こころみ

こころみ 「心理職と医師との連携:私的な日米比較」

カテゴリー: 2005年07月21日
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                       こころみ  
       「心理職と医師との連携:私的な日米比較」
                            後藤 豊実
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今月は、5月にも投稿していただいた後藤さんから、新たなトピックでの日
米比較について、御自身の体験からの投稿です。
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※掲載した内容は著者に帰属するもので、JMHNの考えを代表するものでは
ありません。
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筆者自己紹介:後藤 豊実 (ごとう とよみ)
兵庫県こころのケアセンター 研究員
日本の大学で心理学学士号を取得後、NYで1年間のAuPairプログラムを経
て、2001年に米国オハイオ州にあるCleveland State Universityカウンセ
リング・臨床心理学修士号を取得。卒業後、修士論文をもとに日本の外傷後
ストレス研究や災害後のメンタルヘルスに関する論文を欧米誌で発表。帰国
後1年半程の間一般企業で派遣社員を経験した後に2004年4月から現職に至る。
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 最近、心理職の国家資格化が話題になり、心理療法も診療の得点として加算
されるかもしれないという動きも出てきている。このような法的な流れが、現
場の医師と心理職の位置づけや関係にどのように影響を及ぼすかは興味深いと
ころである。

 アメリカと日本の両方のメンタルヘルスの現場で働いてみて、両国のメンタ
ルヘルス専門職の類似点や相違点がなんとなく見えてきた。もちろん、経験の
浅い身で述べることなので、単に私が知らないだけで、実際は違う、と言うこ
ともありうる。情報のソースがあるもの以外の話は、一個人の経験談として読
んでいただけたら幸いである。

大学院留学中、アメリカでは、interdisciplinary therapeutic team(学際
的治療チーム:多種の専門職により治療を包括的に行うチーム)の中で、実習
生として臨床心理士のアシスタントをしていた。治療チームは、臨床心理士、
ソーシャルワーカー、作業療法士、医師などで構成されていた。対象が、知的
障害を持つ大人であり、精神科医とのコンサルテーションが職務の一部であった
ため、精神科医と心理職のコラボレーションを経験する良い機会であった。また、
私のスーパーバイザーだった先生は、個人開業をしており、精神科医とペアでオ
フィスを持っていたため、精神科医と心理職の連携について学ぶ機会が得られた。
私の少ない経験からの印象だが、アメリカの精神科医と心理職はまったくの分業
で、
臨床心理士の役割は主に、
1)定期的に面接を行う(心理療法)
2)必要に応じて、定期的にアセスメントを行う
3)クライエントの行動等の変化をデータとして記録
4)症状の診断(アメリカの臨床心理士は精神障害の診断が出来る権限を持つ)

精神科医の役割は主に、
1)症状の診断
2)向精神薬・抗精神病薬などの薬の処方と調整
3)薬の効果・副作用と日常行動の変化の関係についてのコンサルテーション
4)必要に応じて医学的検査(血液検査など)
5)クライエント自身の報告と治療チーム(たいていは心理士)の報告の比較(確認)

というふうに分けられる。

 私が経験した精神科医とのコンサルテーションでは薬の調整についての話に多
くの時間が割かれた。なぜなら、周知の通り、精神障害に使われる薬は副作用が
多く、また、効果が見えるまでに時間のかかるものもあることから、それぞれの
クライアントに定着させるまで、量やタイミングなどの微調整が必要とされるか
らだ。アセスメント結果を見せて、効果のほどを話し合ったりした。

 また、個人開業をしている臨床心理士は、心理療法だけでは効果がなかなか見
えてこないクライエントや、明らかに器質的な影響が関連する場合、精神科医に
紹介状を書き、薬を処方してもらったり、逆に薬だけでは変化が見られない患者
を精神科医から紹介されてカウンセリングを行ったりする。薬物療法の良い点は
気分や症状の変化を短期で実感しやすいことである。悪い点は、薬物療法のみの
患者はドロップアウトが多い、つまり、勝手にやめて治療に通わなくなる患者が
多いことである。薬物療法とカウンセリングの組み合わせが一番効果的であると
いう実証的研究結果がいくつか報告されている。
→ 最近の関連文献:
1)Edlund, M.J., Wang, P.S., Berglund, P. et al.(2005) 
  Dropping out of mental health treatment: Patterns and predictors 
  among epidemiological survey respondents in the United States and      
Ontario. American Journal of Psychiatry, 159(5), 845-851.
2)Quitkin, F.M., Rabkin, J.G., Gerald, J., et al.(2000) 
  Validity of Clinical Trials of Antidepressants. 
  American Journal of Psychiatry, 157 (3), 327-337.
3)Pampallona, S., Bollini, P., Tibaldi, G., et al.(2004)
  Combined Pharmacotherapy and psychological treatment for depression: 
  A systematic review. Archives of General Psychiatry, 61(7), 714-719.

