西行辞典

西行辞典 第385号(181201)

カテゴリー: 2018年12月01日
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      ◆◆◆◆  西行辞典  ◆◆◆◆
                        
                  vol・385(不定期発行)
                   2018年12月01日号

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          今号のことば    

         1 山田の原
             2 山だち・山賊
         3 山深み 01

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       ◆ 山田の原 ◆

【山田の原】

伊勢の国の歌枕の一つです。
伊勢神宮外宮のある一帯の地名。外宮の神域。古代から山田の町の
人たちと外宮は密接に結びついてきました。

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01 聞かずともここをせにせむほととぎす山田の原の杉のむら立
    (岩波文庫山家集46P夏歌、263P残集06番・西行上人集・
        御裳濯河歌合・新古今集・御裳濯集・西行物語)

○聞かずとも

普通は何もない場所で、ここではホトトギスの声を聞かない場所で
ホトトキス歌を詠むという事はないのでは?とも思います。
ホトトギスの鳴き声を聞いてから、歌を詠む感興が起きるものなの
でしょう。とすれば「聞かずとも」のフレーズは、言葉通りの意味
意外に、伊勢神宮の神威性を込めている言葉のようにも受け取れます。
「山田の原」という固有名詞があることによって、詠み手の西行
自身が伊勢神宮外宮の神格や神威性を深く感じていたとも解釈する
ことができます。

○せにせむ

「瀬にせむ」と書き「瀬」は、拠って立つ場所を表します。
「立つ瀬がない」という場合の「瀬」と同義です。
「せむ」の(せ)はサ行変格活用「す」の未然形、(む)は助動詞
(む)の終止形。「せむ」で(しよう・したい)という希望なり意志
なりを表します。
「せにせむ」で(場所としよう)(ここにしたい)という意味になります。
 
○杉のむら立

杉の木が林立している状態のこと。

(01番歌の解釈)

「たとえ鳴く声をきかなくても、ここを時鳥を待つ場所にしよう。
山田の原の杉の群立っているこの場所を。」
               (和歌文学大系21から抜粋)

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02 よろづ代を山田の原のあや杉に風しきたててこゑよばふなり
       (岩波文庫山家集279P補遺・宮河歌合・夫木抄)

○よろず世

万世のこと。いつの時代、いつの世であっても……。限りなく
長く続く時代のこと。永遠性を言います。

○あや杉

植物の杉の一種。綾杉。神事にも用いられていたようです。
広辞苑では「ヒムロ」の異称とあり、「ひむろ=姫榁」は、
「ヒノキ科の小喬木。高さ3~4メートル。サワラの園芸変種で、
枝は繁く葉は線形で軟かい。庭木として用いる」と記述されて
います。
九州などで植栽されているアヤスギは高木で建築材として用いら
れていますので「アヤスギ」と「綾杉」は別種だろうと思います。
(西行山家集全注解)では「イワネスギ」のこととあります。

小学館発行の「日本国語大辞典」では、葉がよじれて綾になって
いるところから綾杉と名付けられたとあります。
西行歌の「あや杉」も、どちらの「アヤスギ」か断定はできない
ものでしょう。西行歌は植物学上の固有名詞ではなくて、宗教上の
意味を付託された特別な杉という意味ではないかと愚考します。

楽器の三味線の胴の内側に彫刻された紋様も「綾杉」といいます。
九州福岡市香椎宮のご神木の「あや杉」は、とても立派な高木でした。

○しきたてて

強風がしきりに吹き立っていること。

【しきまく】

(敷き渡す)などの(敷き)とは違って、この場合は(頻り)の
(しき)です。(しきまし)(しきまき)などの用例があります
から、(しきりにまくれ上がる)という解釈で良いと思います。

【しきりたす】

「しきり」は「頻り」のこと。繰り返して、うち続いて、盛んに、
などの意味があります。しきりに出るようになったということ。

○こゑよばふ

声に出して呼んでいるということ。呼んでいるのは外宮の豊受大神
とも解釈できます。大神が風を用いて意志を伝達しているように、
風を声として西行は感じたということ。

◎この歌は伊勢神宮外宮に奉納された「宮河歌合」の一番初めに
下の歌と番えられています。

 ながれいでて御跡たれますみづ垣は宮川よりのわたらひのしめ
      (岩波文庫山家集279P補遺・宮河歌合・夫木抄)

そして宮河歌合の判をした藤原定家は、「義隔凡俗、興入幽玄」と
書き出し「依先為持」と終えています。一般の世俗的な部分から
離れて、幽玄の境地に達している歌であり、浅才である自身の短慮
では優劣がつけられず「持」とすると書き残しています。「持」
とは引き分けのことです。

注 「依先為持」の「依」の旧漢字が出てこないため、仕方なく
「依」の文字を使用しました。

(02番歌の解釈)

