こころをめぐる話-内観に学ぶ

日本内観学会大会に参加して考えたこと

カテゴリー: 2013年06月29日
こころをめぐる話ー内観に学ぶ NO123
                  日本内観学会大会に参加して考えたこと
                                        
             発行者 白金台内観研修所 本山 陽一
                                   Mail to: zan25224@nifty.com
                  http://www.shirokanedai-naikan.com/index.html

去る6月21日~23日、第36回日本内観学会大会が和歌山市で開催された。
私の役割は初日のパネルディスカッションの司会で、テーマは「孤立社
会に内観が果たす役割と社会参加」だった。私自身あまり関心のないテ
ーマだったので戸惑い、大会長にメールをして「趣旨と狙い」を聞いた。
何とか大会長の意に沿って役割をこなそう、という気分だったのである。
ところが、終わってみると思いのほか収穫が多かったので、今回はその
報告を書いてみることにした。

大会長には、今回のテーマを取り上げた理由をいくつかメールで教えて
いただいた。その中の一つに、大会長自身がある大学の精神科の教授に
「(内観療法を医療界にもっと普及さすには)適応をきちんとしないと
無理でしょう」と指摘されたとあった。適応をきちんとするというのは、
内観療法がどのような病気に有効に作用するかということを医学的に明
らかに説明できるようにする、という意味である。

内観学会は、多方面の分野の方が参加される学際的な学会であるが、今
回の大会長は医師であったために、医療としての内観療法に重点が置か
れた。そこで私は、議論の途中でパネリストの一人であった医師に、適
応の課題を問いかけ、フロアーからの意見も募った。すると、会場の精
神科医から次から次へと意見が出され、議論は白熱した。あまりにも発
言を求める声が多く、私は予定時間がオーバーするのを気にして、発言
を抑えるのに懸命なほどであった。

ディスカッションが終了しても、さまざまな方々の意見を聞かせていた
だいた。その結果、内観学会の精神科医の考える内観療法の適応につい
てのコンセンサスが見えてきたので、以下にまとめてみたい。

「内観療法は、患者の病理に直接働きかけるのではなく、患者の健康な
部分に働きかけ、健康な部分を成長させる療法である。病理を治すので
はなく、病理を不問にして、個人の健康的な部分を成長させることで、
相対的に病理の占める比率を個人の中で縮小させ、健康的な思考や生活
習慣を取り戻し、人間本来の備わった自然治癒力や免疫力を高めて、症
状を軽減させたり快方に向かわせたりする療法である。

したがって、内観療法の適応は病名で分けるのではなく、個人の健康度
で分けることになる。どんな病気であっても、個人として健康的な部分
があるかぎり内観療法は適応である。逆に病名に限らず、発作が起きて
いたり,正常な判断力が失われている急性期の場合は内観療法の適応で
はない。つまり、内観療法の適応は病名で分類するのではなく、個人の
状態、健康度で分けられる」

以上が、私が理解した内観学会の精神科医のコンセンサスである。

この理解でさまざま事象を考えると納得がいく。内観研修所では、どな
たがお見えになっても、基本的には同じ方法で内観を行い一定の効果を
挙げている。病人だからということで特別な方法をするわけではない。
これは内観者さんの健康的な部分に働きかけていると考えれば、病人で
あろうがなかろうが、健康的な部分は一緒だから関係ないというふうに
説明ができる。

またこの観点で、私たちの日常生活を観察してもいろいろと納得できる。
たとえば子育てでも、悪戯ばかりする子どもに、叱るだけでは本当の問
題解決にならないことが多い。子どもの悪戯は、多くの子どもにとって
意識的な行動ではなく、何かの拍子に起きたり、生まれつきの性格に由
来する場合が多いからである。時には、本人も気づいていない潜在的な
ストレスのはけ口になっていたりする。

それを目の前の悪戯を止めるために、強く叱って力づくで押さえている
と、萎縮してよい子を演じるようになり、次第に自分を表現できなくな
って、人間関係に強いストレスを感じるようになる。そのまま大人にな
っても人間関係に苦しみ、社会に適応できなくなる例もある。逆に、叱
るだけでなく、子どもの健康的な部分に働きかけて、いいところを褒め
たり、一緒に遊んで子どもとのスキンシップを深めて、子どもに快感を
与えるようにする。すると、子どもは満足して自我が健全に発達し、自
然に悪戯が減少したりするものである。

つまり、問題解決には短期的な解決と長期的な解決があるのである。子
どもの問題行動ばかりに目を奪われていると、子どもを見る目が否定的
イメージになって、無意識に子どもに否定的なサインばかり与え、子ど
も自身の自信を失わせてしまう例もある。また、問題行動を治そうと焦
りすぎて、今まで良好状態だった夫婦関係が子どものことで喧嘩ばかり
する夫婦になって、家族中が険悪になるケースも珍しくない。

私たちの人生では、問題は絶えず発生するものである。そして、私たち
は、問題解決を求めて様々なアプローチをする。しかし、問題には、す
ぐに解決できる問題と簡単には解決できない問題がある。問題がすぐに
解決できない場合、私たちは焦り、不安、怒り、失望、逃避等の感情に
襲われたりする。しかし、問題の中には、時間や状況の変化を、忍耐強
く待つことが必要な場合もある。

家族の問題が起きたときこそ、家族がお互いの連帯を深め、力を合わす
ことが大切であることは議論の余地がないであろう。すぐに解決できな
い問題をじっと抱えていくには、お互いを思いやったり助け合ったりす
る家族の健康的な部分を保つことが最も大きな力になる。そうやって問
題を抱えているだけで、いつの間にか問題が解決することはよくある話
である。健康的な部分をさらに育てることは、個人であれ、集団であれ、
厳しい現実に対応する有効な手段であることに間違いない。

実際私は、問題にばかり目を奪われて対応を誤り、今まで順調だった健
康な部分まで損ない、生活全体の破綻をきたす例を多く見てきた。病理
であれ、日常の生活であれ、内観法がジャンルに関係なく広く応用され
るのは、誰しも持っている健康的な部分に働きかけることで全人格的成
長を促しているとも考えられる。この内観法の技法は、どの分野に置い
ても通用する自然界の摂理なのかもしれない、とさえ思えるほどである。

以上が、今回のパネルディスカッションで得た私の感想である。当初は、
気の進まぬまま引き受けた司会だったが、いろいろと学ぶことが多く、
このメールマガジンのネタまでいただいたわけで、今では大会事務局に
感謝するばかりである。私は生来の怠け者で、めんどくさいことや興味
のないことは避けようとする傾向が強い。物事は、最初の印象だけで決
めてはいけない、と改めて反省させられたのであった。

こころをめぐる話-内観に学ぶ

発行周期: 不定期 最新号:  2019/02/15 部数:  610部

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