歌舞伎素人講釈

メルマガ「歌舞伎素人講釈」第491号

カテゴリー: 2019年02月10日
*******************平成31年2月10日発行****
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    メルマガ「歌舞伎素人講釈」  第491号
                       
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こんにちは、吉之助です。立春になって春が近づいたかと思ったところに
この寒波は参りますね。インフルエンザも流行っているようなので、くれ
ぐれも体調管理にお気を付けください。

さて本号でお届けするのは、前号に引き続き「平成歌舞伎の30年~吉之助
流・平成歌舞伎回顧」の二回目(後編)になります。他にも、「ワンピース」
や「マハバーラタ戦記」のような新しい歌舞伎への模索など、平成歌舞伎を
考える上で大事な事象が他にもありますが、今回は7章で打ち切りにするこ
とにしました。


ーーー<今回の話題>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


○平成歌舞伎の30年~吉之助流・平成歌舞伎回顧   後編


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5)平成歌舞伎後期~十八代目勘三郎の死以後

平成歌舞伎前期から中期に、昭和の時代に若手花形と呼ばれた世代が歌舞伎
の中核となって行きます。そして平成歌舞伎後期、第5期歌舞伎座が新装開
場となった平成25年4月時点 においては、女形陣はやや薄い感じもしなく
もないが、立役陣(白鸚・吉右衛門・菊五郎・仁左衛門・梅玉)の充実振り
は昭和50年初期を凌ぐかとさえ思われる状況になりました。一連の開場記
念公演では充実した舞台を見せてくれました。まさにこの時期が平成歌舞伎
の絶頂期でした。

しかし、平成24年12月5日の十八代目勘三郎の死から現在(平成31年
1月)まで、これで7年目に入りますが、このところの歌舞伎の様相は大き
く変化しているようです。勘三郎の死とそれに続く十代目三津五郎の死(平
成27年2月21日)、これに加えて、幸い舞台復帰を果たしたけれども体
調は万全ではない九代目福助の(平成25年秋からの)病気による離脱、こ
れらを一括りとして考えます。彼ら昭和30年代生まれの役者が続けざまに
抜けたことによって歌舞伎が蒙ったダメージは、ここ1・2年の歌舞伎興行
の演目・座組みなど見れば、もはや隠しようがないほど露わな状況となって
来ました。

顔見世興行と云えば、普段見られない大顔合わせを期待するものなのに、そ
の座組みの薄いこと。このところ幹部俳優はそれぞれの演し物は持つけれど、
他の役者の演目に付き合いで 脇に出ることをあまりしなくなった印象です。
個々の役者の芸ではもちろん舞台に見るべき芸はあるのだけれど、スケール
の大きい芸のぶつかり合いの場が少ない、芝居全体としてのスケール・完成
度がいまひとつというものが多くなっています。顔ぶれに厚みがないので、
見物からするとこれだけは是非見ておきたいと思う演目が少なくなりました。
これは幹部役者も多くが70歳代半ばとなって、これまで酷使されてきたツ
ケが出た健康面の問題もあると思いますが、やはり本来この時期の興行の中
核を受け持つべきであった上記三人の欠落が大きく影響しています。この不
足を補う為に下の世代に役が回ることになるわけですが、そうなると芸のい
ろいろな面で落差が生じます。先に「現状の世代交代は親世代よりも5年ほ
ど遅れているように思われる」と書きましたが、そのような印象になるのも、
予想以上に世代交代の必要性が高まっているせいです。

吉之助は、舞台を見ながら「ここで勘三郎・三津五郎がいればなあ・・」と
寂しく感じることが、このところ多くなりました。これはまあ同世代の愚痴
ということもありますけれどね。ここ1・2年の歌舞伎は、次の時代への過
渡期という様相になってきました。


6)玉三郎の時代にはならなかった

三島由紀夫は「六世中村歌右衛門序説」(昭和34年9月)において、「ひ
とつの時代は、時代を代表する俳優を持つべきである。一時代を代表した俳
優の名を思いうかべる時に、その俳優の名のまわりに、時代の直接の雰囲気、
時代の直接の雰囲気、時代の肌ざわり、肌の温かみともいうべきものをひろ
げる。俳優とは、極言すれば、時代の個性そのものなのである」と書きまし
た。六代目歌右衛門が戦後昭和の歌舞伎を代表する役者だとすることに異議
ある方は少ないとは思いますが、技量あるいは人気のことを云えばいろいろ
な意見があると思います。また歌右衛門によく批判的に云われるところの権
力志向ということは全く別の話です。しかし、戦後昭和の歌舞伎の在り方を
考えると、やっぱりまず思い浮かぶのは歌右衛門だと思います。

それでは平成歌舞伎の30年を代表できる役者を誰か一人に決められるかと
云うと、これはどうも難しいようです。もちろん優れた役者は、何人も思い
浮べることが出来ます。しかし、いろいろ意見があると思いますが、どなた
も帯に短し襷に流し、そこまで抜きん出た強烈な印象を与える方はいらっし
ゃらないようです。もし十八代目勘三郎が今現在生きて元気でいれば63歳
ということですが、もしそうであるならば、その役者は勘三郎だと言えたか
も知れませんねえ。残念ながら上洛を目前に病で亡くなって夢を果たせなか
った武田信玄みたいなことになってしまいました。

そこで吉之助はハタと考えるのですが、それでは吉之助が歌舞伎を見始めた
あの頃に「これからは真剣に歌舞伎を見なければならない」と思わせたあの
人はどうなのか。「歌舞伎を代表する役者はあの人だ」と云える時が来ると
吉之助は内心期待していたのだけれども、あの人はどうなのだろうか。しか
し、残念ながらもうそれは云えないと思います。それは五代目玉三郎のこと
ですがね。

