「異文化交差点」(にほんごNPO)

『異文化交差点』Vol.181(にほんごNPO)

カテゴリー: 2018年09月01日
◆◇◆◇◆◇◆◇|異||文||化|╋|交||差||点|◆◇◆◇◆◇◆◇
       ~~~Culutural Crossroads~~~~~       
             Vol.181 September        2018/9/1
 
            特定非営利活動法人 浜松日本語・日本文化研究会
                   http://nihongonpo.hannnari.com/
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☆暑さ寒さも彼岸まで…の9月に入りましたが、はたしてお彼岸頃に秋が訪れ
るのか予断を許さない今年です。激暑の疲れも出やすい時期です。ご無理をさ
れませんように。

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◇日本語クラス(9月)の日程◇
 http://nihongonpo.hannnari.com/school2018.html

━ C O N T E N T S ━
  ●にほんごNPOだより…第14回日本語スピーチコンテストのご報告
   ○思い出BOX(第23回)……………田野聖一
    ●にほんごNPO諸事雑感……………加藤庸子
     ○まっちゃかふぇ………………………杉本英雄
      ●ごげんかせんといけん………………杉本英雄
       ○編集後記

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■□■にほんごNPOだより■□■

●第14回日本語スピーチコンテストのご報告

8月5日(日)、浜松市市民協働センターにおいて
第14回 日本語スピーチコンテストが行われました。
(主催:にほんごNPO   共催:公益財団法人 浜松国際交流協会)

本年の参加者は中学生が8名、大人が3名、合計11名でした。審査の間には
朗読の部も設けられ、3組5名の中学生が、自作の詩や国語の教科書の中から
選んだ詩、清少納言の枕草子を堂々と発表してくれました。
会場には出場者を含め、79名の来場がありました。

中学生の部には、日本生まれ・日本育ちの生徒が3名、幼少期に来日した生徒
が2名、滞日年数が3年に満たない生徒が2名というように、日本語の習得状
況に大きな差がありました。したがって、審査の際には、どのくらい聞く人の
胸を打つスピーチができたかという点を重視しました。

大人の部の参加者は、これまでで最も少ない3名でしたが、母文化や母語との
相違点や類似点を取り上げたスピーチから、来場された皆さんも自らの文化や
言語を振り返る機会になったことと思います。

<中学生の部> 
1位  ラミレス ジンガール(北浜中学校3年 フィリピン)
                「お母さんのために そして私のために」
2位  カリアオ ラブジョイ タオス(浜名中学校3年 フィリピン)
                「将来の夢」
3位  パシーナ ジョビー(清竜中学校3年 フィリピン)
                「『掃除』から『創自』へ」
未来賞 ラミロ ユリ(清竜中学校3年 フィリピン)
                「力の貯金」
奨励賞 オベデンシア カオリ(天竜中学校3年 フィリピン)
                「一人はみんなのために」
奨励賞 タカエス カオリ(積志中学校3年 ボリビア)
                「未来の私のために今の私ができること」
奨励賞 デラフェンテ ユウイチ(清竜中学校3年 フィリピン)
                「プレッシャーVS自分」
奨励賞 ミヤヒラ クイーンランズ(浜北北部中学校3年 フィリピン)
                「育ててもらったように」

<大人の部>    
1位  グエン バンチョン(ベトナム)「日本語はおもしろい」
未来賞 アムリタス バルタン(インド)「私が思う日本の生活について」
奨励賞 ジェレナ カリン(ペルー)「私が選んだ仕事」

入賞者及び出場者に、にほんごNPOより賞状と賞品をお贈りしました。

今月号には、中学生の部で1位になったラミレス ジンガールさんの原稿を掲
載します。また、次号から数回にわたり、出場してくださった一部の方の原稿
を掲載する予定です。どうぞ、お楽しみに。

最後になりましたが、今回の日本語スピーチコンテストにご協力くださった多
くの皆さんに心からお礼申し上げます。ありがとうございました。


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2017.8.6 第13回 日本語スピーチコンテストより

<中学生の部>1位

「お母さんのために そして私のために」
                北浜中学校3年 ラミレス ジンガール

みなさんが、3才のときのことを思い出してください。
あなたの隣に、お母さんはいますか。

私が、0才11か月のとき、お母さんは、日本に行ってしまいました。
だから、私が3才のとき、私の隣に、お母さんはいませんでした。
小さいときは、お母さんがいなくて、とても寂しかったです。
兄弟と空を見上げて、飛行機を探しました。
お母さんが、飛行機に乗っているような気がしたからです。
(お母さんに会いたい。)

私は、小学校4年生のとき、いじめにあいました。私のカバンがなくなって、
私は一生懸命探しました。すると、カバンはトイレで見つかりました。私の
カバンは、トイレの水でびしょぬれでした。「なんで、私だけ?」と、悲しく
なりました。悔しくなりました。
(お母さんに会いたい。お母さんがいる、日本に行きたい。)

