農業文化マガジン『電子耕』

『電子耕』第245号

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隔週刊「農業文化マガジン『電子耕』」  第245号
−環境・農業・食べ物など情報の交流誌−
2008.10.16(木)発行      山崎農業研究所&編集同人
<キーワード>
環境・農業・健康・食べ物などの情報提供、高齢者と若者、農村と都市の
交流ミニコミ誌。山崎農業研究所&『電子耕』編集同人が編集・発行。
http://www.yamazaki-i.org
*************************************発行部数  1282  部***************
■編集部からのお詫びのお知らせ
 先日(10月16日)、『電子耕』No.245-2008.10.16号として、
 No.244と同じ内容の記事が配信されてしまいました。操作ミスに
 よる誤配信ですが、読者の皆様にお詫び申し上げます。

□  目  次    □----------------------------------------------------
<巻頭言> 反戦のレクイエム 大山勝夫
<83歳からのメッセージ> 我が家の戦争 原田 勉
<編集後記>理想のコミュニティ?
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<巻頭言> 反戦のレクイエム
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 昭和史をまとめた半藤一利氏によれば、昭和を語る根底には“赤い夕日の満
州”があったという(『昭和史 1926-1945』)。1865年から40年かかって近代
国家を完成(1904年)、それから40年たった1945年、この国を滅ぼしたことに
なる。その後、高度経済成長、バブル崩壊、そして昨今の米国発による世界恐
慌が懸念される秋となった。

 ここで原点に立ち戻ってわが国が一応世界で認められた1904年の世相の一端
を顧みることにしたい。日清・日露戦争の勝利に酔っていた当時、国民的に歌
われた「ここはお国を何百里…」にはじまる14歌詞からなる「戦友」作詞:真
下飛泉 作曲:三善和気 があった。

 「戦友」は軍歌に分類されることもあるが、この曲はスローテンポで歌詞は
哀愁に充ちた戦死者を弔う鎮魂歌といえる。とくに歌詞の後半はその印象を受
けるので引用させていただく(抜粋)。

 戦いすんで日が暮れて/さがしにもどる心では/ どうぞ生きて居てくれよ/
ものなど言えと願うたに

 思えば去年船出して/ お国が見えずなった時/玄海灘に手を握り/
名を名乗ったが始めにて

 それより後は一本の/ 煙草も二人わけてのみ/ ついた手紙も見せ合うて/
身の上話くりかえし

 くまなく晴れた月今宵/ 心しみじみ筆とって/
友の最期をこまごまと/ 親御へ送るこの手紙

 筆の運びはつたないが/ 行燈の影で親たちの/
読まるる心おもいやり/ 思わずおとす一雫 

 ちなみに、この歌詞が発表された前年には与謝野晶子の「君死にたまふこと
なかれ」が出ていたそうである。その後、わが国は坂を転げ落ちるように戦争
の道をすすむことになる。歴史は螺旋状に繰り返すともいわれるが、昭和初期
の世界恐慌とそれに続く戦争への道を想いおこしている昨今である。

大山勝夫
山崎農業研究所会員 日仏農学会顧問
yamazaki@yamazaki-i.org

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<83歳からのメッセージ> 我が家の戦争
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 昭和十三年秋、九月末に従兄の戦死公報が入った。
 「陸軍伍長原田早己男ハ 八月二十日午前六時中国安徽省大湖県花涼店付近
ニテ戦死セリ.歩兵十三聯隊補充隊長有富親義」という電報であった。

 これが我が家の戦争の始まりである。

 早己男(さみお)は大正七年十一月二十七日生まれ。そのとき母サトノは産
後の肥立ちが悪く死亡。

 そのため里子にやられ、漁家で育った。のちに父原田早次の後妻リヨが来て
からは、実家に引き取られ、一人っ子として大切に育てられた。とはいっても
父は三反百姓の小作。農繁期以外は、私の実家、原田精米所で働いていた。

 早己男は、尋常高等小学校を卒業し、家畜市場に勤めていたが、学校時代は
成績優秀、スポーツ万能で、特に陸上競技が得意で美少年でもあり、村の処女
たちの憧れの的であった。

 十八歳の時、熊本の陸軍歩兵十三聯隊に志願、成績優秀で下士官候補になっ
た。現役終了除隊前に「支那事変」勃発。除隊後ただちに補充隊に編成され、
中支、漢口攻略に当たった。

 後日戦友の話によって、花涼店付近の丘を占領したが、翌朝、逆襲に遭った。
原田伍長は先頭を切って突撃、銃弾を受け即死したという。この頃の国民党政
府軍は精鋭で火器も日本軍より充分優れたものであったという。

 いかにも早己男どんらしい真面目で、いつも先頭に立って勇敢な闘いぶりだ
ったという。

 村葬は村で二番目。盛大に行われた。ひとり息子であったため、遺影を捧げ
持つ者は私が受け持った。早己男は二階級特進で、曹長になり、功六級金鵄勲
章を賜った。葬列の先頭を行く私は誇らしさを感じていた。

