西行辞典

西行辞典 第382号(181020)

カテゴリー: 2018年10月20日
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      ◆◆◆◆  西行辞典  ◆◆◆◆
                        
                  vol・382(不定期発行)
                   2018年10月20日号

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           今号のことば    

         1 もののふ
         2 もりかきみかど
         3 八重
         4 やどのつま

やう梅→第325号「菩薩」参照
八百合の神→第355号「御影 02」参照
やかみの王子→第121号「熊野・熊野御山・熊野詣」参照
八入→第336号「まかり・まかる 02」参照
八嶋内府→第224号「鶴・みな鶴」参照
やすかはら→第251号「野路・野ぢ」参照
やすらい花→第208号「高尾寺」参照
やせわたる→第295号「ふけて」参照
八十島→第361号「出羽の國」参照
宿かし鳥→第261号「花(桜)+霞・かすみ」参照
やどしもつ→第321号「遍昭寺」参照
やどのつぼ→第307号「藤原宗輔(ふじわらむねすけ)」参照

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       ◆ もののふ ◆

【もののふ】

漢字表記は「物部・武士」です。奈良時代からある言葉で、宮廷に
仕えた文官や武官を指しています。つまりは初期の「もののふ」は
文武百官のことであり、「物の部」の総称です。

これから「武人・武者・武士」を指す言葉に変わったのは確証はない
のですが、平安時代のようです。武士階級が台頭し、「武」を職掌
として軍事に携わった人々を指す言葉になりました。
軍事に携わったすべての人々を指すとしても、その中でも武芸の
力量に秀でた人々を特に「もののふ」と呼んでいたものと思います。

02番歌の詞書にある「武士」は、室町時代に書写された「山家集異本」
にも「武士」と漢字で記述されています。「もののふ」のひらがな
読みは記述がなく、なんと読んでいたのか気になるところです。
「武者」は「むしゃ」として読み、西行時代当時から使われていた
言葉のはずです。ところが「武士」は「もののふ」「ぶし」共に読ま
れていたものかどうか私には不明のままです。
ともあれ今日でも「武士」は「もののふ」とも読みますので、ここ
では02番歌も紹介しておきます。
ちなみに「侍=さむらい」の言葉は奈良時代にもありましたが、
特に武士を指す言葉になったのは鎌倉時代のようです。

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01 もののふのならすすさびはおびただしあけとのしさりかもの入くび
          (岩波文庫山家集173P雑歌・新潮1010番・
                 西行上人集・山家心中集)

 新潮版山家集では以下のように記述されています。

 もののふの 馴らすすさみは 面立たし あちその退り 鴨の入首
             (新潮日本古典集成山家集1010番)

○ならすすさび

組手で、相手に対応する時の技術に馴れるということでしようか。

○すさみ・すさび

「荒び・進び・遊び・弄び」という文字を当てて「すさび」と読み
ます。意味は多岐に渡っていて、解釈にとまどってしまいます。

名詞及び動詞としてあり、それぞれに微妙に意味合いが異なります。
名詞としての「荒び・進び・遊び」は以下のような意味を持ちます。

1 心の赴くままにまかせること。気まぐれにおこなうこと。
2 心のままにする慰みごと。気慰み。手慰み。

動詞としては「すさむ=荒む」の活用で連用形です。原意は荒れる、
荒れ狂う、動きがいよいよ激しくなる、ことなどを言います。下の
4番や8番の意味をも含んでいることは私の理解を超えています。

1 生活や気持ちが荒れること。
2 勢いのままに激しさを加えること。
3 気の赴くままに物事をすること。気慰みに行うこと。
4 気の向くままに少しだけ食べること。
5 心の慰みにもてあそぶこと。興にまかせてすること。
6 勢いが衰えてやむこと。
7 荒れること。その状態。放置されること。
8 愛すること。心を寄せること。
9 嫌って遠ざけること。
     (岩波書店「古語辞典」・大修館書店「古語林」参照)

○あけとのしさり

不明です。新潮古典集成山家集では「あちその退り」として、「馬の
訓練の方法の呼称か」としています。和歌文学大系21では未詳としつつ
「武芸の伝統的な技の名か」としています。

○かもの入くび

和歌文学大系21によると、相撲の技の一つのようです。首を相手の
脇の下に入れて反り返るように攻める技とのこと。

(01番歌の解釈)

「武芸家というものは普段から大変な技を手慰みのように
こなしているものだ。あけとの退りとか鴨の入首とか、跳(と)
んだり跳(は)ねたり、反り返ったり。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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     八嶋内府、鎌倉にむかへられて、京へまた送られ給ひ
     けり。武士の、母のことはさることにて、右衞門督の
     ことを思ふにぞとて、泣き給ひけると聞きて

