バートランド・ラッセルに関するメルマガ

編集後記 「他人の」命よりも利益追求-中西経団連会長の「本心」(×変心)

カテゴリー: 2019年02月16日
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 (週刊)バートランド・ラッセル(1872.5.18-1970.2.2)に関するメール・マガジン
  no.0622_2019/02/16 (2006/12/21 創刊/毎週土曜 or 日曜日 発行)

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     ■ 目 次 ■
          
(1)ラッセルの著書及び発言等からの引用
(2)ラッセルに関する記述や発言等
 編集後記

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(1) ラッセルの著書や発言等から
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■「(ほぼ日刊)ラッセルの言葉366」
      n.1564~n.1567 を発行しました。
 
  以下,1つだけ再録します。n.1567 (2019年2月15日 金曜日)[
      https://archives.mag2.com/0001626338/20190215082737000.html

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 ラッセル『宗教と科学』第9章 科学と倫理学 n.5
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「価値」についての(いろいろの)問題「問い)は -即ち,その(及ぼす)影響
とは独立に,それ自身で善あるいは悪であるものについての問題は- 宗教を弁
護/擁護する人々が力強く主張するように,科学の領域の外にある。私は,この
点において,彼らは正しいと考えるが,私は更に,「価値」に関する問題は全
く知識の領域外にあるという結論 -彼らは導き出していない結論- を導き出
す。即ち,我々が,あれこれが価値がある(価値をもっている)と主張する
時,我々は自分自身の感情を表現している(感情に表現を与えている)のであ
って,我々の個人的感情が違ってもなお(if = even if)真理であるような事
実を表現している(事実を言っている)のではない。このことを明らかにする
ために,我々は善の概念を分析してみなければならない。

 第一に,善とか悪とかいう全ての概念は,(人間の)欲求と何らかの結びつ
きを持っていることは明らかである。一見したところ(Prima facie),我々全
てが望むものは「善」であり,我々全てが恐れるものは「悪」である。我々全
てがその欲求において一致するなら放っておくことができるが(the matter 
could be left there),不幸にも我々の欲求は衝突する。もし私が「私の欲す
る(望む)ことは善である」と言うなら,私の隣人は,「そうじゃない。私が
欲する(望む)ことが善だ」と言うであろう。倫理学は,このような主観性
から脱却しようとする試み -私はそれは(脱却に)成功するとは思わないけれ
どもー である。私は自然と(当然のこと),隣人との論争において,私の欲求
(望んでいること)は隣人の欲求よりもより尊敬に値する性質を持っているこ
とを示そうとする。もし,私は通行権(a right of way)を守ろうと思えば,
(通行しようとする)地区の土地を所有していない住民(landless inhabitants)
に訴えるだろう(アピールするだろう)。しかし,彼(通行対象の土地の所有
者)は,自分の立場に立って,土地の所有者たち(地主たち)に訴えるだろう。
私は「誰も見なければ,田園の美しさが何になるのだ」と言うだろう。彼は
「もし旅行者(trippers 日帰り旅行者)があふれて荒廃が広がったら一体どん
な美しさが残るというのだ」と言い返すだろう。いずれの側の人も,自分の欲
求の方が第三者(当事者以外の人々)の欲求と調和する(一致する)ことを示
すことによって,支持を得よう(←自軍に入隊させよう)とする。強盗の場合
(事例)のように,こういう説得が明らかに不可能である時には,世論によっ
て非難され,その倫理上の立場(地位)は罪人の立場(地位)になる。

 倫理学はこのように政治と密接に関係している。即ち,政治はある集団の集
団的欲求を(集団内の)各個人に影響を与えようとする試みである,あるいは
,逆に,個人の欲求を(自分が属している)集団の欲求になるようにしようと
する試みである。後者は,もちろん,その人の欲求が一般の利益に明らかに反
していない場合にのみ可能である。泥棒(住居侵入窃盗犯)(burglar)は,人々
に対し,自分はあなたたちに善をなしているのだと説得することはほとんどし
ないだろう。もっとも(ただし),金権政治家(plutocrat)は同じような試
みをしてしばしば成功している(けれども)。我々の欲求が全ての人々が共通
に享受できるものに向けられている場合には,他の人々も意見が一致する可能
性があると望んでも不合理ではない(=合理的である)と思われる。こうして
,真,善,美を評価する哲学者は,自分のために単に自分自身の欲求を表現し
ているのではなく,全人類の幸福への道を指し示しているように思われる。強
盗とは違い,彼は自分の欲求が個人を超えた意味で価値を持っているものに対
するものだと信ずることができる(のである)。

