バートランド・ラッセルに関するメルマガ

編集後記 NHKは錦織と大坂なおみ出場の全米オープンテニスを放映せず!

カテゴリー: 2018年09月08日
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 (週刊)バートランド・ラッセル(1872.5.18-1970.2.2)に関するメール・マガジン
  no.0600_2018/09/08 (2006/12/21 創刊/毎週土曜 or 日曜日 発行)

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     ■ 目 次 ■
          
(1)ラッセルの著書及び発言等からの引用
(2)ラッセルに関する記述や発言等
 編集後記

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(1) ラッセルの著書や発言等から
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■「(ほぼ日刊)ラッセルの言葉366」
      n.1459~n.1463 を発行しました。
 
  以下,1つだけ再録します。     
   https://archives.mag2.com/0001626338/20180905083931000.html

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 ラッセル『宗教と科学』』第3章 進化 n.23
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 けれども,神学者たちは,一般の人々よりも,(ダーウィンの学説に)含まれてい
るもの(こと)を明白に見て取った(理解した)。彼らは(次のように)指摘した。
人間は猿が持っていない不滅の魂をもっている;キリストは人間を救うために死んだ
のであり,猿を救うためでない;人間は神から善悪を判断する感覚を植え付けられて
いるが,猿はもっぱら本能によって導かれている。もし人間が猿からわずかな歩み
(ステップ)で発達・進化したとするなら,一体,人間は何時突然これらの神学的に
重要な特徴を獲得したというのか? 1860年(「種の起源」が出た翌年),英国学術
協会(The Brisith Association)において,大司教ウィルバーフォース(Samuel 
Wilberforce,1805-1873)は,ダーウィン主義に反対して次のように絶叫した(怒鳴
りつけた)。「自然淘汰の原理は神の言葉と絶対的に両立しな!い」と。しかし,彼
の雄弁も全て徒労に終わり,そうして,ダーウインを擁護したハックスレー(Thomas
 Henry Huxley, 1825-1895)が議論において彼を打ちまかしたと一般に考えられた。
人々はもはや教会の不興を怖れず,そうして,動物や植物の種の進化は,間もなく,
生物学者の間で公認の学説になった。ただし,チチェスターの主席司祭は,オクスフ
ォード大学でのある説教の中でで,オックスフォードに対し,「(我々の)最初の親
であるアダムの創造の歴史を,文字通りの意味で受け入れることを拒む者,またそれ
(アダムの創造の歴史)の代わりに進化という現代の夢想を持ってこようとする者は,
(キリストによる)人間救済の全計画を瓦解させるものである」と告げている。また,カーライルだが -彼はその教義を信じることないがキリスト教正統信仰の不寛容を
保持しており- ダーウインを「どろ崇拝の天使」(apostle of dirt-worship)と呼
んだ。

Chapter 3: Evolution, n.23

The theologians, however, saw what was involved more clearly than did the 
general public. They pointed out that men have immortal souls, which monkeys
 have not ; that Christ died to save men, not monkeys ; that men have a 
divinely implanted sense of right and wrong, whereas monkeys are guided 
solely by instinct. If men developed by imperceptible steps out of monkeys,
 at what moment did they suddenly acquire these theologically important 
characteristics? At the British Association in 1860 (the year after The 
Origin of Species appeared), Bishop Wilberforce thundered against Darwinism,
 exclaiming : "The principle of natural selection is absolutely incompatible
 with the word of God." But all his eloquence was in vain, and Huxley, who
 championed Darwin, was generally thought to have beaten him in argument. 
Men were no longer afraid of the Church's displeasure, and the evolution of
 animal and vegetable species was soon the accepted doctrine among 
biologists, although the Dean of Chichester, in a University sermon, 
informed Oxford that "those who refuse to accept the history of the creation
 of our first parents according to its obvious literal intention, and are 
for substituting the modern dream of evolution in its place, cause the 
entire scheme of man's salvation to collapse" ; and although Carlyle, who
 preserved the intolerance of the orthodox without their creed, spoke of 
Darwin as an "apostle of dirt- worship."
 出典:Religon and Science, 1935, chapt. 3: Evolution.
 情報源:https://russell-j.com/beginner/RS1935_03-230.HTM


■「(ほぼ日刊)ラッセルの英語」
      n.1415~1419号 を発行しました

  以下,1つだけ再録します。
      https://archives.mag2.com/0001623960/20180907060000000.html

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 R英単語・熟語 oscillation (n)【振動】
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★ oscillation (n)【振動;発振;変動;(心の)動揺】

