栗野的視点

栗野的視点(No.640):医師の価値観か、それとも歪んだ正義感か。

カテゴリー: 2019年03月23日
栗野的視点(No.640)                   2019年3月23日
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医師の価値観か、それとも歪んだ正義感か。
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 昨年8月、公立福生(ふっさ)病院で人工透析を中止し、死亡した女性の問題が
今春、各メディアで大きく取り上げられている。最初にこの問題を報じたのは毎日
新聞のスクープだったらしいが、以後、各メディアが一斉に報じるに至った。
 このことが大きく報じられたのは人の生命に関することだからだけではない。医
師と患者の関係、医療現場が抱えている問題、インフォームドコンセントの問題、
高齢化社会と終末医療の問題など様々な問題を内包しているからである。それだけ
に難しく、微妙で、ややこしい問題でもある。

◆患者の気持ちは揺れる

 いまさらとは思うが、この問題をあまりご存じない方のために、かいつまんで説
明しておこう。
 腎臓病を患い別の診療所で5年間人工透析を続けていた女性(44歳)が、昨年8
月、福生病院に来院したところ、担当医師は可能な治療法を説明したほか、人工透
析をやめる方法もあると提案した。
 女性は透析治療をやめる方を選び、意思確認書にサインをした。それから7日後
に死亡したというのが、簡単な経緯である。

 これだけを見れば覚悟の死で、何が問題なのかと思われるかもしれない。話がや
やこしいのは、透析中止を選んだ女性に迷いが見え、死亡前に透析中止を撤回する
意向を見せたことだ。女性の夫もそのことを医師に伝え、病院側にも透析中止撤回
の意向が伝わっていたにもかかわらず、意向が聞き入れられることなく、女性は亡
くなっている。

 ここで問題が2つ出てくる。1つは女性の本当の意向は透析中止なのか、それと
も透析を希望したのかという問題。
 もう1つは担当医師による女性の意向の受け止め方の問題である。透析をしない
という確認書に署名しているから、そちらが本当の意向と受け止めれば、最後の段
階で女性が透析を訴えても、それは一時的な迷いと捉え、積極的な治療はしないだ
ろう。
 だが、患者は迷うもので、最後の段階で訴えたことが本当の意向と考えれば、
「確認書」に署名はあっても最後の意思表示の方が本当の意向と受け止め、透析を
開始するに違いない。そうすれば女性はまだ生きながらえた可能性もある。

 どちらの立場を取るかによってメディアの論調も異なるが、大手メディアは後者
の立場を取り、担当医師(外科)の対応に問題ありとの指摘が大半だ。なかには
「医師による犯罪」とまで指摘するところもあるが、それも分からぬでもない。
 メディアだけでなく医療関係者の間でも論調は2つに分かれている。福生病院と
担当医師の対応は日本透析医学会のガイドラインに沿っていない、終末期医療に対
する誤解があるという見解と、「透析中止」という選択肢を示したのは医師として
正しいし、批判されるべきではないとする病院・担当医師擁護見解に分かれている。
 ただ医療関係者以外から聞こえてくる擁護意見には多少ヒステリックなものが多
く論理性に欠けている部分が見られるのは残念だ。

 もう1つ微妙な影を落としているのが44歳という女性の年齢だろう。もし、亡く
なったのが80歳以上の高齢者だったら一般の人の受け止め方も少し違ったかも分か
らないが、44歳は平均寿命から言ってもまだ若い。打つべき手があったのではない
かとは誰しも思うだろう。

 ところで前提となる事実をもう1つ示しておく必要があるだろう。女性は最後の
段階で、本当に透析再開を望んだのか。それはどうして分かるのかという点だ。
 それは彼女が夫に出したメールに次のような文面を残していたからである。

「何時来るの? 2018/08/15 11:19」
「何時来るの? 2018/08/15 13:12」
「とうたすかかか 2018/08/16 07:50」

 最初に「とうたすかかか」という文章を見た時は意味が分からなかったが、夫に
よれば普段から彼女は夫のことを「とう(父)」と呼んでおり、「たすかかか」は
「助けて」と書こうとしたが、意識が朦朧とする中、それ以上キーを打てなかった
のだろう。「父さん、助けて」という最後のSOSだったわけで、残された遺族の気
持ちを思うと言葉が出てこない。

