海外ミステリ通信

『海外ミステリ通信』2018年9月号


カテゴリー: 2018年09月15日
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              月刊 海外ミステリ通信
          第130号 2018年9月号(隔月15日配信)
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★今月号の内容★

〈特集〉       黒猫フーダのテレビ館&映画館

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 ■特集 ―― 黒猫フーダのテレビ館&映画館
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 9月のNHK『100分 de 名著』はウンベルト・エーコ『薔薇の名前』を扱ってい
る。原作を読んだ当時を思い出して懐かしさを感じたり、講師の解説を聞いて自分が
気がつかなかった新しい読み方を知ることができたりして、毎週楽しみにしている。
 ミステリには映像化された作品がいくつもある。自分の想像力を働かせながら原作
を読み、併せて映像化された作品も鑑賞できるなんて本当に贅沢だ。今月は、新旧織
り交ぜたミステリの映像化作品をいくつかご紹介したい。


●ドラマシリーズ『トム・クランシー/CIA分析官 ジャック・ライアン』

《いまアマゾンから目が離せない! ジャック・ライアンがドラマに登場!》

 CIAのテロ資金・武器対策課、通称“T-FAD”で、国際金融取引情報の分析
を担当するジャック・ライアン(ジョン・クラシンスキー)は、ある個人口座に9・
11テロの約20倍の資金が振り込まれているのを知り、大規模なテロ計画が存在するの
ではとの疑いを持つ。その口座情報から“スレイマン”(アリ・スリマン)という監
視対象外のイスラム系活動家の名前が浮かび上がり、携帯電話情報からパリで資金集
めをしていることをつかんだジャックは、“T-FAD”の主任のジェームズ・グリ
ーア(ウェンデル・ピアース)とともにパリへと向かう。
 トム・クランシーの小説上のキャラクター、ジャック・ライアンは『レッド・オク
トーバーを追え!』(1990)のアレック・ボールドウィンが演じて以降、ハリソン・
フォード(1992/1994)、ベン・アフレック(2002)、そしてクリス・パイン(2014)
の4人の主演で映画化されている人気のキャラクターだが、このたびアマゾン・スタ
ジオがドラマシリーズで取り上げた。
 リリースは8月31日、1シーズン8話を一気に公開したのだが、なかなか丁寧かつ
綿密な仕上がりで、アイロンをかけながらとか、梨の皮をむきながらの視聴はお勧め
しない。正座しろとはいわないが、片手にリモコンを持ち、いつでも早戻しできるよ
う備えたい。ちゃんと見てないと話についていけないよ!
 制作サイドからすればすべての場面が必要性をもって編集された上でリリースされ
ている。1話を45分として8話で6時間。小説ではライアンの30年にわたる活躍を描
く壮大なシリーズであることを考えれば、この8話はほんのプロローグであり、ライ
アンの数奇な半生を暗示する伏線が数多く敷かれているはず。敷かれた伏線を回収し、
自分の想像上のストーリーを組み立てながら鑑賞するのも、ジャック・ライアンファ
ンならではの楽しみ方ではなかろうか。
 通常、この手の対テロリズム系作品は、主人公が登場する場面でストーリーをすす
めていき、視聴者の勧善懲悪感情に訴えかけることが多いが、この作品では敵役のス
レイマン側もしっかり時間をかけて描いている。CIAものでも映画やドラマを問わ
ず多くの作品があるが、ほとんどの場合、主人公の行動や感情を仲間や家族との関係
で描いていく。
 幼少期のスレイマンとその家族、そして活動家として影響力を持ち始める過程、テ
ロ計画をすすめる手順など、スレイマンを演じるイスラエル出身のパレスチナ人俳優
アリ・スリマンの演技が光る。また、ジャックの上司である主任のグリーアが、妻が
イスラム教徒で、自らもムスリムであるという設定も、シーズン2以降どう生かして
いくのかも楽しみだ。
 最後に、最近のアマゾンプライムビデオはよくがんばっている。マイクル・コナリ
ーのハリー・ボッシュ・シリーズをオリジナルドラマ化した『BOSCH/ボッシュ』
は音楽もよくて大好きだし、最近になってHBO制作ドラマを一挙に導入し、その中
にはなんとなんと、クリス・ライアンの『反撃のレスキュー・ミッション』を原案に
した『ストライクバック:極秘ミッション』という、ミリタリー好きにとってはよだ
れがでるようなシリーズもあって、これがまためちゃくちゃ面白い!
                               (板村 英樹)
◇アマゾン・ジャパンへ
『トム・クランシー/CIA分析官 ジャック・ライアン』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B07GGFXJKN/whodunithonny-22/ref=nosim 
『BOSCH/ボッシュ』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B014ENYU68/whodunithonny-22/ref=nosim 
『ストライクバック:極秘ミッション』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B072LTPRK6/whodunithonny-22/ref=nosim 
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●ドラマ『インスティンクト-異常犯罪捜査-』

