バートランド・ラッセルの言葉366

ラッセル『宗教と科学』第6章 決定論 n.11

カテゴリー: 2018年12月05日
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
「(ほぼ日刊)バートランド・ラッセルの言葉366」 
   n.1522 (2018年12月05日 水曜日)[2014/1/28創刊] 
 
 バートランド・ラッセルのポータルサイト: https://russell-j.com/index.htm
     同上 スマホ用メニュー        : https://russell-j.com/index.html
 公式メールマガジン: https://archive.mag2.com/0000220241/index.html  
「(ほぼ日刊)ラッセルの英語」: https://archive.mag2.com/0001623960/index.html
「ラッセルの言葉366(Word Press 版)」: https://russell-j.com/wp/
「ラッセルの言葉(facebook 版)」: https://www.facebook.com/russellian.j
「ラッセルの言葉366_画像版」:
             https://russell-j.com/smart_r366/br366g-j_home.html
             https://russell-j.com/smart_r366/r366g_j-today.html
「ラッセルの言葉366(短文篇)」:
              https://russell-j.com/beginner/sp/BR-KAKUGEN.HTM
  Twitter : https://twitter.com/russellian2
 ラッセル関係電子書籍一覧: https://russell-j.com/cool/rbook-kindle.htm
 Rポータルサイト支援ストア: https://russell-j.com/SUPPORT-BRJSITE.HTM
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
  
  本メルマガは,「バートランド・ラッセルの英語」の姉妹誌です。 
  出勤時間にあわせて,原則,毎朝6時に自動配信します!  

 「ラッセルの英語」では,英語の学習に参考になりそうな例文をラッセルの著作からご紹介していますが,「ラッセルの言葉366」では,日本語にした時の'内容'に注目して,ラッセルの発言をご紹介していきます。
 読者と一緒に育てていきたいと思っていますので,誤訳や不適切な訳等がありましたら,お知らせいただければ幸いです。

 ◆◆◆
◆お願い◆ アマゾンで買い物をしている方も多いと思われます。
 ◆◆◆  ラッセルのポータルサイト(トップページ)の検索ボックス経由,あるいは,ポータルサイトに掲載した個々のアマゾン商品広告のリンク経由でご購入いただければ幸いです。
(PCを起動した後,最初にクリックしたアマゾンの広告が,ラッセルのポータルサイト上のアマゾンの個別商品のリンクであれば,(PCを再起動しなければ,)アマゾンのどの商品を購入されても,ラッセルのポータルサイト経由での購入と判定されます.) 
 収益はラッセルのホームページのメンテナンス費用や早稲田大学のラッセル関係資料コーナ寄贈資料の購入に充当させていただきます。]
                                    
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ラッセル『宗教と科学』第6章 決定論 n.11
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

 第6章 決定論 n.11

 量子力学において新しいことは,統計的諸法則の出現(自体)ではなく,-個々の
出来事を支配する諸法則から導きだされる代わりに- 統計的諸法則は究極的なもの
であるという示唆である。これは非常に難しい概念であり,量子力学の支持者たちが
理解している以上に難しい概念である,と私は考える。一つの原子が行う種々の事柄
(different things)について(事柄のなかで),原子は各々一定の割合(比率)の
場合(事例)においてそれぞれの事柄を行う,ということが観察されてきた。しかし
,もしその単一の原子が無法則(法則に従わない)とするならば,大きな数(の原子)
に関してはどうしてそのような規則性が存在しなければならないのだろうか? 稀な
(原子の)遷移は何らかの通常でない環境(状況)に依存しなければならない(依存
しているに違いない),と人は考えるだろう。我々は,実際にかなり身近なたとえ話
をひとつしてよいだろう(take an analogy たとえ話をする)。屋内用プール
(swimming-bath)には,ダイバーが好きな高さから跳び込むことができる踏み段
(ステップ)がある。もしその段をとても高いところまで登れば,最上段は非常に優
れたダイバーだけしか選ばないであろう。ある季節を他の季節と比べると,(踏み台
の)種々の段を選ぶダイバーの割合(比率)には明らかにかなりの程度の規則性があ
るだろう。もしダイバーが何十億も(無数に)いれば,その規則性はより大きくなる
と想定してもよいだろう。しかし,もし個々のダイバーにどの踏み段を選択するかに
ついてまったく動機がなかったとすれば,なぜこのような規則性が存在するのか理解
することは困難である。正しい比率を保つために,高い踏み台を選ばなければならな
いダイバーが存在しているかのごとく思われる。しかしそれはもう純粋な気まぐれで
はないであろう(気まぐれなふるまいとは言えないであろう)。