「よろず代を思わせて山田の原(外宮に近い地)にあるあや杉
(杉の一種イワネスギ)の梢に風がしきりに吹きたてて(外宮
近くの老杉、風が常にひびきを立て、万代までつづくことを思
わせていること)大声を出して、よびつづけているのである。」
        (渡部保氏著「西行山家集全注解」から抜粋)

「外宮の鎮座する山田の原のあや杉に風がしきりに吹き立ち、
神威は永遠であると称える声がする。」
            (岩波文庫「西行全歌集」から抜粋)

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       ◆ 山だち ◆

【山だち】

山賊(やまだち・さんぞく)のこと。山を根拠地として悪事を働く
人たちのことです。
彼らは集団で強盗、追剥、殺人などをしていました。鈴鹿峠の山賊
などは特に有名でした。

似たような言葉に「山賎「やまがつ)」がありますが、山賎は山辺に
住んで、きこりなどを生業とする人たちのことを言います。

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      武者のかぎり群れて死出の山こゆらむ。山だちと
      申すおそれはあらじかしと、この世ならば頼もしく
      もや。宇治のいくさかとよ、馬いかだとかやにて
      わたりたりけりと聞こえしこと思ひいでられて

01 しづむなる死出の山がはみなぎりて馬筏もやかなはざるらむ
            (岩波文庫山家集255P聞書集226番)

○死出の山

死者がたどるという険しい山。冥途の山のこと

○宇治のいくさ

宇治川合戦は三度記録されています。

1 以仁王・源頼政軍と平氏との戦い。(1180年5月)
2 源義仲軍と源義経軍との戦い。(1184年1月)
3 北条泰時の幕府軍と後鳥羽院の朝廷軍との戦。(1221年6月)

この詞書にあるのは1180年5月の戦いで、この時に以仁王も源頼政
も敗死しています。
1190年死亡の西行は源平争乱における二度の宇治川合戦を知って
いるということになります。

○山がは

死者が渡る河で、三途の川とも言います。河を渡るためには六文の
お金が必要だと言われます。

○馬いかだ

馬を並べ組んで筏のようにして、川を渡るという方法。

(詞書の解釈)

「武者が戦いのためにたくさん命を落としていきます。あの世では
山賊には合わないだろうし、それがこの世なら頼もしいのですが…。
宇治に戦があって、馬を筏のように組んで、宇治川の流れを渡ったと
いうことを聞き及んだのですが、そのことを思い出して……」
                      (私の解釈)

(01番歌の解釈)

「罪人が沈むという死出の山川は、沈む人が多いので水流が満ち
あふれて、馬筏でも渡ることができないだろうよ。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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02 ふりず名を鈴鹿になるる山賊は聞えたかきもとりどころかな
            (岩波文庫山家集250P聞書集197番)

○ふりず名

古りず名か?。「名」では文法として誤りという指摘が和歌文学
大系21にあります。
名声とか評判が衰えることなく今も有名である・・・という
ほどの意味。「鈴鹿」の「鈴」の掛詞として使われています。

○鈴鹿

滋賀県と三重県の県境となっている鈴鹿山脈にある峠。山脈の最高
峰は御池岳(1241メートル)ですが、鈴鹿峠の標高は357メートル。
高くはないのですが、平安時代の街道のルートの一部は前を歩く
人の足を後ろの人は目の高さに見ると伝えられているほどに急峻
でもあり、また桟(かけはし)もあって、東海道の難所の一つでした。

この鈴鹿峠は古代から東海道の要衝でした。ただし鎌倉時代から
戦国時代は東山道の美濃路が東海道でした。江戸時代になって、
鈴鹿越えのルートが再び東海道のルートに組み込まれました。
東海道と関係なく、伊勢と京都をつなぐ交通路ですから、重要な
道であることに変わりはありませんでした。

○山賊

読みは「やまだち」。山を本拠として、街道を通行する人々に危害を
及ぼす悪党達のこと。鈴鹿峠の山賊は大和の奈良坂などとともに有名。

記録を見ると鈴鹿峠には古くから山賊による被害があって、906年にも
「鈴鹿山の群盗16人を捕える」と年表にあります。頻繁に往来して
いた水銀商人などはもちろんのこと、伊勢神宮に向かう勅使さえもが
襲われています。
鎌倉時代北条氏の治世になっても、鈴鹿山の山賊は盛んに活動して
いたようで襲われる旅人が多くて、北条氏はそのための対策を地頭に
命じています。旅人は鈴鹿峠を越えるのも命がけだったでしよう。
 
○とりどころ

捕りどころ、盗りどころ、取り得などの重層的な意味をこめている言葉。

(02番歌の解釈)