* 他の基本英単語集(参考書)には出てこないが,『京大学術語彙データベース 基
本英単語1110』にはこの oscillation は収録されている。英語の参考書や語学辞書
を執筆する人は文化系が多いのでこういった理系の基本的な単語はでてこないが、京
大が出しているものは学内の理系の教員も協力しているので参考になる。
* oscillate (v):振動する;変動する;ぐらつく
* oscilloscope (n):オシロスコープ(信号電圧の波形を観測する装置
   https://russell-j.com/beginner/reitan-o056.htm

<用例1>
This sort of behaviour illustrates the oscillation between the private and
 the social parts of human nature.
[このような行動は,人間性が私的側面と社会的側面との間を揺れ動いていることの例
証となる。]
 出典:ラッセル『ヒューマン・ソサエティ-倫理学から政治学へ』序論
     https://russell-j.com/cool/47T-0001.HTM

<用例2>
There is no law of cosmic progress, but only an oscillation upward and 
downward, with a slow trend downward on the balance owing to the diffusion 
of energy.
[宇宙進歩の法則などまったく存在せず,エネルギーの拡散のために,均衡をとりつ
つ,ゆっくりした下向きに向かう傾向を伴った,上下の方向への振動が存在するのみ
である(注:熱力学の第二法則,即ち、エントロピー増大の法則について言っている
のか? つまり、熱というモノは熱い方から冷たい方に向かって(downward)流れる
のであり、その逆はない)。]
 出典:ラッセル『宗教と科学』第3章「進化」
     https://russell-j.com/cool/russell-alice.html

<用例3>
By oscillating between the two meanings, we avoid paradox and shock, which 
is more than most philosophers do.
[二つの意味の間を振動することによって(状況によって適用する意味を変えること
によって),我々はパラドクスや精神的動揺を避けている。これは,大部分の哲学者
がやっている以上のことである。]
 出典:ラッセル「通常の用法」崇拝(の批判)」
     https://russell-j.com/beginner/1002_CoCU-070.HTM

<参考例1>
the theoretically predicted frequencies of oscillations / As n increases, 
the sequene oscillate between two values.
[理論的に予想された振動数/n がおおきくなった時,その数列は2つの値の間で振動
する。]
 出典:『京大学術語彙データベース基本英単語1110』p.224

<参考例2>
Her moods oscillated between depression and elation.
 出典:Oxford Advanced Learner's Dictionary, 8th ed.


★「ラッセルの言葉(Word Press 版)v.2」 n.1159~1163

1)n.1159:R『結婚論』第十四章 個人心理の中の家族 n.11
      https://russell-j.com/wp/?p=4022

2)n.1160:R『結婚論』第十五章 家族と国家  n.1
      https://russell-j.com/wp/?p=4022

 家族は,生物学的起源をもっているけれども,文明社会においては,法律の制定
による所産である。結婚は,法律で規制されており,親の子供に対する権利(親権)
も細かく定められている。(法的)結婚がおこなわれない場合は,父親には(子供
に対して)なんの権利もなく,子供はもっばら母親のものになる。しかし,法律は
,家族を擁護する意図を有しているけれども,現代においては,ますます親と子供
の間に介入してきており,立法者の希望と意図に反して,次第に家族制度を崩壊さ
せる主要なエンジン(動力源)の一つになりつつある。こういうことが起こったの
は,悪い親には,社会の一般的な感情が必要と考えるだけの子供の世話を期待でき
ない(子供の世話することを信頼できない),という事実による。しかも,悪い親
だけでなく,非常に貧しい親の場合も,彼らの子供を災難から守るためには,国家
の干渉が必要になる(のである)。

 十九世紀の初めに,子供を工場で働かせることを禁止しようとする提案は,親の
責任(責務)を弱めるだろうという理由ではげしく反対された。英国の法律は,古
代ローマの法律と異なり(注:did not, like the that of ancient Rome, allow 
を「古代ローマの法律のように・・・を許さなかった」と訳すと,逆に解釈される
危険がある。),親が子供をすみやかに苦痛をあたえずに殺すことを許さなかった
が,親がゆっくりと(子供を)苦役で苦しめて,子供の生命を(徐々に)奪うこと
は許した(のである)(注:皮肉ですね)。この聖なる権利は,親や雇い主や経済
学者によって擁護された。にもかかわらず,社会の道徳感情は,このような抽象的
かつ学者ぶった考えにぞっとし(注:was revolted by),そうして,(英国)工場法が
可決された。次の段階は,より重要なものであった。即ち,義務教育の開始である
。これは,親権に対する真に重大な干渉である。休日を除いて,毎日の多くの時間
,子供は家庭から離れて,子供たちが知る必要があると国が考える事柄を学習しな
ければならず,また,親がこのことをどう思うかは法的には無関係ない(のである)

