西行辞典

西行辞典 第377号(180810)


カテゴリー: 2018年08月10日
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      ◆◆◆◆  西行辞典  ◆◆◆◆
                        
                  vol・377(不定期発行)
                   2018年08月10日号

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          今号のことば    

         1 むつれ・むつる 02 
         2 むね
         3 村立・むらだち
         4 むら鳥 01
         
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       ◆ むつれ・むつる 02 ◆

【むつれ・むつる】

親しみ、なつくこと。対象に、まつわりつくような行為や気持の事。

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04 雪とぢし谷の古巣を思ひ出でて花にむつるる鶯の聲
           (岩波文庫山家集30P春歌・新潮61番)

○谷の古巣を思ひ出でて

鴬が過去の出来事を思い出すなどということは作者の思い込みや願望
であり、普通はこんな表現はしないものと思います。
あえて表現する所に作者の意図が隠されているのでしょう。

「古巣」は古い巣を言う名詞。古い住処。元いた所。住み慣れていた
場所などの意味があります。
不思議なことに「古巣」の名詞が使われている歌は、全て鴬の巣に
限られています。
西行歌では鳥類はホトトギス歌が最も多く80首余り。ウグイス歌は
30首余りです。歌数からみてもホトトギスの巣の歌もあって良さ
そうなものです。それが、一首も無いということは、ウグイスの巣に
托卵するということ以外に、何か理由がありそうな気もします。
尚、西行時代当時もホトトギスの托卵は知られていました。

 鶯の古巣よりたつほととぎす藍よりもこきこゑのいろかな 
     (岩波文庫山家集237P聞書集78番・西行上人集・
                御裳濯河歌合・夫木抄)

○鶯・うぐひす

ヒタキ科の小鳥。スズメよりやや小さく、翼長16センチメートル。
雌雄同色。山地の疎林を好み、冬は低地に下りる。昆虫や果実を
食べる。東アジアにのみ分布し日本全土で繁殖。
春鳥、春告鳥、歌詠鳥、匂鳥、人来鳥、百千鳥、花見鳥、黄鳥
など異名が多い。
              (講談社 日本語大辞典から抜粋)

鴬歌の多くが写実的な歌ではなくて、作者の思いを託しての擬人化
された詠み方をしています。まるで人に対しての友情であり恋情で
ありすると思わせるような歌であるとも言えます。それは、鴬という
実在する小鳥の態様を表現しながら、その中に自身の心情を吐露する
ということにもなっているはずです。

 (04番歌の解釈)

「雪に閉じこめられた谷の古巣を思い出して、花に戯れる
鴬の声がする。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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       ◆ むね ◆

【むね】

(むね)は「主・宗」の意味を持っています。大切なこと、核心で
あることなどを指す言葉です。本体とか中心を表します。

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     いらごへ渡りたりけるに、ゐがひと申すはまぐりに、
     あこやのむねと侍るなり、それをとりたるからを、
     高く積みおきたりけるを見て

01 あこやとるゐがひのからを積み置きて宝の跡を見するなりけり
          (岩波文庫山家集127P羇旅歌・新潮1387番)

○いらご

愛知県渥美半島の突端にある岬の名称。伊良湖岬のことです。
伊勢湾を隔てて対岸の三重県鳥羽市とは海上約20キロメートルほどの
距離があります。渡りをする鳥の中継地・集合地として有名。

○ゐがひと申すはまぐり

胎貝。イガイ科の二枚貝。
(い貝)と(はまぐり)は別種の貝ですが、西行は(い貝)も
(はまぐり)と同種のものと認識していたものでしょう。

○はまぐり

二枚貝の一種。主に浅海の砂地の中で生息。食用として有名な貝です。
「浜の栗」の意があるそうです。殻は碁石などにも加工されました。

尚、山家集に出てくる貝類は「桜貝・雀貝・イガイ・阿古屋貝・
牡蠣」などの二枚貝、「袖貝・雀貝・サダエ・アワビ・シタダミ・
小ニシ・ツミ」などの巻貝があります。

○あこやのむね

阿古屋の宗。阿古屋とはウグイスガイ科の二枚貝のアコヤガイの
ことで、真珠の母貝となります。
宗とは主の意味で、本体とか中心を表します。したがって「あこ
やのむね」とは、真珠そのものを指します。
真珠は主として阿古屋貝から採れるという意味も含みます。

