バートランド・ラッセルの言葉366

ラッセル『宗教と科学』第1章 闘争の原因 n.5

カテゴリー: 2018年07月02日
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 「ラッセルの英語」では,英語の学習に参考になりそうな例文をラッセルの著作
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  読者と一緒に育てていきたいと思っていますので,誤訳や不適切な訳等がありま
  したら,お知らせいただければ幸いです。

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 ラッセル『宗教と科学』第1章 闘争の原因 n.5
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『宗教と科学』第1章 闘争の原因 n.5

 科学がその確信(belief)に達する方法(way やり方)は,中世の神学の方法とは全
く異なっている。一般原則から出発し演繹的に進むこと(演繹法を使って推論をする
こと)は危険であることを経験は絶えず示してきた(我々は経験によって知ってきた)
が,なぜ危険かと言えば,一般原則は間違っているかも知れないし,また,(原則は
間違っていなくても)一般原則に基づく推論に誤りがあるかも知れないからである。
科学は(証拠のない)大規模な仮定から出発するのではなく,観察や実験によって発
見された個々の事実から出発する。そのような多くの事実から一般的な法則に到達す
る。もしそれが真理である場合には,取上げられている(諸)事実はその法則の実例と
なる。このような法則は積極的に主張されるのではなく,まず作業仮説(a working
 hypothesis)として受け容れられる。もし,その作業仮説が正しければ,従来観察
されなかった一定の現象が一定の環境の下で起こることになる。もしそういった現象
が起こるならばそれはその分だけ作業仮説を確証することになる。もし起こらなけれ
ば作業仮説は斥けられ,新しい作業仮説が考案されなければならない。多くの事実が
作業仮説に適合するということがわかったとしても,-最後には高度に蓋然的である
(極めて起こりそうなことである/極めて正しそうなことである)と考えられるように
なるであろうが- それでその作業仮説は確証されるということにはならない。その
ような場合(高度に蓋然的だと考えられるようになった場合),それは作業仮説とい
うよりむしろ(一つの)理論(学説)と呼ばれる(注:working hypothesis は通常「作
業仮説」と訳されるが,津田源一郎(訳)『宗教から科学へ』では「操作上の仮定」と
訳されている。また,「a theory rather thanb a hypothsis(仮説というより理論
/学説)」を津田氏は「推測」と訳している)。多くの種々の理論は -それらの理論
は各々諸事実から直接構築されており- 新しい理論またはより一般的な仮説の基礎
となるかも知れず(なる可能性があり),それらがもし正しければ,それらの新しい
理論などから(古い)種々の理論が結果として生じることになる(注:より上位の/
包括的な理論から下位の議論を導き出すことができる)。そして,この一般化の過程
には限界はない。しかし,一方,中世の思考(思惟)においては,最も一般的な原理
原則が出発点であったが,科学においてはそれは最終的な結論となる。最終的(な結
論)というのは,つまり,ある時期においての最終的な結論ということであり,後の
段階において何らかのさらに広い法則の事例となる傾向がある。
Chapter 1: Grounds of Conflict, n.5

The way in which science arrives at its beliefs is quite different from that
 of mediaeval theology. Experience has shown that it is dangerous to start 
from general principles and proceed deductively, both because the principles
 may be untrue and because the reasoning based upon them may be fallacious. 
Science starts, not from large assumptions, but from particular facts 
discovered by observation or experiment. From a number of such facts a 
general rule is arrived at, of which, if it is true, the facts in question
 are instances. This rule is not positively asserted, but is accepted, to 
begin with, as a working hypothesis. If it is correct, certain hitherto 
unobserved phenomena will take place in certain circumstances . If it is 
found that they do take place, that so far confirms the hypothesis ; if they
 do not, the hypothesis must be discarded and a new one must be invented. 
However many facts are found to fit the hypothesis, that does not make it 
certain, although in the end it may come to be thought in a high degree 
probable ; in that case, it is called a theory rather than a hypothesis. 
A number of different theories, each built directly upon facts, may become
 the basis for a new and more general hypothesis from which, if true, they 
all follow ; and to this process of generalization no limit can be set. 
But whereas, in mediaeval thinking, the most general principles were the
 starting point, in science they are the final conclusion -- final, that 
is to say, at a given moment, though liable to become instances of some 
still wider law at a later stage. 
 出典:Religon and Science, 1935, chapt. 1.
 情報源:http://russell-j.com/beginner/RS1935_01-050.HTM


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■編集・発行:(松下彰良/まつした・あきよし) 
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発行周期: ほぼ 日刊 最新号:  2019/02/19 部数:  70部

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