Chapter 9: Science and Ethics, n.5

Questions as to "values" - that is to say, as to what is good or bad 
on its own account, independently of its effects - lie outside the 
domain of science, as the defenders of religion emphatically assert. 
I think that in this they are right, but I draw the further 
conclusion, which they do not draw, that questions as to "values" lie
wholly outside the domain of knowledge. That is to say, when we assert
 that this or that has "value," we are giving expression to our own 
emotions, not to a fact which would still be true if our personal 
feelings were different. To make this clear, we must try to analyse
 the conception of the Good. 

It is obvious, to begin with, that the whole idea of good and bad has
 some connection with desire. Prima facie, anything that we all desire
 is "good," and anything that we all dread is "bad." If we all agreed 
in our desires, the matter could be left there, but unfortunately our
 desires conflict. If I say "what I want is good." my neighbour will 
say "No, what I want." Ethics is an attempt - though not, I think, a
 successful one - to escape from this subjectivity. I shall naturally
 try to show, in my dispute with my neighbour, that my desires have 
some quality which makes them more worthy of respect than his. If I 
want to preserve a right of way, I shall appeal to the landless 
inhabitants of the district ; but he, on his side, will appeal to the
 landowners. I shall say : "What use is the beauty of the countryside
 if no one sees it?" He will retort : "What beauty will be left if 
trippers are allowed to spread devastation?" Each tries to enlist 
allies by showing that his own desires harmonize with those of other
 people. When this is obviously impossible, as in the case of a 
burglar, the man is condemned by public opinion, and his ethical 
status is that of a sinner. 

Ethics is thus closely related to politics : it is an attempt to bring
 the collective desires of a group to bear upon individuals ; or, 
conversely, it is an attempt by an individual to cause his desires to 
become those of his group. This latter is, of course, only possible 
if his desires are not too obviously opposed to the general interest
 ; the burglar will hardly attempt to persuade people that he is doing
them good, though plutocrats make similar attempts, and often succeed.
 When our desires are for things which all can enjoy in common, it 
seems not unreasonable to hope that others may concur ; thus the 
philosopher who values Truth, Goodness and Beauty seems, to himself,
 to be not merely expressing his own desires, but pointing the way to
 the welfare of all mankind. Unlike the burglar, he is able to believe
 that his desires are for something that has value in an impersonal 
sense.
 出典: Power, 1935, chapt. 9: Science and Ethics, n.5
 情報源:https://russell-j.com/beginner/RS1935_09-050.HTM


■「(ほぼ日刊)ラッセルの英語」
      n.1520~1523 を発行しました

  以下,1つだけ再録しますn.1523(2019年2月15日 金曜日) 
      https://archives.mag2.com/0001623960/20190215060000000.html
      
★ brute (n) [獣,野獣]

* brutal (adj.):残忍な,冷酷な;粗野な;厳しい
* a brutal fact 厳然たる事実
* brutality (n):野蛮,残忍性,無慈悲;残忍な行為
   https://russell-j.com/beginner/reitan-b091.htm

<用例1>
Apart from brute force, the principal factors on the government side 
are tradition, religion, fear of foreign enemies, and the natural 
desire of most men to follow a leader.
[統治する側の主要な要素は,暴力を別とすれば,伝統,宗教,及び外国の敵
(外敵)に対する恐怖心であり,大部分の人々が指導者に従おうとする自然な
欲求である。]
 出典:ラッセル『権力-新しい社会分析』第12章「権力と統治形態」
     https://russell-j.com/beginner/POWER12_200.HTM

<用例2>
A school is like the world: only government can prevent brutal 
violence.
[学校は,(現実の)世界と同じである。即ち,統治(統治機構)だけが野蛮な暴力
行為を防ぐことができる。]
 出典:ラッセル『教育論』第2巻第4章「再婚」
     https://russell-j.com/beginner/AB24-070.HTM

<用例3>
Consider how much brutality has been justified by the rhyme.
[次の詩によって,これまでどれだけ多くの残忍な行為が正当化されてきたか
を考えてみよう。]
 出典:ラッセル「人類に害を与えてきた思想」
     https://russell-j.com/beginner/0861HARM-030.HTM

