宮沢賢治 Kenji Review

宮沢賢治 Kenji Review 388


カテゴリー: 2006年07月29日
Kenji Review 388
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--宮沢賢治---Kenji-Review-----------------------------------
-----------------------------------第388号--2006.07.29------
--〔今週の内容〕--------------------------------------------

「グスコーブドリの伝記(3)」「〔早ま暗いにぼうと鳴る〕」

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(連載)うなぎ/遺伝子組み換え作物4/ディープインパクト
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--〔話題〕--------------------------------------------------
「グスコーブドリの伝記(3)」
------------------------------------------------------------

 「てぐす」の次は「沼ばたけ」の章です。水田のことを沼ばたけ、
稲のことをオリザと表現しているのが、この童話の奇妙な特徴です。

 詩「不貪欲戒」には「オリザサチバといふ植物の人工群落が」と
いう詩句があります。「人工群落」とはまたもって回った言い方で
すが、田んぼの稲は確かに人工の群落です。そしてOryza sativa 
というのが稲の学名です。

 「山師張る」というのも詩「〔それでは計算いたしませう〕」に
次のようにあります。

安全に八分目の収穫を望みますかそれともまたは
三十年に一度のやうな悪天候の来たときは
藁だけとるといふ覚悟で大やましをかけて見ますか 

 プドリの出会った農民は、大百姓で、大山師をはろうとしていま
した。収量を上げようとすると、肥料をたくさん入れます。ところ
がうまくいけばよいのですが、肥料過多は病気の発生をまねきます。

 この話の中でも、いもち病らしい病気が発生して、山師は失敗に
終わります。

 次の年は成功しますが、その次からは旱魃におそわれます。賢治
の時代の東北地方は旱魃にとても弱かったようです。水資源の開発
が遅れていたのですね。

 先日、花巻市北部の葛丸ダムを訪れました。そこには、このダム
ができるまで石鳥谷の農地は慢性的な水不足だった、と書かれてい
ました。個人の努力ではなく、国家的な事業をもってはじめて解決
したのです。賢治の時代にこういう事業がおこなわれていれば、と
今でも思います。

 「グスコープドリの伝記」は「児童文学」に掲載されました。こ
のとき、誤植があります。

次の年もまた同じやうなひどりでした。

となっていたのです。「ひどり」の部分は「ひでり」の誤植で、全
集では校訂されています。

 ここで思い出すのは「雨ニモマケズ」の「ヒドリ論争」です。こ
の詩は手帳に書かれたものですが、そこで「ヒドリノナツハナミダ
ヲナガシ」となっていて、「ヒドリ」が「ヒデリ」の誤りかどうか
が問題になりました。

 「グスコープドリの伝記」の誤植は、単なる誤植ではなく、賢治
が渡した原稿そのものが間違っていた可能性があります。また、こ
の童話ではヒデリの害が強調されていることから考えても、「雨ニ
モマケズ」の「ヒドリ」は「ヒデリ」だろうということが想定でき
ると思います。

 「日照りに不作なし」はあくまで水が確保されていればの話です。
日本では農業水利の問題は基本的に解決していますので、ついそう
思いがちですが、冷害とともに旱魃が恐ろしい自然災害であった時
代はつい先ごろまであったことを忘れてはいけません。

 とにかく、不作で没落した沼ばたけの百姓の家から、プドリは旅
立ちます。

--〔BookMark〕----------------------------------------------

いもち病
http://home.oy.zennoh.or.jp/okome/imoti.htm

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

 いもち病は稲の病気の中で最も被害の大きい恐ろしい病気です。
古来の大凶作はこの病気の大発生によって起こった場合が多く、防
除技術の発達した近年でも5年に一度程度は被害を受けています。
特に穂に発生すると、収量、品質とも著しく低下します。

 いもち病は、発生する時期及び部位によって、苗いもち、葉いも
ち、穂いもちなどがあり、発生原因によって肥いもち、冷えいもち、
ひでりいもち、風いもちなどがあります。

 発生は、曇天・低温続きなどの天候の影響が大きいのですが、対
策としては窒素肥料をひかえ、珪酸肥料を多く与えるなど稲体を強
くする方法と、防除剤でいもち病菌を弱らせる方法を併用します。

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

「ヒデリ」の文献的根拠
http://www.kenji.gr.jp/cgi-bin/bbs/bgbbsu.cgi?fname=20050406112534

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

 ところがその次の年はさうは行きませんでした。植ゑ付けの頃か
らさつぱり雨が降らなかつたために、水路は乾いてしまひ沼にはひ
びが入つて。秋のとりいれはやつと冬ぢゆう食べるくらゐでした。
来年こそと思つてゐましたが次の年もまた同じやうなひどり(「ひ
どり」は発表誌のママ)でした。

