西行辞典

西行辞典 第389号(190127)

カテゴリー: 2019年01月27日
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      ◆◆◆◆  西行辞典  ◆◆◆◆
                        
                  vol・389(不定期発行)
                   2019年01月27日号

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          今号のことば    

         1 闇・やみ 02 

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       ◆ 闇・やみ 02 ◆

【闇・やみ】

暗闇。暗いこと。光のない時間や空間のこと。光の対義語。
理性を失い、思慮分別が無くなった心理状態をも言います。
仏教的には死後の世界の、死者が迷いながら辿るとする道を闇路
とも言います。
10番歌以後は贈答歌です。

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      くもれる十五夜を

02 月みればかげなく雲につゝまれて今夜ならずば闇にみえまし
(岩波文庫山家集71P秋歌・新潮336番・西行上人集・山家心中集)

○かげなく雲に

「かげ」は光のこと。月明かりのこと。それが雲に遮られている状態。

○今夜ならずば

一年に一度だけ巡ってくる八月十五夜の満月は雲に包まれてしまっては
いるけれども、もし八月十五夜でないとしたら本当の闇夜になっていた
だろう、という意味。同じに月光がなくても、八月十五夜の闇は他の
日の闇とは感じが違うということ。

 (02番歌の解釈)

「月を見ると光がすっかり雲に覆われているので、今夜が八月十五夜
でなかったら、闇夜と勘違いしたであろう。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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03 この世にて詠めなれぬる月なれば迷はむ闇も照らさざらめや
     (岩波文庫山家集78P雑歌・新潮1041番・山家心中集)

○詠めなれぬる月

在世中に月をさんざんに眺めて、眺め飽きるほどに慣れ親しんでいる
ということ。「詠め」は「ながめ」と読みます。

○迷はむ闇

死後の、つまりは来世における闇路に迷う事。「照らさざらめや」で
行脚の闇路を月が照らしてくれるだろうという希望。

 (02番歌の解釈)

「この世においてこれだけ眺め親しんだ月であるから、来生の闇に
迷うとしても、この月が照らしてくれないことがあろうか、きっと
照らして悟りに導いてくれるだろう。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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      方便品、深著於五欲の文を

04 こりもせずうき世の闇にまよふかな身を思はぬは心なりけり
    (岩波文庫山家集218P釈教歌・新潮879番・西行上人集)

「まよふ」は新潮版山家集では「まがふ」となっています。

○方便品

法華経二十八品の内の第二番目の品(品=章)です。

○深著於五欲の文

方便品にある言葉で、五欲は人が五感で感じる欲望を言うようです。
人の五感とは「声・色・香・味・触」の五種とのことです。

○うき世の闇

憂き世の闇であり、現世の煩悩に支配され悩みや迷いに満ちた状態を
「闇」という言葉で表わしています。

○身を思はぬは心

来世があるとして、来世もまた迷いに満ちた暗闇の世界で生きる
ことになるというのに、どうしてそのことに気が付かないのだろう
か…。改めようとすることのない心である…。
人の生き方に対しての諦念的な言葉です。

 (04番歌の解釈)

「性懲りもなくいつまでも憂き世の欲望に翻弄され続けているよ。
それでは再び六道輪廻の苦しみに落ちるのは必定なのに、どうして
早く気付いて改めないのだろう。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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05 月のゆく山に心をおくり入れてやみなるあとの身をいかにせむ
           (岩波文庫山家集275P補遺・新古今集)

○月のゆく山

月が沈んでいく西の山を言います。

○心をおくり入れて

西方浄土の信仰に明け暮れた日常を言います。阿弥陀如来の西方極楽
浄土思想に基づきますが、これは太陽と月のどちらでも良いもので
しょうか。私にはよく分からないままです。
西方に浄土があるとする説は浄土思想から来ている筈ですが、日想観
は夕日を拝するものであり、決して月が関係しているものでは
なかったと記憶しています。

この歌にあるように月や太陽とは関係なく、どちらであろうが沈んで
行く方向性だけが問題となるものとも解釈できます。
ただ西行の月の歌を読めば、「心の月」「月をみがく」などの言葉も
たくさん使われています。
「真如の月」という言葉が仏教における絶対不変の真理を表すように、
阿弥陀如来とは離れたとしても、仏教にとって月は闇を明るく照らす
象徴として非常に重要な役割を担っていることは確実でしょう。

(05番歌の解釈)

