こころをめぐる話-内観に学ぶ

天国か、地獄か

カテゴリー: 2014年12月18日
                              天国か、地獄か
                                        
                発行者 白金台内観研修所 本山 陽一
                                    Mail to: zan25224@nifty.com
                       http://www.shirokanedai-naikan.com/index.html

 「パパ、パパー」。

厚木市にある2階建てのアパートの一室。平成18年の冬。36歳の
父親は、か細い声ですがる長男の理玖(りく)ちゃん(5歳)を置い
て、ここを後にした。 この部屋で理玖ちゃんの遺体が見つかった
のは、本来なら13歳になっているはずの平成26年5月30日だ
った。雨戸が閉まり、電気も止まった6畳の和室。薄い布団の上で、
おむつを着けたまま白骨化していた。周囲には、弁当の空き容器や
パンの袋が散らかっていた。

「痩せた経緯が分かってしまうのが怖くて、病院に連れて行くこと
ができなかった」斎藤被告(36)は、こう供述した。窓やふすま
に目張りをし、家賃を払い続けて理玖ちゃんの死を隠した。県警な
どによると、理玖ちゃんを1人で育て始めたのは平成16年10月
ごろ。口論が絶えなかったという妻(33)が家を出て行ったため
だった。トラック運転手として週5、6日勤務し、出勤と帰宅時に
おにぎりやパンを与えていた。1年ほどたって別の女性と交際し、
自宅から足が遠のいた。
                 (産経新聞12月6日より)

胸が苦しくなる話である。私はこういうニュースに触れると、何故
だか無力感に襲われる。私の孫も同い年の5歳というせいもあるだろ
う。5歳という年頃はかなりのことが理解できる。孫を見ていると大
人の顔色を敏感に感じ取っているのがわかる。アパートの一室に鍵
をかけられて一人で閉じ込められる子どもの気持ちを考えると、胸が
痛む。

家族中から愛され、もうすぐやってくるサンタさんからのクリスマス
プレゼントに胸を躍らせ、人生を謳歌している5歳もいれば、孤独の
中で家族の厄介者として餓死する5歳もいる。生まれた環境の違いだ
けで、人生がこんなにも違ったものになる。個人の努力とか才能以前
の問題である。この現実にある人生の不条理の前に私は、ただただ混
乱する。これが人生なのだ。

天国や地獄などない、と簡単に言い切れない現実がそこにはある。地
獄は、今も昔も私たちのまわりに確実に存在している一方、天にも昇
るような幸福感を感じながら生きている人々も少なくないであろう。
同じ人間に生まれてどうしてこんなに違うのだろうか。私たちは、人
間は生まれながら大きな不平等の中にいることをどこかで知っている。
だからこそ、理性は平等を叫びたくなるのだろう。
 
私のような仕事をしていると、この両親を責める気にもなれない。
理玖という名前は、きっと生まれる時は一生懸命に考えたのだろうと
想像できるような名前である。子どもの幸せを願い、これから温かい
家庭を作っていこうという意志が私には感ぜられる。それが、どうい
うわけかこういう結果になった。両親の未熟さが悲しいが、この二人
を責めても何の解決にもならない。また、地元の児童相談所を初めと
する社会のしくみを批判する気にもなれない。

何かもっと別の大きなもの、世の無情、悲劇の背後にある避けがたい
莫大なネガティブなエネルギーとでもいったものを感じ、無力感に陥
るのである。国連によると、今世界で5歳以下の子どもは年間約700万
人餓死していると言われている。1日約19,000人の理玖くんのように
餓死している子どもがいる計算になる。2011年の東日本大震災で犠牲
になられた方々とほぼ同じ数である。

考えてみると、私たち人類の歴史は、悲しみ、苦しみの叫び声と流血
の上に築かれてきたとも言える。その都度、人類は何とかしようと立
ち向かってきたが、現在でも世界は、悲しみ、苦しみ、流血に満ちて
おり、本質的には何も変わっていない。私たち人類の力は、こういう
現実に及ばない。少なくとも現時点ではそう断言できる。悲劇を見る
度に私が無力感に陥るのは、このような背景があるからかもしれない。

しかし同時に、人類の歴史は、これらの悲劇を乗り越えて、未来を信
じ、未来に希望を見いだして今日まで活動し続けていることも事実で
ある。それは他の動物のような、生への盲目的な意志だけではない何
か、が働いているからだろうと思う。そういう強大なポジティブなエ
ネルギーが、私たち人類の背中を押し続けているからではないか、と
私には思えるのである。相次ぐ悲劇が起きる度に湧き上がってくる信
じる力や希望は、そういったポジティブなエネルギーが存在している
ことを証明しているのではないだろうか。

今から2,500年前、釈尊は、人生は苦と感じて悩み、それを解決するた
めに29歳の時に出家された。そして、35歳のとき人生の苦しみから解
放される方法を体得されたそうである。その方法は言葉にすることが
難しいので、どうせ理解されないと思って一人でその境地を味わって
いたが、梵天の頼みでその方法を言葉にして多くの人に伝えるように
なった、と言われている。

その頃、中国では孔子や老子が活躍しており、西洋にはソクラテスが
いた。500年後にはイエス・キリストが生まれ、救われる方法を説き、
インドでは龍樹が現れて大乗仏教が誕生した。人類の歴史には、こうい
う強大なポジティブなエネルギーの存在を明らかにした人々がいた。そ
れぞれに、神、仏、道、といったふうにいろいろな呼び名をつけ、多く
の人々に影響を与え人類に貢献してきた。

私たち人類は、生まれながらにして、この負のエネルギーと正のエネル
ギーの谷間で、両者に翻弄されて生きているだけかもしれない。どちら
に巻き込まれるかは誰にもわからない。個人の努力や頑張りだけではど
うにもならないので、人はそれを運命あるいは宿命と呼ぶのかも知れな
い。当たり前のことだが、どちらの流れに乗るかで、私たちの未来の行
き先が決まってくるわけである。

古来より歴史の偉人たちは、ポジティブなエネルギーに乗る方法を説い
てきたが、内観法もその数ある方法の一つであることは間違いない。し
たがって、私は来年も内観面接を続けていきたいと願っている。それは、
歴史の大きな流れの中ではあまりにも微力だが、今の私に出来ることは
これしかない、からである。

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今年もお読みいただきありがとうございました。
来年も皆様方によいことがいっぱいありますように!!

こころをめぐる話-内観に学ぶ

発行周期: 不定期 最新号:  2018/07/24 部数:  612部

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