<参考例1>
Men differ from brutes in that they can think and speak.
[人間は思考し,話すことができる点で,獣とは異なる。]
 出典:宮川幸久『英単語ターゲット1900』, p.437

<参考例2>
Jack is a dangerous man, and can be very brutal and reckless.
[ジャックは危険な男で,非常に残忍で向こう見ずな面もある。]
 出典:『新版完全征服データベース5500 合格 英単語・熟語』p.297]

<参考例3>
Keep away from the dog. It is a brute and growls at anyone.
[その犬に近づかないでください。獣ですから誰にでもうなりますよ。]
 出典:『究極の英単語<SVL> Vol.3 上級の3000語』p.53

<参考例4>
The horse broke its leg when it fell and the poor brute had to be 
destroyed.
 出典:Longman Dictionary of Contemporary English, new ed.

<参考例5>
Brutality is cruel and violent treatment or behaviour.
 出典:Collins COBUILD English Dictonary for Advanced Learners, new
 ed.


★「ラッセルの言葉(Word Press 版)v.2」 n.1264~1267

1)n.1264:R『権力-その歴史と心理』第2章:指導者と追従者n.14
     https://russell-j.com/wp/?p=4384

2)n.1265: R『権力-その歴史と心理』第2章:指導者と追従者n.15
     https://russell-j.com/wp/?p=4388

3)n.1266:R『権力-その歴史と心理』第2章:指導者と追従者n.16
     https://russell-j.com/wp/?p=4391

 これまで,私は,命令する者(支配者)と従う者(追従者)について述べて
きたが,第3のタイプ,即ち,引き下がる者(脱落者)が存在する。(世のな
かには,)服従を拒否する勇気をもっているが,命令したいと望む傲慢さを持
っていない者がいる(服従を拒否する勇気はもっているが,命令したいと望む
傲慢さを持ち合わせていない者がいる)。そういう人は,そんなに簡単に社会
機構に【自分を)合わせようとせずに(fit into はめ込む),どうにかして
多少とも孤独な自由を享受できる隠れ家を探し求める(ものである)。 時々,
こういった気性の人が,大いに歴史的な重要性を持ってきた。初期のキリスト
教徒やアメリカの開拓者は,この部類の(人間タイプの)二つの種類のものを
代表している。隠れ家は,時には精神的なものであり,時には肉体的なもので
ある。(また)時には,隠者の住み家(hermitage)のような完全な孤独を,
時には,修道院のような社会的な孤独(注:一般社会から分離された孤独)を
必要とする。精神的な(精神上の)の隠遁者の中には,存在がはっきりしない
宗派に入っている者や,無邪気な流行に心を奪われている者や,深遠かつ重要
ではない博学(博識)の諸形態に没頭している者(など)がある。肉体的な隠
遁者の中には,文明の開拓地(フロンティア)を探し求めようとする者とか,
「アマゾン(河畔)の博物学者」と呼ばれたベイツみたいに,インディアン以
外とはつきあうことなく,15年間幸福に暮らした探険家たちもいる。多少の隠
者的な気分は,卓越しているもの(優秀であるもの)の多くの形態において,
必須の要素である。なぜならそれがあってこそ初めて(大衆の)人気を得たいと
いう誘惑に抵抗することができ,(世間)一般の無関心や敵意にも関わらず重
要な仕事を追求できるのであり,世間に蔓延している誤謬に対抗する意見を持
つに至ることができるからである。

Chapter II: Leaders and followers, n.16

I have spoken hitherto of those who command and those who obey, but
 there is a third type, namely, those who withdraw. There are men who
have the courage to refuse submission without having the imperiousness
 that causes the wish to command. Such men do not fit readily into the
social structure and in one way or another they seek a refuge where 
they can enjoy a more or less solitary freedom. At times, men with 
this temperament have been of great historical importance ; the early
 Christians and the American pioneers represent two species of the 
genus. Sometimes the refuge is mental; sometimes physical; sometimes 
it demands the complete solitude of a hermitage; sometimes the social
 solitude of a monastery. Among mental refugees are those who belong 
to obscure sects, those whose interests are absorbed by innocent fads,
 and those who occupy themselves with recondite and unimportant forms 
of erudition. Among physical refugees are men who seek the frontier of
 civilization, and such explorers as Bates, the "naturalist on the 
Amazon," Who lived happily for fifteen years without other society 
than the Indians. Something of the hermit's temper is an essential 
element in many forms of excellence, since it enables men to resist
 the lure of popularity, to pursue important work in spite of general
 indifference or hostility, and to arrive at opinions which are 
opposed to prevalent errors.
 出典: Power, 1938.
 詳細情報:https://russell-j.com/beginner/POWER02_160.HTM
  
