歌舞伎素人講釈

メルマガ「歌舞伎素人講釈」第482号

カテゴリー: 2018年10月07日
*******************平成30年10月7日発行****
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    メルマガ「歌舞伎素人講釈」  第482号
                       
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こんにちは、吉之助です。

今夏は台風やら地震やら自然災害での心配事が異様に多かったですが、もう季
節も秋になったことなので、穏やかにお願いしたいものです。

このところメルマガ頻度が減っていますが、サイトの更新は随時行っていま
す。メルマガでお届けしていない記事が多くありますので、サイトの方も
時々ご確認ください。

本号でお届けするのは、先月(9月)歌舞伎座での、吉右衛門主演の「河内
山」と「俊寛」の舞台の観劇随想です。同じく9月の、玉三郎の新作舞踊
「幽玄」の観劇随想は、現在サイトの「雑談」にゆっくりペースで連載中で
す。


ーーー<今回の話題・1>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

今秋11月から神奈川大学の生涯学習講座で、吉之助が
歌舞伎の女形についての連続講座を行いますので、お知らせをします。

神奈川大学の受け付けは、9月1日から始まっています。
http://www.ku-portsquare.jp/site/course/detail/2442/

歌舞伎への招待~歌舞伎のヒロインたち 全7回講座

今回は、歌舞伎に見られる数々のヒロインたちを通覧しながら、
「歌舞伎の女形の芸とは何か」という問題を考えて行くシリーズです。

場所:神奈川大学 KUポートスクエア(みなとみらい線みなとみらい駅)

詳しくはサイトの案内をご覧ください。
http://kabukisk.com/ml5.htm

よろしければご参加ください。

ーーー<今回の話題・2>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

○平成30年9月歌舞伎座:「天衣紛上野初花~河内山」

二代目吉右衛門、円熟の河内山

二代目中村吉右衛門(河内山宗俊)、十代目松本幸四郎(松江出雲守)、
五代目中村歌六(和泉屋清兵衛)、二代目中村魁春(後家おまき)他

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河内山は吉右衛門の当たり役のひとつだと思いますが、今回(平成30年
9月歌舞伎座)は平成24年9月新橋演舞場以来のことなので久し振りのこ
とです。今回は世話物の写実が際立って、一段と良い出来に仕上がりました。
序幕「上州屋質見世」は河内山が松江邸に乗り込む経緯を説明する場で大し
たドラマがあるわけではないのですが、今回はこの場を特に面白く見ました。
それは歌六・魁春ほか役者も揃って、小気味良く芝居が進むからです。他の
黙阿弥物の舞台 によく見られる台詞を七と五に割ってダラダラで流す場面
が、ここではまったく見られません。とても良いアンサンブルです。恐らく
この辺に吉右衛門の指導が入っていると察します。

テンポ早めでサラッと軽い感触が、黙阿弥の世話の感触をよく醸し出してい
ました。普段の重い感触に慣れっこになってそれが黙阿弥だと思い込んでい
る方には、もしかしたら感触が粘っことさが少ない感じで黙阿弥らしくない
と感じる方がいるかも知れませんが、これがホントの黙阿弥の生世話の様式
なのです。だから次の「松江邸」への筋の展開に「さあ河内山はこの難問を
どう解決する?」と云う興味も湧いて来るし、「松江邸」が武家屋敷で芝居
の調子がそれらしく時代に傾いて行くこともその変化が効いて来ます。時代
の様式にどういうイメージが込められているかが、これで分かります。だか
ら河内山が変装して東叡山(寛永寺)のお使い僧道海を演じることの可笑し
味が自然と出て来るのです。

大事なことは、黙阿弥が役者へのご親切で台詞を七と五にしゃべりやすく書
いているのをそのまま定型にしゃべるのではなく、七と五を目立たせること
なく観客に如何に写実の台詞に聞かせるかと云うことです。そのためには台
詞に適度な緩急を付けること(七と五のユニットを当分に取ってリズムを揺
らすこと、これについては別稿「黙阿弥の七五調の台詞術」をご参照くださ
い)と、台詞の末尾をあまり引っ張らないで最後を世話に落とすことです。
これが「時代と世話の活け殺し」です。台詞の末尾を引っ張り過ぎると、時
代の台詞になってしまいます。例えば「玄関先」での花道の幕切れで河内山
が「バカめェ」と言いますが、この台詞を引っ張り過ぎて「バァカァめェえ」
と言うと時代になってしまいます。(なぜそう言ってはいけないかは、別稿
「海老蔵初役の河内山」をご参照ください。)前回の吉右衛門の河内山には
まだそんな感じが残っていましたが、今回はいい感じに仕上がっています。
もうちょっと軽くても良いくらいですが、庶民が大名を笑う痛快さを観客が
求めているだろうから、これはこれで良いと思います。

