歌舞伎素人講釈

メルマガ「歌舞伎素人講釈」第489号

カテゴリー: 2019年01月20日
*******************平成31年1月20日発行****
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    メルマガ「歌舞伎素人講釈」  第489号
                       
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こんにちは、吉之助です。

本号は、本年最初のメルマガになります。本年もよろしくお願いします。
本年も良い舞台を期待したいですね。

平成の時代も、残すところ4ヶ月を切りました。サイトの雑談では、
「平成歌舞伎の30年」ということで、ダラダラと随想を書いています。
(現在未完)そちらはサイトの方でお読みください。

先日(14日)に、来年2020年5月に海老蔵が十三代目市川団十郎白猿
を襲名することが発表になりまして、これは既定路線なので別に驚くことで
はないけれど、ついに来たかと云う思いで受け止めました。そういうわけで
本号は、十三代目団十郎白猿襲名決定記念ということで、今月(1月)新橋
演舞場の、「俊寛」と「鏡獅子」についての観劇随想をお届けします。


ーーー<今回の話題>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

○海老蔵初役の俊寛

平成31年1月新橋演舞場:「平家女護島~俊寛」 

十一代目市川海老蔵(俊寛)、六代目中村児太郎(千鳥)、四代目市川九
団次(成経)、六代目市川男女蔵(康頼)、六代目片岡市蔵(瀬尾)、
三代目市川右団次(丹左衛門)

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1)俊寛の心情

近松門左衛門の「俊寛」の幕切れについては、歴代の名優が、島に一人残さ
れて泣き叫び岸壁から沖合いを見詰める俊寛の心理描写に工夫を凝らしてき
ました。幕切れの感動の背景には、俊寛の自己犠牲・すなわち俊寛が自らの
意志で一人島に残り(養女と約束した)海女千鳥を代わりに御赦免の船に乗
せて送り出すという崇高な行為があります。しかし、さすがの俊寛も船が動
き出すと孤独の悲しみに耐えられません。そこが哀れであり、はなはだ人間
的でもあり、涙を誘います。

『思ひ切つても凡夫心、岸の高見に駆け上り、爪立て打ち招き、浜の真砂に
伏し転び。焦がれても叫びても、哀れ訪らふ人とても、鳴く音は鴎(かも
め)天津雁(あまつかり)、誘ふは己が友千鳥、一人を捨てゝ沖津波、幾重
の袖や濡らすらん。』

未来に希望を託して僅かに微笑する俊寛、諦観の情に満たされて静かに佇む
俊寛、キッと沖合いを凝視してどこかにまだ生の執念がかすかに感じられる
俊寛もあったかと思います。これらはどれが正解でどれが間違いだというこ
とではありません。役者それぞれの俊寛があって宜しいことです。幕切れの
俊寛の表情はどのようにも読めるのです。観客は人それぞれ自分の感情を舞
台の役者の表情に投影して見るのでしょう。

だから観客の関心は、俊寛役者が幕切れの感情表現をどこに置くかというと
ころに行き勝ちです。それは当然のことですが、本稿では、なぜ俊寛は島に
残る決意したかということをちょっと考えてみたいのです。「俊寛が乗るは
弘誓(ぐぜい)の船、浮世の船には望みなし」と俊寛は言います。「弘誓の
船」と云う仏語は、衆生救済の近いによって仏が民衆を悟りの彼岸に導くこ
とを、人を船に乗せて生苦の海を渡すことに例えだそうです。現世にもはや
生きる望みはない、自分が乗るのは彼岸へ渡る船だと云うのです。

先ほど吉之助も「自己犠牲で俊寛が一人島に残って、代わりに千鳥を御赦免
の船に乗せて都へ送り出す」と書きました。確かに筋としてはそういうこと
です。そうするとこの俊寛の論理は、千鳥を納得させたうえで船に乗せる為
にそう言っているように聞こえなくもありません。これはひとつには後で俊
寛の「思い切っても凡夫心」が出て来るせいです。そこに俊寛の人間的な弱
さが見えるようです。悟っても悟り切れないのが人間の有り様だと感じてし
まうところが、現代人にはあります。どうしても俊寛の決意の揺らぎに関心
が行ってしまいます。

