ロシア政治経済ジャーナル

【RPE】★日本自立の最終兵器とは?

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         ロシア政治経済ジャーナル 特別号

                         2010/2/15号

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★日本自立の最終兵器とは?


全世界のRPE読者の皆さま、こんにちは!

北野です。

今回は、「日本自立の最終兵器」をご紹介いたします。


私もRPEを書くときは、

「わけのわからない世界情勢を世界一わかりやすく」
「日本が自立国家になりますように」
「世界を救える(自立国家)日本になりますように」

等々、の気持ちをこめています。

しかし、いかんせんテキトー・イイカゲンな性格・・・。

それで、「どれだけ日本のため、読者さんのために役立っているの
だろう?」と疑問に思うことがあるのです。


そんな私でも、「日本の自立に本当に役立つ情報」をお伝えするこ
とはできます。

「このメルマガ読者が一人増えるほど、日本は自立に近づく」
と思い、

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日本では昔から(特に戦後)、

「日本は全然ダメだ!」「アメリカを見習おう!」「日本人はここがい
けない!」「日本人はこれだから不幸だ!」「日本人は悪人だ!」

等々、いわゆる「自虐史観」がもてはやされてきました。

バブル崩壊後はさらにひどくなり、100年に一度の不況下で、

「悲観論」「自虐史観」はますますパワーを強めているようです。

確かに日本も日本人も完璧な善ではありえないでしょう。

悪いところだってあるにきまっています。


しかし、大事なこと。

「日本はダメだ!ダメだ!」と叫んでみても、誰も救われないのです。

生きていくのに絶対必要な、勇気も希望も出てこない。


現在へこんでいる人、日本の将来を憂いている人、子供たちに明る
い日本を残したい人は、

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もし、皆さんの中で経営者の方がいれば、社員全員にJOGを読ま
せてあげてください。

社員は、誇りをもって仕事に取り組むようになるでしょう。

もし、学校の先生がいれば、生徒全員にJOGを読ませてあげてく
ださい。

生徒は、誇りをもって勉学に励むことになるでしょう。


もう一度書きます。


「JOGの読者が一人増えるごとに、日本は『自立国家』に近づく」


私がこんなに推薦することはメッタにありません。

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■■ Japan On the Globe(628) ■■ 国際派日本人養成講座 ■■

              地球史探訪: 中国の「天皇工作」

                 「日本を取り込むためには、天皇を取り込め」
                 が中国の対日外交戦略だった。
■転送歓迎■ H21.12.20 ■ 38,559 Copies ■ 3,229,495 Views■


■1.宮内庁長官に異例の政府批判■

     中国の習近平国家副主席の天皇陛下との会見で、民主党が
    「1カ月ルール」を破ったことで、羽毛田宮内庁長官が「心苦
    しい思いで陛下にお願いした。こういったことは二度とあって
    ほしくない」と異例の政府批判を述べた。

    「1カ月ルール」とは、外国の賓客が天皇陛下と会見する場合、
    通常は1カ月前までに文書で正式に申請するというものだ。6
    年前、前立腺がんの手術を受けられた陛下のご健康を考慮して
    制定されて以来、厳格に守られてきた。

     問題は、単なるルール破りより、もっと根深い所にある事を、
    東京大学教授・山内昌之教授は指摘する。[1]

         陛下が中国に限らず重要人物だからという政治理由で引
        見されるには、慎重な手続きを踏むべきだ。でないと、政
        治の恣意(しい)性で象徴天皇制の根幹が崩れかねない。
        その危険に政府首脳らの危機感がうかがわれないことが憂
        慮される。

         陛下は、国の大小、その国が大事か否かという政治的重
        要性の判断で扱いに差をつけず、どの国とも、ルールと慣
        行を尊重した政府の意思と責任に従って友好親善の実を挙
        げてこられた。

         ・・・ある国や指導者が重要だから会うべきだという議
        論ほど、陛下のお考えや生き方になじまない発想もないだ
        ろう。

     皇室による親善外交とは、すべての相手国に平等に対応する
    のが原則である。重要な国だから1カ月ルールを無視しても良
    い、というのは、政治的判断であり、天皇の政治利用そのもの
    である。