 確率論(蓋然性の理)論は(現在)論理的にも数学的にも極めて不満足な状態にあ
る。そうして,私は個々の場合(事例)においては単なる気まぐれであるのに(それ
らをただまとめた)大きな数の場合には規則性が生れるというような何らかの錬金術
(alchemy)が存在するなどとは信じない。もしペニー硬貨が本当に気まぐれで表に
なるか表になるかを(自分で)選ぶとするならば,一方を他方と同じ位の回数(ペニ
ー硬貨は)選ぶと主張する何らかの理由が存在するだろうか? 気まぐれが好都合に
(just as well)常に同じ選択に導かないかも知れないのではないか? これは示唆
にすぎない。なぜなら,問題は漠然し過ぎており,独断的に述べることはできないか
らである。しかしこの示唆が何らかの確実性を持っているとしたら,我々は世界にお
ける究極的な規則性は大きな数の事例を処理しなければならないという見解を受け容
れることができず、また、我々は,原子の行動の統計的法則は,個々の原子の行動に
関する未発見の法則から派生すると想定しなければならない。

Chapter 6 Determinism, n.11

What is new in quantum mechanics is not the occurrence of statistical laws,
 but the suggestion that they are ultimate, instead of being derived from 
laws governing individual occurrences. This is a very difficult conception
- more difficult, I think, than its supporters realize. It has been observed
 that, of the different things an atom may do, it does each in a certain 
proportion of cases. But if the single atom is lawless, why should there be
 this regularity as regards large numbers? There must, one would suppose, be
 something that makes the rare transitions depend upon some unusual set of 
circumstances. We may take an analogy, which is really rather close. In a
 swimming-bath one finds steps which enable a diver to dive from any height
 that he may prefer. If the steps go up to a great height, the highest will
 only be chosen by divers of exceptional excellence. If you compare one
 season with another, there will be a fair degree of regularity in the 
proportion of divers who choose the different steps ; and if there were 
billions of divers, we may suppose the regularity would be greater. But it
 is difficult to see why this regularity should exist if the separate divers
 had no motive for their choice. It would seem as if some men must choose 
the high dives, in order to keep up the right proportion ; but that would no
 longer be pure caprice. 

The theory of probability is in a very unsatisfactory state, both logically
 and mathematically ; and I do not believe that there is any alchemy by 
which it can produce regularity in large numbers out of pure caprice in each
 single case. If the penny really chose by caprice whether to fall heads or
 tails, have we any reason to say that it would choose one about as often as
 the other? Might not caprice lead just as well always to the same choice? 
This is no more than a suggestion, since the subject is too obscure for 
dogmatic statements. But if it has any validity, we cannot accept the view
 that the ultimate regularities in the world have to do with large numbers
 of cases, and we shall have to suppose that the statistical laws of atomic
 behaviour are derivative from hitherto undiscovered laws of individual 
behaviour.
 出典:Religion and Science, 1935, chapt. 6: 
 情報源:https://russell-j.com/beginner/RS1935_06-110.HTM

====================================

 ★「ラッセル英単語熟語1500」(ラッセルの英語シリーズn.18)をアマゾンの電子書籍(Kindle 版)として出版しました。★

https://www.amazon.co.jp/gp/search/ref=as_li_qf_sp_sr_tl?ie=UTF8&tag=russellj-22&keywords=ラッセル英単語熟語1500&index=aps&camp=247&creative=1211&linkCode=ur2&linkId=418d05047c3f7d339ecb8c9fb23fe69f

 アマゾンが自動的に計算して出している紙にした場合のページ数は1752ページになっています。電子書籍だからこそ、ページ数を気にせずに出せるものです。(収録語数は少なくても安価なほうが良い方のために、『同1000』と『同1200』も削除しないで残してあります。ご活用をお願いします。
  https://amzn.to/2zlyS9R

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■編集・発行:(松下彰良/まつした・あきよし) 
■ご意見・ご感想・お問合せはお気軽に : matusitaster@gmail.com
■登録・解除・変更はこちら: https://russell-j.com/R3HOME.HTM
■WEBサイト: https://russell-j.com/
     ( top page: http://russell-j.com/index.htm )
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

バートランド・ラッセルの言葉366

発行周期: ほぼ 日刊 最新号:  2018/12/12 部数:  71部

ついでに読みたい

バートランド・ラッセルの言葉366

発行周期:  ほぼ 日刊 最新号:  2018/12/12 部数:  71部

他のメルマガを読む