こころをめぐる話-内観に学ぶ

感性を鍛える

カテゴリー: 2002年01月20日
                                  
                                感性を磨く

 昨年、加藤シズエさんが104歳で亡くなられた。ご存知の方も多いと思うが、加藤
さんは戦後初の女性国会議員として活躍された方で、国民に人気の高い政治家だった。
議員を引退された後も女性問題等に取り組まれ、100歳を過ぎてもお元気で最後まで
現役として生きられた方である。

 その加藤さんの100歳過ぎた頃のインタビュー記事が忘れられない。
 その記事とは新聞記者の質問に答えて、加藤さんが「私は今でもいろいろなことに毎
日10回ぐらいは感動する」と話していたのである。私はその記事を読みながら“この
人は人生の達人だ”と思っていた。というのも以前読んだ本に、大脳生理学的に言うと
ストレスを消す一番の方法は物事に感動することだ、と書いてあったからだ。「感動」
の次が「感謝」だそうだ。

 我々凡人には、物事に感動することは難しい。せめて、その次のランクの“感謝する”
ぐらいにはなりたい、と思うのだが、これすらままならぬ。それを100歳を超えた老
人が1日に10回も感動するというのだから、そのみずみずしい感性に“人生の達人”
を感ずるのは私だけではないだろう。

 私は加藤さんの人生には詳しくないが、戦後の混乱期で女性の社会進出がほとんどな
い時代に政治の舞台に立ったのである。政治の世界は現在でも男社会の権化である。私
もかつて地方議員を8年務めたことがあるのでそのへんの事情には詳しい。ましてや
50年以上前の話である。女性国会議員として生きていくには、並大抵ではなかったと
推察できる。セクハラまがいのことは今でも日常茶飯事である。まだ女性差別の激しい
時代のことである。その時受けた悔しさは、私の想像を超える悔しさであったと思われ
る。だから、生涯を女性問題に捧げたのではなかろうか。そんな人生の荒波を乗り越え、
世の中の汚さも味わい尽くしたうえでの100歳である。その時になっても1日に10
回感動する純粋なみずみずしい感性を持ち続けたのである。  

 今年も成人式が騒がしい。しかし考えてみると若者はいつも騒がしい。私の時代もそ
うであった。いつの時代も若者は、未来への不安と持て余したエネルギーの中で生きて
いる。私はこれから人生のいろいろなことを味わう若者に結論を急がないように願って
いる。簡単にレッテルを貼らないよう願っている。“どうせ俺なんか”とか“どうせ世
の中なんて”という言葉で決めつけないことを願っている。結論の出た人生なんてつま
らない、と思う。私も50歳になったが、何もわかっていない。自分のことも、人生の
ことも。たぶん、死ぬまでわからないと思う。だから、楽しい。今の私は、自分や身の
回りの人、世の中のことを少しでも理解しようとすることが生きがいになっている。こ
れを死ぬまで続けたい、と願っている。

 感動は驚きである。わかってるとか知っていると思う気持ちが増えるほど、新鮮な気
持ちは味わえなくなる。だから、大人になると子供の頃のような感動が減ってくるので
あろう。たぶん加藤さんは、100歳までにいろいろな体験を重ねても、人生を決めつ
けず好奇心を持ちつづけ、子供の心を失わなかったのではなかろうか。
 
 感性を磨くには、わからないことを大切にする心、不思議をそのまま味わう心を養成
することかもしれない。そのためには、素直さ、自分に対する正直さを失わないで、身
の回りの当たり前だと思っていたことを見直すことであろう。それが出来るようになる
には立ち止まって、1日5分でもいいから自分の心と向き合う時間を作り、まず自分自
身を見直すようにしたいものだ。
 “自分”というこの不思議で複雑な未知なものを、ろくに観察もせず安易に決めつけ
てしまって、自分自身の神秘や可能性に気づかないで一生を終えるのはあまりにもった
いないと思うのである。 

こころをめぐる話-内観に学ぶ

発行周期: 不定期 最新号:  2019/02/15 部数:  612部

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