「玄関先」での河内山の「悪に強気は善にもと・・」の長台詞ですが、前回
の河内山も悪くはありませんでしたけれど、七と五に割る感触がまだ残って
いました。今回はそれが消えています。当意即妙、緩急自在の台詞を聞かせ
てくれました。吉右衛門も黙阿弥の七五調の台詞術をついに極めたなあと思
える、とても良い長台詞でした。この感じで他の黙阿弥物もやってもらえれ
ば、これからしばらくの歌舞伎座の黙阿弥物は期待できそうです。但し書き
を付けますが、若手が今回の吉右衛門の台詞の軽妙さをいきなり真似しても、
あまり良いことにはならないでしょう。吉右衛門もいろいろな言い回しを工
夫して様式の硬さ・重さを削ぎ落とながら今回の軽さに行き着いているわけ
ですから、それまでせいぜい試行錯誤をしてもらいたいのです。いつかはこ
の写実の軽妙さをものにしようと云う気持ちを胸のなかにしまっておいて欲
しいと思います。


ーーー<今回の話題・3>ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

○平成30年9月歌舞伎座:「平家女護島~俊寛」

写実の妙~二代目吉右衛門の俊寛

二代目中村吉右衛門(俊寛僧都)、五代目中村雀右衛門(海女千鳥)、
三代目中村又五郎(瀬尾太郎兼康)、五代目中村歌六(丹左衛門基康)、
五代目尾上菊之助(丹波少将成経)、二代目中村錦之助(平判官康頼)

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そう云えばこのところ「俊寛」を見てないなと思って調べたら、他劇場では
何度か掛ってはいるのですが、歌舞伎座での今回(平成30年9月歌舞伎座)
上演は平成25年6月の開場記念興行(吉右衛門の俊寛)以来で、5年ぶり
のことでした。昔と比べると「俊寛」の上演頻度は確かに落ちて来たようで
す。戦後昭和期は浄瑠璃歌舞伎作家と云えば近松というイメージでした。し
かし、他の世話物作品も含めて、近頃は近松の名前をあまり聞かないようで
す。近松離れと云うよりも、出雲や南北・黙阿弥の盛名が上がって、近松の
地位が相対的に下がったと云うことしょうか。しかし、何を隠そう吉之助は
初めて見た歌舞伎がこの「俊寛」でして(もう四十数年前のことですが)、
今回の舞台を見てもその時の気分が蘇って来るのか、「やっぱり俊寛は良く
出来た芝居だなあ」と改めて思いました。俊寛の感情がよく描かれているし、
役がバランス良く配置されていて、何より筋の運びが簡潔でテンポが良い。
舞台面がまたたく間に海になってしまうシュールな幕切れは何度見ても驚か
されます。

吉右衛門の俊寛が、同じ月の河内山と同じく、無理な力を入れず自然体の演
技で素晴らしい出来です。吉之助はこれを世話の俊寛と形容したいと思いま
すねえ。そう書くと「俊寛」は時代物ではないかと言われそうですが、昭和
初期に初代吉右衛門が復活して練り上げた「俊寛」は近代的な心理描写に基
づいたもので、つまり基本が写実なのです。昭和の「俊寛」人気は、そのよ
うな近松の人間性回復の視点から来たものです。もちろん河内山の世話とは
色合いが微妙に異なるには違いないですが、写実の感覚はそのどちらにも共
通した要素があるものです。いわば時代と世話の演技の共通項みたいなもの
(写実の妙)を、吉右衛門は探り当てたのだなあと思います。時代だ世話だ
と言ったってまったく別のものじゃないんだと云うことが、今月の吉右衛門
の二役を見れば良く分かります。

吉右衛門の俊寛の世話の味わいを引き立てたのは、吉右衛門ファミリーと云
うべき役者たちです。吉之助は最初のうちは、菊之助の少将・錦之助の康頼
は(吉右衛門に合わせて)もう少し世話の方へ引いても良いかなと思って見
ていましたが、彼らの演技が様式的な折り目正しさ(つまりいくぶん時代に
似た感覚を呈する)を感じさせることで、その対照によって吉右衛門の写実
がより映えた利点があったように思われました。同じことは雀右衛門の千鳥
についても言えます。女形はもともと或る種の様式感覚を持つものだからで
す。これも吉右衛門の写実とほど良い対照を呈しています。以上の流人側に
対して上から目線で時代の論理を押し付ける(俊寛の目からはそれは悪意に
しか見えない)又五郎の瀬尾、慈悲をポーズしているけれどそれ以上は何も
出来ない歌六の丹左衛門も、時代の(つまり清盛政権の)或る種の安っぽさ
をよく体現して、それぞれの役割を十分に果たしています。今回の「俊寛」
の成功は、アンサンブルの成功であるとも云えます。

幕切れの、島に一人残されて沖合いを見詰める俊寛の表情は、役者それぞれ
の心情が反映される見せ所です。吉右衛門はインタビューのなかで、この場
面を「弘誓(ぐぜい)の船を見詰める心持ち」と語っていますが、それもま
た良しです。そこに役者吉右衛門の真実が確かに見えました。


*本号に関連するサイトの記事
「黙阿弥の七五調の台詞術」
http://kabukisk.com/dentoh6.htm
「海老蔵初役の河内山」
http://kabukisk.com/butai121.htm

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発行周期:  不定期 最新号:  2019/03/22 部数:  612部

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