バートランド・ラッセルの言葉366

ラッセル『宗教と科学』第1章 闘争の原因 n.8

カテゴリー: 2018年07月05日
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
      「(ほぼ日刊)バートランド・ラッセルの言葉366」
      n.1418 (2018年7月5日  木曜日)[2014/1/28創刊] 
 
 バートランド・ラッセルのポータルサイト: http://russell-j.com/
 公式メールマガジン: http://archive.mag2.com/0000220241/index.html  
「(ほぼ日刊)ラッセルの英語」: http://archive.mag2.com/0001623960/index.html
「ラッセルの言葉366(Word Press 版)」: http://russell-j.com/wp/
「ラッセルの言葉(facebook 版)」: http://www.facebook.com/russellian.j
「ラッセルの言葉366_画像版」:
             http://russell-j.com/smart_r366/br366g-j_home.html
             http://russell-j.com/smart_r366/r366g_j-today.html
「ラッセルの言葉366(短文篇)」:
              http://russell-j.com/beginner/sp/BR-KAKUGEN.HTM
  Twitter : https://twitter.com/russellian2
 ラッセル関係電子書籍一覧: http://russell-j.com/cool/rbook-kindle.htm
 Rポータルサイト支援ストア: http://russell-j.com/SUPPORT-BRJSITE.HTM
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■  
  本メルマガは,「バートランド・ラッセルの英語」の姉妹誌です。 
  出勤時間にあわせて,原則,毎朝6時に自動配信します!  

 「ラッセルの英語」では,英語の学習に参考になりそうな例文をラッセルの著作
  からご紹介していますが,「ラッセルの言葉366」では,日本語にした時の'内容'
  に注目して,ラッセルの発言をご紹介していきます。
  読者と一緒に育てていきたいと思っていますので,誤訳や不適切な訳等がありま
  したら,お知らせいただければ幸いです。

 ◆◆◆
◆お願い◆ アマゾンで買い物をしている方も多いと思われます。
 ◆◆◆  ラッセルのポータルサイト(トップページ)の検索ボックス経由,あるい
      は,ポータルサイトに掲載した個々のアマゾン商品広告のリンク経由で
      ご購入いただければ幸いです。(PCを起動した後,最初にクリックした
      アマゾンの広告が,ラッセルのポータルサイト上のアマゾンの個別商品
      のリンクであれば,(PCを再起動しなければ,)アマゾンのどの商品を購入
      入されても,ラッセルのポータルサイト経由での購入と判定されます.)
      収益はラッセルのホームページのメンテナンス費用や早稲田大学のラッ
      セル関係資料コーナ寄贈資料の購入に充当させていただきます。]
                                    
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 ラッセル『宗教と科学』第1章 闘争の原因 n.8
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

『宗教と科学』第1章 闘争の原因 n.8

 けれども,宗教生活のある側面,もしかすると最も望ましい側面が存在している。
それは(その側面は),科学の(諸)発見とは独立しており(科学のの影響を受けず)
,我々が宇宙の本質についてどのように考えるようになるとしても存在し続ける可能
性がある。宗教は(これまで)教義や教会とだけでなく,宗教の重要性を感じる人々
の個人的な生活とも結びつきを持ってきた。最も優れた聖人や神秘家たちにおいては
(にあっては),一定の教義に対する信念と人生の目的についてのある一定の感じ方
とが結合して存在していた。人間の運命の諸問題や,人類の苦悩を減らしたいという
欲求や,将来我々の種(人類)は最適の可能性を実現するだろうという希望,を深く
感じる人は、- その人は伝統的なキリスト教をほとんど受け入れないとしても- 今
日,宗教的な物の見方を持っている(身につけている)としばしば言われる。宗教は
一連(一組)の信仰個条にあるというよりも一定の感じ方にある限り,科学は宗教に
触れる(touch 動かす)ことはできない。もしかすると,教義の衰退は、心理的に,そう
いった感じ方をしばらくの間,より困難にするかも知れない。難しくする理由は,そう
いった感じ方は神学的信念と非常に密接に結びついてきたからである。しかしそうい
った困難に永久にこらえる必要はない。事実,多くの自由思想家たちは,その生涯に
おいて,そういった感じ方と教義とは何ら本質的な関係を持っていないことを示して
きた。<真の卓越さは根拠のない信念に密接に結びつくはずはない。そして,もし神
学的信念が根拠のないものであるならば,それは宗教的なものの見方における善きも
のを保持するのに必要なはずはない(cannot be)。そのように考えないというのは,
我々が発見するかも知れないことついての恐怖をいっぱい抱いていることであり,そ
れは我々が世界を理解しようとする試みの邪魔をするであろう。しかし,真の知恵が
可能になるという理解に我々が達するのは,その方策の中にのみあるのである(根拠
のない信念の上にたってはいけない,ということ)。

Chapter 1: Grounds of Conflict, n.8

There is, however, one aspect of the religious life, and that perhaps the 
most desirable, which is independent of the discoveries of science, and may
 survive whatever we may come to believe as to the nature of the universe.
 Religion has been associated, not only with creeds and churches, but with 
the personal life of those who felt its importance. In the best of the 
saints and mystics, there existed in combination the belief in certain 
dogmas and a certain way of feeling about the purposes of human life. 
The man who feels deeply the problems of human destiny, the desire to 
diminish the sufferings of mankind, and the hope that the future will 
realize the best possibilities of our species, is nowadays often said to
 have a religious outlook, however little he may accept of traditional 
Christianity. In so far as religion consists in a way of feeling, rather 
than in a set of beliefs, science cannot touch it. Perhaps the decay of 
dogma may, psychologically, make such a way of feeling temporarily more 
difficult, because it has been so intimately associated with theological 
belief. But this difficulty need not endure for ever ; in fact, many 
freethinkers have shown in their lives that this way of feeling has no 
essential connection with a creed. No real excellence can be inextricably
 bound up with unfounded beliefs ; and if theological beliefs are unfounded,
 they cannot be necessary for the preservation of what is good in the 
religious outlook. To think otherwise is to be filled with fears as to what
 we may discover, which will interfere with our attempts to understand the
 world ; but it is only in the measure in which we achieve such 
understanding that true wisdom becomes possible.
 出典:Religon and Science, 1935, chapt. 1.
 情報源:http://russell-j.com/beginner/RS1935_01-080.HTM

====================================

<a target="_blank" href="https://www.amazon.co.jp/gp/search/ref=as_li_qf_sp_sr_tl?ie=UTF8&camp=247&creative=1211&index=aps&keywords=%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%BB%E3%83%AB%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%91%89366&linkCode=ur2&tag=russellj-22">「ラッセルの言葉366」</a><img src="https://ir-jp.amazo
-adsystem.com/e/ir?t=russellj-22&l=ur2&o=9" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />好評発売中

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■編集・発行:(松下彰良/まつした・あきよし) 
■ご意見・ご感想・お問合せはお気軽に : matusitaster@gmail.com
■登録・解除・変更はこちら: http://russell-j.com/R3HOME.HTM
■WEBサイト: http://russell-j.com/
     ( top page: http://russell-j.com/index.htm )
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

バートランド・ラッセルの言葉366

発行周期: ほぼ 日刊 最新号:  2019/02/19 部数:  70部

ついでに読みたい

バートランド・ラッセルの言葉366

発行周期:  ほぼ 日刊 最新号:  2019/02/19 部数:  70部

他のメルマガを読む