西行辞典

西行辞典 第387号(181228)

カテゴリー: 2018年12月28日
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      ◆◆◆◆  西行辞典  ◆◆◆◆
                        
                  vol・387(不定期発行)
                   2018年12月28日号

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          今号のことば    

         1 山吹 
         2 山ほととぎす・山時鳥 01

山まつり→第349号「まつり・祭り」参照
八幡→第259号「八幡」参照
    
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       ◆ 山吹 ◆

【山吹】

高さ1~2メートル程度の木本植物。花期は4月から5月。黄色っぽい
五弁花を付けます。落葉するバラ科の植物。春の季語。
4弁花の白い花の咲く「シロヤマブキ」とは別属です。

山吹は万葉集にも詠まれています。平安時代には桜の散った後に咲く
花として平安歌人たちにも多く詠まれてきました。
西行歌にもあるように六玉川の一つである「井出の玉川」の川辺に
咲く山吹は有名でした。

 駒とめてなほ水かはむ山吹の はなの露そふ井出の玉川
               (藤原俊成「新古今集159番」)

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      山吹

01 きし近みうゑけん人ぞ恨めしき波にをらるる山吹の花
           (岩波文庫山家集41P春歌・新潮165番)

○うゑけん人

この歌にある「うゑけん人」とは「植えた人」という意味で、固有
名詞ではないはずです。誰とも分からない人達が植えたということ。
しかし橘諸兄の別業のあった「井提寺」に、諸兄は山吹を植えたと
いう話が伝わりますので、どうしても諸兄を思わせます。
もちろん諸兄が植えたというのは玉川の川岸ではないはずです。
この歌は諸兄や井出とは関係ないけど、諸兄のその逸話をかすかに
思い出してしまいます。

○波にをらるる

海辺の岸ではなくて川岸と解釈するのが自然です。
「をらるる」は、折られたこと。

(01番歌の解釈)

「岸にあまり近いため、波によって折られる山吹の花を見ると、
そんな所に植えた人が恨めしく思われるよ。」
              (新潮古典集成山家集から抜粋)

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02 山吹の花咲く里に成ぬればここにもゐでとおもほゆるかな
           (岩波文庫山家集41P春歌・新潮166番・
                 西行上人集・山家心中集)

○山吹の花咲く里

井出の地が山吹の花の名所として知られていたことが分かります。

○ゐで

現在の京都府綴喜郡井手町のこと。井手町は京都と奈良のほぼ中間に
位置していて、木津川の東側にあたります。山城平野と、標高400
メートルまでの山地からなります。
交通は国道24号線(奈良街道)が、町の西区域を貫通しています。
この奈良街道は京都と奈良を結ぶ街道でした。

井出は橘諸兄のゆかりの地です。諸兄は井提寺(いでじ)を作り、
その跡が現在も保存されています。また小野小町の伝承もあります。
「井手の玉川」「井手の玉水」は歌枕です。「山吹の花」「かわず」
の名詞を詠みこんだ形で多くの歌が詠われました。

○ここにもゐでと

山吹の花が見事で、山吹の里の代名詞でもある「井手」がここにも
出現したように思えることだなーという意味。

(02番歌の解釈)

「私の山家も山吹の花咲く里になったので、居ながらにしてここにも
名所の井出の里が出現したかと思われる程だ。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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      拾遺山吹によす

03 山吹の花咲く井出の里こそはやしうゐたりと思はざらなむ
          (岩波文庫山家集173P雑歌・新潮1169番)

○やしうゐたり

「やすうゐたり=安う居たり」のことで、心安く安心して過ごして
いること。「拾遺」の言葉を詠み込むために「やすう」の「す」を
「し」と入れ替えています。

○しうゐ

物の名。この歌の詞書は「拾遺山吹によす」とあって、歌の中に
「しうゐ」の言葉が詠み込まれています。

(物の名)とは、和歌の表現の技巧のひとつです。歌の意味に関係
なく、事物の名をさりげなく詠みこむことです。隠題ともいいます。

○思はざらなむ

思うことはない、思わないでほしい。

(03番歌の解釈)
                
「山吹の花が美しく咲くここ井出の里は、散る桜には気を揉まない
からといって、決して春の一日を長閑に送っていたと思わないで
欲しいですね。晩春の名残惜しさはまた格別にせつないものです。」
                 (和歌文学大系21から抜粋) 

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      庚申の夜くじくばりて歌よみけるに、古今後撰拾遺、
      これを梅さくら山吹によせたる題をとりてよみける
      古今梅によす

04 紅の色こきむめを折る人の袖にはふかき香やとまるらむ
          (岩波文庫山家集172P雑歌・新潮1167番)