02 夜の鶴の都のうちを出でであれなこのおもひにはまどはざらまし
     (岩波文庫山家集185P雑歌・新潮欠番・西行上人集)

○八嶋内府

平宗盛のことです。1147年~1185年。39歳で没。
清盛の三男で母は平時子。兄弟に重盛、重衡、徳子などがいます。
重盛は清盛の嫡男として清盛の専横をいさめた人でもありますし、
重衡は興福寺や東大寺を焼いた武将。徳子は高倉天皇のもとに入内
して第81代安徳天皇の母となります。
清盛が1181年に没後、宗盛は平氏の家督を継ぎました。一族を率いる
人でありながら暗愚な人であったようです。

壇ノ浦で捕えられた宗盛父子は義経に護送されて鎌倉に入ったのですが、
また京都に引き返すことになります。帰京途中に、宗盛と清宗親子は
近江の篠原で斬殺されました。1185年6月21日のことです。

内府とは内大臣の別称です。宗盛は1182年に内大臣になりました。
1番歌は1185年6月21日以降に詠われた歌であり、西行最晩年の伊勢
時代以降の歌とみてよく、作歌年代がほぼ特定できます。

○鎌倉にむかへられ

1185年5月、平宗盛らが罪人として鎌倉に護送されたことをいいます。

○武士の、母のこと

とても分かりにくいフレーズです。もう少し具体的な記述がなければ
解釈は困難です。

○右衞門督

右衛門督は右衛門府の長官を指し、官の職掌名です。

ここでは平宗盛の子供の清宗のことです。父親の宗盛と同日に
近江(滋賀県)の篠原で処刑されました。15歳でした。
(平家物語は17歳としています。享年と満年齢の違いなのでしょう)
清宗の母は、西行とも親しかった平時忠の妹の清子です。

源平の争乱の時代に伊勢に居住していても、西行は都にいた歌人
達だけでなく、様々な人たちとの交流が続いていたことを思わせる
詞書の内容です。
いろんな情報が伊勢の西行の元に集まっていただろうと思います。

○夜の鶴

子供のことを思う親の気持ちの比喩表現といわれます。
白楽天の詩句「夜鶴憶子籠中鳴」から採られた言葉とのことです。
釈迦と関連する言葉である「鶴の林」とは関係ありません。

 夜の鶴都のうちにはなたれて子をこひつつもなきあかすかな
                  (高内侍 詞花集)

西行の歌は、詞花集の上記歌を踏まえてのものでしょう。

○ざらまし
    
動詞の後に打消の助動詞「ず」の未然形「ざら」に、推量の助動詞
「まし」が接続した言葉です。

「つつまざらまし」で、包まれなかったであろうに…という仮想現実
を表す意味となります。

 (02番歌の解釈)

「夜の鶴は都の内を出ないで欲しい。そうしたら亡き子の悲しみ
には迷わずには居られよう。」
       (渡部保氏著「西行山家集全注解」から抜粋)

「夜の鶴(親)は都(籠)の内を出てあれよ。そうしたらわが子
への愛情に迷わないであろう。」
               (和歌文学大系21から抜粋)

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       ◆ もりかきみかぞ ◆

【もりかきみかぞ】

意味不明の言葉です。鹿の声が「もりかきみかぞ」と聞こえるという
事ですが、実際にはそのようには聞こえなくても、この言葉に意味を
託しているものと解釈できます。それにしてもどのように解釈すれば
良いのか私には分かりません。「森か君か」でもないでしょう。
人には意味不明の言葉?をいっせいに合唱しているらしい鹿の本能を、
西形の聴覚に基づいて詠んだ歌です。
「もりかきみかぞ」は、これまで伝わってくる中での書写ミスの
可能性も考えられます。

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01 もろ声にもりかきみかぞ聞ゆなるいひ合せてやつまをこふらむ
          (岩波文庫山家集173P雑歌・新潮1014番)

新潮版山家集でし「きみかぞ」は「きみがぞ」とあり、「か」は
「が」と濁っています。

○もろ声

全体で合唱するように互いに声を合わせること。

○つまをこふ

発情期の動物が「妻を乞う」こと。通常は雄が雌を求めますから、
「妻を乞う」です。雄が繁殖の相手を求めているということ。

(01番歌の解釈)

「(もりがきみが)の声であろうか、いっせいに揃った声が聞えて
くる。お互いに申し合わせて妻を恋うのだろうか。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

「牡鹿が声を揃えて妻を恋うのが聞こえてくる。どの声も言い合わ
せたように、もりかきみか、と聞こえる。私はあなたの何なのですか。
養育係ですか、ご主人様ですか。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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       ◆ 八重 ◆

