ひろえのキャズ便り

「ひろえのキャズ便り2016年4月21日号」

ひろえのキャズ便り2016年4月21日号です。

 ほんのり灯りがともっているようで、じんわり作品の体温が伝わってくる……
そんな人肌のぬくもりみたいなものを感じた、青木万樹子展「心を照らす」。バー
ネット・ニューマンの連作「十字架の道行き」に触発されて取り組んだという、
20号キャンバスの油画14点で構成されている作品「彩(いろどり)」をみたとき
の印象ですが、ニューマンにならったその形式から生じる意味合いはともかく、
絵に囲まれる幸せって理屈じゃないかも……そう思わせる心地よさのある空間は、
絵と対話するためのほどよい距離感を保ちながら、訪れるだれかを静かに待ち受
けているような雰囲気に満ちています。
 「自分にとって、絵を描くことは祈ることに似ている」。今回の個展に際して、
そんな文章を寄せていた青木さん。「対象についてゆっくり考えるためには、描
く行為がちょうどいい」とも語る彼女ですから、絵を描くことは、深く考えるこ
とでもあるのかもしれません。絵筆の手応えを感じながら、祈るように考えるこ
と……願いとは異なり、そもそも思いをかなえるといった可能性の埒外にある「祈
り」のはてしなさを思うと、その無為の行為ともいえそうなストイックさに、ま
ずは圧倒される思いがします。そして、そんな青木さんがこれまで繰り返し描い
てきたモチーフのひとつが、両親もまだ若くて未来に満ちていたころの家族の肖
像や、そんな家族の一員でもあった死んだ犬だったりするわけですが……もとも
とある日の記念写真をもとに描かれていたそれが、繰り返し描かれるうちに細部
が失われ、しだいにギリシア神話やキリストの物語に接続されていったことなん
かを考え合わせながら、いまさらながらに思うことがあります。青木さんを描く
ことへと駆り立ててきたのは、失われたものたちへのいとおしさ以上に、失われ
ていくこと自体がどうしても許せない、およそ理性的とはいいがたい感情ではな
いかと……。もちろん、神話になぞらえたからといって、家族という個の物語が
いきなり普遍的なものに昇華することはないわけですが、少なくとも失われたこ
とについての「なぜ?」を考え続けることはできる―そう、思考でもあり祈りで
もある描く行為は、おそらく永遠の異議申し立てでもあるのです。
 青木さんの、この「個」を「普遍」につなげようとする身振りには続きがあっ
て、神話が取り込まれた家族の肖像は、のちに「shuffle」という展覧会タイトル
のもと、ひとつの画面構成のなかで切り貼りされたり反復されたりと、まるで記
号のように扱われることになります。個人にとって唯一無二のものである家族が、
誰でもないもののように扱われていることに違和感があったのですが、このころ
の作品は、どうも東日本大震災のショックで青木さん自身が描けなくなったあと、
なんとか制作を再開してのものだったようです。「津波で行方不明の家族の名前
を、がれきをかきわけながら叫び続ける……ひとが愛することができるのは特定
の誰かでしかないことを、いやというほど思い知らされたのがあの震災でした。
みんなを愛してるっていうのは、嘘ではないにしても、結局、だれも愛してない
ことと同じ。人間にとっては、かけがえのなさとか差異がとても重要なんだと思
う……」(青木さん)。そんな、とりかえがきかないことに執着せざるを得ない
人間のこころは、本来的に「偏っている」といういいかたをしたりもする青木さ
ん。震災直後は、あまりにその偏りゆえの救いのなさを見聞きすることが多くて、
こころおだやかでないところをなんとか平衡を保とうとしたのが、「shuffle」と
称する切り貼りの作業だったのかもしれません。
 そんな変遷もあっての今回の青木万樹子展「心を照らす」。14枚のキャンバス
には、家族の肖像のほかにも、銭湯の風景、ピエタ、鹿、リンゴの断面、レジデ
ンスでみた風景といった、青木さんがこれまで折にふれて描いてきたものたちが
勢ぞろい。青木さんにとって、「十字架の道行き」ならぬ「人生の道行き」といっ
た意味があったかどうかはわかりませんが、少なくとも描き続けてきたことをあ
らためてたどってみる機会ではあったものと思われます。祈るように描き続けて
きた20年。それがただの繰り返しではなかったことは、輪郭を失うすんでのとこ
ろで形をとどめている、おなじみのモチーフたちの表情からもうかがえます。そ
う、描かれているのは依然として具体的な個ではあるのですが、限りなく抽象に
近いなにものかになりつつあるような、そんな気配があるんですね。「なぜ、ニュー
マンなのか?」については多くを語らない青木さんですが、終わりが始まりでも
ある「十字架の道行き」の非人称性から、ことばを超えたところにあるなにかを
受け取ったのではないかと想像しています。

__展覧会のご案内________________________________________________________

青木万樹子展「心を照らす」

京都芸術センター制作支援事業

http://cas.or.jp/2016/AOKI/index.html

■会期 2016年4月9日(土)~4月23日(土) 14:00-19:00 火・水休み

●クロージングレセプション:4月23日(土)17:00~¥500(1ドリンク付き)

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特定非営利活動法人キャズ(CAS)
大阪市浪速区元町1丁目2番25号
A.I.R.19633階
TEL/FAX 06-6647-5088
Web http://cas.or.jp/
E-mail info@cas.or.jp
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ひろえのキャズ便り

発行周期: 不定期 最新号:  2018/12/13 部数:  109部

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