○庚申の夜

庚申(こうしん・かのえさる)とは、古くから数字の代わりに用い
られてきた年月日などの順序を表すための言葉です。
もともとの庚申信仰とは中国道教の説く一つの説に仏教や神道、
民間の習俗などが複雑に絡まり合って、人々に信仰されてきたもの
です。庚申様や庚申待ちなどとして広まりました。
庚申の日は眠ったらいけないということで、知人たちが寄り集まって、
眠らないままに夜を明かしていたようです。
庚申の日は60日に一度あります。
来年の2019年は1/23.3/24.5/23.7/22.9/20.11/19日とのことです。

○くじくばりて

題詠なので、歌の題名を書いたクジを配ったということ。

○古今

古今和歌集のことで、一番初めの勅撰和歌集。勅撰和歌集は新続古今
和歌集までの21代があります。勅撰和歌集とは天皇や上皇、法皇の
下命により編纂された歌集です。
古今和歌集は第60代醍醐天皇の勅命により、紀貫之・紀友則・壬生
忠岑・凡河内躬恒が撰進して成立は914年頃か、とみられています。
120人ほどの歌人により1111首の歌および仮名序と真名序をそなえて
います。
古今、後撰、拾遺の和歌集を指して、三代和歌集といいます。

○後撰

古今和歌集に次いで二番目の勅撰和歌集である後撰和歌集のこと。
第62代村上天皇の勅命により、951年から撰進作業が始まりました。
しかし成立年次は決定することができず未詳のままです。
撰者は清原元輔・大中臣能宣・紀時文・源順・坂上望城の五人です。
この五人を指して「梨壺の五人」と言います。

のちに藤原定家が後撰集の校訂作業をして、定家の手を経て伝え
られた集が流布本となります。
歌数は1426首。歌人数は約220名です。
 
○拾遺

古今・後撰和歌集に次いで三番目の勅撰和歌集といわれますが、
撰者は判明していません。1005年頃に成立、第65代花山院が中心
になって撰進したもののようです。
藤原定家が書写した定家本系統と異本系統に大別され、それぞれの
書写本があるようです。
定家本では全歌数1351首。柿本人麻呂と紀貫之がともに100首以上
撰入されていて、群を抜いて多く採られています。

○よせたる題をとりて

「物の名」と言います。歌の実際的な意味の流れとは別に、他の
物の名称が読み込まれている歌を言います。
古今集にも巻の十に「物の名」の部立てがあります。
折句などと同様に言葉遊びであると言えます。

○こきむめを

この中に古今集の「こきむ」が読み込まれています。
この時代は「うま→むま」「うめ→むめ」のように、「う」は「む」
と発音も表記もされていたようです。

(04番歌の解釈)

「紅の色の濃い梅を折る人の袖には、深い香が染み留ることで
あろう。梅の色が濃いごとくに。」
           (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

 (井出の山吹と蛙)

奈良時代の井手は橘諸兄の管轄地で、諸兄の別荘がありました。
諸兄は井手の左大臣とも呼ばれました。井手には玉川という川が
流れています。井手川(井堤川)のことです。井手とはまた、
井(泉・水)出(涌き出る事)を意味している地名なのですが、どう
したわけか玉川の水量は乏しく水無川とも呼ばれていたそうです。

諸兄は別業(別荘)に山吹を植えました。それが玉川をはじめ、
井手の邑(むら)に咲き誇るようになったので、いつしか山吹は
井手の枕詞となり、沢山の歌に詠われました。
また、玉川に生息していたという河鹿の美しいらしい鳴き声も
有名だったそうで、山吹と蛙は井手を表すものとして、一つの歌に
詠み込まれることにもなりました。
ただ、玉川の河鹿は昭和28年の水害によって全滅して、今は生息して
いないようです。近年、町の有志により蛙の里としての取り組みが
なされているそうです。

 (橘諸兄「たちばなのもろえ」)

684~757年。第30代敏達天皇のひ孫の美努王と県犬飼美千代の子。
葛城王と称する。後、橘の姓を受けて臣籍降下し橘諸兄と名乗る。
大流行した天然痘のために藤原氏の有力者が相次いで没したこと
もあり、738年右大臣、743年左大臣となり、聖武及び孝謙の両天皇
の下で政務を執る。
757年1月没。同年、諸兄の子である奈良麻呂は藤原仲麻呂(のちの
恵美押勝)排斥を企てたが処刑される。奈良麻呂の孫に嘉智子が
いて、彼女は嵯峨天皇の正室で檀林皇后と呼ばれました。この
嘉智子の子が現在の皇室に続いていますので、橘諸兄の血筋は
続いてきたということになります。