しかし、俊寛の気持ちは、まったく正直に彼が言う通りであるかも知れませ
ん。俊寛は、自分が千鳥を救うということではなく、島に一人残ることで救
われるのは、むしろ自分の方だと云っているのです。千鳥が乗ってくれない
と、関所三人の切手に相違が生じて、自分は無理やりに船に乗せられること
になる、だから千鳥よ、自分の代わりに御赦免船に乗って、自分を救ってく
れ、自分を彼岸へ送り出してくれと懇願しているわけです。それほどに俊寛
の絶望は深いということなのです。

このような心境に俊寛を至らせたものが何であるかは、明らかです。それは
都に残してきた俊寛の愛する妻・東屋が「清盛公の御意を背き首討たれた」
と上使・瀬尾から知らされたからです。俊寛は都へ戻って東屋に再会したい
と、それだけを願って鬼界ヶ島の生活に耐えて来たのです。俊寛は「俊寛も
故郷に東屋といふ女房、明け暮れ思ひ慕へば、夫婦の中も恋同然、語るも恋
聞くも恋」と語っています。愛する妻が死んだことを知ったからには、俊寛
は争いや憎しみが渦巻く現世に執着しても仕方がないと感じるのです。その
ような生きることの無情に気が付いたところから、俊寛の悟りが開けます。

2)海老蔵初役の俊寛

今回(平成31年1月新橋演舞場)での海老蔵初役の俊寛を、そんなことな
ど考えながら見ておったわけです。歌舞伎のなかでは「俊寛」はどちらかと
云えば小芝居系統で続いてきた演目で、大歌舞伎で頻繁に上演されるように
なったのは昭和初めくらいからのことで、そう昔のことではありません。
「俊寛」は海老蔵と云うよりも団十郎家にとってこれまで縁がなかった演目
です。今回海老蔵が俊寛を演じる動機は、俊寛の気持ちと自身の辛い経験
(これは今更説明するまでもないこと)とが重なることが大きいからだとい
うことが察せられます。

実は当初の吉之助の予想は、海老蔵ならば目力強く多少ギラギラした感触に
なっても「思い切っても凡夫心」の感情を生々しく演じる俊寛かと云うとこ
ろでした。しかし、実際の海老蔵初役の俊寛は、ギラギラを封じ込めて、こ
れまでの海老蔵とちょっと違う自然な感触がありました。リアルということ
をどういう次元で捉えるかにも拠りますが、先日(平成30年9月歌舞伎座)
見た吉右衛門の写実の俊寛とは、もちろん異なるものです。海老蔵の俊寛は
壮年期相応のリアリティを感じさせるものですが、ギラギラした感触が抑え
られています。まずこの点に吉之助は感心させられました。

これまでの海老蔵の義太夫狂言には不満が結構ありました。今回は台詞も自
然で無理がなく、演技が義太夫狂言の枠組みにしっくり収まっています。そ
れはひとつには声の調子を低めに抑えて、不自然な抑揚を付けて張り上げる
ことをしないからです。海老蔵の売り物である目力も最小限に抑えて、これ
もドラマのなかに溶け込んでいます。こういう余計な力が抜けた淡々とした
海老蔵は見たことがない気がしました。指導した人が良かった(海老蔵によ
れば二代目白鸚の指南を受けたそうです)こともあるでしょうが、海老蔵の
内面が変わった気がするのです。去年までの海老蔵には葛藤とか気の迷いみ
たいなものが感じられましたが、今回の俊寛ではそれが見えません。

例えば前の演目の、海老蔵と三人共演のお祝いの演目・「牡丹花十一代」で
も、海老蔵の鳶頭の「待っていたとは有難てえ、でも、(ご見物のみなさま
が)待っていたのは俺じゃないだろう(二人の子供たちの方だろう)」と受
けを取る台詞でも、強く張り上げることをせず(これまでの海老蔵ならば張
り上げそうに思うのです)、声質を低めに抑えてサラリと言うので、
「ホウ?」と思ったのです。世話に流した印象になって、そこが良いのです。
後の幕の「鏡獅子」も基本をしっかり守って、自己流なところが無く、スト
イックな印象さえするものでした。ここにも海老蔵の心境の変化が感じられ
ます。

