バートランド・ラッセルの言葉366

ラッセル『宗教と科学』第9章 科学と倫理学 n.4

カテゴリー: 2019年02月14日
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 「ラッセルの英語」では,英語の学習に参考になりそうな例文をラッセルの著作からご紹介していますが,「ラッセルの言葉366」では,日本語にした時の'内容'に注目して,ラッセルの発言をご紹介していきます。
 読者と一緒に育てていきたいと思っていますので,誤訳や不適切な訳等がありましたら,お知らせいただければ幸いです。

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 ラッセル『宗教と科学』第9章 科学と倫理学 n.4
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 種々の哲学者が種々の善の概念を(これまで)形成してきた。善とは神につ
いての知識及び神を愛することだと考える者がいれば,普遍的な愛にあると考
える者や,美を楽しむことにあると考える者がおり,またその一方で,快楽に
あると考える者がいた。善の定義がなされるとすぐに,倫理学の他の部分は以
下のようになる。即ち,我々は,できるだけ善を多く生み出し,できるだけ
(善と)相関関係のある悪を生むだすことが少ないと信ずるやり方で行為すべ
きである。究極的な(最高の)善がもし知られていると想定(仮定)される限
り,道徳律の骨組みを作ること(framing)は,科学の(科学が取り組むべき)
問題である。例えば,死刑(capital punishment)を窃盗に対して科すべきか;
殺人に対してのみ科すペきか,あるいは(何に対しても)全く科すべきでない
か?等の問題である。快楽は善であると考えたジェミー・ベンサムは,どのよ
うな刑法が最も快楽を増進させるかを解明するこ(working out)に専心し,
そうして,刑法は当時行なわれていたものよりもずっとゆるやかなものである
べきだとの結論を出した。これらの全ては - 快楽は善であるという命題を
除いて- 科学の領域に属している。

 しかし,我々があれこれは善であると言う時,何を意味しているのか明確に
しようとする場合,我々は非常に大きな困難に巻きこまれる。快楽が善である
というベンサムの信条は激しい反対を引き起こし、そうして,豚の哲学だと言
われた。彼も,彼の敵も,まったく議論を前進させることができなかった。科
学上の問い(問題)においては(であれば),証拠は(賛成/反対の)両方の
側から出すことができ,最後には一方の側がよりよいとが判定されるか、ある
いは,そうでなければ,問い(問題)は未解決のままとされる。しかし,これ
やあれば究極的な善であるかどうかという問いについては,どちらにしても
(either way)、証拠は存在しない。各論者は自身の感情に訴えることしか,
また,相手に同じような感情を呼び起こすような修辞的技巧(rhetorical 
devices 修辞的比喩表現)を用いることしかできない。

 たとえば,現実政治(practical politics 実際政治)において重要になって
きている問題を一つ取上げてみよう。J. ベンサムは,一人の人間の快楽は -
その量が等しいときには- 他の人の快楽と同等の倫理的重要さがあると考え
た。そうして,それを根拠に,彼は民主主義制度を擁護するようになった。ニ
ーチェは,それに反し,超人(the great man)だけがそれ自体で重要であり,
大部分の人間は超人の幸福のための手段にすぎないと考えた。彼は,普通の人
々(ordinary men 普通で平凡な人々/大衆)を多くの人々が動物を見るよう
に,眺めた(注:超人から見れば大衆は動物レベル)。(即ち)彼は,大衆を
彼ら自身の利益(good 幸福,利益)のためでなく,超人の利益のために利用す
ることを正当化できると考えた。そして,この見解は,それ以来,民主主義の
放棄を正当化するために採用されてきた。ここには,実践上極めて重要性のあ
る鋭い(意見の)不一致がある。しかし,我々は,どちらの党派も,相手が正
しいことを説得する科学的あるいは知的な手段をまったく持っていない(訳注
:つまり,どちらも自分たちが正しいと信じきっている,ということ/to 
persuade either party that the other is in the right)。そのような問題
に関する人々の意見を変える(いろいろな)方法があるのは事実であるが,そ
れらはすべて情緒的なものであって,知的なものではない。

Chapter 9: Science and Ethics, n.4

Different philosophers have formed different conceptions of the Good. 
Some hold that it consists in the knowledge and love of God ; others 
in universal love ; others in the enjoyment of beauty ; and yet others
 in pleasure. The Good once defined, the rest of ethics follows : we 
ought to act in the way we believe most likely to create as much good
 as possible, and as little as possible of its correlative evil. The 
framing of moral rules, so long as the ultimate Good is supposed 
known, is matter for science. For example : should capital punishment
 be inflicted for theft, or only for murder, or not at all? Jeremy 
Bentham, who considered pleasure to be the Good, devoted himself to
 working out what criminal code would most promote pleasure, and 
concluded that it ought to be much less severe than that prevailing
 in his day. All this, except the proposition that pleasure is the 
Good, comes within the sphere of science. 

But when we try to be definite as to what we mean when we say that 
this or that is "the Good," we find ourselves involved in very great
difficulties. Bentham's creed that pleasure is the Good roused furious
 opposition, and was said to be a pig's philosophy. Neither he nor his
 opponents could advance any argument. In a scientific question, 
evidence can be adduced on both sides, and in the end one side is seen
to have the better case - or, if this does not happen, the question is
 left undecided. But in a question as to whether this or that is the 
ultimate Good, there is no evidence either way ; each disputant can 
only appeal to his own emotions, and employ such rhetorical devices as
 shall rouse similar emotions in others. 

Take, for example, a question which has come to be important in 
practical politics. Bentham held that one man's pleasure has the same
 ethical importance as another man’s, provided the quantities are 
equal ; and on this ground he was led to advocate democracy. 
Nietzsche, on the contrary, held that only the great man can be 
regarded as important on his own account, and that the bulk of 
mankind are only means to his well-being. He viewed ordinary men as
 many people view animals : he thought it justifiable to make use of
 them, not for their own good, but for that of the superman, and this
 view has since been adopted to justify the abandonment of democracy.
 We have here a sharp disagreement of great practical importance, but
 we have absolutely no means, of a scientific or intellectual kind, by
 which to persuade either party that the other is in the right. There
 are, it is true, ways of altering men’s opinions on such subjects, 
but they are all emotional, not intellectual.
 出典: Power, 1935, chapt. 9: Science and Ethics, n.4
 情報源:https://russell-j.com/beginner/RS1935_09-040.HTM

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発行周期:  ほぼ 日刊 最新号:  2019/03/22 部数:  70部

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