《大学で異常行動学を教える教授が、ニューヨーク市警の刑事とともに事件を解決》

 クリントン元大統領との共著 "THE PRESIDENT IS MISSING" を、発売以来3か月ち
かくにわたって《ニューヨーク・タイムズ》紙のベストセラー・リストの上位に送り
こんでいるジェイムズ・パタースン(本作を放送しているWOWOWの番組紹介ペー
ジでは、“ジェームズ・パターソン”の表記)。泣く子も黙る、ベストセラー作家だ。
その彼とハワード・ローガンとの共著 "MURDER GAMES" をドラマ化した作品が、『イ
ンスティンクト-異常犯罪捜査-』。これが、おもしろくないわけがない。というわ
けで、今年の3月にアメリカのCBSで放送がはじまるとたちまち人気番組となり、
すでに第2シーズンの制作も決まっている。
 アラン・カミング演じるディラン・ラインハートは、かつてはCIA諜報員だった。
いまはペンシルベニア大学の教授として、異常行動学を教えている。そんな彼のもと
を、ニューヨーク市警の刑事、リジーが訪ねてくる。殺人事件が起き、犯人と思われ
る人物から、ラインハートの書いた本が殺人課に送られてきたのだ。その本のなかで
は、事件と類似したテーマを取り上げられていた。リジーに捜査への協力を求められ
ても気乗りしなかったラインハートだが、著作の担当編集者、ジョアン(演じるのは
ウーピー・ゴールドバーグ)の勧めもあり、依頼を引き受けることにする。
 リジーは、コンビを組んでいた相棒であり婚約者のチャーリーを1年まえに亡くし
ていた。殉職だった(のちに、この死にはいわくがありそうだとわかってくる)。そ
れ以来彼女は、だれのことも相棒として認めてこなかった。しかしラインハートと行
動をともにするうちにその人柄に触れ、彼とならコンビを組んでもいいと思うように
なる。ラインハートのほうもリジーの申し出を受け入れ、ついには正式にニューヨー
ク市警のコンサルタントになる。
 ドラマのなかの事件は、“異常”な犯罪者が犯す殺人だけに、死体をなにかのモチ
ーフに見立てて細工したり、現場に遺した小道具で犯罪の手掛かりを示したりと、そ
の殺し方も犯行後の行動も、異常でえぐい。ただし、そこだけを取り立てて強調して
はいない。ラインハートの鋭い観察眼からひらめく直感(インスティンクト)をフル
に生かして、事件発生から解決までの過程をスピード感ある展開で一気に見せている。
 アラン・カミングのファッションも見どころだ。まさにとっかえひっかえという感
じで、毎回、きっちりした三つ揃いのスーツを華麗に着こなしている。真冬には「い
ったい、何着コートを持っているの?」と訊きたくなるほど、捜査に出かけるたびに
おしゃれなコート姿を見せてくれた。たまに眼鏡をかける姿は、ずいぶんとキュート
である。
 異常犯罪とはいえ、その罪を犯すひとたちは、ちゃんと理屈がとおった行動をして
いると思っている。自分の信じる正義のためとか、自分の身を守るためとか、本人に
とっては異常でもなんでもないのだ。だれもが正常と異常のあいだの線を、いともた
やすく超えてしまう可能性があると知らされるのは、すこしおそろしくもある。ただ、
毎回、冒頭でラインハート教授が学生たちに向かって講義をするシーンがあるので、
彼の話にしっかりと耳を傾けていれば、異常心理を理解するためのとっかかりができ
そうではある。そうして物事を客観的に見られるようになれば、犯罪に走らずにすむ
かもしれない。それがほかのだれかでも、自分でも。
                               (吉野山早苗)
◇WOWOWの番組紹介ページ
https://www.wowow.co.jp/detail/112450
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●想い出の海外ドラマ(70年代警察編)