 葬儀が終わり、埋葬するときにハプニングが起こった。墓穴の中に母リヨが
飛び降り、「サミオ、なぜ死んだ、サミオ、なぜ死んだ」と泣き叫び、誰も止
められず、親戚一同涙にくれるばかりであった。

 そのあとリヨは床につき、半年後に亡くなった。父早次も仕事も手につかず、
好きな、芝居や映画にも行かず茫然と時を過ごした。


 翌年になって、私を養子に迎え、農学校に出してくれた。従兄の遺族年金の
おかげであった。さらに高等獣医学校に進学をすすめ、上京を許してくれた。
しかし私は受験に失敗し、飛行機工場に徴用された。その時昭和十九年、徴兵
繰り上げで、満十九歳で、松山陸軍航空隊に入隊。十二月から三月まで初年兵
になった。

 戦友の一割は、栄養失調とパラチフスにより死亡。私も栄養失調で、夜中に
八回も小便に起きるという状態。四月に幹部候補生になって、後輩を指導する
ことになる。
 他の戦友は外地へ、その三分の一は帰還できなかった。

 幸い敗戦は、仙台の飛行学校で迎えた。戦後、東京農林専門学校(現・東京
農工大学)に編入学することができた。


 一方養父は、戦時中精米所の主労働力となって働いていたため、稲作りが出
来なくなり、二十年の三月苗作りまでしたが、小作地を返上。そのため農地改
革の恩恵にあずかることはできなかった。

 そして更に不幸は続いた。功六級で、遺族年金受給をねたんだのか、村の誰
かが付け火をした。幸い養父は入院中だったため、命だけはとりとめたが、無
一文になってしまった。

 焼け跡を整理したら焼けただれた鉛の勲章が出てきた。上の金メッキが剥が
れて虚しい残骸だけが残った。


 実家の長兄は昭和十三年熊本に召集され、中支で戦闘に参加、九死に一生を
えて、一時帰還。二度目の召集はボルネオ島であった。昭和二十三年復員。帰
国後もマラリヤに悩まされた。

 家業の精米所は次兄に譲り、一時養豚の繁殖で成功したが、その過労のため
高血圧になり、事故で海に転落して死亡。昭和四十九年三月二十五日、享年五
十八歳。


 次兄は昭和十八年に海軍に志願。飛行整備兵として、アリューシャンその他
の航空母艦勤務を経て、終戦は厚木基地、マッカーサー来日の報に、いち早く
八月十四日、着の身着のまま復員。私の養家を継ぎ養父を養ってくれた。

 実家の精米所・製麺所をひきうけ、これも過労のため脳出血、脳梗塞を繰り
返し、言語機能を失う。そのリハビリ中に内臓動脈血栓により、平成二年十二
月二十五日に死亡。享年六十八歳。

 私は平成二十年、八十三歳。兄弟の中ひとり残って、戦争を語り継ぐ執筆を
続けている。

 まだまだ我が家の戦争は終わっていない。


山崎農業研究所会員・『電子耕』編集同人
原田  勉
tom@nazuna.com
http://nazuna.com/tom/

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<編集後記>理想のコミュニティ?
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先日、“ゲーテッド・コミュニティ(要塞の街)”を取り上げた新聞記事を読
んだ(「囲われた街 買う安全」朝日新聞、08年10月13日)。ゲーテッド・コ
ミュニティとは、区画全体を塀で囲んで住民以外は自由に入れないようにし、
場合によっては守衛もおき、そうすることで、区画の安全度を高めるやり方ら
しい。

リゾート地でゲーテッド・コミュニティを開発した業者の社長を紹介する一節
に「『富裕層がゲーテッドに住むのは世界標準』と確信…。同一レベルの収入、
同じ価値観の人々が集う『理想のコミュニティー』をつくるため、ゲート内に
クラブハウスもつくる予定」とあった。同一レベルの収入や同じ価値観がコミ
ュニティーの基礎となるべきだという考え方に、そして、理想という言葉と、
コミュニティーという言葉がセットになることに心底驚いた。

民俗研究家の結城登美雄さんは日本の伝統的なコミュニティーである“むら”
についてこんなふうに話している。むらは好き合う人間同士があつまってでき
たものではない。日常のなかではけんかももするし、言い合ったりもする。で
も全部否定したりはしない。お互いに気にし合い、困った人がいれば助け合う。
日本がどうだとかこうだとかいう人が多いけれども、ぼくはこう思う。家族・
隣人・知人・友人がよくなればそれでいいと。

家族・隣人・知人・友人の地域的つながりこそがコミュニティであるとすれば、
このコミュニティとゲーテッド・コミュニティでは天と地ほど異なる。

2008年10月15日
山崎農業研究所会員・田口 均
yamazaki@yamazaki-i.org

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次回  246号の締め切りは10月27日、発行は10月30日の予定です。

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