バートランド・ラッセルの言葉366

ラッセル『宗教と科学』第1章 闘争の原因 n.7

カテゴリー: 2018年07月04日
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 ラッセル『宗教と科学』第1章 闘争の原因 n.7
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『宗教と科学』第1章 闘争の原因 n.7

 中世の見方(見解)と近代科学の見方(見解)との重要な相違は,権威に対する見方
(見解)にある。スコラ哲学者たち(schoolmen)にとって,聖書やカトリックの信仰の
教義(dogma 教理)及び(ほとんど同等なくらい)アリストテレスの学説は,疑問の余
地のないものであった。独創的な思想や事実の探究は(も)思弁上の大胆さについて
(of speculative daring),これら(聖書/カトリック信仰の教義及びアリステレスの
学説)の不変の境界線によって置かれた限界を越えてはならない(のである)。対蹠
地(注:地球の反対側)に人が住んでいるか否か,木星に衛星があるか否か,物体
(bodies / a solid body 固体)はその質量(mass)に比例した割合(の速度)で落下す
るか否かは,観察によってではなく,アリストテレスや聖書(Scriputures 聖典)から
の演繹によって決めらるべき問題であった。神学と科学との闘争は,権威と観察との
闘争とまったく同じ(quite as much)であった。科学者は,(諸)命題は重要な権威
の誰かがそれらの命題は正しいと言ったという理由から信ずるべきだと要求すること
はなかった(注:ask 求める/要求する)。逆に,彼らは,感覚の証拠(感覚器官で
とらえたデータ)に訴え,必要な観察をすることを選ぶ全ての人々とって明白である
事実に立脚していると思われる学説(doctrine)のみを主張した。新しい方法は,理論
上においても実際上においても,非常に大きな成果を収めたので,神学は次第に科学
に順応することを強いられた。不都合な聖書の聖句は,寓話的に(allegorically)ある
いは比喩的に(figuratively)解釈された。プロテスタント(清教徒)は,宗教におけ
る権威の座を,最初は教会と聖書から聖書のみに,次に、(聖書から)個人の魂に移
した。宗教的生活は,たとえばアダムとイブの歴史的実在のような,事実の問題に関
する(キリスト公会議/キリスト協会の)公式見解には依存しないということが次第
に認識されるようになった。このようにして,宗教は外塁(outworks)を明け渡すこと
によって城壁を保持しようとした-それが成功したか否かはいまだわからないが
(remains to be seen)- のである。

Chapter 1: Grounds of Conflict, n.7

An important difference between the mediaeval outlook and that of modern 
science is in regard to authority. To the schoolmen, the Bible, the dogmas 
of the Catholic faith, and (almost equally) the teachings of Aristotle, were
above question ; original thought, and even investigation of facts, must not
 overstep the limits set by these immutable boundaries of speculative daring. 
Whether there are people at the antipodes, whether Jupiter has satellites, 
and whether bodies fall at a rate proportional to their mass, were questions
 to be decided, not by observation, but by deduction from Aristotle or the 
Scriptures. The conflict between theology and science was quite as much a 
conflict between authority and observation. The men of science did not ask 
that propositions should be believed because some important authority had 
said they were true ; on the contrary, they appealed to the evidence of the
 senses, and maintained only such doctrines as they believed to be based 
upon facts which were patent to all who chose to make the necessary 
observations. The new method achieved such immense successes, both 
theoretical and practical, that theology was gradually forced to accommodate
 itself to science. Inconvenient Bible texts were interpreted allegorically
 or figuratively ; Protestants transferred the seat of authority in 
religion, first from the Church and the Bible to the Bible alone, and then
 to the individual soul. It came gradually to be recognized that the 
religious life does not depend upon pronouncements as to matters of fact,
 for instance, the historical existence of Adam and Eve. Thus religion, by
 surrendering the outworks, has sought to preserve the citadel intact -- 
whether sucessfully or not remains to be seen. 
 出典:Religon and Science, 1935, chapt. 1.
 情報源:http://russell-j.com/beginner/RS1935_01-070.HTM

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発行周期: ほぼ 日刊 最新号:  2019/02/15 部数:  70部

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