海老蔵初役の俊寛が自然に感じられるのには、千鳥を含む流人一同がお互い
を気遣う一体感がよく出ていることも功を奏しています。おかげで舞台前半
がとても良くなりました。俊寛が船から転げ出て「ヤレ待て、船に乗せて京
へ遣る」と云うまでの流れが、よく構築出来ています。だから俊寛が自己犠
牲の心で「自分が島に残り千鳥を京へ送り届けよう」としたとしても、 ま
ったく自然です。その一方で、瀬尾から「東屋が首討たれた」と知らされた
時の俊寛の無念の場面、或いは千鳥の乗船を「これほど懇願しても瀬尾は受
けぬのか」と云う時の俊寛の憤りの場面では、海老蔵持ち前の目力が生きて
いました。

だから海老蔵の俊寛は、結局、ここが肝だということがはっきり分かるので
す。後は幕切れの「思い切っても凡夫心」で泣こうが喚こうが、そこは人間
だもの、誰だってこういう場面では 取り乱して泣くでしょう、そういうと
ころは仕方ないのです。しかし、「愛する妻が首討たれた」と聞いた時の俊
寛の心情は、まったくピュアで強いものです。そこのところに疑いはない。
惨い運命に対する無言の抗議が込められています。これがあってこそ俊寛の
次の行動(自己犠牲)がある、そう云うことが、海老蔵の俊寛を見ていると
実感としてよく分かります。

伝えられるところでは史実の俊寛は、島に置き去りにされた後、ほどなくし
て(1・2年ほどで)島で亡くなったようです。「俊寛が乗るは弘誓の船、
浮世の船には望みなし」という言葉も、俺はもう死んしまって構わないと云
う風に取れなくもないでしょう。しかし、悟りの彼岸に渡るというのが、死
ぬことだけとは限らないと思います。この世に一人生き続けることも、悟り
の境地になることもあると思います。吉之助が今回の海老蔵の俊寛を高く評
価するのは、幕切れの「オーイオーイ」と仲間に呼び合う場面も、その悲し
みを腹のなかにグッと押し込んで決して騒がしくなかったことです。海老蔵
の俊寛はこれからも草を噛んでも泥を啜ってでも生き続ける気がしますねえ。
幕切れの俊寛がそうであっても、ちっとも構わないと思います。

折しも昨日(平成31年1月14日)、海老蔵が十三代目団十郎白猿を来年
(2020年)5月に襲名することが発表されました。今回の海老蔵の「俊
寛」を見た吉之助には「なるほどそういうことだったんだね」という納得で
きる気持ちでありました。海老蔵には、まだまだ頑張ってもらわねばなりま
せん。歌舞伎の為にも、二人の子供たちの為にもね。恐らく後から見て、あ
の時の「俊寛」が海老蔵の転機だったということになるのではないか。そう
なることを期待したいと思いますね。



ーーー<今回の話題>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

○海老蔵の「鏡獅子」

平成31年1月新橋演舞場:「春興鏡獅子」

十一代目市川海老蔵(小姓弥生後に獅子の精)

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海老蔵の「鏡獅子」は、巡業ではその間に何度か勤めているようですが、本
興行としては平成23年7月新橋演舞場以来のことです。この時の舞台は、
別稿「舞踊の身体学」で取りあげました。例えば昔の六代目菊五郎が踊りの
名手と云うけれど、現代の役者とはまるで体格が異なります。背が高くて手
脚が長い現代の役者が、六代目とまったく同じ振りで踊れば、踊る前からハ
ンデキャップが付いているようなものです。だから現代の役者が腰高の踊り
になるのは、これは割り引いて見なければならぬところがあると思います。
そうすると舞踊でどうしても守ってもらわねばならぬポイントは何かと云う
ことになるわけだが、それは結局、肩が動いていないか・腰が揺れないか、
要するに身体の軸がブレないという一点に極まるであろうと云うのが、そこ
で論じたことでした。