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

ものがたりの舞台(2)
http://www5a.biglobe.ne.jp/~accent/kazeno/butai2.html

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

 東北北部では、明治の中頃まで稗、粟などの雑穀栽培が普通のこ
とでした。「グスコーブドリの伝記」では「沼ばたけ」(水田)で
の「オリザ」(稲)栽培に苦闘する先端農家の姿を描いています。
それは近代日本への脱皮に苦闘する東北地方の姿でもありました。

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

イネ Oryza sativa 
http://had0.big.ous.ac.jp/~hada/plantsdic/angiospermae/
monocotyledoneae/gramineae/ine/ine.htm

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

 イネは日本人の主食であり、熱帯アジアのに起源を持つと言われ
ている。栽培されて改良されてきただけに様々な品種がある。大き
くは「形が細くて粘りが少なく、焼きめしなどに適している」イン
ド型(インディカ米)と通常我々が食べている日本型(ジャポニカ
米)とに区別されるが、中間的な品種もあるという。

 イネは風媒花であり、風によって花粉が媒介される仲間であるが、
現実は自家受粉であり、開花と同時に自らの花粉で受粉する。した
がって、近隣に異なる品種を栽培してもほとんど交雑することはな
い。このためにモチ米とウルチ米を隣り合わせて栽培できるわけで
ある。もしも花粉が遠くまで飛ぶのならば、同じ水田に稔る米が様
々な性質を持っており、均質な種モミをえることもできないことに
なる。このような自家受粉の性質であるため、次年度の種モミを自
家生産できる。

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

葛丸ダム
http://wwwsoc.nii.ac.jp/jdf/Dambinran/binran/All/All_0264.html

--〔↓引用はじめ〕------------------------------------------

 隣接する滝名川で山王海ダムの再開発が行われている。山王海ダ
ムは自己集水面積ではダムを満水に出来ないため、葛丸ダムとの間
で、導水トンネル、取水トンネルを通じ相互に水を補給する計画。
山王海ダムの再開発が完成すれば全国でも珍しい親子ダムになる。

--〔↑引用おわり〕------------------------------------------

--〔今週の作品〕--------------------------------------------

     グスコーブドリの伝記(つづき)

三、沼ばたけ 

 ブドリは、いつぱいに灰をかぶつた森の間を、町の方へ半日歩き
つゞけました。灰は風の吹くたびに樹からばさばさ落ちて、まるで
けむりか吹雪のやうでした。けれどもそれは野原へ近づくほど、だ
んだん浅く少くなつて、つひには樹も緑に見え、みちの足痕も見え
ないくらゐになりました。

 たうとう森を出切つたとき、ブドリは思はず眼をみはりました。
野原は眼の前から、遠くのまつしろな雲まで、美しい桃いろと緑と
灰いろのカードでできてゐるやうでした。そばへ寄つて見ると、そ
の桃いろなのには、いちめんにせいの低い花が咲いてゐて、蜜蜂が
いそがしく花から花をわたつてあるいてゐましたし、緑いろなのに
は小さな穂を出して草がぎつしり生え、灰いろなのは浅い泥の沼で
した。そしてどれも、低い幅のせまい土手でくぎられ、人は馬を使
つてそれを堀り起したり掻き廻したりしてはたらいてゐました。

 ブドリがその間を、しばらく歩いて行きますと、道のまん中に、
二人の人が、大声で何か喧嘩でもするやうに云ひ合つてゐました。
右側の方の鬚の赭い人が云ひました。

「何でもかんでも、おれは山師張るときめた。」するとも一人の白
い笠をかぶつたせいの高いおぢいさんがいひました。

「やめろつて云つたらやめるもんだ。そんなに肥料うんと入れて、
藁はとれるつたつて、実は一粒もとれるもんでない。」

「うんにや、おれの見込みでは、今年は今までの三年分暑いに相違
ない。一年で三年分とつて見せる。」

「やめろ。やめろ。やめろつたら。」

「うんにや。やめない。花はみんな埋めてしまつたから、こんどは
豆玉を六十枚入れてそれから鶏の糞、百駄入れるんだ。急がしつた
ら何のかう忙しくなれば、さゝげの蔓でもいゝから手伝ひに頼みた
いもんだ。」