《あの頃テレビも若かった》

 まだ子供だった1970年代。手軽に見られる動画コンテンツはテレビしかなかった。
しかも地上波のみ。それでも大阪に住んでいたおかげで、見られるチャンネルは8局
ほどあった。夏休みに母の実家に行くのがいやだったのは、その地方ではNHKをい
れても3つくらいしかチャンネルがなく、見たい番組が放送されていないことが多か
ったからだ。もちろん当時は録画機器もなく、再放送も少なかった。テレビ創成期か
らそれほど時間もたっておらず、白黒からカラーに変わろうとしていた。
 今はバラエティが主流になってしまったが、あの頃ゴールデンタイムではドラマを
よく放送していた。しかも日本だけでなく、海外(主にアメリカのもの)のものも同
じように放送されていた。本当に小さい時は日本も海外も区別なく見ていたが、小学
校も3年生になる頃には自分で番組を選べるようになっていた。そしてどちらかとい
えば、海外の番組が好きだった。ドラマもアニメもドキュメンタリーも映画もなんで
も見ていたが、いちばん夢中で見ていたのは刑事ドラマだった。
 その中でも『刑事スタスキー&ハッチ』『白バイ野郎ジョン&パンチ』『刑事コロ
ンボ』は特にお気に入りだった。
『刑事スタスキー&ハッチ』の放映開始は1975年で、記憶ではかなり長く見ていた気
がするのだけれど、4シリーズで終了している。スタスキー刑事(ポール・マイケル
・グレイザー)が、愛車で覆面パトカーのフォード・グラン・トリノに相棒のハッチ
刑事(デイヴィッド・ソウル)と乗り込み、拳銃をぶっぱなすといった、これぞアメ
リカン刑事ドラマといった、ど派手で楽しい番組だった。ふたりと情報屋の“ひょろ
松”とのやりとりも軽妙でよかった。“ひょろ松”もそうだけれど、ハッチがスタス
キーに対してスタさんと呼ぶのは当時はなんとも思わなかったけれど、こういうのが
70年代のよいところだったのだなと今では思う。自動車や拳銃に興味を持ちはじめ、
アメリカ流の会話のおもしろさを知ったのは、この番組がきっかけだった気がする。
またデイヴィッド・ソウルがカントリー歌手だったり、声優陣もスタスキー役が下條
アトム、ハッチ役が高岡健二という若手俳優(当時)だったりと、ちょっと変わった
ドラマとも思っていた。下條さんが今ではナレーションもされているのは、この番組
がきっかけだったのだろうか。
『白バイ野郎ジョン&パンチ』は1977年にはじまった。原題の "CHiPs" は、カリフ
