TPS/Jメール

TPS/Jメール

カテゴリー: 2011年05月12日
**********************************************************************
       ☆☆☆☆☆ TPS/Jメール ☆☆☆☆☆
**********************************************************************
   今週のもくじ
   ・YMコラム      
   ・ホットトピックス  (配信済み)  
**********************************************************************
☆☆ YMコラム ☆☆  (NO.553)

      波の細道(1)

   5月5日から2日間(実質1日半)、東北を回ってきました。両
   膝の痛みを抱えて躊躇する心はありましたし、何の役にも立
   たない人間が「見学」に行くことの後ろめたさもありました
   が、少しぐらいは命を縮めてでも、やはり自分の目で見つめ
   ることがmustのようにも感じられたので、YAC(日本宇宙少
   年団)の小定くんという宮城出身の若手という力強い味方も
   得て、行ってきました。YACの安田さんも同行。胸のつぶれ
   るような2日間でしたが、出立前に心の奥に芽生えていた
   「これからの日本をしっかりと建設するために力を尽くす」
   という決意が一層強くなった貴重な日々でした。

   まず死者680人を出した仙台から入りました。途中の道路沿
   いに信じられないようなたくさんの車のスクラップ。そし
   て淀んだ川の流れに空しく体を横たえる立派だったに違い
   ない建物の数々。がれきがうずたかく積まれている多賀城
   を経て、塩竃を訪れました。塩竃には、宇宙研の「宇宙学
   校」以来のお付き合いである阿部いと子さんがいらっしゃ
   います。現在は保育所関係の勤務と聞いています。訪ねま
   した。3.11直後にすぐ電話をしていたので、お元気とは分
   かっていましたが、やはりそのお顔を実際に見て安心もし、
   嬉しかったです。以前ご一緒した「富士見寿司」も津波で
   やられ、引っ越し先が貼ってありました。近所の「大関寿
   司」という、これまた素晴らしい味のお寿司屋さんでお会
   いしました。

   あの忌まわしい日、阿部さんのお母さんは自宅におられて、
   いつもなら居間の食卓のそばに座っているはずが、たまた
   ま2階に上がる階段の2段目か3段目に腰をおろしていたそ
   うです。それで、「水が来た!」との報を受け、お姉さん
   が急いで重いお尻を押して2階へ移動させたところ、10秒
   後に猛烈な波が襲って来たと言います。「いつもの場所に
   いたら、確実に玄関から飛び出ていたでしょう。そしたら
   津波にさらわれていたに違いない」とのことでした。富士
   見寿司と大関寿司はほんの20~30 mしか離れていないので
   すが、一つの通りの向こうとこっちで明暗が分かれました。

   「塩竃は、他の地域に比べれば、まだまだ被害は少なかっ
   た」と阿部さんはおっしゃいましたが、死者が21人も出て
   いますし、阿部さんのそのご実家も一階はすっかり水にさ
   らわれてもう使い物にならないそうです。その家の脇に車
   が3台、どこかから流されてきたらしく、ぴったりと鼻を
   付けていたそうです。1台は激しくぶつかったようで、衝
   突跡が壁に残っていました。その近辺には、すっかり廃屋
   という感じの家がたくさん建ち並んでいました。その無人
   の家々の林立に無数の人々の恐怖・絶望・悲しみ・
   決意……さまざまな色彩の運命の錯綜する糸が巻きついて
   いるのを見る想いでした。

   塩竃市に属する地域では、島の方に避難生活を送っていら
   っしゃる方々がたくさんおられるとのこと。今はなかなか
   外からの受け入れをする準備が物心ともどもできていない
   けれども、もう少ししたら、私たちが駆けつけても何がし
   かのお手伝いのできる日が来るだろうということでした。
   その日には連絡をいただくことをお願いし、後ろ髪惹かれ
   る気分で(もっとももう後ろ髪もあまり残ってはいません
   が)塩竃を後にしました。

   次に訪れたのは、松島から東松島・奥松島です。途中、ヘ
   ドロの匂いの中に自衛隊員の姿がありました。やがて遺体
   の捜索が開始されたようです。ここまで来ると、光景は見
   るも無残なものに変貌して行きました。家の枠だけは辛う
   じて残ってはいても、その内部はすべて水に浚われてしま
   って、二度と住むことを拒否しています。そして広く見渡
   せば、町全体が完全に海になっていたことが今でも窺われ、
   浸水した水は現在も残っているのです。すでに死者が1000
   人を超えた東松島市は、行方不明者がいまだに数多く、カ
   キの養殖や農地を営んでいたに違いない地域が、もうそれ
   とは分からない状態になっています。

   奥松島の縄文村が小さな避難所になっていました。子ども
   の日のために大人たちが例年にも増して心をこめて飾った
   に違いない鯉幟が翩翻とひるがえっています。その気持ち
   を思いやると涙が滲んできました。普段は並んで写真に収
   まることのないボートと家の残骸が、ここでは隣り合わせ
   に転がっています。そのそばで黙々と作業を続けるボラン
   ティアの人々。奥松島の無残な情景のところどころに、か
   つて人が生活をしていたに違いない証拠の品が見つかると、
   それがまた惨めさを誘って行きます。