 留学中、とても驚いたのは、アメリカの臨床心理士の専門職としての独立性の
高さである。それを象徴する一例は、アメリカの臨床心理士の一部で、精神障害
に使われる薬に限って、prescription privilege (薬の処方が出来る権限)
を心理士にも与えるべきだという動きがあることだ。大学院のコースの中には多
くの臨床心理プログラムでpharmacotherapy(薬物療法)のカリキュラムが組ま
れている。臨床心理士にも薬の知識があるほうが望ましいということであろう。
実際、博士号取得後に850時間以上のトレーニング(実習400時間を含む)を経る
ことを条件に処方を行うことが許可されている州がいくつかある(詳細はhttp://www.apa.org/monitor/feb03/prescribers.html 全文英語です)。
 ただ、現場にいて思うことは、処方をすることによるフォローの責任がうまれ、
心理療法の従来の枠組みが保てないのではないかということだ。薬を処方するこ
とによって薬の相談を面接時間以外に受け付けなければならないだろう。(個人
のスタイルにも拠るのだろうが、)通常、心理療法家は、クライエントと面接時
間以外の接触はしない。緊急時(自殺等の危機)は、警察に連絡することを優先
する。しかし、処方を出す権限が生まれることに伴う責任は、心理療法の枠組み
を変えざるを得ないのではないかと思う。 

 また、臨床心理士の独立性を象徴する判決
(http://www.apa.org/psyclaw/capp.html)もある。(法律の専門家ではない
ため、法律用語の訳が多少おぼつかないことをご了承ください)病院勤務の臨床
心理士の権限について争ったケースで、1978年にカルフォルニア心理協会(CA
PP)は臨床心理士が病院内で医療の一専門家として実務につくことが出来る法
的権限を働きかけ、1980年に立法化に成功した。しかしながら1982年に州保健局
によって、臨床心理士が病院内で器質的精神症状の治療や診断をする権利を否認
する内容に変更した。そこでCAPPはそのような変更は違法だとして州の保健
局を訴えた。CAPPを援護する形でアメリカ心理学会(APA)が提出した法
廷助言は、

1)臨床心理士免許保持者は病院内外での総合的メンタルヘルスサービスを提供
  できる技術を持ち、訓練されている。
2)心理学は独立した専門分野として認知され、倫理規定および職業水準がこれ
  を保障する。
3)訴えにある器質的原因と非器質的原因による精神障害の区別は時代遅れで受
  け入れがたい。
 a)このような識別を実際の臨床で行うことは患者の治療をおびやかす
 b)多くの精神障害は器質的原因と非器質的原因を明確に区別していない
 c)医師は器質的脳外傷の発見を出来ないことが多く、脳外傷による感情的及び
  行動面の影響を認知できていない
4)臨床心理士は、中枢神経系や脳の外傷による器質障害を診断する能力と技術
  を持ち合わせている。
5)臨床心理士は医療分野の一専門家であり、精神化領域の治療においても他の
  コメディカル同様に医師の専門以外の場面で独立して仕事を追行する専門職
  である。
6)臨床心理士が独立した専門家であるという認識は、健康保険分野のコストを
  低め、患者の治療になんら害を与えること無しに他の医療専門職と協力して
  治療に参加できるというような競争促進的目的がある。
7)医師、特に精神科医は臨床心理士を病院の一専門家として働くことから排除
  しようとしてきた歴史がある。
8)臨床心理士の独立した専門性を認知することは患者の健康にとって利益をも
  たらし、メンタルヘルスサービスを提供するすべての専門職との効果的な協
  力を促す。

というものだった。(詳細はhttp://www.apa.org/psyclaw/capp.html 全文英
語です。) 
 
 最終的にはカルフォルニア最高裁は、1990年に臨床心理士の能力と技量を支持し、
精神科医のスーパーヴィジョン無しに主体的に治療を行うことが許された。このA
PAの主張(特に7つめ)を見ると心理士―医師間の関係が悪くなるのではないか、
と危惧してしまうかもしれないが、実際の現場では医師と心理士はお互いの専門性
を頼り、よきパートナーとして働いている。

 現段階ではあまり日本の現状を把握し切れていないと自覚しているので一意見と
して受けとめてほしいのだが、日本での精神科医と心理士のあり方はアメリカと多
少異なるように見える。一番大きな違いは臨床心理士に診断する権限が無いこと
(心理士は「見立て」をする)、日本の病院では「医師の指示の元に」カウンセリ
ングを行うことが多いこと、カウンセリング及び心理療法が(建前上は)保険でカ
バーされていないことの3つが挙げられる。(もちろん診断方法や医療保険のシス
テムは両国で異なるので、一概には比較できない) アメリカと比較して、この3つ
の違いは医師と心理士の関係にも違いをもたらしているのではないだろうか。

 どちらのシステムがいいかという議論は現段階では難しい。りんごとみかんの比
較のようなものであるからだ。臨床心理士の資格に関して、アメリカで資格を得る
ためのトレーニングは少なくとも量的に勝っている。大学院在学中のインテンシブ
な実習及び研究(通常5年以上在籍する)を経て、博士号プラス1年以上のフルタイ
ム臨床実習(ポストドク)が義務づけられている。さらに、アメリカでは看護師の
開業などにも見られるように、それぞれの医療従事者の専門性と独立性に長い歴史
がある。アメリカの臨床心理士のように独立した権限を持つということはそれに伴
い己の治療行為の責任が伴うということだ。アメリカでは臨床心理士を訴える患者
が後を絶たない。保険適用に関しても、さまざまな問題が絡む。アメリカでは、保
険適用のためには何らかの精神障害の診断が必要になり、精神障害レベルではない
相談の位置づけが難しい。また、ある診断名に対するセッションの数が限定されて
おり、それを超えるとクライエントの全額負担になってしまう。保険会社に治療に
関する情報を提供しなければならないので、守秘義務の規定も緩くなる。コストが
安くなることで、クライエント自身のセラピーに対する責任感が薄れる恐れがある、
といった指摘がなされている。

 向精神薬なしで、心理療法のみに頼るには限界があるケースも存在する。また、
薬物療法と短時間の診療では効果が見られないこともある。日本の医師と臨床心理
士はどのように連携し、関係を成熟させていくのか、関係者の一人として自らも模
索していきたい。


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          「こころみ」発行部数:616部(11月1日現在)
       こころみは、「まぐまぐ」を通して配信されています。
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http://www.jmhn.org

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