【八重】

八つ重なっていること。幾重にも重なっていること・もの。花弁が
重なっていること・花。

【八重の潮風】八重の潮路を吹いて来る風。
【八重の潮路】はるかな、遠い海路。八潮路。
【八重の山路】幾重にも曲がり続く、非常に長い山道。
            (講談社「日本語大辞典」から抜粋)

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01 ふるさとを誰か尋ねてわけも来む八重のみしげるむぐらならねば
             (岩波文庫山家集239P聞書集95番)

○わけも来む

「分けも来む」で、繁るばかりの草を分けて訪問して来る人が
絶えてしまっていること。

○八重のみしげる

八重葎のこと。葎にも種類があるということを、あるいは知って
いたのかも知れないと思わせる記述です。

○むぐらならねば

雑草の葎です。アカネ科のヤエムグラのこと。
「ならねば」は、違うという意味。

(01番歌の解釈)

「住み古した住処を誰が尋ねて草を分けても来ようか。人は八重に
繁るばかりの葎ではないので。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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     菊

02 いく秋に我があひぬらむ長月のここぬかにつむ八重の白菊
       (岩波文庫山家集86P秋歌・新潮467番・夫木抄)

○我があひぬらむ

「あひぬらむ」は重陽の節句から導き出された言葉です。この日は
節句の内では奇数が最も高い日です。中国伝来の思想では、長寿を
求め邪気を払う日とされています。「いく秋」で長年に渡って秋を
迎えていることを言い、それは長く生きているからこそという感慨が
「あひぬらむ」までの言葉に込められています。

○長月
    
陰暦の呼称で九月のこと。
九月九日は五節句の一つである重陽の節句の日です。この日は菊の
節句とも言われています。

○ここぬかにつむ

「ここぬか」は九日。九月の九日の節句の日に摘むということ。
同時に毎年摘んできた積み重ねの「積む」をかけています。

(02番歌の解釈)

「九月九日には毎年長寿を祈って八重の白菊を摘み続けるが、
そうやって私はいくつ秋に出会ったのだろう。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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     船中初雁

03 沖かけて八重の潮路を行く船はほのかにぞ聞く初雁のこゑ
          (岩波文庫山家集66P秋歌・新潮419番)

○初雁

渡り鳥の雁のこと。カモ科の水鳥です。カモよりは大きく
ハクチョウよりは小型です。
マガン・ハクガン・ヒシクイ・カリガネなどに分類されます。

雁は日本に秋に飛来して春には帰ります。ですから初雁は秋に渡って
来た雁を言います。

○沖かけて

沖の方に向かって、の意味。

○八重の潮路

遠くはるかな所へ行く海路のこと。

(03番歌の解釈)

「帆をあげて沖を目指して八重の潮路を行く舟の中で、初雁の
声をほのかに聞くことだ。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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     嵯峨に住みける頃、となりの坊に申すべきことありて
     まかりけるに、道もなく葎のしげりければ

04 立ちよりて隣とふべき垣にそひて隙なくはへる八重葎かな
          (岩波文庫山家集190P雑歌・新潮471番)

○嵯峨

京都市右京区にある地名。西行は嵯峨に庵を構えていたことは確実
です。二尊院境内には「西行庵跡」の石碑があります。

○となりの坊

誰の房なのか、誰が住んでいたか不明です。

○まかり

動詞「まかる」の連用形です。出る、行くという言葉の謙譲語・
丁寧語として使われます。

西行歌にはたくさんの「まかり」が使われています。ほぼ同じ行為を
表す「行く」「参る」「詣でる」「まかる」を使い分けているのは、
それなりの必然があったからでしょう。
西行本人の歌に対しての感覚や言語センスに基づきながら、人物や
事象との距離感がいくつかの言葉を使い分けた原因ではないかと
思います。
また、歌の韻律になじみにくいと思われる「まかる」の用法は、ほぼ
詞書に用いられています。それも西行の見識の一つでもあったのでは
ないでしょうか。

○八重葎

アカネ科のヤエムグラ属の総称です。キクムグラ、ヤマムグラ、
ヨツバムグラ、ヤエムグラなど10種ほどあります。
          (山と渓谷社刊「日本の野草」を参考)
歌では荒れ果てて寂しい光景の例えとして使われます。

