バートランド・ラッセルに関するメルマガ

バートランド・ラッセルに関するメール・マガジンn.210

カテゴリー: 2011年02月12日
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 バートランド・ラッセル(1872.5.18-1970.2.2)に関するメール・マガジン
  2011/2/12: n.0210 (2006/12/21 創刊/毎週土曜or日曜日発行)
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[★投稿歓迎:ラッセルに関係するものであれば、ご意見、ご要望、エッセイ
       ちょっとした情報提供等、何でもけっこうです。投稿は、
       matusitaster@gmail.com 宛、お願いします。]

 ■ 目 次 ■

(1)ラッセルの著書及び発言等からの引用
(2)ラッセルに関する記述や発言等
 編集後記

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(1)ラッセルの著書や発言等からの引用(追加訂正などして再掲したものを含む)
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★改訳+HTML修正あるいは部分訳だったものを全訳化

1)『ラッセル自伝』第1巻第3章「ケンブリッジ大学時代」から
 http://russell.cool.ne.jp/beginner/AB14-010.HTM
 
 1889年の夏(ラッセル17歳)、私がロロ叔父さんと一緒に、ハインドヘッドの傾
斜地(斜面)にある彼の家に住んでいた時(参考:ロロ叔父さんの家)、ある日曜
日、叔父さんは私を長い散歩に連れ出した。ファーンハースト近くのフライディズ・
ヒルを下りながら、叔父さんは言った--「ある家族が引っ越してきて、この家に
住むことになったんだ。そこでこれからその人達を訪ねようと思う。」
 私は内気だったので、それは嫌だと思い、どんなことがあっても夕食までいるよ
うなことはしないようにと叔父さんに懇願した。彼はそんなことはしないと言った
が、実際は夕食までいることになり、私はそのことを喜んだ(注:アリスがいたため)。
(In the summer of 1889, when I was living with my Uncle Rollo at his house
 on the slopes of Hindhead, he took me one Sunday for a long walk. As we 
 were going down Friday's Hill, near Fernhurst, he said : 'Some new people 
 have come to live at this house, and I think we will call upon them.' 
 Shyness made me dislike the idea, and I implored him, whatever might happen,
 not to stay to supper. He said he would not, but he did, and I was glad he
 did.)

2)『ラッセル自伝』第1巻第3章「ケンブリッジ大学時代」から
 http://russell.cool.ne.jp/beginner/AB14-020.HTM
 
 だが、私が特に関心を持ったのは、(米国)ブリン・モア大学から(夏休みで)
帰省していた娘のことであった。彼女は、次のグラスゴーで発行された1921年5月
10日付発行の「会報」(Bulletin)からの抜粋からもわかるように、非常に美人であ
った。

「20年そこら前のことであるが、エディンバラで開かれた、市民歓迎会か、あるい
 はその種の何かの歓迎会で(禁酒運動の代表者たちに対する歓迎会だったかもし
 れない)、バートランド・ラッセル夫人にお会いしたのを記憶している。当時、
 彼女は、想像できる限り最も美しい女性の一人であり、また、クエーカー教徒の
 家系にもかかわらず、ある種の堂々とした威厳を備えていた。その歓迎会に出席
 した私たちは、彼女を非常に賛美し、平静かつ品位のあるエディンバラ流で、彼
 女をその夜のヒロインとした。」

 彼女は大学在学中であり、大西洋を単身で渡って来ており、またすぐにわかった
ことであるが、ウォルト・ホイットマン(Walt Whitman, 1819~1892: 米国の詩人
/詩集『草の葉』で有名)の親友であるというように、彼女は私がそれまでに知っ
ていたいずれの若い女性よりもより解放的であった。彼女は、『エックハルト』と
いうドイツ語の本を読んだことがあるか、と私に尋ねた。偶然にも私は、その朝、
その本を読み終えていた。これは'幸運の訪れ(めぐりあわせ)'であると私は思っ
た。彼女は親切であり、少しも私を内気にさせることはなかった。一目見て私は彼
女が好きになった。 
(But it was the daughter from Bryn Mawr who especially interested me. She 
 was very beautiful, as appears from the following extract from the Bulletin, 
 Glasgow, May 10, 1921:

 'I remember meeting Mrs Bertrand Russell at a civic reception or something
  of the kind (was it a reception to temperance delegates?) in Edinburgh 
  twenty odd years ago. She was at that time one of the most beautiful women
  it is possible to imagine, and gifted with a sort of imperial statelines,
  for all her Quaker stock. We who were present admired her so much that in a
 collected and dignified Edinburgh way we made her the heroine of the evening.' 

 She was more emancipated than any young woman I had known, since she was at
 college and crossed the Atlantic alone, and was, as I soon discovered, an 
 intimate friend of Walt Whitman. She asked me whether I had ever read a 
 certain German book called Ekkehard, and it happened that I had finished it
that morning. I felt this was a stroke of luck. She was kind, and made me feel
 not shy. I fell in love with her at first sight.)

