまた大変。イタリアの役所仕事なので、通常2ヶ月程度はかかってしまいます。しかも許可料は高額なのです。このようなことから無許可の撮影が横行しています。文化財を保護、維持するための制度なのですが、非常に疑問に思えてきます。
 さて、この文化財保護を担当するのがカラビニエリと呼ばれる憲兵警察です。街中で赤いストライプの入ったズボンをはいている警官がカラビニエリです。イタリアには警察が3種類あって、国家警察、財務警察、憲兵警察で構成されます。国家警察はいわゆる普通の警察、財務警察は税金逃れを監視するものです。カラビニエリは実は軍隊の憲兵なのです。戦時は戦地に派遣されるのですが、平和時は暇なので文化財の保護を担当しています。つまり無許可撮影を検挙するのも担当しています。
 特に無許可撮影の監視が厳しいのはローマのシンボル・コロッセオの周辺です。この周辺で三脚をたてて撮影していると、「おいこら」とカラビニエリが近寄ってきて撮影許可書を見せろということになります。
 コロッセオの撮影許可を持っている人など1000人に一人もいませんので、即検挙となります。罰金を支払わされます。この額は心証にもよるようで、できるだけ逆らわないようにしてください。万一、つかまったら観光できていて、写真を撮っているだけと主張しましょう。ようはプロのカメラマンと判断されなければ良いのです。ただカラビニエリは三脚の有無を判断基準としているので、どこの観光地でも三脚をたてないように心がけましょう。


5.あとがき 
 古くから流浪の民族ユダヤ人はローマに住みついています。キリスト教がローマに伝えられたのもパレスチナのユダヤ人を通じてだといわれています。1997年に公開されたイタリア映画の名作「ライフイズビューティフル」は、イタリアにおけるナチスドイツのユダヤ人狩りをテーマにした名作です。この背景となったローマのユダヤ人地区について紹介します。

ご意見・お問合せ・旅行のご相談は→info@ivc-net.co.jp

ローマから吹く風

発行周期: ほぼ 月刊 最新号:  2019/02/06 部数:  37部

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