ォルニア・ハイウェイパトロール(California Highway Patrol)の愛称で、そのま
ま番組名にしている。日本語タイトルだと、白バイに乗ったジョンとパンチが、カリ
フォルニア州のハイウェイを所狭しと駆けまわるアクションドラマなのかと思うかも
しれない。実際は日常のドタバタが楽しいコメディだ。温厚で真面目なジョンと陽気
で明るいパンチのかけあいと、バディな関係が心地よかった。ネットの情報によると、
プロデューサーが警察の元広報で、暴力の多い刑事ドラマに違和感を覚えて、明るく
陽気な番組にしようと思い制作したという。ただ役柄とは違いジョン役のラリー・ウ
ィルコックスとパンチ役のエリック・エストラーダの仲が悪く、残念なことにシリー
ズ5の最後でジョンは警察を去る。まだアメリカのドラマ事情があまり入らなかった
時代にもかかわらず、このふたりの不仲は日本のファンたちが知っているほど有名だ
った。シリーズ6はパンチに新しい相棒ができ、日本語タイトルは『白バイ野郎パン
チ&ボビー』に変更された。しかし人気は続かず番組は終了した。
 このふたつのドラマは、どちらも21世紀になって映画化されている。
 しかし70年代、刑事ドラマでいちばん好きだったのは、上の二番組とは一線を画す、
若くもかっこよくもない中年のおじさん刑事がひとり、じわじわと犯人をおいつめて
いく『刑事コロンボ』だ。地位も金も名誉もある人物が殺人を犯す。完全犯罪かと思
われるその事件を担当するのは、よれよれのレインコートを着ておんぼろの自動車に
乗っている、風采のあがらない刑事コロンボ(ピーター・フォーク)。いかにも仕事
ができない感じのコロンボを、犯人たちは最初は見下しばかにすらしている。しかし
いつの間にか外堀を埋められ内堀を埋められ、コロンボの手におちていく。子供心に、
人間はみかけによらないし、何を考えているかわからないから油断しちゃいかんなと
思ったものだ。
 刑事ドラマの金字塔ともいえる『刑事コロンボ』初放送は1968年で、日本では独立
していたが、当初アメリカでは『NBCミステリー・ムービー』の作品のひとつとし
て、『警部マクロード』『署長マクミラン』などとローテーションで放映されていた
そうだ。個人的にはカウボーイハットをかぶったマクロード警部もかっこよくて大好
きだったことを覚えている。
 刑事コロンボは今年放送開始50年だそうで、11月10日からBSプレミアムで名作選
20本、12月から全作品をBS4Kで放映する。現在ホームページで「あなたが選ぶ!
思い出のコロンボ」の投票を受け付けている。

