ひろえのキャズ便り

「ひろえのキャズ便り2018年07月27日号」


ひろえのキャズ便り2018年07月27日号です。

 半ば枯れたような草におおわれたなだらかな山肌に、うっすらまだらに残る雪。
そんなツンドラ特有の風景が、作家の3カ月にわたるアイスランド滞在中の心も
ようを思わせる映像作品を手がかりに、キャズでは2回目となる川口珠生展をた
どってみたいと思う。
 英国留学中だった2004年以降、国内外を問わず、描くことを通して訪れた土地
とのコミュニケーションを試みてきた川口さん。今回のアイスランドでもその手
法は共通しているのだが、オーロラが見えるほどの高緯度という特異な環境のも
と、どこでもないどこかに迷い込んでしまった自分を強く感じざるを得ない、あ
る種の疎外感(alienation)との戦いでもあるような制作となったようだ。この
ことは、現地での自身のパフォーマンスと風景を組み合わせた映像作品、「Alien 
On The Planet」のタイトルからもうかがえるし、この作品のなかで、彼女は「オー
ロラスーツ」(注1)とゴーグルに身を包み、まるで地球に降り立ったエイリア
ンのごとくふるまい、ときには自ら磁場の乱れに身を投じる勢いで、アイスラン
ドの自然のなかを駆け抜けたりもする。
 白夜でこそなかったものの、午前2時を過ぎると早くも夜が白み始めるという、
冷たい太陽に満たされた光の世界。その地で川口さんにおとずれたインスピレー
ションは、なぜかプラトンの対話篇に登場する「洞窟の比喩」だったという。ど
うして光に包まれながら洞窟なのか?という気がしないでもないが、ここはフィ
ヨルド特有の地理的条件から想像するほかないだろう(太陽が地を這うように運
行するため、谷あいのまちではその姿を拝むことが極端に少ないらしい)。そん
な環境に促されてかどうかは知る由もないが、川口さんはスタジオの壁や天井に
アルミニウムのシートを貼り、いわば人工の明るい洞窟ともいえる空間を設えて、
古代の洞窟壁画を思わせる動物たちを描いた。その制作過程が収められているの
が、「Cave Drawing」および「Cave Painting」と題する映像作品である。どこか
にいそうでいない架空の生き物たちが、早送りのアニメーションよろしくわき出
てくる様子を見ていると、古代人が洞窟という閉じられた空間に感じたであろう、
無限のパワーを見ているようでもあった。もっとも、比喩的にはプラトンだった
にせよ、彼女にとって問題なのは古代の洞窟ではなく、あくまでも、外界であり
ながら洞窟である(と川口さんが感じた)アイスランド。この天空におおわれた
洞窟が彼女にイメージさせたものは、はたしてなんだったのだろう?そしておそ
らく、彼女自身がこのあたりを探ろうと試行錯誤した感じが表れている作品が、
「Frame Landing」ではないかと思う。白い枠だけのボックスが、アイスランドの
谷あいの空間のそこかしこに置かれる様子が収められたこの映像。登場人物どこ
ろか、なんのストーリーもともなわない画面展開のなかで、なんとか風景を切り
取ろうとしているように見える白いフレーム。それは、いつもならそこに白いト
レーシングペーパーが貼られ、その中に入って川口さんが描くためのボックスと
して使用されてきたものである。今回も、アイスランドの海の生き物を描いたと
思われる絵がこれとは別の映像作品に登場するが(注2)、フレームが風景をな
ぞるさまは、いっこうに焦点が定まらない虚ろなまなざしのようでもあり、これ
はもしかすると、目にするなにもかもが違和感でもって迫ってくる世界との、終
わりのない戦いの記録ではないか?と思ったりもする。そして、このことばにな
らない居心地の悪さを誰かと共有したかったのか、川口さんは、アイスランドで
出会ったひとたちにある問いかけを行った。地球外生物や妖精といった存在を信
じますか?と……。そして彼女は、信じるかどうかはともかく、思いのほかアイ
スランドでは、多くのひとが謎とか不思議としかいいようのないものを目撃して
いることを知るにいたる。もっとも、洞窟であるアイスランドで、果たしてプラ
トンがいうところのホンモノの世界を認識することはできるのか?という問題は
残るだろう。アイスランドでみられる極端な現れは、洞窟内でたいまつの光が映
し出す像に過ぎないということになれば、それを手がかりにわかりあえたところ
でなんになろうか、と……。こんなふうに作家の孤独が最高潮に達したかどうか
はともかくとしても、川口作品の寂寞とした感じは、アイスランドのさむざむし
い風景のためばかりではないように思われる。
 ここまで川口さんがアイスランドの地に投げかけた眼差しをたどりながら、実
は私自身、彼女が昨年、キャズで発表した作品を思い起こしている。というのも、
川口さんの作品に漂うまなざしの孤独は、絵画を無理やり空間化したようなあの
インスタレーションにも、そこはかとなく感じられたように思うからである。遠
景も近景も、ときには心のなかの風景も、みな同じ平面に集ってひとつになる絵
画的世界。彼女が試みた絵画を空間に展開する作業は、いわば平面にしか見えな
い現実世界を無理やり立ち上がらせるようなものであり、この世界にいながら世
界の果てにいるような気分でいるひとが、いったん失った世界を取り戻そうとす
る作業に近いような気がする。ひるがえって、そもそも世界を絵画に落とし込む
作業は、離人症とまではいかないにしても、ある程度、リアルな世界から退くこ
とにほかならないだろう。とはいえ、三角形のイデアこそが美であるとするプラ
トンからすると、実際に三角形を描いてしまう絵画には、あらかじめ美とか善き
もの対する敗北が仕組まれているということになるのかもしれないのだが……。
 今回、作品が映し出されるキャズ空間も、アイスランドのスタジオ同様、アル
ミニウムにおおわれており、鑑賞者はいわば、明るい洞窟のなかで明るい洞窟の
映像をみることになった。その状況を映像に収め、また別のアルミニウムの部屋
で上映するという作業を繰り返せば合わせ鏡のような洞窟になるだろうし、川口
さんもそのことに薄々気づいているふしもある。ないけどあるとしか言えないこ
の空間は、映像を重ねるたびに「永遠の洞窟」に近づくのだろか。観念のなかに
しかないからこそ、美しさには、あらがえない何かが潜んでいるのかもしれない。