。学校を通して,子供の生活に対する国家の支配は,次第に広がりつつある。たと
え両親がクリスチャン・サイエンスの信者(注:彼らは手術や輸血を認めない。)で
あっても,子供の健康は世話をしてもらえる。子供が精神的に欠陥があれば,特殊
学校へ行かされる。困窮していれば,養ってもらえる(食料などが与えられる)。
親がブーツを買ってやれないなら,支給されるだろう。子供が登校したときに,親
から虐待されている形跡があれば,親はおそらく刑罰を受けるだろう。

昔は,子供が未成年の間は,子供の稼ぎを取りあげる権利があった。今日では,子
供が自分の稼ぎを保持することは,実際上は難しいかもしれないが,子供にはそう
する権利はあり,必要があれば,この権利を行使することもできる。賃金労働者階
級の親に残されている,わずかな権利の一つは,いかなるものであれ,同じ地域の
多数の親たちが共有している迷信を子供に教えこむことである。しかも,この権利
さえも,多くの国では両親から奪われている。

Chapter XV: The Family and the State, n.1

The family, though it has a biological origin, is in civilized communities
 a product of legal enactment. Marriage is regulated by law, and the rights
 of parents over their children are minutely determined. Where there is no
 marriage, the father has no rights, and the child belongs exclusively to
 the mother. But although the law means to uphold the family, it has in 
modern times increasingly intervened between parents and children, and is
 gradually becoming, against the wish and intention of law-makers, one of
 the chief engines for the break-up of the family system. This has happened
 through the fact that bad parents cannot be relied upon to take as much 
care of their children as the general feeling of the community considers
 necessary. And not only bad parents, but such as are very poor, require
 the intervention of the State to secure their children from disaster. 
In the early nineteenth century, the proposal to interfere with the labour
 of children in factories was fiercely resisted on the ground that it would
 weaken parental responsibility. Although the English law did not, like
 that of ancient Rome, allow parents to kill their children quickly and
 painlessly, it did permit them to drain their children of life by a slow
 agony of toil. This sacred right was defended by parents, employers, and
 economists. Nevertheless, the moral sense of the community was revolted
 by such abstract pedantry, and the Factory Acts were passed. The next 
step was a more important one, namely the inauguration of compulsory 
education. This is a really serious interference with the rights of 
parents. For a large number of hours on all days except holidays, the 
children have to be away from home, learning things that the State 
considers necessary for them to know, and what the parents think about 
the matter is legally irrelevant. Through the schools, the control of 
the State over the lives of children is being gradually extended. Their 
health is cared for, even if their parents are Christian Scientists. 
If they are mentally deficient, they are sent to special schools. If they
 are necessitous, they may be fed. Boots may be supplied if the parents
 ‘cannot afford them. If the children arrive at school showing signs of
 parental ill-treatment, the parents are likely to suffer penal 
consequences. In old days, parents had a right to the earnings of their
 children as long as their children were under age; now, although it may
 be difficult in practice for children to withhold their earnings, they
 have the right to do so, and this right can be enforced when 
circumstances arise which make it important. One of the few rights 
remaining to parents in the wage-earning class is that of having their
 children taught any brand of superstition that may be shared by a large
 number of parents in the same neighbourhood. And even this right has been
 taken away from parents in many countries.
出典: Marriage and Morals, 1929.
詳細情報:https://russell-j.com/beginner/MM15-010.HTM

3)n.1161:R『結婚論』第十五章 家族と国家  n.2
      https://russell-j.com/wp/?p=4025

4)n.1162: R『結婚論』第十五章 家族と国家  n.3
     https://russell-j.com/wp/?p=4032

5)n.1163:R『結婚論』第十五章 家族と国家  n.4
     https://russell-j.com/wp/?p=4036
   

★「ラッセルの言葉_画像版」

 日本語 version : n.0671j-0677j を投稿
 英 語 version : n.0671e-0677e を投稿

  一つだけ再録します。 n.0673j (Sept. 4, 2018)
     https://russell-j.com/smart_r366/r366g_j0673.html