   茫然としてその様子を見ているうちに気がついたことが一
   つあります。がれきやヘドロを苦労して意識的に視界から
   すっかり取り除くと、あの松島の美しいたたずまいが蘇っ
   てくるではありませんか。自然は力強く生き続けています。
   人工的なものだけが無残な姿に変わり果てている──初め
   てそのことに気がつきました。もちろんあちこちになぎ倒
   された色々な植物が見られます。しかし大地にしっかりと
   根を張った生き物たちの力強く生きている様を、驚異の目
   で見つめる瞬間が多かったのも事実です。再び人間どもが
   共存してくれる日を、この自然の姿が待ち望んでいると、
   私の心の眼には感じられました。

   「しっかりしなければ地球に置いて行かれてしまう」。し
   かも、人間というひ弱な生き物は、こんな絶望的な状況に
   陥っても、固い決意さえあれば、希望を抱えてその危機を
   乗り越える青写真を思い描くことができる。思いやりや支
   え合いや団結に加えて、こんな時のためにこそ科学と技術
   があるのだと考え、同時にその科学と技術の備えがもっと
   完成度を高めていれば、この悲劇そのものの程度がここま
   では達しなかったのにとの悔しさに何度も襲われました。

   ここでは、どの後継に向かってもカメラを向けることが憚
   られます。それが、あちこちにうずたかく集められたがれ
   きの山の奥、あるいはがれきからがれきを飛びわたってい
   る数え切れないいのちの痕跡のためだと分かったのは、奥
   松島の現場でのことでした。仙台空港へ向かいました。
   ANAとJALがそれぞれ小さなカウンターで営業しており、出
   発口と到着口は一つしかない状態です。空港の入口におし
   ゃれなカーブの連続した屋根が続いていましたが、空港内
   部に展示してある津波当時の写真から、この屋根の高さま
   で水が来ていたのを知りました。優に2 mはあるでしょう。

   そこからUターンして、漁船が信じられない所にひっくり返
   っている名取・岩沼・亘理を通って、角田へ向かいました。
   角田には、宮大工の小川三夫さんが建てた長泉寺の本堂が
   あります。曹洞宗の古刹です。42代目の方丈さんには、昨
   年の子どもたちの宇宙教室でお世話になりました。事前連
   絡なしで行ったので、寺務所の薄暗い窓の外からぬっと顔
   を出したら、いくぶんぎょっとしておられましたが、窓際
   まで来て私の顔を確認したら、破顔一笑、実に爽やかに迎
   えていただきました。小川さんの本堂の隣に庫裏がありま
   す。こちらは鉄筋コンクリートですが、本堂とのつなぎ目
   の部分に大きな割れ目ができています。ヒノキの本堂の部
   分が美しく健在なので、今更ながら日本の宮大工の「匠」
   に頭を下げました。

   そこから小川棟梁に電話をしました。「そうか、角田に行
   ってるの。オレのような“建てる人間”は、今度のような
   事件が起きると、建物は心配だからすぐに見たいが、津波
   の現場は見られないよ。いくら何でも、人間が丹精込めて
   創り上げたものが根こそぎ水の力で流されてしまった現場
   なんて、悲しすぎて正視できない」と言っていました。
   「まあ復興がいくぶん進んだら行きたいな。それまでしっ
   かりアンタのような立場の人にしっかり見ておいてもらわ
   ないと」とも。複雑な気分でした。

   そこから宮城の山奥の青根温泉郷へ。私の膝を気遣ってく
   れた小定くんの計らいです。遠い山道をかなり目的地まで
   近づいたところで、「通行禁止」と書かれた立て札を目に
   した時はびっくりし、そこから随分と迂回して夜遅く到着。
   こんなところまで地震の爪痕が残っているのだと、あらた
   めてマグニチュード9.0の凄まじさを思いました。熱い熱
   い温泉を水でうめて、小定くんと入りました。部屋が2階
   だったのと、温泉のある一角にも階段があるので、膝には
   響いてひと苦労でしたが、気持ちのいい湯でした。
          
                         (つづく)
**********************************************************************
☆☆ ホットトピックス ☆☆

        (配信済み)
      
各記事の詳細は日本惑星協会ホームページでご覧になれます。
http://www.planetary.or.jp/
**********************************************************************
**********************************************************************
■タイトル  :TPS/Jメール
■発行元   :NPO法人 日本惑星協会
         http://www.planetary.or.jp/
■発行日   :毎週水曜日
■発行システム:インターネットの本屋さん『まぐまぐ』
         http://www.mag2.com/
■マガジンID:0000022732

「TPS/Jメール」は、上記URLよりいつでも登録/解除可能
です。
**********************************************************************
**********************************************************************

このメルマガは現在休刊中です

このメルマガは
現在休刊中です

ついでに読みたい

このメルマガは
現在休刊中です