☆放送開始50年『刑事コロンボ』https://www9.nhk.or.jp/kaigai/columbo/

                              (かげやまみほ)
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● 映画『ヤング・シャーロック/ピラミッドの謎』

《ホームズとワトスンは、学生時代にすでに出会っていた?》

 シャーロック・ホームズのパスティーシュ作品といえば、著作にしろ映像作品にし
ろ、挙げればきりがない。ホームズという人物、彼の登場する作品が、時代を超えて
どれほど愛されているかがよくわかる。1985年に制作された映画『ヤング・シャーロ
ック/ピラミッドの謎』もそのひとつで、本作ではシャーロック・ホームズの学生時
代を描いている。
 ホームズはロンドンにあるパブリックスクール、プロムプトン校の学生。あるとき、
寮の部屋でヴァイオリンの練習をしていると、ひとりの転校生がやってくる。ホーム
ズは彼に自己紹介する間を与えず、名前、出身地、好きな食べ物、親が医師であるこ
となど、みごとに言い当てる(ファーストネームだけはまちがえてしまうが、「そん
なことは問題じゃない」と、みょうに強気なところを見せる。このころから、すでに
ホームズらしさはできあがっている)。そしてその転校生こそ、ジョン・ワトスンだ。
ホームズが初登場した『緋色の研究』の冒頭とおなじやり取りが繰りひろげられ、こ
こでいっきに心をつかまれてしまう。
 その若きホームズは、名士がたてつづけに不可解な状況で命を落としたことを知り、
その死に方に疑問を持つ。やがて、恋心を寄せるエリザベスのおじで、自分のよき理
解者でもあったワックスフラッター教授(この役を演じたナイジェル・ストックは、
1964年から1968年までBBC版『シャーロック・ホームズ』で、ワトスンを演じた)
までもが謎の死を遂げると、彼は一連の死を殺人だと確信し、ロンドン警視庁のレス
トレード警部補(当時はまだ、警部補だ)に捜査を依頼する。しかし、まともに取り
合ってもらえない。そこでホームズはワトスンの助けを借りながら、“連続殺人”の
謎に迫る。
 ヴィクトリア時代のパブリックスクールが舞台ということで、ホームズをはじめ学
生たちは端正な制服姿で登場する。あるいは、フェンシングの授業で凛々しく剣をふ
るうときの白い防具姿。まさに眼福だ。学生たちが首に巻いているマフラーは〈ハリ
ー・ポッター〉をほうふつさせるが、本作の脚本は『ハリー・ポッターと賢者の石』、
『ハリー・ポッターと秘密の部屋』の映画版で監督を務めたクリス・コロンバスであ
る。だからというわけでもないだろうが、なにかとホームズに対抗心を燃やしてくる
ダドリーという学生には、〈ハリー・ポッター〉でいえばドラコ・マルフォイの面影
がある。
 また、監督はバリー・レヴィンソン、制作はスティーヴン・スピルバーグ、キャス
リーン・ケネディ、フランク・マーシャル(当時、映画館の画面でこの3人の名前を
見るたび、期待で心からわくわくした)という豪華な顔ぶれだ。これらの制作陣から
もわかるように、本作は謎解きだけにとどまらず、一大冒険ものになっている。そし
て、お愉しみは最後までつづく。エンド・クレジットのあとに明かされる、衝撃の事
実……。とにかく、最後まで目を離してはいけない。ぜひとも多くの人に観てほしい
作品である。
                               (吉野山早苗)
◇アマゾン・ジャパンへ
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●映画『トプカピ』と原作小説『真昼の翳』