4)n.1267: R『権力-その歴史と心理』第2章:指導者と追従者n.17
      https://russell-j.com/wp/?p=4394
 

★「ラッセルの言葉_画像版」

 日本語 version : n.0832j-0838j を投稿
 英 語 version : n.0832e-0838e を投稿

  一つだけ再録します。 n.0829j (Feb. 7, 2019)
   https://russell-j.com/smart_r366/r366g_j0829.html

 「(巧妙な)宗教の政治利用」

 大部分の宗教制度は,遅かれ早かれ(早晩),大胆な人々の手によって,世
俗的な目的に利用され,それによって,その(宗教制度)の権力の拠り所である
尊敬を失うに至ることは(それらの宗教制度の)運命である。

It is the fate of most religious institutions, sooner or later, to be 
used by bold men for secular purposes, and thereby to forfeit the 
reverence upon which their power depends. 
 情報源: Power, 1938.
 詳細情報:POWER04_060.HTM

 <寸言>
 皇室を政治的に利用してはいけないと言いながら、巧妙に「利用」するエス
タブリッシュメントたち。政治家と違って、日本会議などはもろに利用してい
る。彼らの理想が国民全体の理想であるかのごとく「宣教活動」につとめ・・。

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(2) ラッセルに関する記述や発言等
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 今回もお休み

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 編集後記 「他人の」命よりも利益追求-中西経団連会長の「本心」(×変心)
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 多くの人が「生命(いのち」の大切さ」を強調する。しかし、それは自分や
肉親や自分の身近な人たちに対するものであり、外国人や自分とほとんど関係
ない人たちまで及ばない場合が少なくない。

 その証拠に原発や米軍基地その他の「命に関わる」問題においては、自分の
住んでいる地域に原発や基地があれば反対したり抗議したりするだろう人も、
遠くに存在していれば普段ほとんど意識にのぼることなく、「日本の電力を安
定的に確保するために原発は必要だ」,「日本の安全、国民の命を守るためには
沖縄の米軍基地は必要だ」と言う人が少なくない。

 そういった人には、為政者や財界人その他、原発や基地があることによって
何らかの利益を得ている人が多い。

 先日、経団連会長が「原発はもう限界に来ている」と言ったかと思ったら、
「原発はどんどん再稼働させるべきだ」と言い出しており、物議を醸しだし
ている。もともと中西会長は、「原発は安全性に問題がある」なんてことは一
言も言っていない。中西会長は日立の社長の時に(国の支援を受けながら)原
発を推進してきた。しかし、英国の原発が採算があわなくなり、この前、日立
は減損処理のために3,000億円を計上し、英国原発建設を一時休止すると発表
した。

 中西氏が「原発は(コスト的に)無理だ」と発言した時には、経団連会長と
しては思い切ったことを言った(エネルギーコストは今では他のエネルギー源
に比べてかなり高くなってしまっていることを正直に認めた)と私も少し評価
した。しかし、すぐに本心(真意)が明らかになってしまった。つまり、原発
の新設はコスト的に難しいが、日本のベース電源である以上、運転停止してい
る原発をどんどん再稼働させるべきであり、そのためには国からの支援がもっ
と必要(税金の投入がもっと必要)ということが明らかになってしまった。

 中西会長が「原発は(コスト的に)無理だ」と言った時には、「官邸(安
総理ほか)は自分の真意を知っているので大丈夫だろう」と思っていたのだろ
うが、(中西会長の「真意を誤解」し)経団連会長でさえ原発の再稼働は無
理だ言っていると、「反原発活動」に利用されたら大変だと官邸はあわてて、
中西会長に、「あなただって原発推進してきたのに(大赤字になったために)
自分の責任回避のためにあんなこと言ったのか」とか、「そのような発言は
経団連会長としてはふさわしくない(どうしてもそう主張したいなら会長を
退きますか?)」とか言われたのではないかと想像される。

 いずれにせよ、中西会長は経団連会長としては再評価されているかも知れな
いが、人間としての評価・評判はかなり落としてしまった。(松下彰良)

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■編集・発行:(松下彰良/まつした・あきよし)
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