■2.「民主党側は、まるで中国の走狗(そうく)」■

     今回の会見は、中国側の度重なる申し入れに端を発している。
    政府は11月30日に一度、「1カ月ルール」から「会見は無
    理」と通告したのだが、駐日大使館が中心とする中国側が政府
    ・民主党だけでなく、自民党の中曽根康弘元首相らにも「なり
    ふり構わず」(外交筋)働きかけた。

         別の外交筋はこう解説する。中曽根氏ら自民党の政治家
        は、われわれが「ルール破りはダメです」と説明したら理
        解してくれたが、民主党側は、まるで中国の走狗(そうく)
        となった。[2]

     習近平副主席は、胡錦濤主席の有力な後継者とされており、
    胡錦濤主席が副主席時代に来日して、天皇陛下と会見している
    前例に倣った、というのが、一般的な見方である。中国の常と
    して、複雑な後継者争いがあり、その中で習近平副主席に天皇
    陛下との会見という政治的実績を作らせたい、という思惑があっ
    たと推察されている。とすれば、日本政府側のみならず、中国
    側の政治利用と言うべきである。

     そして、中国側の天皇利用は今回に限らず、今までの日中外
    交上、何度も繰り返し使われた常套手段であった。今回はこの
    問題を歴史的にたどってみたい。

■3.毛沢東の「天皇陛下によろしく」■

     1950(昭和25)年に勃発した朝鮮戦争では、韓国を侵略した
    北朝鮮軍に中国軍が荷担しており、米軍を主力とした国連軍と
    戦った。

     その戦争の最中の1952(昭和27)年4月、中国は日本との国
    交正常化に動き出した。周恩来首相は、日本で生まれ育ち、後
    に「知日派」の代表として君臨することになる廖承志を呼び出
    し、「中日関係に関する宣伝分件」なる文書を見せた。廖が文
    書を読み終わると、周はこう語った。

         毛主席の指示であり、中央が決定した対日方針だ。中央
        は中日人民の間の友好往来を展開することを決定した。日
        本絡みの問題はあなたの責任でやってほしい。[3,p147]

     米国と戦っている最中に、その占領下にある日本を米国から
    離反させ、味方につけようとするとは、恐ろしいまでの戦略性
    である。

     1956(昭和31)年、「日本商品展覧会」が北京で開催された。
    毛沢東は博覧会総裁の村田省蔵に対して、「帰国したら鳩山一
    郎首相によろしく伝えて下さい」と言い、かつ「天皇陛下にも
    よろしく」と話しかけた。

     毛沢東は、日本人の持つ皇室尊崇の念を、延安で日本軍捕虜
    の洗脳に携わった日本共産党の野坂参三から学んだようだ。野
    坂は捕虜となった日本軍兵士が山道で東方に向かって一列に並
    び、「皇居遙拝」の号令で最敬礼する光景を見ていた。

     ソ連のコミンテルンは「天皇制打倒」を指示していたが、毛
    沢東は野坂からの意見を受けて、「日本人を味方として取り込
    むには、日本人の絶対多数が尊敬する天皇を利用した方が有利」
    という考えを持ったのだった。

■4.昭和天皇のお言葉に興奮したトウ小平■

     文化大革命後、周恩来首相は、ソ連との対立に備えて、アメ
    リカを味方につけるべく、1972(昭和47)年2月、ニクソン
    大統領の電撃的な訪中を実現させ、さらに9月には、アメリカ
    と競わせるように田中角栄首相を北京に招いた。[a]

      副総理だったトウ小平は、1978(昭和53)年10月に来日
     した。トウは経済の混乱を克服し、改革・開放を進めるべく、
     戦後の急速な復興と高度成長を遂げた日本から技術と投資を
     引き出すことを狙っていたのである。

     トウ小平は10月23日、昭和天皇と会見した。昭和天皇は
    挨拶ののち、こう切り出された。

         両国の間には非常に長い友好の歴史があり、その間には
        一時、不幸な出来事もありましたが、過去のこととしてこ
        れからは長く両国の親善の歴史が進むことを期待していま
        す。[3,p50]

     会見に先立ち、外務省、宮内庁が在日中国大使館の間で事前
    協議がされており、事前に練られた発言要領があったのだが、
    この部分は、陛下が原稿から離れて、御自身のお言葉として述
    べられた。この予想外のご発言に、トウは興奮してこう語った。