小学校6年生のとき、私は日本に来ました。
私は、日本に来たとき「夢が叶った。」と思いました。
空港に着いて看板の漢字を見たとき、「信じられない。本当に日本にいる。」
と思いました。「やっとお母さんと一緒に、日本で暮らすことができる。」と
思いました。本当に嬉しかったです。

お母さんは、私が小さいときも、今も、いつも仕事をがんばって、私たち兄弟
を 育ててくれています。心から感謝しています。
だから、私は、いつもお母さんを助けたいと思っています。 

私は、中学2年生のとき、間違えるのが恥ずかしくて、あまり日本語を話しま
せんでした。NPOの齊藤先生と岡田先生とは、英語で話していました。
3年生の初めの取り出し授業のとき、岡田先生が言いました。
「ジンガール、なんで日本語で話すようになったの!?」
そうです。私は、3年生になって、変わりました。 
なぜならば、将来は、いい仕事をして、お母さんを助けたいからです。
いい仕事をするために、高校に入りたいからです。
だから、私は、日本語をもっとがんばって勉強しようと決めたのです。

私の将来の夢は、幼稚園の先生になることです。私は、子供が大好きです。
6月に学校の授業で、北浜幼稚園に行きました。私は、年中のえなちゃんと
たくさん遊びました。えなちゃんの笑っている顔を見て、幸せな気持ちになり
ました。 そして、「幼稚園の先生に絶対になりたい」と思いました。

「日本に来たい」という夢は、私が何もしなくても叶いました。
でも、「幼稚園の先生になりたい」という夢は、自分の力で必ず叶えます。

お母さんのために、そして、私のために。

最後まで聞いていただいて、ありがとうございました。


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■□■思い出BOX■□■(第23回)

◆国際学生証………………………………………………………………田野聖一
 
大学の夏休みは長い。
8月上旬から9月下旬だ。

「2か月も何しているの。」
妻に聞かれた。
「うーん、勉強はするよ。」
「少しは家のことも手伝いなさいよ。」
居候なんだからねと加えてくる。家にいてもロクなことはない。

近所にある病院に行った。
4月に大学で健康診断があった。尿糖値が高い。肺に影がある。
「精密検査をして下さい。」
保健室で言われた。しないと就職時に証明書が出せないという。

尿糖値は正常だった。肺の影は昔からあり問題なし。
尿検査、血液検査、レントゲンで4800円もかかった。
大学生には痛い出費だ。

先日スペインから絵ハガキが来た。
ジンバブエを旅行中に知り合った花谷君からだ。
暑中見舞いと年賀状はいつも海外から届く。
今は自分で旅行代理店をやっている。

「2か月あればアジアくらいは周れるな。」
ハガキを読んでつぶやいた。

「大学生のくせに何を言ってるの。あんた無収入でしょ。」
母が即座に返してくる。

「国際学生証は作りましたか。」
ハガキの隅に書いてあった。作りたいけど作れない。


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●○●にほんごNPO諸事雑感●○………………………………………加藤庸子

【トネリコ】

この夏、庭の一角に駐車場を作った。改修工事が最終局面を迎えた頃、株立ち
の涼やかな木が我が家にやって来た。

「この木、アオダモですよね。」
「いや、トネリコだよ。」
「はあ?トネリコ?」
「うん、トネリコ。」

トネリコ、トネリコ、トネリコ‥‥
20回ぐらい声に出して唱え、「よし、覚えた!」と思った。

ところが、午後になって、もう一度思い出そうとすると、頭は空回りするばか
りで、最初の一文字すら浮かんでこない。恥を忍んで庭師の方に尋ねた。
「この木の名前、何でしたっけ。」

後で、見積書を見て、トネリコ=アオダモであることが判明した。アオダモは
すんなり覚えられたのに、なぜ、トネリコは覚えられなかったのか。

それは、「関連性」の問題に違いないと思った。「トネリコ」は、これまでに
聞いたこともないような音の連続だが、「アオダモ」には親しみがある。タモ
という木は、建築材料としても使われる。そして、「青いタモ」だから「アオ
ダモ」。正しいか、正しくないかは別として、既知のものと関連付ければ簡単
に覚えられる。

というわけで、「トネリコ」は「隣のネコ」。これで、しっかり覚えられた。

外国語の学習も同様だろう。既知の情報と関連付ければ定着も容易に違いない。
以前、「また来週」ってポルトガル語で何と言うの、と学習者に尋ね、南部公
民館(当時)から浜松駅まで、ぶつぶつと唱えながら歩いたことがあった。家
に帰り、しばらくしてから思い出そうとしたのだが、やはり、トネリコ同様、
全く思い出せなかった。