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       ◆ 山ほととぎす・山時鳥 01 ◆

【山ほととぎす・山時鳥】

鳥のホトトギスに「山」の名詞を前置した言葉です。
山に住み、あるいは山で鳴くから「山」の言葉を前置したものですが、
これは「時鳥」などと同じくホトトギスの別称です。だから意味は
「山」の言葉のないホトトギスと同一です。
なぜ「山」を前置したのかと言えば、5.7.5.7.7の言葉のリズムを
良くするためだと思います。仮に二音不足なら歌にはなりません。

「ホトトギス」は鳥の名前です。全長25センチほどの渡り鳥で、春
から初夏に南方から渡来して、鶯の巣に托卵することで知られて
います。鳴き声は(テッペンカケタカ・ホンゾンカケタカ)などと
聞こえるようです。歌では夏歌として詠まれます。

「ホトトギス」の歌は各集合計80首以上もあり、これまでにすべての
歌を紹介していません。その必要もないことだと思い、任意に選択
して主に「ホトトギス」の項で紹介して来ました。
今回は「山ほととぎす・山時鳥」とある12首を紹介します。

03番歌までが山家集、04番から08番までの5首が聞書集、09.10番は
残集、11番は西行上人集からの補遺、12番は松屋本山家集のみに
ある歌です。

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      雨中時鳥

01 五月雨の晴間もみえぬ雲路より山時鳥なきて過ぐなり
    (岩波文庫山家集44P夏歌・新潮198番・西行上人集・
           山家心中集・御裳濯河歌合・御裳濯集)

○五月雨
    
旧暦五月頃に降る雨のこと。現在の6月から7月にかけての梅雨時
の雨のこと。近畿地方では梅雨入りは6月10日頃です。

○雲路

雲が移動していく経路みたいなもの。流れていく雲の中の路のこと。
広義には雲が流れていく空のこと。単純に「雲のかかっている空」
という解釈で良いでしょう。
雲は、もちろん風に任せて移動するのですから「路」と言っても
一定の決まった法則性などはありません。ですから、はっきりと
見えないことを前提とした言葉です。

(01番歌の解釈)

「晴れ間ひとつ見えない暗い梅雨空を、山時鳥の鋭い一声が
引き裂くように横切ったのを聞いた。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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      みちのくにに、平泉にむかひて、たはしねと申す
      山の侍るに、こと木は少なきやうに、櫻のかぎり
      見えて、花の咲きたるを見てよめる

02 奧に猶人みぬ花の散らぬあれや尋ねを入らむ山ほととぎす
        (岩波文庫山家集132P羇旅歌・新潮1443番)

○みちのくに

「道の奥の国」という意味で陸奥の国のことです。陸奥(むつ)は
当初は(道奥=みちのく)と読まれていました。
927年完成の延喜式では陸奥路が岩手県紫波郡矢巾町まで、出羽路が
秋田県秋田市まで伸びていますが、初期東山道の終点は白河の関
でした。白河の関までが道(東山道の)で、「道奥」は白河の関
よりも奥という意味です。

○平泉

現在の岩手県西磐井郡平泉町のこと。清原(藤原)清衡が1100年
頃に岩手県江刺郡から平泉に本拠を移して建設された仏教都市。
清衡が建立した中尊寺の金色堂は1124年に完成した時のままで、
一度も焼失していません。奇跡的に残りました。
金色堂には清衡・基衡・秀衡の三代の遺体(ミイラ)があります。

○たはしね山
    
岩手県東磐井郡東山町にある束稲山のこと。標高595.7メートル。
北上川を挟んで南側に平泉町があります。
西行の時代とは違って現在の束稲山に桜は少ないとのことです。
現在は躑躅の名所とのことですが、桜も植林しているそうです。

○こと木

桜以外の木のこと。

○奥に猶

束稲山の奥には猶、桜が…の略。

○人みぬ花

人に見られない桜。桜は花の代名詞。人が見たことのない桜のこと。
普通ではない山桜とも解釈でき、珍しい桜の意味もありそうです。

○尋ねを入らむ

桜を見に訪ねて行きたいという希望です。

(02番歌の解釈)

「春が過ぎてもこの更に奥だったら、誰も見たことがない
珍しい桜が散らずにまだ咲いているのかなあ。山時鳥よ。
一緒に探しに行こう。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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      時鳥

03 わが宿に花たちばなをうゑてこそ山時鳥待つべかりけれ
      (岩波文庫山家集43P夏歌・新潮182番・西行上人集)