 ブドリは思はず近寄つておじぎをしました。「そんならぼくを使
つてくれませんか。」

 すると二人は、ぎよつとしたやうに顔をあげて、あごに手をあて
ゝしばらくブドリを見てゐましたが、赤鬚が俄かに笑ひ出しました。

「よしよし。お前に馬の指竿とりを頼むからな。すぐおれについて
行くんだ。それではまづ、のるかそるか、秋まで見てゝくれ。さあ
行かう。ほんとに、さゝげの蔓でもいゝから頼みたい時でな。」赤
鬚は、ブドリとおぢいさんに交る交る云ひながら、さつさと先に立
つて歩きました。あとではおぢいさんが、
「年寄りの云ふこと聞かないで、いまに泣くんだな。」とつぶやき
ながら、しばらくこつちを見送つてゐるやうすでした。

 それからブドリは、毎日毎日沼ばたけへ入つて馬を使つて泥を掻
き廻しました。一日ごとに桃いろのカードも緑のカードもだんだん
潰されて、泥沼に変るのでした。馬はたびたびぴしやつと泥水をは
ねあげて、みんなの顔へ打ちつけました。一つの沼ばたけがすめば
すぐ次の沼ばたけへ入るのでした。一日がとても永くて、しまひに
は歩いてゐるのかどうかわからなくなつたり、泥が飴のやうな、水
がスープのやうな気がしたりするのでした。風が何べんも吹いて来
て近くの泥水に魚の鱗のやうな波をたて、遠くの水をブリキいろに
して行きました。そらでは、毎日甘くすつぱいやうな雲が、ゆつく
りゆつくりながれてゐて、それがじつにうらやましさうに見えまし
た。かうして二十日ばかりたちますと、やつと沼ばたけはすつかり
どろどろになりました。次の朝から主人はまるで気が立つて、あち
こちから集まつて来た人たちといつしよに、その沼ばたけに緑いろ
の槍のやうなオリザの苗をいちめん植えました。それが十日ばかり
で済むと、今度はブドリたちを連れて、今まで手伝つて貰つた人た
ちの家へ毎日働きにでかけました。それもやつと一まはり済むと、
こんどはまたじぶんの沼ばたけへ戻つて来て、毎日毎日草取りをは
じめました。ブドリの主人の苗は大きくなつてまるで黒いくらゐな
のに、となりの沼ばたけはぼんやりしたうすい緑いろでしたから、
遠くから見ても、二人の沼ばたけははつきり堺まで見わかりました。
七日ばかりで草取りが済むとまたほかへ手伝ひに行きました。とこ
ろがある朝、主人はブドリを連れて、じぶんの沼ばたけを通りなが
ら、俄かに「あつ」と叫んで棒立ちになつてしまひました。見ると
唇のいろまで水いろになつて、ぼんやりまつすぐを見つめてゐるの
です。「病気が出たんだ。」主人がやつと云ひました。「頭でも痛
いんですか」ブドリはききました。「おれでないよ。オリザよ。そ
れ。」主人は前のオリザの株を指さしました。ブドリはしやがんで
しらべて見ますと、なるほどどの葉にも、いままで見たことのない
赤い点々がついてゐました。主人はだまつてしほしほと沼ばたけを
一まはりしましたが、家へ帰りはじめました。ブドリも心配してつ
いて行きますと、主人はだまつて巾を水でしぼつて、頭にのせると、
そのまゝ板の間に寝てしまひました。すると間もなく、主人のおか
みさんが表からかけ込んで来ました。

「オリザへ病気が出たといふのはほんたうかい。」

「あゝ、もうだめだよ。」

「どうにかならないのかい。」

「だめだらう。すつかり五年前の通りだ。」

「だから、あたしはあんたに山師をやめろといつたんぢやないか。
おぢいさんもあんなにとめたんぢやないか。」おかみさんはおろお
ろ泣きはじめました。すると主人が俄かに元気になつてむつくり起
きあがりました。

「よし。イーハトーブの野原で、指折り数えられる大百姓のおれが、
こんなことで参るか。よし。来年こそやるぞ。ブドリ。おまへおれ
のうちへ来てから、まだ一晩も寝たいくらゐ寝たことがないな。さ
あ、五日でも十日でもいゝから、ぐうといふくらゐ寝てしまへ。お
れはそのあとで、あすこの沼ばたけでおもしろい手品をやつて見せ
るからな。その代り今年の冬は、家ぢゆうそばばかり食ふんだぞ。
おまへそばはすきだらうが。」それから主人はさつさと帽子をかぶ
つて外へ出て行つてしまひました。ブドリは主人に云はれた通り納
屋へ入つて睡らうと思ひましたが、何だかやつぱり沼ばたけが苦に
なつて仕方ないので、またのろのろそつちへ行つて見ました。する
といつ来てゐたのか、主人がたつた一人腕組みをして土手に立つて
居りました。見ると沼ばたけには水がいつぱいで、オリザの株は葉
をやつと出してゐるだけ、上にはぎらぎら石油が浮んでゐるのでし
た。主人が云ひました。