「月の入りゆく山、即ち西方浄土に心を送り入れて、(一念帰命する
こと)さてこの世の闇の苦界に残した身(心に対す)をどうしょうぞ、
心は早く浄土に行けるが、この身も早く行きたいものだ。(「やみ
なり」と「月のゆく」との対照。)
           (渡部保氏著「山家集全注解」から抜粋)

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       後朝霧

06 やすらはむ大かたの夜は明けぬともやみとかこへる霧にこもりて
           (岩波文庫山家集144P恋歌・新潮588番)

〇後朝霧

「きぬぎぬきり」と読みます。共寝した男女が翌朝になってそれ
ぞれに自分の衣を着て別れること。当時は男が女の家を訪ねて一夜を
共にして、翌朝早くに男は女の家を出て行きました。
朝霧がひどい状態だったということ。

○やすらはむ

「ためらうこと」という意味もありますが、ここでは「のんびり
しょう・ゆっくりしょう」という解釈が自然です。

○大かたの夜

普通には他の多くの場所では、夜は明けているけれど…。他の多くの
家と、自分が今いる女性の家との心理的な意味での対比です。

○やみとかこへる

霧がまるで闇のように家屋を取り囲んでいる状況。

(06番歌の解釈)

「しばしゆっくりしていよう。おおかたの夜は明けてしまおうとも、
ここだけは闇夜とでもいえるような霧の中にとじこもって。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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07 さりともなあかつきごとのあはれみに深き闇をも出でざらめやは
            (岩波文庫山家集254P聞書集221番)

○さりともな

「然、有りとも」の約。しかしながら・それにしても・それでも・
そうであっても…などを意味します。
状況の先に一片の希望なりの明るいものを見出したい、という
ニュアンスがあります。

○あかつきごとのあはれみ

これは聞書集220番の地獄の様相についての長文の詞書を受けての
歌です。220番詞書では地蔵菩薩が「暁ごとにほむらの中に分け
入りて、悲しみをばとぶらう・・・」とあります。

○出でざらめやは

「ざらめやは」は打ち消しの意味を持つ助動詞「ざら」に、推量の
助動詞「め」、反語の助詞「やは」が接続した言葉です。
「出られないことなどあろうか」「出られないはずはないだろう」
という意味になります。

「やは」は万葉集などによくある反語の終止形の「やも」が変化
した形です。平安時代には「やは」が多く使われています。
係助詞「や」に係助詞「は」が接続して一語となった言葉。
疑問の形で表現しながら、反語として機能しています。

「ざらめやは」は西行歌に聞書集221番歌を含め4首あります。
他に「ざらめや」が2首あります。

 たのもしなよひ暁の鐘のおとにもの思ふつみも尽きざらめやは
    (岩波文庫山家集155P恋歌・新潮711番・西行上人集)
            
 すむとみし心の月しあらはれば此世も闇は晴れざらめやは
         (岩波文庫山家集176P雑歌・新潮733番・
      西行上人集・山家心中集・新後撰集・西行物語)

 君すまば甲斐の白嶺のおくなりと雪ふみわけてゆかざらめやは
            (岩波文庫山家集242P聞書集120番)

 この世にて詠めなれぬる月なれば迷はむ闇も照らさざらめや
    (岩波文庫山家集78P秋歌・新潮1041番・山家心中集)

 わたつみの深き誓ひのたのみあれば彼の岸べにも渡らざらめや
       (岩波文庫山家集283P補遺・一品経和歌懐紙)

(07番歌の解釈)

「いくらそうであってもよ、暁ごとの地蔵菩薩の憐れみによって、
地獄の深い闇をも出られないことはあるまいよ。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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       遇教待龍花といふことを

08 朝日まつほどはやみにてまよはまし有明の月の影なかりせば
 (岩波文庫山家集216P釈教歌・新潮868番・西行上人集・閑月集)

○遇教待龍花

弥勒菩薩が出現して龍花の下で三回行われるという説法を待つとの
意味のようです。

○朝日まつ

56億7千万年後に出現するという弥勒菩薩を「朝日」に例えています。

〇有明の月

まだ明けきらぬ夜明けがたのこと。月がまだ空にありながら、
夜が明けてくる頃。月齢16日以後の夜明けをいう。
「有明の月」は夜明け頃の月を言います。ただし月齢16日以後の
夜更けに出る月を言うこともあります。

08番歌では56億7千万年後に出現するという弥勒菩薩の出現までは、
これまでの仏法の教えを「有明の月」に例えています。

(08番歌の解釈)