現代の歌舞伎役者の踊りは、特に女形の場合、腰高棒立ちの印象をカバーし
ようとして身体をクネクネさせる傾向が、近年ますます強くなっています。
これが舞踊のお手本だと勘違いしているのか、最近の舞踊会では、女流舞踊
家までもがクネクネ踊りになっています。歌舞伎の女形がクネクネするのは
「女らしさ」を技巧で取り繕う女形の哀しい性(さが)みたいなものです。
本物の女性が踊る時にわざわざクネクネする必要はないはずなのだが(そん
なことをしなくたって初めから女性なのです)、女踊りはそうしなければな
らないと思い込んでいるのでしょうかねえ。こうして日本舞踊全体が変な感
じに推移していきます。そういうわけで近年の日本舞踊での 女踊りのクネ
クネ傾向については、吉之助はちょっと苦々しく感じています。

そこで「鏡獅子」のことですが、本作はもともと女形舞踊の獅子物の系譜に
在る「枕獅子」から立役の九代目団十郎が自分向きに翻案したものですから、
「鏡獅子」には二通りの行き方があり得ると思います。ひとつは女形舞踊の
獅子物の線上に見るやり方です。そうすると後シテは優美なイメージになっ
て行きます。(吉之助はこちらを本来的な在り方と考えますが、これについ
ては別稿「獅子物舞踊のはじまり」をご参照ください。)もうひとつは、立
役が後シテの獅子を勇壮に舞うことをメインに考えるやり方です。つまり娘
から獅子へ変わる印象の落差が売りものとなります。これが六代目菊五郎や
十八代目勘三郎のニンならば(二人とも女形も演じる兼ねる役者でしたか
ら)、 二つの行き方のバランスを理想的に取ることが出来ると思います。
しかし、海老蔵のように完全に立役専門の役者が「鏡獅子」を踊ろうとする
ならば、前シテの小姓弥生は当然加役の踊りにならざるを得ません。それな
らば開き直るわけではないですが、過度に「女らしく・娘らしく」を意識し
てクネクネする必要はないと思うわけです。今回の海老蔵の弥生を見ると、
姿が十分美しいのに加えて、クネクネしない踊りがとても清々しい。これで
立役が踊る「鏡獅子」のスタンスがしっかり決まりました。

前回(平成23年7月新橋演舞場)の海老蔵の小姓弥生は、まだ腰高棒立ち
の印象が強いものでした。今回(平成31年1月新橋演舞場)の踊りも腰高
ではあるけれども(これだけ の体格していればそれは避けられないことな
ので)、今回はしっかりと腰を入れた踊りになって、棒立ちの印象が薄らぎ
ました。海老蔵の踊りの良い点は、肩が揺れない・身体の軸がブレないとこ
とです。振りに硬い印象がなくなったことも、大きな進歩でした。時々身体
が正面を取らずにちょっと斜めになることがあって、これは正面を意識して
形を決めてもらいたいと思いますが、この前シテならば、立役が踊る弥生と
して満足できるものです。試行錯誤を重ねることで良い踊りにたどり着いた
と思います。

海老蔵の後シテは、前回は毛をブンブン振り回して振り回数を競ってやるみ
たいな(近年この傾向を煽ったのは十八代目勘三郎でした)ところがありま
したが、今回はそうしたギラギラしたところが消えました。 淡々と抑えた
リズムで毛を振っていて、海老蔵の変わり様にちょっと驚きましたが、獅子
の毛振りはこれが本来の形だと思います。もちろん海老蔵の獅子は勇壮なも
のに違いありません。最後の十秒ほどの毛振りはちょっと勢いを付けてまし
たが、これはフィニッシュですから、これで良いと思います。全体に品格が
感じられる踊りで、市川宗家の歌舞伎十八番の「鏡獅子」として十分な出来
であったと思います。


*本号に関連するサイトの記事
舞踊の身体学
http://kabukisk.com/dentoh71.htm
獅子物舞踊のはじまり
http://kabukisk.com/dentoh19.htm


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発行周期:  不定期 最新号:  2019/03/03 部数:  612部

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