「(ふり)(なる)(聞え高き)(とりどころ)などの語を
すべて鈴の縁語としているため、ユーモアが生じ、(略)山賊を
揶揄するかたちになっている。」
           (窪田章一郎氏著「西行の研究」336P)

「古くから有名であったが、今もなお高名な鈴鹿山の山賊は
その有名なのも一つのとりどころ(とりえ)なのであろう。」
        (渡部保氏著「西行山家集全注解」から抜粋)

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       ◆ 山ふかみ 01 ◆

【山ふかみ 01 】

この歌群は京都の大原に住む寂然と西行の贈答歌10首連作の歌です。
初句は全て「山ふかみ」で始まっています。寂然は返しの歌として
結句が「大原の里」で終わる10首を贈り返しています。

岩波文庫山家集には寂然歌が23首あります。他に連歌があります。
このうち贈答歌は西行23首、寂然22首です。

連作の「山ふかみ」は高野山の山が深いということ。西行は30年間
ほどを高野山で過ごしました。もちろん高野山を生活の拠点として
いたということであり、その間に京都だけでなく、たくさんの地に
赴いています。

寂然との贈答歌以外に初句が「山ふかみ」歌が2首あります。それも
紹介しておきます。

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        入道寂然大原に住み侍りけるに、高野より遣しける

01 山ふかみさこそあらめときこえつつ音あはれなる谷川の水
      (岩波文庫山家集138P羇旅歌・新潮1198番・玄玉集)

新潮日本古典集成山家集や岩波文庫の西行全歌集では「谷川の水」は
「谷の川水」となっています。言葉の響き、リズムとしては「谷川の
水」の方が良いと感じます。

○寂然=じゃくぜん・じゃくねん

俗名は「藤原頼業」。藤原為忠の子です。生没年は未詳。
左近将監、壱岐の守などを経て1155年頃までには出家。
西行とほぼ同年代だと思われます。1182年頃に没したとみられます。
1172年「広田社歌合」、1175年「右大臣家(兼実)歌合」、1178年
「別雷社歌合」に出席していますので、歌人としての活動は終生
続けていたのかもしれません。

西行とは最も親しい歌人と言えます。贈答の歌がたくさんあります。
兄の寂念(為業)・寂超(為経)とともに「大原三寂」や「常盤三寂」
と呼ばれます。出家順は寂超、寂然、寂念の順です。
1156年7月、保元の乱が起こり崇徳院は讃岐に配流になりました。
讃岐の崇徳院は1164年8月崩御。崇徳院がまだ在世中に寂然は讃岐の
崇徳院を訪れています。
家集に「寂然法師集」「唯心房集」「法文百首」があります。

○大原

京都市左京区にある地名。比叡山の西の麓に位置していて、平安
時代は隠棲の地として知られていました。
寂光院、三千院、来迎院などがあります。

○高野

地名。和歌山県伊都郡にある高野山のこと。
単独峰ではなくて、標高1000メートル程度の山々の総称です。
平安時代初期に弘法大師空海が真言密教道場として開きました。
京都・滋賀府県境の比叡山と並ぶ日本仏教の聖地です。
真言宗の総本山として金剛峰寺があります。
金剛峰寺には西行の努力によって建立された蓮華乗院がありまし
たが、その地には現在は「大会堂」が建てられています。

西行は1148年か1149年(西行31歳か32歳)に、高野山に生活の場を
移しました。1180年には高野山を出て伊勢に移住したと考えられ
ますので、高野山には30年ほどいたことになります。

この間、高野山に閉じこもっていたわけではなくて、京都には
たびたび戻り、さまざまな場所への旅もしていますし、吉野にも
庵を構えて住んでいたことにもなります。

○さこそあらめ

なるほど、そういうことなのだろう・・・という意味。

○音あはれなる

水への流れの音にさえ哀感や寂寥感を覚えて、もの悲しくなる心情。

(01番歌の解釈)

「高野山は山が深いので、そういうこともあろうとは常々聞いては
いたが、それにしても谷川の水の音を聞くと寂しくてたまらなくなる。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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02 山ふかみまきの葉わくる月影ははげしきもののすごきなりけり
      (岩波文庫山家集138P羇旅歌・新潮1199番・玄玉集)

○まきの葉わくる

「まき」とは杉や檜を指しています。
和歌文学大系21では「わくる」は「渡る」としています。「渡る」
でも「分くる」でも針葉樹の「まきの葉」には合わないという思い
もします。

○はげしきもの

現象の強烈さを言います。考えられないほどに印象深い月影のこと。

○すごきなり

荒涼としていて、異次元的な孤絶感を感じさせる言葉。

(02番歌の解釈)

「高野山は山が深いので、真木の葉を渡るように流れゆく
月光は、強烈な印象を受けるものであるが、ぞっとするほど
寂しくも感じられる。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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03 山ふかみ窓のつれづれとふものは色づきそむるはじの立枝ぞ
     (岩波文庫山家集138P羇旅歌・新潮1200番・夫木抄)