《コメディタッチの映画もスリラータッチの小説も、奇妙な味わいがある娯楽作品》

 1965年の第37回アカデミー賞で12部門にノミネートされ、そのうち8部門を制して
最多部門受賞となったのは、『マイ・フェア・レディ』である。ミュージカル映画の
傑作で、主役のイライザを演じたオードリー・ヘップバーンの代表作である同作から
は、イライザの父アルフレッドを演じた名優スタンリー・ホロウェイが助演男優賞候
補になった。だが助演男優賞に輝いたのは、同部門にだけノミネートされていた『ト
プカピ』でシンプソンを演じた、やはり名優のピーター・ユスティノフだ。
 ユスティノフが演じるイギリス人のシンプソンは、ギリシャのアテネで観光ガイド
をしている。いつものとおり、港に着いたばかりの観光客に土産物を売りつけようと
していると、美男美女の観光客、ウォルターとエリザベスに出くわす。金回りがよさ
そうな2人から、トルコのイスタンブールまで高級車を運んでほしいと頼まれたシン
プソンは、その車を運転してイスタンブールに向かう。ところが裕福でのんきな観光
客に見えたエリザベスとウォルターは名うての盗賊だった。トルコで仲間と合流し、
イスタンブールのトプカピ博物館にある宝剣を盗もうとしていたのだ。犯行に使う武
器を隠した高級車を、何も知らないシンプソンに運ばせ、現地で車を受け取ったら彼
を締め出すつもりだった。それなのにシンプソンも盗みに加わることになり……。
 作中のギリシャやトルコの風景は、あるときは美しく輝き、またあるときは怪しげ
な雰囲気を醸し出し、二転三転する筋書きにぴったりである。しかしそうした風景よ
りもさらに美しさ、怪しさが際立つのは、エリザベス役のメリナ・メルクーリの姿や
演技だ。盗賊グループの旧知の男たちはもちろん、出会ったばかりのシンプソンも手
なずける妖艶な美女だが、彼女の魅力は色香だけではない。原作と違う結末に至るま
で、いろいろな場面で見せる彼女の気っ風のよさには、さすが!と声をかけたくなる。
先月から公開が始まった〈オーシャンズ・シリーズ〉最新作『オーシャンズ8』で、
女性だけの宝石奪取グループの活躍を観たとき、彼女たちの原型はエリザベスかもし
れないと感じた。
 映画のシンプソンは、宝剣強奪計画に巻き込まれたものの、楽しい思いもしたから
いい、と最後は納得しているようだ。いっぽう、1964年にMWA賞の長篇部門賞を受
賞した原作『真昼の翳』の主人公シンプソンには、翻訳書の題名どおり「かげり」が
ある。
 本作をはじめ、エリック・アンブラーの小説では、国家の陰謀とは無関係に暮らす
人物が、国際的な謀略に巻き込まれる展開がよくある。本作では、ウォルターから預
かった車に武器が隠されていたことが、トルコの検問所で明らかになったのを機に、
シンプソンはトルコ当局のスパイとして働かされる羽目になる。武器の種類や、事情
を知らないシンプソンに車を運ばせた経緯から、当局はウォルターらをテロリストと
勘違いしたのだ。何も知らないふりをして、ウォルターらの動きを調べ、随時、捜査
官に連絡せよ、とシンプソンは命じられる。その後、トプカピ博物館での盗みにシン
プソンも加わり……という大まかな筋書きは、映画でも採用されている。
 だが小説では、シンプソンの一人称の語りによって、幼い頃からの彼の境遇が詳し
く描かれており、映画のコミカルなシンプソンよりも複雑な人物に見える。エジプト
人の母とイギリス人将校の父をもち、1900年代にエジプトで生まれ、イギリスで教育
を受けるものの、厳格な学校教育になじめず、ケチな罪で逮捕され、無国籍者として
アテネで根無し草のように生きるシンプソン。映画では、異国で気ままに暮らすお人
よしの中年男といったふうだが、小説では、自分の思いどおりにならないことは、す
べて大英帝国の植民地主義や階級制度のせいにして、ふてぶてしく開き直っている。
 個性的な盗賊たちの行動が胸をすくコメディタッチの映画とは異なり、小説はイギ
リスにもエジプトにも属せず、やむなく関わることになった犯罪者やトルコの官憲に
利用される哀れな主人公の物語と考えることもできる。それでも最後に気炎を吐き、
国家権力をあざ笑うかのようなシンプソンの様子は、痛快ですらある。事実、シンプ
ソンは本作ののち『ダーティ・ストーリー』にも登場し、再び小悪党ぶりを発揮する。
 映画と小説は微妙な違いがあるものの、それぞれに面白い。観てから読んでも、読
んでから観ても、楽しめるはずだ。
                               (杉山まどか)
◇アマゾン・ジャパンへ
映画『トプカピ』(DVD)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0030FZU5C/whodunithonny-22/ref=nosim
『真昼の翳』
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『ダーティ・ストーリー』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000J8IRGM/whodunithonny-22/ref=nosim
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●映画『探偵<スルース>』とリメイク版『スルース』