「ん?何だっけ。」と思い出せないときには手帳を見て練習。これを何回か繰
り返し、実際に使ってみて、ポルトガル語での「また来週」は、やっと長期記
憶に収まった。

基本的な語彙が定着していれば、覚えるのはもっと簡単だったかもしれない。
ゼロ初級の学習者にとって、なじみのない音の連続を記憶することは、モチベ
ーションがあったとしても、若くて柔軟な脳を持っていたとしても、かなりの
努力を要することに違いない。

トネリコ事件。もう少し、考えてみる価値がありそうだ。


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□■□まっちゃかふぇ【家族の風景】……………………………………杉本英雄

 歳のせいなんでしょうか、このところやたらと昭和が懐かしく思われてばか
りです。モチロン本当の昭和は、昨今の映画やドラマで描かれているほどロマ
ンティックではなく、じつは相当にオソロシイ時代でした。

それで先日突然に、平成すら終わろうとしている現代に「考証」で模造された
昭和の風景映像ではなく、当時撮影されたモノホンの昭和風景を見たくなり、
小津安二郎の「東京物語」を衝動的に見てしまいました。これまでに劇場では
もちろん、ちゃんと全編を見たことがなかったのです。

1953年の映画です。随所にまだ戦争の余韻が残っています。自分が子供の頃、
まだ身近に戦争を感じさせる爪痕があったので、非常に納得できます。しかし
平成生まれの若者には、「太平洋戦争は本当はなかった」とまるで「アポロは
月に行かなかった」論と同じレベルでとらえている傾向があるのをご存知です
か。戦争を語り継ぐ、どころか、彼らには戦争すら国民洗脳の国家的陰謀によ
るでっちあげと考える風潮があることを、メディアはまったく指摘しません。
いつのまにか、戦争記憶の風化、どころではない段階に来ているのです。

話がそれましたが、映画を見て、なぜ昭和時代のパチンコ屋のBGMがいつも
軍艦マーチだったのかがわかった気がしました。ま、これも余談です(笑)。

そんな戦争の話は、さておき。

今、「家族の崩壊」というテーマがまことしややかに論じられることが多いも
のです。いつのまにやら、昭和の頃はまだそんなことはなかった、家族は健在
だった、しかし平成になってからは家族がどんどん成り立たなくなっている、
と考えがちです。

ところが東京物語を見て、なんだ、昭和のアノ頃からもう家族というものが成
り立たなくなってきていたんだ、今(平成)になって始まったんじゃないんだ
な、と感じました。いやいや、そもそも家族が永遠の存在、家族の絆、と美談
的にいうけれど、じつは非常にテンポラリーなものに過ぎず、家族が大事とか
はぢつはただの幻想で、たまたまうまく条件が揃っている場合のみ家族という
見かけ上のありようが成り立つもので、人生のデフォルトには、家族は本来な
いものなのだ、とまで考えるようになりました。

あらら、昭和ノスタルジイがいつのまにか家族論にすり替わってしまいました
ネ(笑)。記憶にあるのは、子供の目で見た昭和の風景にすぎず、今の大人の
目でみたら当時はどう見えるのだろう、と思うものです。


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●○【ごげんかせんといけん】─21世紀日本語日本文化起源への旅…杉本英雄

No.082「水くさい」

水と人間関係をむすびつけた用法がずいぶん多いのは、日本語の特徴でしょう
か。

外国人が親しい日本人の友人から「おまえ、水くさいぞ」と言われたのでおも
わず自分の体の匂いをかいでしまった、とか、水くさいってどんな匂いなのか、
水に匂いはあるのか、と生徒から質問された、というあたり、日本語教師ある
ある、ではないでしょうか。

水の匂いはあるのでしょうか。

日常生活で「水がにおう」というのは、水道水に含まれるカルキ臭などをいい
ますね。「雨の匂い」というのも、じつは水分を吸った土の匂いです。

水自体には香りがなく、水に含まれる有機物や薬品などの匂いが「水の匂い」
となります。

ではなぜ「水くさい」というのでしょうか。

いつものようにググってみれば。

──これは関西方面の言い回しで、関東でいうところの「水っぽい」という意
味で使われていた、とあります。水のにおいがするわけではないが、汁物など
が水気が多すぎて味が薄くなってまずいことを「水くさい」といっていたそう
です。

それで、薄くてまずい、という意味を人間関係にあてはめて言うようになった、
ということのようです。

水くさいほどに薄情な関係もあまりなんですが、油や泥のようにどうしようも
なく絡み合った人間関係はもっとイヤです。できればいつでも、水がサラサラ
流れるような円滑な人間関係を保っていきたいものです。


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《編者後記》むかしの日本人であれば、天候異変が起きれば天に祈りを捧げた
ものです。しかし現代の日本人は、天に対して祈るどころか唾をも吐く有様で
す。お天道さまは、そんなありようもしっかりと観ているのです。(杉)
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