○ひま・隙

基本的には「すきま」のこと、空間のことです。
物と物との切れ間のこと、物事と物事の切れ間のこと、心の中の
すきまのことなども「ひま」という言葉で表わされます。
さらには「手抜かりの無いように準備すること」や、「人と人との
関係が疎遠になること」なども意味していて、多様な用法があり、
解釈に戸惑う言葉であるとも言えます。
現代使われている「暇がある」という、時間的な余裕を表す用い方
も当時からされていました。「暇」はまた「暇乞い=いとまごい」
という言葉でも知られるように、人と人との関係性の断絶をも意味
しますから、「ひま」という語彙は実に多様性に富んだ言葉であると
思います。
「ひま」の用法が一番拡大していたのは平安時代であり、以後は時代
とともに空間的な意味では用いられなくなったようです。

(04番歌の解釈)

「隣の僧坊との境の垣は隣を訪れるのに立ち寄る必要があるのに、
八重葎が隙間なくびっしり繁茂していて、しばらく往来がなかった
ことが思われた。」
               (和歌文学大系21から抜粋)

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       ◆ やどのつま ◆

【やどのつま】

この歌の場合の「やど」は自分の家のこと。自宅のことです。
「つま」は妻のこと。「やどのつま」で自身の女房を指しています。

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01 雪の下の梅がさねなる衣の色をやどのつまにもぬはせてぞみる
        (岩波文庫山家集243P聞書集124番・夫木抄)

○梅がさねなる

「襲=かさね」とは、平安時代の貴族達の装束の重ね着を言います。
詳しくは、衣を五枚ほども重ねて着て、その表に現れる衣の色の配列
のことです。

「梅がさね」とは、襲(かさね)の色目の一つです。季節ごとに
様々の色の衣類を重ね着て、その配色ごとに「○○襲」と言います。
「梅襲=うめがさね」の場合は着物の表は白色、裏は蘇芳色を言い
ます。蘇芳色は植物のマメ科の蘇芳を材料とした染色剤を用い、染め
あがった色味は多少黒味を帯びた赤色です。
別説としての「梅襲」は表は濃い紅色、裏は薄紅色を言います。
上の歌では表は白色、裏は赤色の襲のことです。
「京の色辞典330」によると、蘇芳色も「深蘇芳・中蘇芳・浅蘇芳」
の3種があり、それぞれに色味が異なります。
この梅襲は冬季の11月頃から2月頃にかけて着用したようです。しかし
梅襲は春を表現しており、春の襲は他に若草襲・早蕨襲・紅梅襲など
があります。

衣装を重ねて着た時の色の配合が「襲の色」であり、その色目や着用
の組み合わせに一定の規範がありました。ただしそれは時代とともに、
あるいは染色技術の発達とともに変化していったようです。
貴族の位階によって使用できる色が決められており、最も高貴と
されていた紫色は、禁色として高い位階の人にだけ許されていた色です。
          (「古語辞典」・「京の色辞典330」を参考)

(01番歌の解釈)

「雪の下の紅梅はあたかも梅襲である。その着物の色を私の家の
妻にも縫わせてみることだ。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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  (後記)

このところ、比較的穏やかな秋の日が続いています。台風のニュース
ばかりが国中を席巻していたのは、すでに1か月半も前のことです。
拙宅の近くでは屋根にビニールの青いシートをかぶせているお宅も
まだまだ多くて、見るたびに台風の怖さを改めて実感しています。

先号発行からこのかた、奈良の二上山の麓と万博記念公園で遊んで、
秋の一日を満喫しました。そして三年振り位で愛媛県の端の生地に
帰省して来ました。私は故郷を離れて長いのですが、どんなに異郷で
ある京都に染まろうとも、やはり故郷は特別な感慨をもたらせます。

「西行学」第九号が届きました。まだ精読には至らないのですが、
執筆陣各氏の西行研究には驚嘆すべきものがあります。こういう
書物を読めることは私としても、とてもうれしいことです。
今年は西行生誕900年。節目の年にあたり、西行学会でも和歌山市で
10月27・28日に大会が計画されています。
また、奈良県立博物館でも10月13日から11月25日まで、「西行法師
生誕900年記念特別展」をしています。近いうちに行く予定です。

そろそろ紅葉の季節です。今年もあちこちの紅葉を見たいものですが、
悠揚迫らざるという感じで、体調と相談しながら、この年の植物の
もたらす晴れ舞台を楽しみたいものです。

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  ◎ 「西行辞典」第382号 2018年10月20日発行 

   「西行辞典創刊号発行 2005年08月10日」 

  ◎ 発行責任者 阿部 和雄
   http://sanka11.sakura.ne.jp/

  ◎ 発行システム インターネットの本屋さん「まぐまぐ」を
     利用させていただいています。
   『まぐまぐ』 URL: http://www.mag2.com/

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発行周期: 不定期 最新号:  2019/02/09 部数:  134部

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