《支配と欲望のゲーム》

 ミステリ映画に関する書籍『夢想の研究』『越境する本格ミステリ』『21世紀本格
ミステリ映像大全』で言及されている映画『探偵<スルース>』(1972年)とそのリ
メイク『スルース』(2007年)が、おもしろい。原作は2人芝居の演劇で、それを映
像化した作品だ。
『探偵<スルース>』のあらすじはこうだ。著名なミステリ作家アンドリュー・ワイ
クは、妻の愛人である若者マイロ・テンドールを自宅に呼び出した。アンドリューは
「妻の浪費癖には愛想がつきた。だが単に離婚して財産を分与するのは腹が立つ。そ
こで自宅の金庫に保管してある高価な宝石を盗んでほしい」とマイロに持ちかける。
マイロは宝石を売り飛ばし、アンドリューは保険金を手に入れて、互いに利益を得よ
うという筋書きだ。金に目がくらんだマイロは、アンドリューの指示にしたがって偽
の宝石盗難事件をでっち上げる。
 ここから物語はどんでん返しが何度かあり、作家と愛人の頭脳・心理ゲームが展開
していく。主演するローレンス・オリヴィエとマイケル・ケインの演技合戦がみどこ
ろだが、2人のやり取りが、あるときは緊迫して、あるときはひょうひょうと滑稽で
あり、そのため話の行方がまったく読めない。アンドリューの自宅セットも素晴らし
く、ミステリ関連のグッズ、ビリヤードやダーツなどのゲーム、からくり人形が所狭
しと並んでいる。そのセットを活かしたラストシーンも印象に残る。
 リメイク版『スルース』も基本的なあらすじは同じで、マイケル・ケインとジュー
ド・ロウがそれぞれ作家と愛人を演じている。こちらは冒頭から「これから何かが起
きるに違いない」と観る者が予感するようなスリリングな作りになっている。後半が
1972年版とは異なっており、1972年版がエキセントリックな2人を描いているとした
ら、こちらは明らかに狂気が感じられる。2007年版の監督はケネス・ブラナー。昨年
公開された映画『オリエント急行殺人事件』も彼の監督によるものだが、ブラナーは
ミステリのキモである「謎」や「どんでん返し」にはあまり興味がないのかもしれな
い。本作でも、ジェットコースターのように急転直下に変化する状況から生じる作家
と愛人の心の動きに重点をおいている。そして、2007年版の自宅セットはスタイリッ
シュで美しいが、とても人が暮らしている部屋には見えないくらい異様に現実ばなれ
していて、物語のぴんと張りつめた雰囲気を一層高めている。最後の場面は芸術的だ。
 あらすじはほぼ同じで、演じる役者のうちの1人も一緒なのに、ここまで異なる作
品に仕上がっているのは観ていて楽しい。
                                (清野 泉)
◇アマゾン・ジャパンへ
 "SLEUTH" (1972年)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B019H4MP2U/whodunithonny-22/ref=nosim
『スルース』(2007年)
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B001BAODCO/whodunithonny-22/ref=nosim
『夢想の研究』
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『越境する本格ミステリ』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4594039499/whodunithonny-22/ref=nosim
『21世紀本格ミステリ映像大全』
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4562054891/whodunithonny-22/ref=nosim

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 翻訳ミステリー大賞シンジケート後援による翻訳ミステリーの読書会が、日本各地
で行われております。
 開催地、開催日等は下記(↓)でお確かめ下さい。
 http://d.hatena.ne.jp/honyakumystery/archive?word=%2A%5B%A1%DA%BF%EF%BB%FE%B9%B9%BF%B7%A1%DB%C6%C9%BD%F1%B2%F1%A5%CB%A5%E5%A1%BC%A5%B9%5D
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■編集後記■
『S-Fマガジン』2018年10月号の特集は「配信コンテンツの現在」。SF寄りの内
容でしたが、勉強になりました。                    (清)
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 海外ミステリ通信 第130号 2018年9月号
 発 行:フーダニット翻訳倶楽部
 発行人:うさぎ堂(フーダニット翻訳倶楽部 会長)
 編集人:清野 泉
 企 画:石田浩子、板村英樹、かげやまみほ、佐藤枝美子、杉山まどか、中島由美、
     矢野真弓、山田亜樹子、吉野山早苗
 協 力:出版翻訳ネットワーク 小野仙内
     西洋冒険譚翻訳倶楽部
 本メルマガへのご意見・ご感想、及びフーダニット翻訳倶楽部の連絡先
  e-mail:trans_mys@yahoo.co.jp
 配信申し込み・解除/バックナンバー:
   http://honyakuwhod.blog.shinobi.jp/