         ただ今の陛下の言葉に非常に感動しました。過ぎ去った
        ことは過去のものとして、今後は前向きに両国の友好関係
        を建設し、進めなければなりません。[3,p50]

     トウは「陛下の都合の良い時期に中国を訪れ、ご覧になるこ
    とを希望します」と招請した。トウは、天皇訪中が日本を取り
    込むための効果的な手段となることを確信したのだろう。陛下
    は「もし、機会があれば、うれしく思います。これは日本政府
    が決めなければならないことです」と答えられた。

     会見後、日本政府は中国代表団に「天皇訪中招請」は発表し
    ないでほしい、とこっそり伝えた。台湾と断交してまで、日中
    国交回復を進めた田中政権の対中政策に、批判的な世論が根強
    かった。

■5.胡耀邦の天皇訪中工作■

     トウ小平のもとで改革・開放の旗振り役を務める胡耀邦・総
    書記は、1983(昭和58)年に来日し、先進工業国、民主主義国
    の有様に感動して、「日本びいき」となった。胡は、日本を中
    国近代化のモデルにしようと考えていた。

     1984(昭和59)年3月、訪中した中曽根康弘首相は、人民大
    会堂東門の広場で19発の礼砲が鳴り響く中で歓迎された。外
    国指導者のために礼砲を鳴らすのは、文革後初めてのことだっ
    た。さらに胡は、中曽根首相夫妻を北京・中南海の自宅に招き、
    家族ぐるみで昼食を共にした。中南海の自宅に外国指導者を招
    くのは、中国外交史上初めてのことだった。

     昼食後、胡は、こう述べた。

         貴国の経済、技術の御支援に非常に感謝する。あなた方
        の厚い友情を決して忘れることはない。[3,p63]

     こうした中で、中国政府幹部が田中角栄前首相の目白御殿を
    訪れ、「天皇の訪中を実現させたい」と依頼した。天皇陛下の
    訪中が実現すれば、日本国内の反中勢力を抑えられ、日中間の
    協力関係をますます進めることができるという考えだった。
    80年代に北京に勤務した外務省幹部は、こう語っている。

         日本国民の心をつかむためには、まず天皇陛下の心をつ
        かまえたらいいということを、中国は分かっていた。
        [3,p65]

     田中は「よし分かった。中曽根に言ってやろう」と即答した。

     田中は中曽根首相に電話したが、中曽根は首を縦に振らなかっ
    た。宮内庁とも相談した結果、天皇訪中は時期尚早と判断した
    のである。その理由の一つが、「陛下がまだ沖縄に行っていな
    い」ことだった。[3,p8]

■6.日本は西側諸国の対中制裁を打ち破る突破口■

     1986(昭和61)年12月に安徽省の中国科学技術大学で民主
    化を要求する学生デモが起こり、全国に広まった。胡耀邦の改
    革路線に勇気づけられた学生たちが、政治的自由を求めて立ち
    上がったのである。

     トウ小平は、学生デモを「非常に重大な事件」と捉え、「こ
    こ数年来、一貫してブルジョワ自由化反対に十分な努力を払っ
    てこなかったのは、胡耀邦同志の重大な誤りだ」と批判した。

     胡耀邦は総書記を辞任し、1989(平成元)年4月、失意の内に
    亡くなった。胡耀邦の死を悲しむ学生らが100万人も北京の
    天安門広場に集まり、これを戦車隊が蹴散らして、1万人規模
    と言われる死者が出た。天安門事件である。[b]

     西側諸国は対中制裁に踏み切った。日本政府も、前年、竹下
    登首相の訪中で約束した第3次円借款(90-95年度、総額81
    百億円)の供与を見合わせた。

     トウはこれに対して、「日本工作を重視しろ。日本を先行さ
    せ、徐々に制裁を取り消させ、西側諸国の中で率先的役割を果
    たすよう推し進める」との指示を与えた。銭外相は回顧録『外
    交十記』の中でこう書いている。

         日本は当然、自身の利益のためにやっているのだろうが、
        西側諸国による対中制裁の共同戦線の中で弱点であり、中
        国が制裁を打ち破る際におのずと最良の突破口になった。
        [3,p110]