 「この世は夢の中の世界?」

 普通の(常識的な/日常的な)言語を使ってよいならば,今この瞬間において,私
は自分の部屋の家具や,風にゆらぐ木々や,家々,雲,青空,それから太陽を見る
ことができる(と言うことができる)(注:厳密な科学言語で言わなければいけな
いとしたら,このようには言えない)。(私の/我々の)常識は,これら全ての物は
私の外(部)に存在していると想像する。これら全ての物は,私の外部にある物理
的対象と因果的に結合している(因果関係にある)と私は信じているが,物理的対
象が,重要な点で私が直接的に経験するものと異なっていなければならない(異な
っているに違いない)ということを悟るやいなや,また私が物理的対象から出て私
の感覚が起る(感覚器官で受け取る)以前に私の脳に達する因果の連鎖(因果関係)
を説明するやいなや,物理的因果関係の見地から,私は直接に経験した感覚対象が
,私の脳の中にあって(私の)外の世界にないことを知る。

if I allow myself to talk the language of common sense, the furniture of
 my room, the trees waving in the wind, houses, clouds, blue sky, and sun.
 All these common sense imagines to be outside me. All these I believe to
 be causally connected with physical objects which are outside me, but as
 soon as I realize that the physical objects must differ in important ways
 from what I directly experience, and as soon as I take account of the 
causal trains that proceed from the physical object to my brain before my
 sensations occur, I see that from the point of view of physical causation
 the immediately experienced objects of sense are in my brain and not in
 the outer world. 
 出典: Bertrand Russell : Mind and Matter (1950?)
 詳細情報:https://russell-j.com/beginner/19501110_Mind-Matter140.HTM

 <寸言>
  我々は日常的には(「常識的には」)自分と外界(世界)とは別だと考えてし
まうが、外界は我々(自我)が構成した「構成物」にすぎない。「私」が死ねば
「私にとっての世界」は消滅し、「人類」(あるは高等生命)が滅亡すれば「人類
にとっての宇宙」も消滅する。
 それでは、「感覚を持つ生命体」がまったく存在しない宇宙とはどんなものであ
ろうか? 今我々が見ているような生命や物質にあふれた宇宙ではなく、量子が充
満し、ある場所ではそれらの濃度が濃く、ある場所ではそれらの濃度が薄い、カオ
ス宇宙にすぎないのであろうか? 

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(2) ラッセルに関する記述や発言等
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★ 今回もお休み

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 編集後記 NHKは錦織と大坂なおみ出場の全米オープンテニスを放映せず!
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 ★祝600号(週刊の本メルマガも今回が600号 = 4,200日経過ということ)★

 野球やサッカーなどの人気があるスポーツ(視聴者が多いという意味で「大衆スポ
ーツ」)は,連日TVやネットで中継されている。これに対し、テニスは錦織選手の
活躍などで人気がでてきたとはいえ、マスター1000以上でないと中継されない。NHK
のテニスの試合の放映はマスター1000及びグランドマスター(全米を始めとした4大
大会)で日本選手が出てくる場合には全て放映する方針と聞いている。私も若い頃に
テニスをやっていた関係もあり、TVやネットでかなりそういったテニスの試合を見
ており、放映されない場合は、ネットに試合のハイライトが結構掲載されるのでそれ
もよく見ている。

 ところが、今回の全米オープンはNHKは中継していない。錦織や大坂なおみが活躍
している(大坂なおみは決勝に進出決定/錦織は本日ジョコビッチと準決勝の試合予
定)というのにどうしたことか!と思ったら、WOWOWが独占放映権を獲得しているた
めに他の放送局では放映できないとのこと。聞けば、NHKはワールドサッカーの放映
のために放送権料として年間約100億円を支払っているらしい。WOWOWが独占放送のた
めに大金を支払っているといっても、視聴者の数からいったらそんなに大金ではない
はず。今回は、NHKのスポーツ放送の契約担当者の出足が遅く、判断を誤ったためと
思われる。日本の男女の選手が同時に決勝に進みそうなことは今後はない可能性大で
あろう。テニスは野球やサッカーに比べてファンが多くないことはわかるが、野球や
サッカーのパットしない試合をダラダラと放送しても(ファンの多さを強みに)あま
り気にならないのだろうか?
(決勝試合を放映するために、NHKはWOWOWと交渉しないのだろうか?)

 ちなみに海外のサイトでネット中継しているものは、クレジットカードの登録を
すれば無料で見られる試合もけっこうある。しかし、クレジットカードの登録はいや
なのでやっていない。ただし、各種スポーツを賭けにしているサイトはうまくいけば
視聴することができる場合があり、本日の大坂なおみとキーズの対戦も視聴できた。
こういったサイトも利用登録しないと通常視聴できないが、その案内がでたらクリ
ックし、なかなかその先に進まなければ、登録の仕方がわからずにお困りですかと
案内が出てくるので、知らん顔していると、運がよければ本日のように最後まで視
聴することができる。賭けサイトの場合はできるだけ臨時の一時的な視聴者を獲得
したいので、どうしてもチェックを甘くしている。それを逆手にとったしだい。
                             (松下彰良)

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■編集・発行:(松下彰良/まつした・あきよし)
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