バートランド・ラッセルの言葉366

ラッセル『宗教と科学』第9章 科学と倫理学 n.6

カテゴリー: 2019年02月18日
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 「ラッセルの英語」では,英語の学習に参考になりそうな例文をラッセルの著作からご紹介していますが,「ラッセルの言葉366」では,日本語にした時の'内容'に注目して,ラッセルの発言をご紹介していきます。
 読者と一緒に育てていきたいと思っていますので,誤訳や不適切な訳等がありましたら,お知らせいただければ幸いです。

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 ラッセル『宗教と科学』第9章 科学と倫理学 n.6
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 倫理学(と)は,我々(人間)の欲求のなかのある一定の欲求に対して,普
遍的であって単に個人的なものではない重要性を与えようとする試みである。
私が,我々の欲求のなかの「一定の(欲求)」と言うのは,強盗の欲求の事例
で見たように,欲求のある種のものに関してはこのこと(重要性を与えること)
は明らかに不可能だからである。何らかの秘密の知識を使って株式取引(市場)
で金儲けをした人は,他人も自分と同じようにそれらの秘密情報に通ずること
を望まない。真理(真理を価値あるものと評価する限りにおいて)は,彼にと
っては私的所有物であり,哲学者にとってそうであるように晋遍的な,人類に
とっての,善ではない。哲学者は,事実(実際),ある(哲学的)発見に対して
先取権(優先権)を主張する時のように,相場師(a stock-jobber)のレベルに
まで成り下がる(落ち込む)かもしれない。しかし,これは(哲学者にとって)
ひとつの堕落(a lapse)である。純粋の哲学的能力において,哲学者はただ
真理について熟考することだけを楽しみ,そうすることにおいて,同様に熟考
したい人たちの邪魔(人たちへの干渉)は決して(in no way)しない。

 我々(人間)の欲求に普遍的な重要性を与える(重要視する)と思われるこ
と -それは倫理学の仕事である(が)- は,二つの観点から試みられよう
(訳注:To seem to give universal importance ~ may be attempted/ 
「To seem to give」 はわかりにくいが 「attempted」 は「先頭の to」に
掛かっていると解釈)。即ち,立法家(legislater)の観点及び(宗教の)説
教家(preachewr)の観点である。まず,立法家の観点から取上げてみよう。

 議論の都合上(ために),立法家は個人的に私利私欲がない(personally
 disinterested)と仮定しよう。即ち,彼(立法家)の欲求の一つが彼自身の
幸福にだけ関りをもつと認識した場合には,(私利私欲のない)彼は立法(法
案づくり)において,その欲求が自分に影響させない。例えば,彼の作る法律
や規則(code)は彼の個人的な財産(富)を増加させるように意図されること
はない(と仮定する)。だが,彼は(欲求が全然ないのではなく)非個人的と
思われる他の欲求を持っている。彼は,王から小作人に至るまでの,あるいは
鉱山主から黒人の契約労働者(注:indentured labourer いわゆる非正規の契
約労働者/季節労働者など)に至るまでの,秩序だった階層制(の必要性)を
信じているかも知れない。彼は,女性は男性に従属すべきだと信じているかも
知れない。彼は,下層階級における知識の普及は危険だと考えている(考える)
かも知れない。その他,いろいろ同様のことを信じているかも知れない。その
場合,彼は,可能であれば,彼が価値があると評価する目的を増進する行為が
,できるだけ個人の利益と一致するように法律や規則を構築するであろう。ま
た,彼は,それが成功すれば,彼が価値があるとする目的(*原注)以外の目的
を追求することは邪悪であると人々に感じせるような道徳教育の体系を確立す
るであろう。

(原注:アリストテレスと同時代人(ギリシア人ではなく中国人だが)の次の
ようなアドバイスと(上記の立法者の考えとを)比較してみよ。「支配者(統
治者)は,自分自身の考えを持っていると信じている人々や,個人の重要性を
信じているような人々の言うことに耳を傾けるべきではない。そのような教
えは,人々をして静かな場所に退き,洞窟や山に隠れ,時の政府をはげしく非
難したり,権威あるものを冷笑したり,位階や報酬(給与)の重要性を軽んじ
たり,官職にある者を全て軽蔑させたりする。」(A. ウェイリー(著)「『The
 Way and Its Power』(老子、道徳経)」p.37

こうして,「徳(美徳)」は,実際に,立法家が自分の欲求が普遍化される価値
があると考える限り,主観的評価ではないけれども,立法家の欲求に従属する
ようになるであろう。

Chapter 9: Science and Ethics, n.6

Ethics is an attempt to give universal, and not merely personal, 
importance to certain of our desires. I say "certain" of our desires,
 because in regard to some of them this is obviously impossible, as we
 saw in the case of the burglar. The man who makes money on the Stock
 Exchange by means of some secret knowledge does not wish others to be
 equally well informed ; Truth (in so far as he values it) is for him
 a private possession, not the general human good that it is for the
 philosopher. The philosopher may, it is true, sink to the level of 
the stock-jobber, as when he claims priority for a discovery. But this
 is a lapse : in his purely philosophic capacity, he wants only to 
enjoy the contemplation of Truth, in doing which he in no way 
interferes with others who wish to do likewise. 

To seem to give universal importance to our desires - which is the 
business of ethics - may be attempted from two points of view, that of
 the legislator, and that of the preacher. Let us take the legislator
 first. 

I will assume, for the sake of argument, that the legislator is 
personally disinterested. That is to say, when he recognizes one of 
his desires as being concerned only with his own welfare, he does not
 let it influence him in framing the laws ; for example, his code is 
not designed to increase his personal fortune. But he has other 
desires which seem to him impersonal. He may believe in an ordered 
hierarchy from king to peasant, or from mine-owner to black indentured
 labourer. He may believe that women should be submissive to men. 
He may hold that the spread of knowledge in the lower classes is 
dangerous. And so on and so on. He will then, if he can, so construct
his code that conduct promoting the ends which he values shall, as far
 as possible, be in accordance with individual self-interest ; and he
 will establish a system of moral instruction which will, where it 
succeeds, make men feel wicked if they pursue other purposes than his.
(* note) 
* note: Compare the following advice by a contemporary of Aristotle 
(Chinese, not Greek) : “ A ruler should not listen to those who 
believe in people having opinions of their own and in the importance
 of the individual. Such teachings cause men to withdraw to quiet 
places and hide away in caves or on mountains, there to rail at the
 prevailing government, sneer at those in authority, belittle the 
importance of rank and emoluments, and despise all who hold official
 posts.” Waley, The Way and its Power, p. 37. 
Thus "virtue" will come to be in fact, though not in subjective 
estimation, subservience to the desires of the legislator, in so far
 as he himself considers these desires worthy to be universalized. 
 出典: Power, 1935, chapt. 9: Science and Ethics, n.6
 情報源:https://russell-j.com/beginner/RS1935_09-060.HTM

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発行周期:  ほぼ 日刊 最新号:  2019/03/22 部数:  70部

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