こころをめぐる話-内観に学ぶ

経済成長という麻薬

カテゴリー: 2012年01月21日
こころをめぐる話ー内観に学ぶ NO120
                        経済成長という麻薬
                                        
                発行者 白金台内観研修所 本山 陽一
                                    Mail to: zan25224@nifty.com
                       http://www.shirokanedai-naikan.com/index.html

表題は、2012年1月18日の朝日新聞に載っていたフランスの経済学者ダニエル・
コーエン氏に対するインタビュー記事の見出しである。氏によると、18世紀まで
の経済成長は1人あたりの所得を増やすことはなく、人口の増加に寄与してきた。
さまざまな研究によると、有史以来、貴族を除く90%の人々は1日1ドルで暮ら
していた。それが19世紀から欧州、次いで日本でも1人あたりの所得が増えるよ
うになった。

さらに氏は、1人あたりの所得が増えても、1人ひとりの幸福は増えていない。
何故なら、快感は成長が加速するときに得られる。新しいカメラを買った初日み
たいなもので、所得増加の快感は1年は続くかも知れないが、そのうちに飽きて
しまう。人を幸せな気分にするのは成長であって、豊かさそのものではない。到
達点がどこかは重要ではない。重要なのは「もっと、もっと」という感覚だ、と
続ける。

したがって、経済成長をあきらめた社会になると極端な主張をする勢力の台頭、
民主主義が危機を経験し始め、不寛容で不幸な社会等の社会全体の脆さが見えて
くる。だから、経済成長なしで済まそうと思ってもそれを手放せない。中毒症状
のようである。この中毒症状から抜け出すには、自分たちの欲望を操っている法
則を理解しなければならないが、残念ながら、人間はそうした法則を理解するの
はいつも時代が次に移ってからだ、とも氏は述べている。

この記事を読みながら私は、本質的には個人も社会も同じだ、という感想を抱い
た。考えてみれば、社会は個人の集合体なのだから当たり前かもしれない。幸福
感は、到達点にあるのではなく、成長するというプロセスで感じる感覚であると
いう点は全く同感である。人間の持つ「もっと、もっと」という感覚をフランス
人が問題にしたという点も興味深い。

そして、2500年前にこれをすでに指摘していた釈迦の慧眼に改めて感心させられ
た。仏教では、私たちの数多い煩悩の中でも「もっと、もっと」とむさぼること
を貪欲を名づけ、幸せのために克服すべき最も根本的な三つの煩悩(煩悩三毒)
の一つになっている。現代世界の危機の原因がこの貪欲にあるならば、人類はこ
の2500年間何も変わっていないことになる。事実、世界中でこの「もっと、もっ
と」で経済成長を続けていけば資源、環境の側面から人類は破滅することは明ら
かだろう。

成長が幸せを感じる感覚ならば、幸せを求める人類にとって成長は欠かせないこ
とになる。問題は成長の実感を何で獲得するかであろう。そこで、前述のコーエ
ン氏は、知識の成長だったり医療の成長のような物質的でない成長や労働時間を
短縮して余暇を増やすことを提案する。氏の考え方は、アメリカの心理学者・ア
ブラハム・マズローの理論を想起させる。

マズローは、人間の欲求を低次から高次の順に生理的欲求・安全欲求・愛情欲求
・尊敬欲求・自己実現欲求の5段階に分類した。低次の欲求がある程度満たされ
ないと、それよりも高次の欲求が起きないと考えた。フランス社会では生理的欲
求と安全欲求が満たされたのかもしれない。しかしながら、世界の国々を見ると、
それらの欲求さえ満たしていない国が多くある。

したがって、彼の提案は、現実にはとても困難なことである。フランスが労働時
間を短縮しても、まだ物質的成長を求める中国のような途上国が懸命に働けばフ
ランスの国力は相対的に衰退することになるからだ。そのことは氏自身よく理解
している。経済成長という麻薬を絶つことは簡単なことではない。

栄枯盛衰は歴史の必然だが、現代では栄枯盛衰という富や権力の移動という形態
だけでは終わらない。有史以来、かつてないほどの人口増加と1人ひとりの生活
水準の向上のために、人類全体の生活水準が地球の許容量を超えようとしている
からである。人類が経済成長という麻薬を絶たたない限り、人類の危機は救えな
いことは明らかなのに現実的には難しい。人間の欲望はそれほどやっかいなのだ。

こう考えてくると、21世紀は、アメリカ型の欲望を肯定する消費社会思想から仏
教思想のような欲望をコントロールする価値観に転換すべきかもしれない。いず
れにしても、人類は大きな転換期に来ているのだろう。それには、まず世界で共
有できる思想を模索しなければならない。仏教思想は、新しい思想形成に大きな
ヒントになることは間違いない。

以上、今回はマクロ的な問題を考えてきたが、この問題提起を個人的な問題に置
き換えるとどうなるだろう。日本もフランスのように自分の経済的成長、つまり、
収入の増加や社会的出世が高度成長期のようには望めない状況になってきている。
そうすると、コーエン氏の提案のように物質的ではない成長を目指さないと幸福
感を得られないことになる。

そこで考えられるのが、人間的な成長を実感さすことである。勉強して知識を増
やす、自分の肉体を鍛える、友達や家族との時間や趣味の時間を楽しむことで豊
かな人間性を育んだりする等が考えられる。
そして、内観は最も人間性の成長を実感できる方法の一つだと思うのである。

ついでに読みたい

こころをめぐる話-内観に学ぶ

発行周期:  不定期 最新号:  2019/02/15 部数:  612部

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