季節を感じる言葉-日本人の情緒と歴史的背景-

だみ声の挨拶神田祭かな

神田祭りといえば日本3大祭りの一つ。徳川家康が関八州に転封となった際に、江戸に拠点を移しました。
太田道灌の作った江戸城を新たな拠点としたのですが、その時に江戸城脇にあったのが神田神社。もともとは
出雲族の氏神でした。江戸に来たばかりの家康はどの神社がご利益があるのかよく判りません。そこで関ヶ原の
戦の前にはそこらじゅうの神社仏閣に戦勝祈願をしました。そして慶長5年9月15日の早朝、関ヶ原の戦いの幕が
切って落とされたのです。ところが両軍合わせて20万の軍勢。当然ながら暫くは勝敗が決さないと誰もが考えます。
中山道から来た秀忠軍が遅れたのもその理由の一つでしょう。しかし決戦はわずか1日で決着。この日が神田神社の
本祭りの日だったのです。これにより神田神社は明神と呼ばれるようになり、江戸の総鎮守として江戸城の艮の方角に
配されて主だった江戸町民は神田神社の氏子となりました。
つまり江戸庶民の祭りと言えば神田祭と言われるようになったのです。
さてこの句、実は俳句仲間のご主人が神輿を担ぎに行き、翌朝はおはようの言葉がだみ声になっていたという話に
ヒントをもらいました。だみ声、いかにも神田らしいではありませんか。山の手の人たちはサラリーマンが多いので
下町と違ってだみ声は少ない。(神田の人だって普段はだみ声ではありません)またこの句は「あ行」の音を頭韻にし
また、たくさん使うことによって祭りのにぎわいを顕わしてみました。
なお、神田祭はその後、春の行事に変更されています。

だみ声の挨拶神田祭かな

今回は「神田祭」が夏の季語です

季節を感じる言葉-日本人の情緒と歴史的背景-

発行周期: 毎週木曜日 最新号:  2018/12/13 部数:  319部

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