注1:白い防護服に、虹色に輝く「オーロラフィルム」というシールを全面に貼っ
たもの。このオーロラスーツとゴーグルで全身に虹色の輝きをまとった川口さん
が、映像作品中にときおり登場する。
注2:川口さんはこのボックスの中で、これまで展覧会が行われている土地(あ
るいは場所)にちなんだ生き物を描くことが多かった。

__展覧会のご案内________________________________________________________

CAS ACTION COMMITTEE
川口珠生 展

http://cas.or.jp/2018/KAWAGUCHI/index.html

■会期2018年7月14日[土]-7月28日[土] 14:00-19:00 火・水休み

■アーティストトーク  7月28日[土]16:00-(参加費¥500)
 深川雅文(インディペンデントキュレーター/クリティック)

__韓国での展覧会のご案内________________________________________________

固体-液体の臨界点はまだ発見されてない

主催:space WILLING N DEALING、特定非営利活動法人キャズ
助成:公益財団法人朝日新聞文化財団、Visual arts, Arts Council Korea(ARKO)

参加作家:
Beak Jungki、Choi Sunghun、Han junglim、Hong Buhm、Kim Siyeon、Park Jihoon、seok ho kang、
大野浩志、金沢健一、川中政宏、笹岡敬、平松伸之、ふなだかよ、中前寛文

■会場 space WILLING N DEALING、F2 777-20 Bangbae-dong, Seocho-gu, Seoul, Korea(地図)
■会期 2018年8月10日(金)~8月26日(日) 12:00-19:00 月休み

------------------------------------------------------------------------
特定非営利活動法人キャズ(CAS)
大阪市浪速区元町1丁目2番25号 
A.I.R.1963 3階
TEL/FAX 06-6647-5088
Web http://cas.or.jp/
E-mail mailto:info@cas.or.jp
________________________________________________________________________

