ひろえのキャズ便り

「ひろえのキャズ便り2018年12月13日号」

ひろえのキャズ便り2018年12月13日号です。

 墨色の濃淡だけで描かれた浮世絵風美人画が、ほのかな色気とあやしさで、み
るひとの記憶におさめどころのない違和感を焼き付けるようなところがあると感
じた、竹本博文展『PEOPLE OF THE 18TH CENTURY』。喜多川歌麿をこよなく愛す
る竹本さんが、トレースした歌麿作品の輪郭をもとに、写真のような陰影と立体
感でもって描きあげた作品を中心に構成された本展。そこには、日本的アイデン
ティティ、あるいは近代という概念とともに西洋から輸入された「(日本の)芸
術」が内包する問題系を越えて、芸術が本来めざすべきである(と竹本さんが考
える)「美」や「聖なるもの」といった、ある普遍的価値に近づくための戦略が
込められているようなのだが、本展について考察する前に、まずは作家 竹本博
文の紹介も兼ねて、彼の過去の作品をざっくりたどってみたいと思う。
 昨年、15年振りに個展を開催して以来、歌麿を参照したペインティングの作
品を、精力的に発表してきた竹本さん。そんな彼なのだが、制作を中断するまで
の十数年間は、絵画といったオーソドックスな形式におさまらない表現を模索し
ていたようである。たとえば、『鳥羽僧正に捧ぐ』(1992年、ギャラリー射手座)
では、ギャラリーの床はカエルのドローイング(子どもの頃さんざん遊んだ罪滅
ぼし?)、壁は自分の日記を書き写した文字でそれぞれ隙間なく埋め尽くされ、
なぜか産綱(うみづな)を思わせる太く白い綱が天井からぶら下がっているとい
うインスタレーションを発表。この「埋め尽くし系」と名付けたくなる傾向はど
うも竹本作品の基本だったようで、『竹本博文縁起絵図』(1993年、番画廊)で
は、壁に自身の手形、床には無数のひとの顔がひしめき合っていたし、『呪術と
しての美術』(1993年、ギャラリー射手座)では、自身が過去に読んだ本とその
作者名をお札にしたものを床に敷き詰め、中央には依代(よりしろ、神が降りる
場所)に見立てた木の柱とお賽銭が置かれていたりする。その後、お札の文字は
呪文のようになったり(『祭祀空間の冒険』1994年、信濃橋画廊)、太古にあっ
た国のはじまりを思わせる内容になったりするのだが(『天皇の国の現代美術』
1996年、信濃橋画廊)、展示空間に至る入り口は、たいてい結界のごとく腰をか
がめないと入れない高さになっていて、おそらく、宗教的な観念に限りなく近い
なにかを想起させる作品を目指していたのではないかと思われる。
 こんなふうに、古来の日本的なものにまつわる聖性に向けられた竹本さんの関
心は、やがて古事記に由来する『ひるこの美学』(1997年、大阪府立現代美術セ
ンター)として結実し(注1)、さらに、穢れに触れる下級神官「犬神人」(い
ぬじにん)から着想を得たという『蛇神人の庭』(1997年、信濃橋画廊)となり、
このときは自ら白装束に仮面を着けた蛇神人となってギャラリー空間に横たわり、
訪れたひとにその気配を感じさせるというパフォーマンスを行っている(注2)。
この蛇神人のパフォーマンスを『蛇殺し』(2002年、ギャラリー山口)でも発表
したあたりで、ながらく美術の現場から退くことになるのだが、その一方でシナ
リオライターを目指してスクールに通い始めたりしているところをみると、「描
く」ことに象徴される美術表現ではなく、「書く」ことで思いを形にすることに
専念したくなったのかもしれない。
 もっとも、十数年を経て美術制作を再開してからも、「アートの思考過程」と
称する長文をSNSで発信し、自身が哲学・思想系の著作からエッセンスを取り
込んでいくプロセスを、具体的かつ綿密に記録し続けてもいる。それだけ明確に
ことばにできるなら、そもそも美術作品で表現しなくてもいいのでは?と本人に
質問してみたところ、彼にとっては「思考過程を書くことはデッサンのようなも
の」だと即答された。だとすると、竹本さんがシナリオを書き続けた15年間は、
(表向きの印象はともかく)「書く」ことによる未来のためのデッサンの日々で
もあったのかもしれないし、なにより彼がかつて、数々のインスタレーションや
パフォーマンスで試みていたところの、神的なものを呼び込もうとするふるまい、
あるいは邪悪なものが聖なるものに転換する瞬間を待ち受けるような身振りは、
時を隔てて今日の平面作品に塗り込まれているように思われる。
 このことを一番感じるのが、歌麿をもとに展開されている作品群のなかでも、
『崇高』と題されたシリーズで、このたびのCASでの個展にはその7点が展示
されている。歌麿の美人画をもとにアクリル絵の具で陰影をつけ、現代風の顔に
仕上げられているのはほかのシリーズと同じなのだが、目を閉じて、生死の判断
もつかない表情をした女性の頭部だけが描かれているそれらは、不気味さで言え
ばほかの作品と比べても群を抜いている。にもかかわらず、どこか夢見るような
表情は幼過ぎる聖母のようであり、文楽人形の頭に魂が宿る瞬間に立ち会ったよ
うな感動を与えもする。そうしてしばらく向き合っていると、特定の誰かをモデ
ルにしたのかと思うほど彼女たちの顔が似ていることに気づくのだが、作家曰く、
「気を抜くと同じ顔になってしまう」とのことで、竹本さんにとっての絵筆は、
どうも彼の無意識の部分を視覚化するチャンネルと直接つながっているようであ
る。というわけで、決して好みのタイプの女性を意図して描いているわけではな
さそうだが、それはともかく、昔のインスタレーションも「いまとなってはゴミ
でしかない」(竹本さん)という自覚のもとであらためて堅牢な支持体を選択し、
「西洋美術史に名前を刻むこと」を目的に掲げてアーティストとしての再スター
トを切った竹本さん。個人的には、西洋の文脈にそこまでおもねる必要があるの
かと思わないでもないが、あらかじめ勝敗が決まっているゲームのようなその道
行きの過程で、西洋にも東洋にもしばられないホンモノの普遍性が降りてくるこ
とを期待したいと思う。

注1:イザナギとイザナミの間に生まれた最初の神が不具の子(蛭子、ひるこ)
として生まれたため、葦の舟に入れて流さたという『古事記』の記述がもとになっ
た作品。
注2:犬神人は、中世から近世にかけて神社でおもに穢れに触れる清掃などに従
事したとされる下級の神官。

__展覧会のご案内________________________________________________________

CAS ACTION COMMITTEE
竹本博文展『PEOPLE OF THE 18TH CENTURY』

http://cas.or.jp/2018/TAKEMOTO/index.html

■会期 2018年12月1日(土)~12月15日(土) 14:00-19:00 会期中無休
■アーティストトーク 聞き手 八木宏昌(富山県立美術館学芸員):
 12月15日(土)16:00~(参加費¥500)

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特定非営利活動法人キャズ(CAS)
大阪市浪速区元町1丁目2番25号 
A.I.R.1963 3階
TEL/FAX 06-6647-5088
Web http://cas.or.jp/
E-mail info@cas.or.jp
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ひろえのキャズ便り

発行周期:  不定期 最新号:  2018/12/13 部数:  105部

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