 この文面が残されていたことで、女性は一度は透析中止を選んだものの、本心は
透析再開を望んだと考えられる。
 この文面が残されてなく、「妻は透析を再開したいと言っていた」という夫の証
言だけでは透析中止の「意思確認書」の方が本人の意向であり、それに従うのが当
然という論理が支持されるだろう。

◆効率主義が医療現場にも

 ここまでは担当医師と患者間の問題と言えなくもないが、その後の病院側の見解
発表、記者とのやり取りの中に気になる部分がある。
 それは倫理委員会開催の問題だ。日本透析医学会では透析中止をする場合は倫理
委員会の開催が望ましいとガイドラインで定めているし、延命治療を中止する場合
などでも倫理委員会を開催して決めるのがルールになっている。それは死に直結す
る問題だからで、当事者だけの判断ではなく他の医師たちも交え広く意見を聞く必
要があるからだ。これは故意に安楽死をさせるなどの行為を防ぐ意味もある。

 ところが同病院では2014年頃以降、倫理委員会を開いていない。その理由を「外
部委員を呼ばなくてはならないなど、開くのに苦労する。1回ごとに開くのは非現
実的だ」と同病院院長が述べているのが気になる。
 たしかに病院側にしてみれば倫理委員会の開催は時間的にも労力的にも大変かも
しれない。だが、人命に関することである。それを「非現実的」と言う姿勢からは
患者を人ではなく物と捉える効率主義的な姿勢を感じてしまう。

 危惧しているのは効率主義が昨今、医療や介護の現場に垣間見られる(控えめな
表現で)ことだ。
 思い出して欲しいのは2016年7月に相模原市の障害者施設で入所者19人を殺傷し
た植松聖被告の事件。植松は「障害者は不幸を作ることしか」できないから「日本
国と世界の為」に自分が行動を起こしたと嘯いていた。
 今回の件でも病院側の説明等の中に国の医療費の問題に触れた部分があった。病
院や担当医師側を養護する意見の中にも医療費問題を取り上げているのが目に付く。
両者に共通しているのは効率主義で、それは植松被告の思考に相通じる部分がある。

 経済原則、効率主義は一見正しいように見える。だが経済優先、効率優先の思考
に捕らわれると人は余裕をなくしていく。余裕がなくなれば他者への配慮がなくな
る。他者に配慮することは非効率と考えるからだ。他者や違う意見を受け止めるよ
り排除にかかる。そして自分なりの正義感を振りかざし、人としての倫理観を失っ
ていく。その先に待っているのは・・・考えたくもないが。

 最後に私的な経験話を。
20年あまり前になるが、入院していた病室で父が亡くなった時のことだ。医師が病
室にやってきて、もう脳死状態で、現在呼吸しているように見えるのは自力呼吸で
はなく機械呼吸だから生き返ることはない。装置を外すかどうか考えてくれ、とい
うようなことを、まあ言葉はもう少し丁寧な言い方だったが言われた。母と弟と私
は顔を見合わせ、もういいだろう、と互いに頷きあった。こういう時は当然、母が
言うものと待っていたが、母は一向に「機械を外してもらっていい」と医師に言い
出せなかった。結局、私が医師に伝えたのだが、装置を外しても心電図の針がなか
なか止まらず、「ご臨終です」と言おうと病室で立っていた医師は待ちくたびれた
様子で一度引き上げた。
 これは私に暗い影を落とした。あの時、本当に装置を外してくれと言ってよかっ
たのか。もしかすると父は蘇生できたのではないか、という思いがずっと付きまと
った。

 もう1つは弟が膵臓ガンで亡くなった時だ。ガンと分かって半年ぐらいは「人間
一度は死ぬんだから」と気丈に言っていた。その頃ある医師が書いた「私はがんで
死にたい」という本を読んだりしていたから、達観しているのかと思ったりもして
いたが、最期近くになると、もう少し生きたいと考えが変わったのを覚えている。
 この時、人の考えは変わるもので、その時々の言葉を信じてはいけない。本心は
最後の瞬間に見えるということを体験した。
 同じようなことは遺言状にもある。遺言状は新しいものの方が優先されるのだ。
やはり今回の件では医師は最期に「透析中止を撤回したい」と訴えた患者と家族の
意見に従うべきだったのではないか。そうしなかったのは国の医療費削減のためな
どという歪んだ正義感がなかったと信じたい。


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栗野 良
 ジャーナリスト(Technology & Economy)

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発行周期: ほぼ 週刊 最新号:  2019/03/23 部数:  251部

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