3)『ラッセル自伝』第1巻第3章「ケンブリッジ大学時代」から
 http://russell.cool.ne.jp/beginner/AB14-030.HTM

 その夏はその家族(ピアーサル・スミス一家)の誰とも再び会うことはなかった。
しかし翌年からずっと、私は、毎年ロロ叔父さんと一緒に暮らす3ヶ月間、毎日曜
日、彼らの家まで4マイルの道を歩き、ランチに間にあうように到着し、夕食まで
滞在した。夕食の後、彼らはよく森の中でキャンプ・ファイヤーをし、車座にすわ
って黒人霊歌を歌った。黒人霊歌は、その当時英国ではまだ知られていなかった。
アメリカは、ゲーテにとってそうであったように、私にとっても、ロマンチックな
自由の国のように思われた。そうして私は、アト・ホームな気持ちになるのを妨げ
る偏見が、この家族の間には、ほとんど無いことがわかった。とりわけ、私は、彼
らが'上品な趣味'(趣味の良さ)という観念から解放されていることがうれしかった。
(I did not see any of the family again that summer, but in subsequent years,
 during the three months that I spent annually with my Uncle Rolo, I used
 to walk the four miles to their house every Sunday, arriving to lunch and
 staying to supper. After supper they would make a camp fire in the woods,
 and sit round singing Negro spirituals, which were in those days unknown
 in England. To me, as to Goethe, America seemed a romantic land of freedom,
 and I found among them an absence of many prejudices which hampered me at
 home. Above all, I enjoyed their emancipation from good taste.)

4)ラッセル「成功と失敗(自由競争社会)」(アメリカン・エッセイ)
 http://www005.upp.so-net.ne.jp/russell/JIYU-KYO.HTM
 
 19世紀自由主義のスローガン(合言葉)であった'自由競争'は、疑いもなく支持
すべき多くの長所を持っていた。'自由競争'は諸国民の富を増大させ、手工業から
機械工業への移行を加速した。即ち、人為的不正を取り除き、'才能のある者にキャ
リア形成の道を開くというナポレオンの理想を実現した。しかしそれは一つの大き
な不公平 -即ち才能の不平等性にもとづく大きな不公平を救済しなかった。
'自由競争'の世界では、精力的で抜け目のない人間は裕福になり、他方その人の長
所が競争的でない種類のものである者は貧乏のままとなる。
(Free competition, which was the watchword of nineteenth-century liberalism,
 had undoubtedly much to be said in its favour. It increased the wealth of
 the nations, and it accelerated the transition from handicrafts to machine
 industry; it tended to remove artificial injustice and realised Napoleon's
 ideal of opening careers to talent. It left, however, one great injustice
 unremedied - the injustice due to unequal talents. In a world of free 
 competition the man whom Nature has made energetic and astute grows rich,
 while the man whose merits are of a less competitive kind remains poor.)

5)ラッセル「羞恥心について」(アメリカン・エッセイ)
 http://www005.upp.so-net.ne.jp/russell/ASHAMED.HTM
 
 ・・・。後悔というのは社会的な現象であり、我々が行った何らかのことが原因
で、もはや他の人々に自分のことを好意的に見てもらえなくなった時に、この感情
は生ずる。もちろんこの場合、その社会的非難が基づく価値判断(基準)を我々自
身が受け入れていることが不可欠である。受け入れていない場合には、我々の反応
は立腹と自己主張というまったく別な形を取る。
 ある種の幸運な人々は、大きな事柄であろうと小さな事柄であろうと、自分が間
違っているという感覚をまったく持たない(経験しない)。私はかつてある著名な
淑女に向かって、あなたは恥ずかしさを感じたことがあるか尋ねた時のことを覚え
ている。彼女はその時次のように答えた。

 「いいえ、私が少しでもそのように感じるときには、私は自分にこう言います。
 『あなたは、世界中で最も聡明な国民の中の、最も聡明な階級に属する、最も聡
  明な家系の中の、最も聡明な一員ではないですか。そのあなたがどうして恥ず
  かしく感じることがありましょう』」 

 この返事を聞いて、私は畏敬と羨望を感じた。(注:もちろん、半分皮肉です。)
(I think remorse is essentially a social phenomenon which occurs when we 
 realise that, owing to something we have done, we cannot make other people
 take the favourable view of ourselves that we should wish them to entertain.
 It is, of course, essential that we should accept the standards from which
 our social condemnation springs. If we do not, our reaction is quite 
 different, being one of indignation and self-assertion.
 Some fortunate people never experience the sense of being in the wrong, 
 either in great matters or in small. I remember once asking an eminent lady
 whether she had ever felt shy. She replied: 'No. Whenever I have felt any
 tendency that way, I have said to myself "You are the cleverest member of
 one of the cleverest families of the cleverest class of the cleverest nation
 in the world - why should you feel shy ?" 
 ' I heard this answer with awe and envy. )
 