○わが宿

自身の住居のこと。

○花たちばな

日本原産の柑橘類の一つです。古代は数種の柑橘類を「タチバナ」
として扱っていたそうですが、現在は一種のみです。
京都御所の「右近の橘」が有名です。
6月頃に白色の五弁花を付けます。芳香があります。冬に黄色い実を
付けますが、酸味が強すぎて食用には向きません。
西行歌では「たちばなの花」歌14首中10首までがホトトギスと共に
詠みこまれています。

 五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする
              (よみ人しらず 古今和歌集139番)

御所、仁和寺、平安神宮、大覚寺などでは紫宸殿前庭に「右近の橘」
が植樹されています。左近はもともとは梅だったものですが、平安
時代初期に桜に変わりました。現在は大覚寺のみが元のままの「左近
の梅」です。大覚寺以外は桜に替えられました。もっとも平安神宮は
明治時代の創建です

(03番歌の解釈)

「自分の家に花橘の木を植えてこそ、山郭公も待つことが
できるというものである。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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04 むま玉のよる鳴く鳥はなきものをまたたぐひなき山ほととぎす
             (岩波文庫山家集237P聞書集75番)

○むま玉

「うばたま」「ぬばたま」「むばたま」とも言います。
本来はヒオウギという植物の真っ黒い実を指すようですが、
それから転じて枕詞的に「闇」「黒」の言葉やイメージを引き出す
ために用いられるようになります。
04番歌には「闇」「黒」の言葉は使われていませんが、夜の漆黒の
闇をイメージさせるための言葉として機能しています。

○よる鳴く鳥

郭公は夜にも鳴く習性があります。

○たぐひなき

「類・比=たぐひ」は、複数の事々が存在する時に用い、同じような
物事、同類、類似などについて言います。
一つと、そしてもう一つの事柄、及び多数の事々と比較対照させる
という前提的な条件のもとで用いられます。
並ぶもの、匹敵するもの、同道・同行するものなどをも意味します。

「たぐひなき」はその反対で、比べるものがない、並ぶものがない、
匹敵するものがない、際立っているという意味で使われる言葉です。

(04番歌の解釈)

「夜に鳴く鳥はないものなのに、夜に鳴くとは他に並ぶ
ものがない山郭公よ。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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05 こゑたてぬ身をうの花のしのびねはあはれぞふかき山ほととぎす
            (岩波文庫山家集237P聞書集80番)

○うの花

卯の花はウツギの花のこと。ウツギはユキノシタ科の落葉潅木。
初夏に主に白い五弁の花が穂状に群がり咲く。垣根などに使います。

○しのびね

普通は「人に知られぬように声をひそめて鳴くこと、その声」の
事ですが、ホトトギスの場合は初声を「忍び音」と言います。
日本に渡って来てからの初声というよりは、詠む人がその夏に初めて
聞いたホトトギスの鳴き声のことです。

○あはれぞふかき

この年の夏に日本に渡って来たホトトギスの初声を聞いた時の感情が
「あはれ」という言葉に込められています。

(05番歌の解釈)

「身を憂いものと鳴く、卯の花の蔭の声を立てない忍び音は、
あわれ深いぞ、山郭公よ。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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  (後記)

今年も明日からの3日間を余すのみとなりました。いよいよ年は暮れ
て行きます。嫌でも、日毎にあわただしさという坩堝の渦中に放り
込まれるような感じさえします。「もういくつ寝るとお正月…」の
童謡のようには、来る年が待ち遠しいものではなくて、単なる通過点
としてのものですが、それでも私なりに心静かに新年を迎え、祝い、
寿ぎたいものです。

「西行辞典」は今年はほぼ二週間に一度の発行頻度を守ってきた
ことに、私自身での密かな喜びとしたいと思います。来年ももちろん
順調に発行したいものです。

先号の、西行から寂然に贈った10首連作の最後の歌に記述ミスが
ありました。校正恐るべしです。

  山ふかみなるるかせぎのけぢかきに世に遠ざかる程ぞ知ら(誤)

最後の「るる」が欠落していました。お詫びして訂正します。

  山ふかみなるるかせぎのけぢかきに世に遠ざかる程ぞ知らるる

メールでお知らせして頂いた方に感謝申し上げます。校正につい
ては慎重の上にも慎重を期したいものだと改めて自戒します。

今年一年のご購読ありがとうございました。来年もよろしくお願い
申し上げます。

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   「西行辞典創刊号発行 2005年08月10日」 

  ◎ 発行責任者 阿部 和雄
   http://sanka11.sakura.ne.jp/

  ◎ 発行システム インターネットの本屋さん「まぐまぐ」を
     利用させていただいています。
   『まぐまぐ』 URL: http://www.mag2.com/

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発行周期: 不定期 最新号:  2019/02/09 部数:  134部

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