 ■無断複製・転載を固く禁じます。(C) 2018 Whodunit Honyaku Club
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高卒、派遣社員という負け組から、外資系IT企業の部長になった男の、成功法則を全て公開します。誰にでも、どんな状況、状態からでも自分の力で人生を変えるための情報と知性を発信しています。人生を意のままにするには、脳みそとこころの両方が進化しなければなりません。そんな進化とは何か?をお届けする四コママンガ付きメルマガです。2014年から4年連続でまぐまぐ大賞部門賞を受賞しました 学歴やバックグラウンドに拘わらず、人生を思いのままに生きるために必要な考え方が書かれた、「良書リスト」も希望者に差し上げています。
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親鸞に学ぶ幸福論
【あなたを幸せにさせない理由はただ一つの心にあった。その心がなくなった瞬間に人生は一変する】と親鸞は解き明かします。 「本当の幸福とは何か」はっきり示す親鸞の教えを、初めての方にもわかるよう、身近な切り口から仏教講師が語ります。登録者にもれなく『あなたを幸せにさせない5つの間違った常識』小冊子プレゼント中。
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日本株投資家「坂本彰」公式メールマガジン
サラリーマン時代に始めた株式投資から株で勝つための独自ルールを作り上げる。2017年、億り人に。 平成24年より投資助言・代理業を取得。現在、著者自身が実践してきた株で成功するための投資ノウハウや有望株情報を会員向けに提供しているかたわら、ブログやコラム等の執筆活動も行う。 2014年まぐまぐマネー大賞を受賞。読者数3万人。雑誌等のメディア掲載歴多数。 主な著書に『10万円から始める高配当株投資術』(あさ出版)『「小売お宝株」だけで1億円儲ける法』(日本実業出版社)
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今週のおすすめ!メルマガ3選

右肩下がりの時代だからこそ、人の裏行く考えを【平成進化論】
【読者数12万人超・日刊配信5,000日継続の超・定番&まぐまぐ殿堂入りメルマガ】 ベストセラー「仕事は、かけ算。」をはじめとするビジネス書の著者であり、複数の高収益企業を経営、ベンチャー企業23社への投資家としての顔も持つ鮒谷周史の、気楽に読めて、すぐに役立つビジネスエッセイ。 創刊以来14年間、一日も欠かさず日刊配信。大勢の読者さんから支持されてきた定番メルマガ。 経験に裏打ちされた、ビジネスで即、結果を出すためのコミュニケーション、営業、マーケティング、投資、起業、経営、キャリア論など、盛り沢山のコンテンツ。
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●人生を変える方法【人生をよりよくしたい人必見!誰にでもできる方法を組み合わせました。】
■「人生(自分)の何かを変えたい!」と思ってる方、まずは最初の1分から始めましょう!今日は残っている人生の一番初めの日です。今、「人生を変える方法」を知ることで、一番長くこの方法を使っていくことができます。コーチングで15年間実践を続けてきている方法なので、自信をもってお勧めできます。「人生を良くしたい!」と思うのは人として当然のこと。でも、忙しい生活の中で人生(自分)を変えることって諦めてしまいがちですよね。誰かに変える方法を教えて欲しいけど、その方法を知っている人は少ない。だからこそ・・・。
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サラリーマンで年収1000万円を目指せ。
高卒、派遣社員という負け組から、外資系IT企業の部長になった男の、成功法則を全て公開します。誰にでも、どんな状況、状態からでも自分の力で人生を変えるための情報と知性を発信しています。人生を意のままにするには、脳みそとこころの両方が進化しなければなりません。そんな進化とは何か?をお届けする四コママンガ付きメルマガです。2014年から4年連続でまぐまぐ大賞部門賞を受賞しました 学歴やバックグラウンドに拘わらず、人生を思いのままに生きるために必要な考え方が書かれた、「良書リスト」も希望者に差し上げています。
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