吉之助は別に玉三郎に平成歌舞伎の女帝になって欲しかったわけではないの
です。吉之助は「女形の美学~たおやめぶりの戦略」のなかで「現代におけ
る歌舞伎の在り方は女形が規定する」と書きました。これは当然ですが、玉
三郎のことをイメージしていました。鼓童との仕事とか、歌舞伎座での鏡花
作品上演、菊之助との「二人道成寺」、児太郎・梅枝への阿古屋伝授などい
ろいろ話題はあるのだけれど、平成トータルとしてみた場合、歌舞伎での玉
三郎の印象はやや淡いものだったと云わざるを得ません。世界無形文化遺産
にもなった歌舞伎の、これからの在り方を指し示す大事な役割を期待してい
ましたが、玉三郎は自ら静かに後ろの方へ引き下がってしまった気がします。
そこに玉三郎の謙虚な人柄が出ているのかも知れないし、体力的な問題があ
ったのかも知れませんけれど、この点は個人的にちょっと残念な気がします。
そう云うわけで、平成歌舞伎の30年は群雄割拠の時代で あった、これが
現時点での吉之助の見方になります。そう云えば、クラシック音楽の世界で
も、カラヤン以降は、突出したカリスマ的存在は出ていません。現代と云う
のは、カリスマが登場し難い時代であるのかも知れませんね。


7)世界無形文化遺産としての歌舞伎

平成歌舞伎の30年を考える時、歌舞伎がユネスコの世界無形文化遺産に登
録となった2005年(平成17年)11月25日と云うのも、大きな節目
であろうと考えます。(なお現在文化庁のデータべ―スを見ると、能楽・文
楽・歌舞伎が共に登録2008年と記載されていますが、これはユネスコが
作成した「人類の口承及び無形遺産に関する傑作の宣言(傑作宣言)」リス
トが、2008年の国際条約発効後に、統合して登録された為そう記載され
ているだけなので、一般通念としては歌舞伎の世界無形文化遺産指定がいつ
かと云うならば、2005年とすべきだと思います。)平成31年現在を見
ると、第5期歌舞伎座再開場ブームが去って、物珍しさで訪れる日本人観客
は減った反面、これを埋め合わせる感じで外国人観客が顕著に増えているよ
うです。歌舞伎の世界無形文化遺産指定の効果は、確かにあったようです。

それは結構なことですけれど、ユネスコの世界無形文化遺産に果たして歌舞
伎が相応しいのかと云うと、疑問がないわけではありません。世界無形文化
遺産は、グローバリゼーションの流れのなかで世界各地で消滅の危機にある
民族文化・芸能を保存しようというのが、本来の主旨であるわけです。恐ら
く登録された民族芸能の大半のものは、そういうものだと思います。存続危
機にある民族芸能の保全を目的とするならば、淡路人形とか農村歌舞伎なら
ば分からないことはないですが、そういうものが対象になっていないようで
す。一方、歌舞伎は現在も私企業(松竹)の興行として立派に成り立ってお
り、依然として変転を続けている芸能です。「消滅の危機にある」と云う次
元ではないと思います。その歌舞伎のどういうところを保全しようというの
でしょうか。歌舞伎とほぼ同じ時代(概ね1600年前後)に発生した芸能
と云えば西欧のオペラですが、オペラを世界無形文化遺産に登録しようなん
て話は聞いたことがありません。

保全だけが無形文化遺産の唯一の目的ではないかも知れませんが、ユネスコ
の方針からすると「ワンピース」や「ナウシカ」或いは「幽玄」はその主旨
に合致するものなのか、或いはそれらは別のジャンルのこととして古典歌舞
伎をしっかり守っていればそれで良いのか、それにしては古典歌舞伎が随分
好い加減になっていないか?色んな議論が出来ると思います。そう云う事項
が関係各所でさっぱり議論されずに、この約10年、曖昧なままで来てしま
いました。現在の「世界無形文化遺産の歌舞伎」は、客寄せの宣伝文句とし
てのみ通用している状況です。

有形文化遺産についても、日本の現地での思惑はほとんど、これで世界から
の観光客が大勢呼び込めて観光収入が増えるとか、これで地域振興が可能に
なるとか、そういうビジネス観点での期待ばかりが先走っているようです。
しかし、ユネスコの考え方は、文化の保全と保存(それはある程度の固定化
を伴なう、つまり「変えない」と云うこと)ことが根底にあるわけです。保
全と保存には、当然責任が伴うし、保全費用も掛けねばなりません。手間が
掛るのです。保存を目的にしていますから、勝手な改変は許されないのです。
無形文化遺産である歌舞伎だって例外ではないはずですが、そう云うことが
全然議論されていません。(同じようにさっぱり意味が分からない世界無形
文化遺産に「和食」というのがあります。何を保全しようと云うのか?)

別稿「歌舞伎は危機的状況なのか?」のなかでもちょっと触れましたが、歌
舞伎役者が「歌舞伎の危機」と云う時には、お客様が歌舞伎座に来なくなる
状況だけを心配しているのであって、「歌舞伎が歌舞伎でなくなってしまう」
ということがどういうことか、そういうことを彼らは本当に真剣に考えたこ
とがあるのかな?「歌舞伎では何でもあり」などとお気楽なことを言ってて
良いのかな?と思うことはあります。我が師匠の武智鉄二が生きていれば、
「民族芸能としての歌舞伎、伝承芸能としての歌舞伎の立場をしっかり自己
規定出来ていないから、このようなことが起きる」と言うでしょうねえ。し
かし、歌舞伎が世界無形文化遺産であることは、将来いつか大きな意味を持
つことになるかも知れません。


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発行周期: 不定期 最新号:  2019/03/03 部数:  612部

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