こころをめぐる話-内観に学ぶ

三つの視点

カテゴリー: 2019年02月15日
こころをめぐる話ー内観に学ぶ NO134
                              三つの視点
                                        
                発行者 白金台内観研修所 本山 陽一
                                    Mail to: zan25224@nifty.com
                       http://www.shirokanedai-naikan.com/index.html

内観は、幼い時代からの両親をはじめ、身近な人々とのエピソード記憶を新
たな観点で思い出し、記憶を統合的に整理して、自己イメージを肯定的に再
構築する方法である。その新たな視点とは(していただいたこと・して返し
たこと・迷惑をかけたこと)の三つの視点のことである。三つの視点の意味
については、内観創始者・吉本伊信先生ご自身が貸借対照表の貸し借りにな
ぞらえて簡単に説明されていたが、それ以外、今まで誰も触れていなかった。

そこで2006年に『現代のエスプリ』(至文堂)に原稿を依頼された時、私の
解釈を書いた。その時の文章を以下に抜粋すると、
 『(前略)次に内観三項目から私には二つの視点が見えてくる。それは、
最初の二項目からは現実をありのままに見る視点であり、最後の(迷惑をか
けたこと)は自分自身を客観化する視点である。二人の関係を具体的な事実
「していただいたこと・して返したこと」だけで見る視点は、いかなる価値
観も先入観も感情も寄せ付けない冷徹な第三者の視点で、ただ現実をありの
ままに見るだけである。

この二項目に対して「迷惑をかけたこと」には「迷惑をかけられたこと」が
ない。その理由は、日常生活では私たちは加害者になったり被害者になった
りするが、強く感じるのは被害者になった時で、「迷惑をかけられたこと」
はわざわざ調べなくても私たちは自然に感じるので「意識化」の必要がない
からである。逆に加害者になっている時は、私たちは鈍感で相手から文句を
言われたり、問題が生じなければ気づかない場合がほとんどで、「迷惑をか
けたこと」は、意識して相手の立場に立って考えないと見えない。

つまり、「迷惑をかけたこと」の意味は、相手の立場から自分を客観的に見
る眼を養うことなのである。私たちの日常生活は、自分を中心にして自分か
ら世界を見る眼で営まれているが、集中内観では、自分のすべての価値観や
感情等から離れて、公平な第三者の眼で、現実の自分自身を含めた宇宙すべ
ての現実に心を開いて観察していくのである。集中内観の技法から自然に導
かれるこの公平な第三者の眼こそが内観の意識の拠りどころと言える。
(後略)』
 
 以上が当時の三つの視点について考えていた私の解釈だが、これは今でも
基本的には変わりはない。私たちのエピソード記憶は、その時に感じたり、
思ったりしたことが長期記憶として残った記憶である。そして、その記憶は
印象が強いほど感情を伴って記憶しているようである。この感情記憶は、エ
ピソード記憶を忘れても感情だけは残っており、その人の価値観に影響を与
えている、と多くの人の声に耳を傾けているとわかる。

つまり、三つの視点とは、客観的な視点のことで、人々の持っている主観的
なエピソード記憶を客観的に見直すことで、過去の嫌な感情を伴った記憶を
肯定的なエピソード記憶に変化させることができる魔法の視点なのである。
ただこの魔法の視点を持ってしても肯定的に変化させるのは簡単なことでは
ない。それはエピソード記憶を思い出すのもなかなか難しいうえに、さらに
は脳の奥にあるエピソードに伴う感情までも変化させようとするのだから、
その困難さは理解していただけるだろう。

この問題を解決するために集中内観では一週間の時間をかける。まず母との
エピソードを思い出すのだが、最初はなかなか思い出せない。一時間考えて
いても集中できるのは5分もないのが標準である。外界との交流を絶って朝
から晩まで思い出そうとするのだが、なかなか難しい。しかし、これを三日
も繰り返していると不思議なことにエピソード記憶が甦ってくる。しかもそ
の時の臨場感を伴って甦ってくるのである。そうなると、感情を伴ったエピ
ソード記憶の変化が可能になり、新たなエピソード記憶を獲得できるのであ
る。

記憶の大切さは、案外知られていない。チリの生物学者ウンベルト・マトゥ
ラーナは、通常、私たちが外部世界を認識する時には、外部世界からの知覚
は2割に過ぎず、8割は過去の体験にまつわる感情を伴って認識していて、目
の前のものはほとんど見ていないと説いた。つまり、私たちはこれから出合
う物事を、ほとんど過去の記憶(知識、生活体験、価値観等)をもとに認知
するというのである。別の言葉で言えば、私たち凡人は先入観で物事を見て
いるというのである。

たとえば、私たちは、初めて会った異性が初恋の人や好きなタレントに似て
いれば、最初から相手に好感を抱き、嫌いな人に似ていると嫌な印象を抱く。
数字のパズルを見たときにある者は興味を抱いて問題に取り組み、ある者は
避けるという行動をとる。これは数字に対する過去の記憶から来ているわけ
で、算数が得意で皆から評価されたという体験や問題を解く快感を体験して
いる者は問題に取り組む傾向にあり、小さいときに算数が苦手で数字に対し
て嫌な記憶を抱いている者はパズルを避けがちになる。

楽しい記憶が多い人は性格が明るく、嫌な記憶が多い人は性格が暗くなる。
私たちの今は、過去の記憶(知識、体験等)に支配されているのである。ネ
ガティブだったり、歪んだ認知や価値観の記憶があると、現在の状況もネガ
ティヴに捉え間違った判断をするようになり、現在の状況を悪く認知し、悪
い記憶を再生産して増やし、幸せからはますます遠のいてしまう。何もしな
いと記憶は情報なので永久的に続く。写真は、100年経っても何も変わらない
のと同じである。

生命記憶の例にあるように、エピソード記憶は忘れても、感情記憶や感覚記
憶は残るようで、その人の性格を形成したり、似たようなエピソードに出合
うとまず感情、感覚が反応する。したがって、いい記憶はそれをより深く記
憶させ、悪い記憶は積極的に向き合い、感情を伴って変えることが重要なの
である。過去の記憶に影響されないで現在を認知できる人を悟った人、とい
うのである。悟った人は常に自らをゼロ(無)の状態に出来る人であり、過
去からの影響を受けない。

しかし、私たち凡人はそうはいかない。過去の記憶の影響を常に受けながら
現在を生きなければならない。一週間の集中内観を終えると、性格が明るく
なって物事を積極的に捉えるプラス思考となり、回りの景色も輝いて見え、
やる気がみなぎってくるのは、その過去のエピソード記憶が、心底肯定的に
感じられるように変化したからに他ならない。この三つの視点は、集中内観
の現場でとてつもない威力を発揮するのである。
 



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こころをめぐる話-内観に学ぶ

発行周期:  不定期 最新号:  2019/02/15 部数:  612部

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