○あこやとる

真珠を貝から取り出すことです。
真珠のことを古くは「阿古屋玉」とか「白玉」と言っていたそう
です。万葉集にも「白玉」の歌は多くあります。
古事記編纂者の太安万侶の墓から真珠4個が発見されましたが、
鑑定の結果、鳥羽産の阿古屋真珠とのことでした。
聖武天皇の愛用品にもたくさんの真珠が用いられていて、古代
から真珠は「宝」として珍重されていたことがわかります。
西行歌にも「白玉」歌は三首ありますが、露とか涙にかかる言葉と
して用いられていて、真珠を表す「白玉」歌はありません。

 (01番歌の解釈)

「伊良湖に渡った時に(い貝)というはまぐりにあこやが主と
してあるのである。その真珠をとった後の貝殻を高く積んで
おいてあるのを見て」
「真珠をとるい貝の、真珠をとったあとの貝殻を高く積んで
おいて、宝のあとを見せるのであったよ。」
        (渡部保氏著「西行山家集全注解」から抜粋)

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02 家の風むねと吹くべきこのもとは今ちりなむと思ふ言の葉
      (西行歌)(岩波文庫山家集179P雑歌・新潮932番)

 この西行歌は下の想空法師歌の「返し」としてのものです。

     寂超ためただが歌に我が歌かき具し、又おとうとの
     寂然が歌などとり具して新院へ参らせけるを、人とり
     伝へ参らせけると聞きて、兄に侍りける想空がもとより

02-1 家の風つたふばかりはなけれどもなどか散らさぬなげの言の葉
     (想空法師歌)(岩波文庫山家集179P雑歌・新潮931番)

○家の風

歌に対して、ことに熱心であった為忠及び常盤の家の家風のこと。

○むねと吹く

(むね)は「主・宗」の意味を持っています。大切なこと、核心で
あることなどを指しますから、想空が長兄であることに敬意を
表している言葉だと解釈できます。
同時に歌の道で途絶えずに活躍する家であるという意味も持ちます。

○このもと

常盤木の下の意味。常盤の家の家風やその継承を込めています。

○今ちりなむ

為忠の家の歌が、散って世間・社会に広がっていくこと。

○寂超ためただ

現在表記では(寂超、ためただ)と(、)が必用です。(寂超)は
常盤三寂の一人で(ためただ)の子です。

○我が歌かき具

「我が」は誰を指しているのか解釈に迷うところです。私もこれ
までは以下のように解釈していました。

『寂超が為忠の歌に寂超自身の歌を書き添えて…ということ。
「我が」とは想空のことではなくて寂超を指します。
この詞書を見る限りでは寂超は想空の歌を評価していなかったとも
受け止められます。』

窪田氏は「我が」を(想空)と解釈し、新潮版では(寂超)と解釈して
います。どちらとも断定できかねますので両論併記とします。
和歌文学大系21の解説では、どちらとも触れていません。
現在の私は「想空」と解釈して良い文脈ではないかと思っています。

「為忠の歌を崇徳院に進覧するに際し、寂超が自身の歌および弟
寂然の歌を書き添えながら、自分「想空」の歌を記さなかった
ことへの不満を西行に訴えた歌。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

「歌に熱心な寂超は、兄弟の想空や寂然の詠草まで添えて提出した
こを知らせるのである。」
          (窪田章一郎氏「西行の研究」162ページ)

○新院

崇徳院を指します。

○なげの言の葉

取り立てて言うほどの立派な歌ではないのですが……という
謙遜の言葉。

 (02番歌の解釈)

「代々和歌を第一として伝えてこられた常盤の家ですから、
あなたの歌もすぐに世に広まることでありましょう。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

 (02-1番歌の解釈)

「自分の歌は代々わが家に伝えてきた歌風を伝えるほどのもの
ではないけれど、なおざりの歌とはいえどうして一緒に広めて
くれないのでしょうか。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

(寂超長門入道)

