こころをめぐる話-内観に学ぶ

内観あれこれ

カテゴリー: 2017年06月29日
こころをめぐる話ー内観に学ぶ NO131
                              内観あれこれ
                                        
                発行者 白金台内観研修所 本山 陽一
                                    Mail to: zan25224@nifty.com
                       http://www.shirokanedai-naikan.com/index.html

内観研修所を始めて、いつの間にか34年になる。この間、必死で生きてきた
が、改めて振り返ってみると、私の生活は、内観者さんの応対と子育てと自
らを見つめるということの3パターンで構成されてきたと云える。物理的に
は内観者さんの応対と子育てに多くの時間を費やしたが、頭の中は自らを追
求することにほとんどの時間が費やされていた。それは意識的というよりも
自然にそうなっていた、という感じだった。

考えてみれば、思春期からそういう傾向はあったが、思春期はまだ性欲とか
名誉欲が強く、私の頭の中はそういうものに対する欲求がかなりの部分を占
めていた。しかし、内観に出合い、内観研修所を始めてから、次第に法の世
界、真理の世界に興味が集中し始めていた。特に吉本家のご厚意で白金台内
観研修所にお世話になるようになってから内観一本の生活ができるようにな
り、その度合いが強くなった。この年になって初めて、吉本伊信先生が内観
研修所を開設するように勧めてくださった深い意図が理解できるようになっ
たわけである。

私が29歳で受けた集中内観の時、面接中に吉本先生から「内観研修所をやっ
たらどうですか?」と勧められた。「私のような若さで、内観研修所をやっ
たら、自惚れて駄目にならないですか?」とお応えすると、先生は「それは
年に関係ありません。自惚れる人は年をとっても自惚れます。年齢は関係あ
りません。いいことは早くやったほうがいいと思います」と私の疑問を一蹴
された。内心、先生に勧められたことは嬉しかったが、自信が持てなかった
私は、「考えてみます」と曖昧にお応えした。

私が内観を続けていたのは、救われたい、という一心だった。幼いときに父
を失い、母親とも離れて暮らすことを余儀なくされた境遇のせいか、生まれ
つきの感じやすい性質だったからかわからないが、とにかく、小さい頃から
生きることに対する不安が強かった。そのせいか思春期になると、悟り、真
理、生きる意味、絶対の安心とかの言葉に強く惹かれるようになり、そうい
うことが書かれている本を読みあさっていた。

すると、次第に知識が増え、心から感動させられた本にも何冊か出合った。
しかし、それらは一時的な体験であって、心から私が求めるものは得られな
かった。そんな時、ふとしたキッカケから内観に出合った。最初の集中内観
が終わった時の感動は、それまでの人生で味わったことのない体験で、深い
感動が長く続き、日常生活が天国にいるように感じた。息を一つする度に喜
びが身体の芯から湧いてきたのである。

その時に、「私が長く求めていたものは、これだ!」と確信した。さらにそ
の確信を深めたものが、吉本伊信先生のお人柄であった。長く内観を続けて
こられた成果、証拠が先生のお姿にあらわれていた。それは人格者とか聖人
とかの言葉では語り尽くすことができない絶妙なバランスで存在していた。
「自分は内観でしか救われない!これを離したら自分みたいな者は、駄目に
なる」と強く思い、それ以来内観を続けてきたのだった。

自分が研修所を運営する立場になることは全く想定していなかったし、興味
もなかった。その後も内観を続けていたが、心境が進まなくなり、自らの内
観に限界を感じ始めていた。そして、“自分みたいな者は、365日内観づけの
生活をしなければ救われないのではないか?”と思うようになり、内観研修
所を開設する決心をしたのだった。吉本先生に勧められてから、3年の月日が
流れていた。

見知らぬ過疎の村で内観研修所を開設したわけだが、当初は内観者さんも少
なく、馴れない土地での生活ということもあって、緊張した毎日が続いた。
今でも内観研修所だけで生計を立てるのはなかなか大変なことで、現在でも
内観研修所だけで生活しているところは数カ所しかない。私が内観研修所を
開設した当時は、内観研修の収入だけで生計を立てている所は一軒もなかっ
た。資産がない私が内観研修だけで生計を立てていこうとすることは、初め
てのケースであって無謀ともいえることであった。

吉本先生と家内以外は皆反対したのは当然のことである。32歳という若さの
せいか、当時の私は情熱が燃えたぎっていた。極端なことを言えば、内観と
心中するなら本望だとも思っていた。だが、若干の迷いもあった。それは、
5歳になる一人息子のことである。家内は賛同して協力してくれたが、子ど
もには関係ない。子どもの未来をつぶすのではないか、という不安が襲い、
悶々と眠れない夜を布団の中で過ごしたこともあった。内観の先輩には「一
念(悟り)にも遇わずに、よく(研修所を)やれるなあ」と痛いところを突
かれたりもした。

あれから34年。現在の私の実感は、本当に幸せな34年だったなぁ、というこ
とに尽きる。当初の予想をはるかに超える、さまざまな体験や気づきを得る
ことができ、子どもの頃から求めていた安心感、幸福感を感じられる心境に
至れた。私生活でも親としての責任を一応果たせた。吉本伊信先生は、今日
の私の姿を確信されていたので、内観研修所を運営することを勧めてくださ
ったに違いない、と思うこの頃である。

34年前、このように恵まれた人生が私を待っていてくれたとは、吉本先生以
外に誰が想像したであろうか。私のような怠け者で自惚れが強い愚かな者が、
このような人生を送れたのはひとえに吉本先生のお陰である。そして、私を
信じてついてきてくれた家内とその後にバックアップしてくださった吉本家
のお陰である。しかし、この研修所生活も永遠に続くわけではない。そろそ
ろ研修所生活の終わり方を意識しながら暮らすことを考えなければいけない
年齢になってきた。

そう思ってそれ以後にできた研修所を見回してみる。私の1年後に開設した北
陸内観研修所の長島先生はすでに他界し、佐賀内観研修所の池上先生も高齢
で引退された。吉本伊信先生の目指す方向性を知れる人は、残念ながら、近
い将来に誰もいなくなるだろう。一体、これからの内観はどこへ向かってい
くのだろうか?自分自身の老いもあいまってか、一段と淋しさを感じるので
ある。

これもひとえに私自身の力不足のせいだと思うと、吉本先生やキヌコ奥様に
申し訳ない気持ちも起きるが、吉本先生からご覧になると、もともと私のよ
うな者に何の期待もしていなかったようにも思える。近年は、内観を生きて
いく道具として利用しようとする空気が一段と強まっている。それはそれで
仕方のないことだと思うが、願わくば、内観を人類の財産として長く歴史に
残すことを忘れないで、本質を追究して欲しいのである。



こころをめぐる話-内観に学ぶ

発行周期: 不定期 最新号:  2018/07/24 部数:  612部

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