ひろえのキャズ便り

RSSを登録する
発行周期 不定期
最新号 2018/07/27
部数 106部

このメルマガを購読する

ついでに読みたい

ひろえのキャズ便り

RSSを登録する
発行周期 不定期
最新号 2018/07/27
部数 106部

このメルマガを購読する

今週のおすすめ!メルマガ3選

サラリーマンで年収1000万円を目指せ。
高卒、派遣社員という負け組から、外資系IT企業の部長になった男の、成功法則を全て公開します。誰にでも、どんな状況、状態からでも自分の力で人生を変えるための情報と知性を発信しています。人生を意のままにするには、脳みそとこころの両方が進化しなければなりません。そんな進化とは何か?をお届けする四コママンガ付きメルマガです。2014年から4年連続でまぐまぐ大賞部門賞を受賞しました 学歴やバックグラウンドに拘わらず、人生を思いのままに生きるために必要な考え方が書かれた、「良書リスト」も希望者に差し上げています。
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

親鸞に学ぶ幸福論
【あなたを幸せにさせない理由はただ一つの心にあった。その心がなくなった瞬間に人生は一変する】と親鸞は解き明かします。 「本当の幸福とは何か」はっきり示す親鸞の教えを、初めての方にもわかるよう、身近な切り口から仏教講師が語ります。登録者にもれなく『あなたを幸せにさせない5つの間違った常識』小冊子プレゼント中。
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

日本株投資家「坂本彰」公式メールマガジン
サラリーマン時代に始めた株式投資から株で勝つための独自ルールを作り上げる。2017年、億り人に。 平成24年より投資助言・代理業を取得。現在、著者自身が実践してきた株で成功するための投資ノウハウや有望株情報を会員向けに提供しているかたわら、ブログやコラム等の執筆活動も行う。 2014年まぐまぐマネー大賞を受賞。読者数3万人。雑誌等のメディア掲載歴多数。 主な著書に『10万円から始める高配当株投資術』(あさ出版)『「小売お宝株」だけで1億円儲ける法』(日本実業出版社)
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

今週のおすすめ!メルマガ3選

右肩下がりの時代だからこそ、人の裏行く考えを【平成進化論】
【読者数12万人超・日刊配信5,000日継続の超・定番&まぐまぐ殿堂入りメルマガ】 ベストセラー「仕事は、かけ算。」をはじめとするビジネス書の著者であり、複数の高収益企業を経営、ベンチャー企業23社への投資家としての顔も持つ鮒谷周史の、気楽に読めて、すぐに役立つビジネスエッセイ。 創刊以来14年間、一日も欠かさず日刊配信。大勢の読者さんから支持されてきた定番メルマガ。 経験に裏打ちされた、ビジネスで即、結果を出すためのコミュニケーション、営業、マーケティング、投資、起業、経営、キャリア論など、盛り沢山のコンテンツ。
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

●人生を変える方法【人生をよりよくしたい人必見!誰にでもできる方法を組み合わせました。】
■「人生(自分)の何かを変えたい!」と思ってる方、まずは最初の1分から始めましょう!今日は残っている人生の一番初めの日です。今、「人生を変える方法」を知ることで、一番長くこの方法を使っていくことができます。コーチングで15年間実践を続けてきている方法なので、自信をもってお勧めできます。「人生を良くしたい!」と思うのは人として当然のこと。でも、忙しい生活の中で人生(自分)を変えることって諦めてしまいがちですよね。誰かに変える方法を教えて欲しいけど、その方法を知っている人は少ない。だからこそ・・・。
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

サラリーマンで年収1000万円を目指せ。
高卒、派遣社員という負け組から、外資系IT企業の部長になった男の、成功法則を全て公開します。誰にでも、どんな状況、状態からでも自分の力で人生を変えるための情報と知性を発信しています。人生を意のままにするには、脳みそとこころの両方が進化しなければなりません。そんな進化とは何か?をお届けする四コママンガ付きメルマガです。2014年から4年連続でまぐまぐ大賞部門賞を受賞しました 学歴やバックグラウンドに拘わらず、人生を思いのままに生きるために必要な考え方が書かれた、「良書リスト」も希望者に差し上げています。
  • メールアドレスを入力

  • 規約に同意して

アーカイブ

他のメルマガを読む

ウィークリーランキング