生没年未詳。藤原為忠の三男とも言われ大原三寂「常盤三寂」の
一人です。西行ととても親しかった寂然の兄です。
俗称は為隆(為経とも)とも言われます。西行より3年遅れて
1143年の出家。子の隆信は1142年生まれですから、生まれた
ばかりの隆信を置いて出家したことになります。
女房の「加賀」は後に俊成と結婚して定家を産んでいますから、
隆信は定家の同腹の兄になります。

(寂然)

常盤三寂(大原三寂)の一人で俗名は藤原頼業のこと。西行とは
もっとも親しい歌人であり、贈答歌も多くあります。

(想空法師)

この人物については判然としません。藤原為盛説と藤原為業(寂念)
説があり、窪田章一郎氏は「西行の研究」298ページで「想空は寂念
とは別人であり、長兄の為盛ではないかと考えられる。」として
います。この卓見に私も賛同します。いずれにしても為忠の子息で
あることに間違いはないでしょう。

西行上人集では「相空入道大原にてかくれ侍りたりし」と詞書が
あります。いつ頃出家し没したのか不明ですが、出家後は大原に
住んでいたことが分かります。

「想空」は他に210ページの詞書にも名前があります。また残集
13番の「静空」も「想空」と同一人物ともみなされます。

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      あづまやと申す所にて、時雨ののち月を見て

03 神無月時雨はるれば東屋の峰にぞ月はむねとすみける
 (岩波文庫山家集122P羇旅歌・新潮1111番・西行物語・夫木抄)
 
○あづまやと申す所
 
地名です。和歌山県から奈良県にかけての大峰修行の時の靡(なびき)
の一つです。靡とは行場のことをいい、大峰には75箇所の靡があります。
ただし西行の時代の靡と現在の靡には違いがあります。
「あずまや」は第16番の奈良県十津川村にある四阿宿を指します。

○神無月

陰暦10月の異称です。現在の12月初旬から下旬にかけての頃。

○むねとすみける

「むね」は前述したように、主、中心、というほどの意味です。峰の
中心として月は神々しく澄んで(住むを掛ける)いるということ。

 (03番歌の解釈)

「初冬10月の時雨が晴れると、四阿宿の尾根に出番を待っていた主人
公のように美しく澄んだ月が出る。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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       ◆ 村立・むらだち ◆

【村立・むらだち】

「叢立ち・群立ち」群がり立つこと。草木が群生するようす。
             (大修館書店「古語林」から抜粋)

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01 聞かずともここをせにせむほととぎす山田の原の杉の村立
     (岩波文庫山家集46P夏歌、263P残集・御裳濯河歌合・
              新古今集・御裳濯集・西行物語)

○せにせむ

「瀬にせむ」と書き「瀬」は、拠って立つ場所を表します。
「立つ瀬がない」という場合の「瀬」と同義です。
「せむ」の(せ)はサ行変格活用「す」の未然形。(む)は助動詞
(む)の終止形。「せむ」で(しよう・したい)という希望なり意志
なりを表します。
「せにせむ」で(場所としよう)(ここにしたい)という意味です。
 
○山田の原

伊勢神宮外宮のある一帯の地名。外宮の神域。古代から山田の町の
人たちと外宮は密接に結びついてきました。

○杉の村立

杉の木が林立している状態のこと。

(01番歌の解釈)

「たとえ鳴く声をきかなくても、ここを時鳥を待つ場所にしよう。
山田の原の杉の群立っているこの場所を。」
               (和歌文学大系21から抜粋)

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      堺花主不定

02 散りまさむかたをやぬしに定むべきみねをかぎれる花のむらだち
         (岩波文庫山家集235P聞書集61番・夫木抄)

○堺花主不定

嶺の境に拮抗して咲く桜の木は、どちらが花の主なのだろうか…
という発想で詠まれた歌。

○散りまさむ

花びらの散るのがどちらの山からの方が多いかということ。
より多くの花びらが散り敷いているのは、どの木かということ。

○かたおやぬし

この言葉は「かた=方」「お=格助詞」「や=係助詞」「ぬし=主」
に分かれます。「かたおやぬし」という名詞ではなく、片一方が勝ち、
つまりは花を多く散らした峯のほうが花の主というほどの意味です。
なんだか説得力のない表現です。

○花のむらだち 

一群の桜の樹のこと。ひとつの峯に咲き誇っている桜の樹々のこと。

(02番歌の解釈)