6)ラッセル「歴史が与える慰め」(アメリカン・エッセイ)
 http://www005.upp.so-net.ne.jp/russell/REK-NAGU.HTM
 
 ・・・。けれども、人類は、氷河時代、戦争、疫病及び彼らの生存を脅かすその
他様々な危機を乗り越え、これまで生き残ってきた。いずれの変化も、我々が'実
際家'と呼んでいる人々、即ち、盲目的に先祖の有り難い知恵に従う人々によって
常に反対されてきたので、不必要なまでに非常に緩慢であった。そのような連中は
今でも我が国の政治を支配しており、新たな産業主義の環境への我々の適応を必要
以上に遅くしている。しかし長い目で見れば、我々は、急速に変化する世界におい
て、知恵は伝統の固執のなかにはありえないことを、皆理解するであろう。我々人
類の経済生活を、激情でなく'知性によって管理することにするやいなや、我々人類
は皆豊かになるはずである。ほとんどの人は自分の'知性'よりも'激情'に従う方が
楽だと考える。しかし、もしもその罰としての結果が'飢餓'であれば、我々(彼ら
も)もやがては合理的であることを受け入れるであろう。普遍的繁栄の条件は極め
て単純で周知のことであるが、それには我々のものの感じ方の習慣の変更が必要で
ある。それゆえ、世界大恐慌の教訓が人間の心の奥底に深く沈殿した時(現在)に
のみ、採用されることだろう。 
(Man, however, he has survived the Ice Age, wars, pestilences, and all the
 other dangers which have threatened his existence. Each change has been 
 met by an adaptation much slower than it need have been, since it was 
 always opposed by what we call practical men, i.e., those who blindly 
 followed the revered wisdom of their ancestors. Such men still control 
 our politics and make our adaptation to the altered circumstances of 
 industrialism much slower than it need be. But in the long run everybody
 will see that in a rapidly changing world wisdom cannot consist in mere
 adherence to tradition. As soon as we allow intelligence instead of 
 passion to guide our economic life, we shall all grow rich. Most people 
 find it pleasanter to follow their passions rather than their intelligence,
 but when the penalty is starvation, they will, in the long run, submit to
 being reasonable. The conditions of universal prosperity are quite simple
 and well known, but they involve changes in our habits of feeling, and 
 will, therefore, only be adopted when the lessons of the Depression have
 sunk deep into men's minds.)

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(2)ラッセルに関する記述や発言等
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★インターネット上のブログから

1)ラッセル『哲学入門』について
 http://blog.livedoor.jp/ymteio/archives/52098729.html
  
2)ラッセル『西洋哲学史』(英語原書)について
 http://kuma-padre.blog.so-net.ne.jp/2011-02-08
 
  「最近はこの本のことを思い出すこともなくなっていたのですが、ひょんな事
  から、これの英語の原書を手に入れることになってしまいました。なぜって、
  こんな書評を目にしてしまったからです。
   曰く、
   ラッセル「西洋哲学史」:
   これは、およそ英語で論文というものを書こうとする、すべての人の必読本
   である。その文体は論理的な英語文というものの、これ以上ないお手本であ
   る。 また、必要以上に難しい語彙を一切使っておらず、平明で大変に読み
   やすい。(英国人である)書評者私自身が、英語のお手本として時々参照す
   るほどである。
   ・・・ 云々。
  そこでさっそく、勤め先の大学の生協に注文を入れておき、先日届きました。」

3)「権力者の素顔 (名著)バートランド・ラッセル『権力-その歴史と心理』を読む
 http://blogs.yahoo.co.jp/taizan0613/55140402.html

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(3)読者コーナー(ご意見・感想・要望・その他なんでも)
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●投稿をいただければ、ここに掲載します。
 (実名でも仮名でもどちらでもけっこうです。)

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 編集後記 
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 せっかくの3連休ですが、関東地方でも昨日少々雪が降り、この冬で一番寒く感
じています。
 
 ラッセルが1930年代に米国ハースト系の新聞や雑誌に発表したエッセイをまとめ
た Mortals and Others: Bertrand Russell's American Essays, 1931-1935, v.1,
 ed. by Harry Ruja (London, G. Allen & Unwin, c.1975)の邦訳をラッセルのホー
ムページに掲載しています。一部部分訳となっていましたが、この度、全訳化を終
了しました。本書については、みすず書房から『人生についての断章』という書名
ですぐれた訳がでていますので参考にさせていただいていますが、一部については
見解の相違があり、松下訳の中でふれています。
 下記のページに目次があります。
 http://www005.upp.so-net.ne.jp/russell/CON-MOR2.HTM
 ご意見がありましたらよろしくお願いいたします。なお、まだ10篇ほど、HTML
の修正や改訳が必要なものがありますが、おいおいやっていきます。(松下彰良)

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■編集・発行:(松下彰良・まつしたあきよし)
■ご意見・ご感想・お問合せはお気軽に : matusitaster@gmail.com
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■WEBサイト: http://www005.upp.so-net.ne.jp/russell/index.htm
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