     中国は竹下前首相など親中派に工作をして、1990(平成2)年
    11月、円借款の凍結解除を勝ち取った。対中援助に慎重な欧
    米諸国の先陣を切った形となった。翌年8月には海部俊樹首相
    が天安門事件後、西側諸国首脳として初の訪中に踏み切った。

■7.「天皇陛下が政治に巻き込まれる」■

     日本を突破口とする工作が成功すると、中国政府は次の目標
    として天皇訪中を狙った。海部首相と会談した李鵬首相は、
    「来年の国交正常化20周年に」と時期を明らかにして、天皇
    訪中を招請した。

     1992(平成4)年1月に訪中した渡辺美智雄副総理・外相に、
    李鵬はこう語った。

         われわれは、日本では天皇が国民の心の中にいることを
        知っています。[3,p119]

     しかし、これには自民党の中で、「天皇陛下が政治に巻き込
    まれる」と、反対論・慎重論の声が高まった。

     4月には江沢民総書記が来日し、「本年の天皇訪中を中国国
    民は心から歓迎したい」と持ちかけた。江沢民は天安門事件直
    後に総書記になったばかりであり、ここでトウ小平の期待して
    いる天皇訪中を実現できれば、自身の権力基盤を強化できる、
    という思惑があったようだ。こうした中国国内の権力闘争に、
    天皇が巻き込まれかねない、という指摘も、訪中反対論の一つ
    の論拠だった。

     宮沢首相は「自民党の中でこれだけ意見が分かれている状況
    では、総理として決められない」と弱音を吐いたが、決断を迫っ
    たのが、田中角栄が倒れた後、自民党のドンとなった金丸信だっ
    た。橋本恕・駐中国大使からこの状況を聞いた金丸は、その場
    で宮沢首相に電話して、こう命じた。

         宮沢君、天皇訪中問題について決めるべきはごちゃごちゃ
        言わず早く決めたまえ。[3,p127]

■8.中国の「実益外交」と日本の「親善外交」■

     こうして中国が長い間熱望してきた天皇訪中がついに実現し
    たのである[c]。銭外相はこう回顧している。

         天皇訪中は中日2千年の交流史の中で初めてであり、中
        日関係を新たな水準に引き上げた。同時に天皇がこの時期
        に訪中したことは、(天安門事件による)西側の対中制裁
        を打破する上で積極的な役割を発揮し、その意義は両国関
        係の範囲を越えたものだった。[3,p129]

     中国から見れば、日本は先進的工業国として技術や資本を提
    供し、かつまたソ連やアメリカとの対抗上、味方につければ、
    大きな利用価値のある国であった。

     その日本を取り込む最大の突破口が天皇訪中だった。それに
    よって、日本国内の反中国派を押さえ込み、また日本国内で親
    中感情を醸成することができる。中国の対日外交は、あくまで
    自国の国益を目的とした「実益外交」であった。

     それに対して、日本の対中外交は「日中友好」をスローガン
    とし、特に皇室外交は純粋に両国民の友好関係を深めるための
    「親善外交」であった。日本は「友好」そのものを求めたが、
    中国は「友好」の名の下に実益外交を進めて皇室までも利用し
    た。ここに日中関係の非対称性がある。

     皇室外交は、世界最古の王室をいただくわが国が、世界の国
    国と平等に友好親善を進めるための貴重な手段であり、それが
    党利党略によって利用されたり、ましてや外国に利用されるこ
    とは、わが国の尊厳を汚すものである。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(312) 「日中国交正常化」~ 幻想から幻滅へ
    そもそものボタンの掛け違えは、田中角栄の「日中国交正常
   化」での「異常」な交渉にあった。
b. JOG(162) 天安門の地獄絵
   天安門広場に集まって自由と民主化を要求する100万の群衆
   に人民解放軍が襲いかかった。
c. JOG(073) 親善外交の常識
    謝罪と朝貢の対中外交

■参考■(お勧め度、★★★★:必読~★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 産経新聞、H21.12.15「【歴史の交差点】東京大学教授・山内昌
   之 誰にも公平に、天皇と外交」
2. 産経新聞、H21.12.15「陛下・中国副主席 会見問題」
3. 城山英巳、『中国共産党「天皇工作」秘録』★★、文春新書、H21





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