「より多く散る方を持ち主に定めるのがよいだろう、峰の堺を
区切っている花の群立は。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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       ◆ むら鳥 ◆

【むら鳥】

群がっている鳥。

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01 をりかくる波のたつかと見ゆるかな洲さきにきゐる鷺のむら鳥
 (岩波文庫山家集167P雑歌・新潮979番・西行上人集・山家心中集)

○をりかくる波

寄せては返している波の運動。

○洲さきにきゐる
 
「洲=す」とは川や海の水流の作用によって土砂などが運ばれて、
それが堆積して水面上に出たものを言います。
三角州、中洲などと言います。
その洲の先端のほうに白鷺が飛んできて群れている状態を指します。

○鷺のむら鳥

群れている鷺のこと。

(01番歌の解釈)

「寄せては返す白波が立っているかのように見えることだ。
鷺が群れ来ている様子は、何といっても。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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02 あさかへるかりゐうなこのむら鳥ははらのをかやに声やしぬらむ
          (岩波文庫山家集173P雑歌・新潮1012番)

○あさかへる

「朝、帰る」と「朝、孵る」説があって、特定できません。

○かりゐうなこ

不詳です。雁の子のことかと思われます。

○はらのをかや

不詳です。書写した人のミスの可能性も考えられます。

(02番歌の解釈)

「今朝孵化したばかりの雁の子たちは、今頃原の岡屋で鳴いて
いるのだろうか。」
               (和歌文学大系21から抜粋)

「難解。朝帰ってゆく雁の(の子?)の群は、「はらのをか山」
越えたことであろうか、の意か。」
           (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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             ことりどもの歌よみける中に

03 聲せずと色こくなると思はまし柳の芽はむひわのむら鳥
          (岩波文庫山家集167P雑歌・新潮1399番)

○思はまし

「思は+まし」で 「思ふ」の未然形+反実仮想の助動詞「まし」
の終止形の接続した言葉。
「おもうだろう」というほどの意味です。

○芽はむ

(はむ)は「食む」と表記して食べること。芽を食べること。

○ひわ

アトリ科の小鳥の総称とのことです。翼長10センチ未満で、マヒワ・
カワラヒワ・ベニヒワの三種があるそうです。
渡り鳥で、冬に日本に渡来するようです。
京都で枯木に留まっていたカワラヒワを目撃したことがあります。

○むら鳥

群鳥のこと。ヒワの群のこと。

(03番歌の解釈) 

「鳴き声が聞こえなくても羽の色が濃くなったと思うだろう。
鶸の群は柳の芽を食べているが、その芽が春も深まり緑濃く
なってきたので。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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  (後記)

「西行辞典」は創刊号発行以来、本日で13年になります。早いと
言えば早いものです。2002年4月15日創刊の「西行の京師」からは
16年余になります。
この間、必ずしも平穏無事であったわけではないのですが、顧み
てもよくぞ続いているものだと私自身も思います。
西行に関係することは細大漏らさず記述したいという当初の意図は
ある程度は達成されつつあると思いますが、あるいは必要のない
ものまで項目化し過ぎていて、その分、煩雑になっているとも言え
そうです。
振り返りみても創刊時代は仕事も持っていて、十分な考察を重ねた
とは言えません。また項目化という特殊性のある編集のために重複
を厭わずに書き連ねてきました。ゆえに何度も記述した歌もあれば、
一度も紹介していない歌もあります。
今の編集姿勢で一応の完成を見てから、状況が許せば一度も記述して
いない歌も紹介したいものだと思っています。

今月7日は立秋。とりわけ暑さの厳しい炎熱の夏でしたが、これから
徐々に過ごしやすい季節となります。まだまだ残暑も続きます。
読者の皆様のご健勝を願いあげます。

16日は大文字の送り火。今年は友人宅で見ることにしています。

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  ◎ 「西行辞典」第377号 2018年08月10日発行 

   「西行辞典創刊号発行 2005年08月10日」 

  ◎ 発行責任者 阿部 和雄
   http://sanka11.sakura.ne.jp/

  ◎ 発行システム インターネットの本屋さん「まぐまぐ」を
     利用させていただいています。
   『まぐまぐ』 URL: http://www.mag2.com/

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