「朝日の光ともいうべき弥勒菩薩が現れるのを待つ間はこの
世の闇に迷うことであろうか。有明の月ともいうべき仏の
教えがなかったならば。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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09 よもすがら月を見がほにもてなして心のやみにまよふ頃かな
           (岩波文庫山家集150P恋歌・新潮640番)

○見がほ

実際にはよく見ていないけれども、見ているような顔をしていること。

○もてなして

月を見ていることが「もてなす」です。しかし心は月に関心はなくて、
恋しい異性のことばかり考えていること。お座なりで月をもてなして
いるという説明。

○心のやみ

恋の悩みで思慮分別が乏しくなっている状況。理性的ではない状況。
              
(09番歌の解釈)

「一晩中月を見て、美しさに浸っているふりをしていたが、その実、
心の中はあなたを求めて、闇路に迷う今日この頃である。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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      御跡に三河内侍さぶらひけるに、
      九月十三夜人にかはりて

00 かくれにし君がみかげの恋しさに月に向ひてねをやなくらむ
     (西行歌)(岩波文庫山家集205P哀傷歌・新潮793番)
                     
10 我が君の光かくれし夕べよりやみにぞ迷ふ月はすめども
   (三河内侍歌)(岩波文庫山家集205P哀傷歌・新潮794番)

○御跡

「御跡」の場所の特定はできないでしょう。50日の忌明けの供養の場所
だと思われますが二条天皇は没後すぐに船岡山に葬られたのであれば、
船岡山とも解釈できます。二条天皇は7月28日崩御と伝わります。

○九月十三夜

旧暦8月15日とともに月の美しく輝く日です。名月の日です。

○人にかはりて

誰に変わっての詠歌なのか、この詞書だけでは不明です。名前は
不明ですが、西行に同行して行ったうちの一人だと思わせます。

○かくれにし君

「かくれにし」は二条天皇が崩御したということです。
二条天皇崩御は1165年7月のこと。享年23歳。西行48歳の年です。

○みかげ

生前の面影のこと。

○ねをやなくらむ

「音をや泣くらむ」で、あたりはばからず声を上げて泣く事です。
しかしこの言葉単独であれば意味不明ではないかとも思います。

○我が君

二条天皇のこと。三河内侍は二条天皇の女房でした。

○夕べより

ここでは昨日の夕方という意味ではなく、二条院が死亡した
7月28日の夕べという意味です。

(00番歌の解釈)

「あまりの月の美しさに、亡き天皇の面影が恋しくなって、月に
向かって声を上げて泣いていらっしゃるのでしょうか。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

(10番歌の解釈)

「我が天皇が崩御されたその夕方から、私は光を失って、闇路に
迷っております。どんなに月が美しくても、天皇の光には及ぶ
べくもありません。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

【三河内侍】

常磐三寂の一人の藤原為業(寂念)の娘です。生没年未詳。西行とは
15歳から20歳ほどの年齢差があるようです。各歌合に出席しており、
千載集初出の勅撰集歌人です。
三河内侍は後白河天皇の子である二条天皇に仕えていました。
上の歌は二条院が1165年7月28日に23歳で崩御したあと、50日の
忌明けの時の歌でしょう。ひなちが若干ずれているようにも思います。

三河内侍の歌は千載集に3首あります。1首を紹介します。

◎ 衣手に落つる涙の色なくは露とも人にいはましものを
              (二条院内侍三河 千載集740番)

【二条天皇】

第78代天皇。後白河天皇の嫡男。即位は1158年、崩御は23歳で
1165年7月28日。二条院の子の六条天皇が第79代天皇として即位
しましたが、在位4年、わずかに13歳で崩御しています。

現在の西大路通りの西側、等持院の少し東にある香隆寺陵が、
二条天皇の陵墓と比定されています。
この葬儀の時に比叡山と興福寺が争ったことが平家物語「額打論」
に描かれています。

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      中院右大臣、出家おもひ立つよしかたり給ひけるに、
      月のいとあかく、よもすがらあはれにて明けにければ
      帰りけり。その後、その夜の名残おほかりしよしいひ
      送り給ふとて

11 よもすがら月を詠めて契り置きし其むつごとに闇は晴れにし 
 (中院右大臣源雅定歌)(岩波文庫山家集175P雑歌・新潮732番・
 西行上人集・山家心中集・新後撰集・玉葉集・月詣集・西行物語)

