ローマから吹く風

第46号ローマの道標・オベリスク/ヴェネチアのカーニバル

カテゴリー: 2019年02月06日
「ローマの道標・オベリスク/ヴェネチアのカーニバル」

目 次
1.はじめに 嫌われるAMEX
2.ローマの道標(みちしるべ)・オベリスク
3.ヴェネチアのカーニバル
4.旅の情報:カーニバルの仮面のお店Kartaruga 
5.あとがき

1.はじめに 
 オベリスクは古代エジプト時代に製作され、神殿などに建てられた記念碑です。側面には王の名前や神への賛辞が古代文字で書かれています。現存する古代オベリスクは世界に30本あるといわれています。そのうち14本がローマにあります。エジプトを含めて世界でいちばん集っているのがローマということになります。


2. ローマの道標(みちしるべ)・オベリスク
 そもそもオベリスクは、古代ローマ皇帝がエジプトを属領としていた時代に、記念に持ち帰った(強奪した?)記念碑です。現在、このオベリスクはローマ市内に14本立っています。
 このうち最も新しいものはチルコマッシモの近くに立っているアクスムのオベリスクです。これはファシズム期にムッソリーニがエチオピアを侵略して、歴代皇帝にならってエチオピアにあった4世紀に作られたオベリスクを持ち帰った(強奪した?)記念碑です。さすが統領・ムッソリーニなのですね。そう言えばフォロロマーノ近くにあるファシズム期の地図板には、ローマ帝国が最大だった時の領土が示されており、イタリアの回復すべき領土とされています。ローマ帝国=イタリア、このイタリア的大風呂敷には感心します。
 もともとエジプトのオベリスクは一枚岩から切り出したものでした。良く見てみるとつなげたものがあります。またナボーナ広場にあるオベリスクはエジプトの象形文字が逆さまに刻んであります。スペイン広場の階段の上にあるオベリスクにはそもそもの象形文字が刻まれていません。これらはローマ時代にローマ人が作った模造品なのです。14本のうち本物(エジプトから運んできたもの)は7本しかないといわれています。
 16世紀には14本のうちの6本が移動させられています。これを行ったのがローマをバロックの都にしようと都市計画をした教皇シクトゥス5世です。この6本のオベリスクの設置場所は次の通りです。
サンピエトロ寺院前
サンタマリア・マッジォーレ寺院裏手
サンジョバンニ・イン・ラテラーの教会前
ポポーロ広場のオベリスク
クィリナーレ宮殿前
スペイン階段の上、三位一体教会前
 これを見ると巡礼の巡る先が分かるように配置されていることが分かります。16世紀後半当時、建物が立て込んでいなかったローマでは、これらのオベリスクは巡礼の道標(みちしるべ)になっていたことが分かります。それにしても、異教徒の記念碑のオベリスクをキリスト教の道標とする発想も、いかにもイタリア的で、我々異教徒の理解を超えたものです。


3.ヴェネチアのカーニバル
 2月のカーニバルの時期にヴェネチアへ行ってきました。カーニバルは「謝肉祭」と訳されるカトリックから発した庶民のお祭り。キリストが金曜日に処刑され三日後の日曜日に復活したことを祝うのが復活祭で、3月21日以降の満月後の日曜日、ということになっています。
 その復活祭の前に40日間の「四旬節」という期間があり、キリストの受難を思って教徒自らも自分の罪を顧みて断食を行い、その前の一週間を断食、贖罪に備えて馬鹿騒ぎをしてしまおう、40日間肉を食べられなくなり、清い生活をしなければならないので食べ溜め、遊び溜めしておこうという、お祭りがそもそものカーニバルです。
 カーニバルの言葉も肉を表す「CARNE」、取るを表す「LEVARE」、つまり「肉を取り除く」という意味になります。ちなみに、ダンナの両親の世代までは40日間、本当に肉類を避けたそうですが、今は復活祭前の金曜日だけ精進潔斎をすればいいことになっています。
 ですからカトリックが信仰されている国ではどこでもカーニバルを祝うわけでそれぞれの土地柄が出ます。ヴェネチアのカーニバルは18世紀を思わせる優雅な仮装が有名です。車は通らず、電線も見えず、中世以降の建物がそのまま建っているので背景もその夢幻的な姿をいやが上にもかきたててくれます。仮装で参加する人、その仮想を見る人、仮装を写真に収めるプロ・アマのカメラマンがやってきます。
<BAUTA(バウータ)と言う仮面での仮装>
 BAUTAをつけるなら、かかとまであるマントをもった黒装束がお決まりです。カラスのくちばしの様に下半分が出っ張っているため、声がくぐもって誰だかわかりにくくなり、しかも下半分が自由なため、仮面をつけたまま飲み食いができるのであくまでも正体を隠しておきたい場合にうってつけの仮面です。艶福家で知られるかのカサノバが愛用したそうです。怪しげでいいですね。
<DOTTORE(医師)という名前の仮面>
 由来はペストが流行った時に医師が病気が伝染らないように着用し、長いくちばしには病気の臭いを消すための薬草を入れていたそうです。
<貸衣装の仮装>
 カーニバル用に、18世紀風の衣装と仮面を貸してくれる店があちこちにあります。観光客はこれを着て楽しみます。
 ヴェネチアのカーニバルは→https://www.ivc-net.co.jp/cult/wind/2019/328.html


4.旅の情報:仮面のお店Kartaruga
 ベネツィアのカーニバルで使う仮面は独特です。旅の連れの一人がどうしても入って見たいという店に入ってみました。仮面を売る店はたくさんありますが、この店の雰囲気はエレガントで本物っぽい感じがしました。
「紙」を意味するカルタと「亀」を意味するタルタルーガを合わせて作った名前だそうです。ちなみに、「亀」は仮面の元になる顔の部分を亀の甲羅に見立ててそう呼ぶのだそうです。紙粘土で素材の「亀の甲羅」を作り、その上に伝統的な方法で装飾、色を塗っていきます。60分のヴェネチア仮面に関する講習、2時間の仮面に色を付けるワークショップもやっているそうです。
 
Kartaruga Atelier 
 住所:Calle paradiso, Castello 5756-5758・Venezia
 tel. +39 041 2410071
 e-mail info@kartaruga.com
5.あとがき
 1944年1月から約4ヶ月間にわたってドイツ軍と連合国軍の間で闘われたのがモンテカッシーノの戦いです。この修道院は6世紀に聖ベネディクトが初めて開設した修道院で、古代から中世にかけてのヨーロッパ学芸の中心となった寺院です。
 キリスト教の聖地であるばかりでなく、現存していたら世界遺産間違いなしの貴重な文化財でした。モンテカッシーノの戦いの結果、修道院は徹底的に破壊されました。この結果に驚いたバチカンは、次のドイツ軍の防衛拠点となるローマでの戦闘回避に動きました。次回はこのローマでの戦闘回避に動いたヴェントゥーリ神父のお話です。

ご意見・お問合せ・旅行のご相談は→info@ivc-net.co.jp

ローマから吹く風

発行周期: ほぼ 月刊 最新号:  2019/02/06 部数:  37部

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