○とふもの

訪うもののこと。訪れるもののこと。

○はじの立枝

ハゼの木の高く伸びた枝のこと。漆と同じように、樹液に触ると
かぶれます。秋から冬にかけて、真っ赤に紅葉します。
実は和ローソクの原料となるため、江戸時代は植栽を督励されて
いました。

(03番歌の解釈)

「高野山は山が深いので、誰も訪ねてくる者はいない。目立って
紅葉し始めた櫨の枝だけが寂しい山家を慰めてくれるようだ。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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04 山ふかみ苔の莚の上にゐてなに心なく啼くましらかな
         (岩波文庫山家集138P羇旅歌・新潮1201番)

○苔

多くは湿気の多い日陰に成育し、葉と茎がはっきりと区別できず、
花が咲かない地衣類などの植物の総称です。
土、岩、水などに生えます。
 
「苔が生える」→古くなったことを指します。
「苔の下」→墓場のこと。草葉の陰のこと。
「苔の衣」→出家者などの粗末な衣服のこと。

和歌では他に「苔の袂」「苔の袖」「苔の狭衣」「苔の庵」「苔の道」
「苔のむしろ」「苔の扉」などの言葉が使われています。

○苔の莚

苔が一面に生えている状態を敷物に見立てて言う言葉です。
「むしろ」はイグサや藁などを編んで作った敷物のこと。

「み芳野の青根が峰の苔むしろ誰か織りけむたてぬき無しに」
                (万葉集巻七 1120番)

○ましら

猿の古語です。「まし」だけで猿を言いますが「ら」をつけて
接尾語としています。

(04番歌の解釈)

「山が深いので一面に敷きつめた苔の上に坐り、無心に猿が
啼くことでありますよ。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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05 山ふかみ岩にしたたる水とめむかつがつ落つるとちひろふ程
         (岩波文庫山家集138P羇旅歌・新潮1202番)

○かつがつ

「ぼつぼつ・ぽつんぽつんと…」というほどの意味。いっさいに
多くの実が落ちて来る状況ではありません。

○水とめむ

水流をせき止める意味ではなくて、水を貯めるということです。
栃の実を拾う冬の季節に水は貴重だったものでしょう。凍結して
しまう前に水を調達しておくものと考えられます。

○とちひろふ程

山深い庵で一人住むわけではなくて、他に僧侶がたくさんいる高野
山の僧房あるいは山内の自身の庵で起居していた頃の歌なのでしょう。
自身で水を汲み貯め、食料となる栃の実を拾って貯蔵するものと
思います。
栃の実は渋くて、そのままでは食用にならないのですが、根気のいる
渋抜き加工などは自分でできたのだろうかと疑問に思います。灰汁
抜きのための道具も必要であり、はたしてその道具を手に入れて、
山中の粗末な庵にまで持ちこんでいたものでしようか?

(05番歌の解釈)

「山が深いので、岩に滴り落ちる水を留めよう、ぽつりぽつりと
僅かに落ちる栃を拾う間に。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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  (後記)

先号の後記にも触れましたが、例年のように今年もまた紅葉を楽しみ
たいものと目論んでいました。ところが今年は良い紅葉には出会え
ないものと京都の紅葉に見切りをつけて、他府県に行って来ました。
行った所はそれほど多くはありません。浄瑠璃寺・岩船寺・海住山寺・
箕面公園・勝尾寺などです。それぞれに情趣のある場所でした。
紅葉は期待したほどでは無かったのですが、行って良かったとも
思っています。

パソコンが大分良くなりましたが、まだまだです。アプリのサポートに
よるとサポート期間の過ぎたものは今回の更新プログラムでの作動を
保証されないとのことで、仕方なく新パソコンの購入を考えています。
丸々8年前に買い込んだパソコンなので古いことは古いのです。
買い込んだとしても初期設定や各アプリケーションの再インストール
を考えると時間がかかりそうです。

本日から12月。今年も余す所はわずか。なんとか後2回は発行したいと
思いますが、パソコン関係で予期しないことが起きるかもしれません。
幸いに、この稿を初めから打っている「秀丸」は今回の更新プログラム
の影響もなく、正常に稼働しています。それゆえに購入は後回しに
しょうかとも思ったりです。

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  ◎ 「西行辞典」第385号 2018年12月01日発行 

   「西行辞典創刊号発行 2005年08月10日」 

  ◎ 発行責任者 阿部 和雄
   http://sanka11.sakura.ne.jp/

  ◎ 発行システム インターネットの本屋さん「まぐまぐ」を
     利用させていただいています。
   『まぐまぐ』 URL: http://www.mag2.com/

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発行周期: 不定期 最新号:  2019/02/09 部数:  134部

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