11番歌は中院右大臣源雅定から西行に送られた歌です。12番歌は西行
の返歌です。源雅定の名前はこの一度のみしか出てきません。
 
12 すむとみし心の月しあらはれば此世も闇は晴れざらめやは
  (西行歌)(岩波文庫山家集176P雑歌・新潮733番・西行上人集・
               山家心中集・新後撰集・西行物語)

○中院右大臣

俗名は源雅定。1094年~1162年。村上源氏。源雅実の子で右大臣。
1154年出家。法名は蓮如。
源雅定が右大臣になったのは1150年のことであり、雅定出家の
1154年までの間に西行と二人で親しく語り合ったことが分かります。

○出家おもひ立つよし

源雅定の出家の決意を言います。

〇月いとあかく

月がとても明るいということ。

○よもすがら

夜を徹して・・・。夜中いっぱい。一晩中。

○其むつごと

(睦言)のことで、西行が中院右大臣に対して親しく熱心に出家を
勧めた、その姿勢や表情が浮かび上がってくる表現です。
源雅定が西行の言葉を好意的に受け止めていることがわかります。

○すむとみし

心の中にある月。その月が「住む」と「澄む」を掛け合わせています。

○心の月

仏教を信仰していく中で、悟りの心境を「心の月」という言葉に仮託
しています。信仰によって得られた、煩悩による迷いのない、自身の
中の精神世界のことです。仏教においては、絶対不変の悟りの境地を
「真如の月」とも言うようです。
「心の月」歌は他に7首があります。ただし以下の2首は、これまで
伝わってくる過程で変化したものと考えてよく、もともとは1首
だったものと思います。01番歌は伝本違いの西行上人集追而加書から
校訂者の佐佐木信綱博士が補入したものです。「心の月」歌の他の
5首は割愛します。

01 いかにわれ清く曇らぬ身となりて心の月の影を見るべき
                  (岩波文庫山家集84P秋歌・新潮欠番・
                        西行上人集追而加書・西行物語)

02 いかでわれ清く曇らぬ身となりて心の月の影をみがかむ
                (岩波文庫山家集188P雑歌・新潮904番・
                      西行上人集追而加書・西行物語)

 (11番歌の解釈)

「一晩中明月を眺め、真如の月(悟りの心境)について語りながら、
出家のことを約束したあなたとの話に、心の闇はすっかり晴れて
しまいました。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

 (12番歌の解釈)

「心の闇が晴れ、あの真如の月のように澄みきった悟りの境地に
なられたならば、無明長夜の闇も晴れないことがありましょうか、
きっと晴れましょう。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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  (後記)

さすがに「大寒」ともいうべきか、京都では昨日降った雪がうっすらと
消え残っています。久しぶりの雪景色です。
それにしても京都の降雪も40年前、50年前などと比べると本当に少なく
なったものです。短絡的には言えないのですが、確実に温暖化が進んで
いて、そのために雪も少なくなったのではないかとも思います。

 春としもなほおもはれぬ心かな雨ふる年のここちのみして
           (岩波文庫山家集13P春歌・新潮1060番)

上記歌は岩波文庫山家集の巻頭にある歌です。今年2019年の立春は
2月4日。同日2月4日は旧暦の12月30日。つまり立春の日が大晦日に
なり、明けて2月5日が旧暦元旦。わずかに1日違いですが、今年もまた
年内立春です。年内立春は確か10年に5回ほどあったと思いますので、
別に珍しいことではありません。
ちなみに今年の西行忌の2月16日は3月22日。桜も咲き始める頃です。

それにしても平安時代当時にあって、どうして立春の日がわかるのか、
天文に携わっていた職掌の人たちや関係する朝廷の人たちであるなら、
知っておく必要もあったでしょう。しかしそれが仏教関係者などにも
広く周知されていたとしたら、ちょっと不思議な気もします。

昨日の26日、奈良の「若草山焼き」を見てきました。600発ほどの
花火も打ち上げられました。ちょっとした見ものでした。

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  ◎ 「西行辞典」第389号 2019年01月27日発行 

   「西行辞典創刊号発行 2005年08月10日」 

  ◎ 発行責任者 阿部 和雄
   http://sanka11.sakura.ne.jp/

  ◎ 発行システム インターネットの本屋さん「まぐまぐ」を
     利用させていただいています。
   『まぐまぐ』 URL: http://www.mag2.com/

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発行周期: 不定期 最新号:  2019/02/09 部数:  134部

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