カソリング

【賀曽利隆のカソリングvol.223】

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■ 賀曽利隆の「東アジア走破行」 第2回 ■

タクラマカン砂漠一周

 夢を見て、夢を追いつづけてこその人間。夢を見なくなった
ときは人間廃業といっていい。「夢」を「憧れ」に置き換えて
もいい。これは年には関係のないことで、棺桶に足を突っ込み
かけても夢を見つづけている人もいるし、まったく夢を見ない、
夢が見えない若者もいる。
「道祖神」のバイクツアー、「カソリと走ろう!」シリーズの
第2弾目、中国西部のタクラマカン砂漠走破行は、まさにぼく
の子供のころからの夢を追ったものだった。
 小学校4年生のときのことだ。国語の教科書にスウェーデン
の探検家、スウェン・ヘディンの「タクラマカン砂漠横断記」
が載っていた。命がけで大砂漠を越え、ホータン川の河畔にた
どり着くまでの物語は、胸がジーンと熱くなるほどに感動的だっ
た。
 それ以降、ぼくは夢中になって、学校の図書館にあった小供
向けの「中央アジア探検記」を読みあさった。
「大人になったら、絶対に中央アジアの探検家になってやるん
だ!」
 ぼくは子供心に「中央アジアの探検家」に憧れた。
「中央アジア」への夢は中学生になっても、高校に入っても持
ちつづけた。というよりもますます膨らみ、シルクロードはい
つの日か、「必ずや踏破してやる!」と思うほどの存在になっ
ていた。
 だが高校も2年、3年となり、受験が重荷となるころには、
現実に目覚めてしまったとでもいうのだろうか、
「中央アジアの探検家だなんて…、なれる訳がないか…」
 と、「中央アジアへの夢」は遠のいた。

 タクラマカン砂漠に憧れてから30数年後のことだ。
「道祖神」の菊地優さんが、「カソリさんの夢、実現させましょ
うよ」といってくれた。
 ホータン川沿いにバイクを走らせ、タクラマカン砂漠を縦断
するというバイクツアー。成功すれば、世界でも初となる快挙。
このバイクツアーには12名のみなさんが参加した。
 我ら「新疆軍団」は1994年9月、北京経由で中国・新疆
ウイグル自治区の中心、ウルムチに飛び、さらに天山山脈の南
側のアクスに飛んだ。プロペラ機の小さな窓から見下ろした天
山山脈の雪山は目の底に焼きついた。小さいころからシルクロー
ドに憧れていたので「天山北路」や「天山南路」を通して、天
山山脈の名前はぼくの頭の中で大きな部分を占めていた。その
天山山脈を実際に、間近に見たという感動には、ものすごく大
きなものがあった。
 バイクツアーの出発点となったアクスはシルクロード「天山
南路」の要衝の地。ここで12名の中国側のスタッフが我々を
待ち構えていた。ランドクルーザー3台、ニッサンのピックアッ
プ1台、我々の乗るバイクを積んだトラックが1台。
 バイクは新疆モーターサイクル協会が所有するホンダのモト
クロッサーCR80とCR125、CR250だった。
 このような大部隊でアクスからホータン川沿いに南下し、崑
崙山脈北麓のホータンを目指すというもので、その距離は70
0キロになる。
 一大エクスペディションの「タクラマカン砂漠縦断」だ。
 長い隊列を組み、ダートの土けむりを巻き上げながら走り、
タリム川の大湿地帯に入っていく。赤っぽいタマリスクやトゲ
の多いラクダ草が見える。「タリム川」や「タマリスク」とい
えば、中央アジア探検記では何度も登場するのもので、その実
物を目にして感動するカソリだった。
 タリム川の大湿地帯突破が大きな難関だ。
 この地点で北の天山山脈から流れてくるアクス川と西のパミー
ル高原から流れてくるカシュガル川、南西のヒンズークッシュ
山脈から流れてくるヤルカンド川、そして南の崑崙山脈から流
れてくるホータン川が合流し、タリム川になる。
 だが、何日か前に崑崙山脈に降ったという大雨で、なんとタ
リム川の大湿地帯は水びたしになっていた。なんということ。
日本でいえば、中国山地に降った大雨で関東平野が水びたしに
なるようなものだ。
「何としても、このタリム川の大湿地帯を突破してやる!」
 とカソリ、必死の形相でCRを走らせ、大湿地帯を突破でき
そうなルートを探し求めたが、そのどれもが大湿地帯の水の中
に消えていく。
 万事休す。
「タクラマカン砂漠縦断」を断念しなくてはならなかった。

 中国側スタッフはタクラマカン砂漠縦断は不可能なので、ア
クス周辺のタクラマカン砂漠を走りましょうと提案したが、カ
ソリとしてはとても飲める案ではない。
「何がなんでもホータンまで行きたい!」
 という参加者全員の同意をとりつけると、「道祖神」の菊地
さんに中国側との交渉をしてもらった。こういう場面での菊地
さんは、滅法強い。
 強引に中国側のスタッフを口説き落とし、我々はタクラマカ
ン砂漠の西半分を一周するルートでホータンに向かうことになっ
た。
 とはいってもCRはなにしろ競技用のモトクロッサーなので、
保安部品は一切、ない。
 そのようなバイクでホータンまでの1000キロの公道を走
ろうというのだ。大きなリスクを背負っての旅立ち。公安の検
問所にさしかかるたびに、我々は冷や冷やしなくてはならなかっ
た。
 天山山脈南麓の「天山南路」を走る。右手には天山山脈の山
並みが長く、どこまでも連なっている。
「天山南路」をカシュガルの手前で左に折れ、世界第2の高峰
K2から流れてくるヤルカンド川沿いに走り、ヤルカンドの町
で崑崙山脈北麓の「西域南道」に入っていく。
 ヤルカンド周辺のオアシス群を抜け出ると、「西域南道」の
両側にはタクラマカン砂漠の砂丘地帯が茫々と広がっている。
右手に連なっているはずの崑崙山脈は砂のベールに隠れ、まっ
たく見えなかった。
 アクスを出発してから5日目、我ら「新疆軍団」は1000
キロの公道をCRで走りきり、ホータン川の河畔のオアシス、
ホータンに到着した。
 我々の宿となる「和田(ホータン)賓館」の玄関前でビール
のビンごと持ち、ホータン到着を祝って乾杯した。

