バートランド・ラッセルの言葉366

再配信 ラッセル『宗教と科学』第1章 闘争の原因 n.3

カテゴリー: 2018年06月28日
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 「ラッセルの英語」では,英語の学習に参考になりそうな例文をラッセルの著作
  からご紹介していますが,「ラッセルの言葉366」では,日本語にした時の'内容'
  に注目して,ラッセルの発言をご紹介していきます。
  読者と一緒に育てていきたいと思っていますので,誤訳や不適切な訳等がありま
  したら,お知らせいただければ幸いです。

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 再配信 ラッセル『宗教と科学』第1章 闘争の原因 n.3
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 ◆タイプミスがありましたので、再配信します。◆
   × 道徳的非難の限で見る・・・→◯道徳的非難とともに眺める・・・
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『宗教と科学』第1章 闘争(争い)の原因 n.3

第1章 闘争の原因 n.3

 今日では,宗教的な人々は(も),中世時代に存在していたような(as it existed
 in the Middle Ages),キリスト教(徒)の教義(the creed of Christendom)のほ
とんどは不要であり,実際は,宗教的生活にとって単なる障害(物)にすぎないと感
ずるようになっている。しかし,科学が遭遇した(キリスト教界の/キリスト教徒の)
抵抗を理解しようと思うなら,そういった抵抗を合理的だと思わせた(キリスト教の)
思想体系に,想像力を働かせて,入り込んでいかなければならない。ある者がある聖
職者(priest 特にカトリックの司祭)に「なぜ殺人をしてはいけないのか」と尋ねた
としてみよう。「死刑(絞首刑)にされるだろうから」という答は不十分だと感じら
れたが,その理由は,死刑(絞首刑)には正当化(の理由)が必要であったからであ
ると同時に,警察のやり方も心もとなかったので大部分の殺人者は(逮捕を)免れた
からである。けれども,科学の台頭以前に,ほとんど全ての人たちにとって十分だと
思われた答えがあった。即ち,殺人はシナイ山で神がモーゼに啓示(黙示)した十戒
によって禁ぜられている(殺人は十戒によって禁じられており,それはシナイ山にお
いて神からモーゼに啓示(黙示)されたものである)という答えである。地上の裁き
(justice 裁判)を免れた罪人も,神の激しい怒り(the Divine wrath)から逃れる
ことは出来ず,神の激怒は悔い改めない殺人者に死刑(絞首刑)よりも恐ろしい終わ
りのない罰を命ずるものであった。けれども,こういった議論(argument 議論の論拠)
は,聖書の権威に依存しており(かかっており),それは仮に聖書が全面的に受け入れ
られるとしたら,その時のみ損なわれることなく維持することができるものであった
。聖書が地球は動かないと言っているように思われる場合には,たとえガリレオの議
論(の論拠)があるにもかかわらず,聖書の主張に固執しなければならない。そうで
ないと,殺人やその他のあらゆる種類の悪人たち(malefactors)を激励する結果に
なるだろうからである(注:聖書は無謬ということになっているので,一つでの間違
っていることになると,他のものも疑われることになる)。今日では,このような議
論を受け入れる者はほとんどいないであろうが,それを馬鹿げたことだと見なすこと
は出来ないし,またそれ(その議論の論拠)にもとづいて行動する者を道徳的非難と
ともに眺めるべきでもないであろう。

Chapter 1: Grounds of Conflict, n.3

Religious men and women, in the present day, have come to feel that most of
 the creed of Christendom, as it existed in the Middle Ages, is unnecessary,
 and indeed a mere hindrance to the religious life. But if we are to 
understand the opposition which science encountered, we must enter 
imaginatively into the system of ideas which made such opposition seem 
reasonable. Suppose a man were to ask a priest why he should not commit
murder. The answer "because you would be hanged " was felt to be inadequate,
 both because the hanging would need justification, and because police 
methods were so uncertain that a large proportion of murderers escaped. 
There was, however, an answer which, before the rise of science, appeared 
satisfactory to almost everyone, namely, that murder is forbidden by the 
Ten Commandments, which were revealed by God to Moses on Mount Sinai. 
The criminal who eluded earthly justice could not escape from the Divine
 wrath, which had decreed for impenitent murderers a punishment infinitely
more terrible than hanging. This argument, however, rests upon the authority
 of the Bible, which can only be maintained intact if the Bible is accepted
 as a whole. When the Bible seems to say that the earth does not move, we 
must adhere to this statement in spite of the arguments of Galileo, since
 otherwise we shall be giving encouragement to murderers and all other kinds
 of malefactors. Although, few would now accept this argument, it cannot be
 regarded as absurd, nor should those who acted upon it be viewed with moral
 reprobation. 
 出典:Religon and Science, 1935, chapt. 1.
 情報源:http://russell-j.com/beginner/RS1935_01-030.HTM

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発行周期: ほぼ 日刊 最新号:  2019/02/15 部数:  70部

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