 ぼくはホータンで日本に帰る「新疆軍団」のみなさんを見送っ
たあと、CR250に乗り、さらにタクラマカン砂漠の旅をつ
づけた。ニッサンのピックアップに乗る新疆モーターサイクル
協会の孫さんと運転手の人民解放軍の郭さん、トヨタのランド
クルーザーに乗る達坂城旅行社の高さんと運転手の張さんの4
人の中国人スタッフと一緒に、タクラマカン砂漠の東半分を一
周するルートでウルムチへ。
 タクラマカン砂漠の一周を目指したのだ。
 崑崙山脈北麓のオアシス、ニヤでひと晩泊まり、チェルチェ
ンに向かっているときのことだった。この区間でとんでもない
アクシデントが勃発。なんとニッサンのピックアップが走行中
に大音響とともに爆発し、運転席の真下から突然、火を噴いた
のだ。
 孫さんと郭さんはからくも火だるまになった車から飛び出し
たが、郭さんは腕にかなりの火傷を負った。
 火は荷台に積んだガソリンに引火し、車はあっというまに猛
烈な炎に包まれた。全員で砂をかけて火を消したが、見るも無
残な残骸だけがあとに残った。予備のバイクとして荷台にCR
125を積んであったが、残ったのはフレームとギアだけ。エ
ンジンはあとかたなく溶け、合金の固まりになっていた。両輪
のリムも溶け、まるで紙くずが燃えたかのように何も残らなかっ
た。
「あー、これでタクラマカン砂漠一周の夢も絶たれた…」
 と、カソリ、ガックリときた。
 もうこの難局は、突破のしようがないと観念した。
 爆発現場をあとにし、ランドクルーザーと一緒にチェルチェ
ンへ。
 日が暮れてからがなんとも辛い。まったく保安部品のないC
Rなので、当然のことだがヘッドライトもない。
 ランドクルーザーのライトを頼りに、その前を走ったが、真っ
暗闇の中をライトなしで走る恐怖感といったらなかった。チェ
ルチェンに到着したのは真夜中。グッタリだった。
 翌朝、「カソリさん、予定通りにウルムチに行きますよ」と、
中国人のスタッフのみなさんにいわれたときは心底、驚いた。
いったいどうやっていくというのだ。
 とにかくみなさんにおまかせすることにしたが、ぼくは中国
人スタッフたちの図太さには心を打たれた。
 朝食後、高さんはチェルチェンの町中をかけずりまわり、2
サイクルオイルを手に入れた。信じられない。バイクなど1台
も見かけないようなタクラマカン砂漠のオアシスで、だ。
 さらに新たなジェリカンをみつけ、予備のガソリンを確保し
た。こうしてCR250で走れるようにしてくれると、高さん
は事故の後始末でチェルチェンに残るといった。
 すべての準備を整え、高さんに別れを告げ、チェルチェンを
出発したのは午後になってからのことだった。
 目指すのはチャリクリク。チェルチェン→チャリクリク間は
450キロ。
「西域南道」のダートが崑崙山脈に向かって一直線に延びてい
る区間は圧巻だった。
 ちょうど夕暮れ時で、崑崙山脈の雪山は夕日を浴びて紅に染
まっていた。崑崙山脈にぶち当たると、今度は山裾を走る。右
手には崑崙山脈の山々、左手にはタクラマカン砂漠の大砂丘群。
CRに乗りながらぼくはもう夢を見ているかのような気分だっ
た。
 日が落ちると前夜同様、ライトなしで真夜中まで走ったが、
それにも大分、慣れた。
 崑崙山脈北麓のチャリクリクからは天山山脈南麓のコルラへ。
 その間では砂漠に消えるタリム川の最先端部を見た。全長2
000キロを超える砂漠の大河は最上流部が一番水量が多く、
最下流部になると水がなくなり、砂漠に消える。こういう川も
世界にはあるのだ。

 コルラからはトルファン経由でウルムチに戻った。ホータン
から2000キロを走ってのウルムチ到着。「タクラマカン砂
漠縦断」が「タクラマカン砂漠一周」になった。
「タクラマカン砂漠一周」を走ったことによって、ぼくはます
ますシルクロードに心ひかれていくのだった。
 いつの日か、古都、西安を出発点にして「天山南路」を走り、
パミール高原を越え、
「イスタンブールまでバイクで走りたい!」
 と、新たな夢をみるのだった。


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[編集部からのお知らせ]

ツーリングマップル2019年版が発売になりました。今年も東
北版の担当は賀曽利隆です。詳しくは下記の昭文社のニュースリ
リースをご覧ください。
http://www.mapple.co.jp/mapple/news/2019/02/9474.html

次回「カソリング」は2019年4月1日発行の予定です。
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発行周期:  月刊 最新号:  2019/03/01 部数:  816部

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