「いまおれこの病気を蒸し殺してみるとこだ。」「石油で病気の種
が死ぬんですか。」とブドリがきゝますと、主人は、「頭から石油
に漬けられたら人だつて死ぬだ。」と云ひながら、ほうと息を吸つ
て首をちゞめました。その時、水下の沼ばたけの持主が、肩をいか
らして息を切つてかけて来て、大きな声でどなりました。

「何だつて油など水へ入れるんだ、みんな流れて来て、おれの方へ
はいつてるぞ。」

 主人は、やけくそに落ちついて答へました。

「何だつて油など水へ入れるつたつて、オリザへ病気ついたから、
油など水へ入れるのだ。」

「何だつてそんならおれの方へ流すんだ。」

「何だつてそんならおまえの方へ流すつたつて、水は流れるから油
もついて流れるのだ。」

「そんなら何だつておれの方へ水来ないやうに水口とめないんだ。」

「何だつておまえの方へ水行かないやうに水口とめないかつたつて、
あすこはおれのみな口でないから水とめないのだ。」となりの男は、
かんかん怒つてしまつてもう物も云へず、いきなりがぶがぶ水へは
いつて、自分の水口に泥を積みあげはじめした。主人はにやりと笑
ひました。

「あの男むづかしい男でな。こつちで水をとめると、とめたといつ
て怒るからわざと向ふにとめさせたのだ。あすこさへとめれば、今
夜中に水はすつかり草の頭までかゝるからな。さあ帰らう。」主人
はさきに立つてすたすた家へあるきはじめました。

 次の朝ブドリはまた主人と沼ばたけへ行つてみました。主人は水
の中から葉を一枚とつてしきりにしらべてゐましたが、やつぱり浮
かない顔でした。その次の日もさうでした。その次の日もさうでし
た。その次の日もさうでした。その次の朝、たうとう主人は決心し
たやうに云ひました。

「さあブドリ、いよいよこゝへ蕎麦播きだぞ。おまえあすこへ行つ
て、となりの水口こわして来い。」ブドリは云はれた通りこわして
来ました。石油のはいつた水は、恐ろしい勢でとなりの田へ流れて
行きます。きつとまた怒つてくるなと思つてゐますと、ひるごろ例
のとなりの持主が、大きな鎌をもつてやつてきました。

「やあ、何だつてひとの田へ石油ながすんだ。」

 主人がまた、腹の底から声を出して答へました。

「石油ながれれば何だつて悪いんだ。」

「オリザみんな死ぬでないか。」

「オリザみんな死ぬか、オリザみんな死なないか、まづおれの沼ば
たけのオリザ見なよ。今日で四日頭から石油かぶせたんだ。それで
もちやんとこの通りでないか。赤くなつたのは病気のためで、勢の
いゝのは石油のためなんだ。おまへの所など、石油がたゞオリザの
足を通るだけでないか。却つていゝかもしれないんだ。」

「石油こやしになるのか。」向ふの男は少し顔いろをやはらげまし
た。

「石油こやしになるか石油こやしにならないか知らないが、とにか
く石油は油でないか。」

「それは石油は油だな。」男はすつかり機嫌を直してわらひました。
水はどんどん退き、オリザの株は見る見る根もとまで出て来ました。
すつかり赤い斑ができて焼けたやうになつてゐます。

「さあおれの所ではもうオリザ刈りをやるぞ。」

 主人は笑ひながら云つて、それからブドリといつしよに、片つぱ
しからオリザの株を刈り、跡へすぐ蕎麦を播いて土をかけて歩きま
した。そしてその年はほんとうに主人の云つたとほり、ブドリの家
では蕎麦ばかり食べました。次の春になりますと主人が云ひました。

「ブドリ、今年は沼ばたけは去年よりは三分の一減つたからな、仕
事はよほど楽だ。その代りおまへは、おれの死んだ息子の読んだ本
をこれから一生けん命勉強して、いままでおれを山師だといつてわ
らつたやつらを、あつと云はせるやうな立派なオリザを作る工夫を
して呉れ。」そして、いろいろな本を一山ブドリに渡しました。ブ
ドリは仕事のひまに片つぱしからそれを読みました。殊にその中の、
クーボーといふ人の物の考へ方を教へた本は面白かつたので何べん
も読みました。またその人が、イーハトーブの市で一ヶ月の学校を
やつてゐるのを知つて、大へん行つて習ひたいと思つたりしました。

 そして早くもその夏、ブドリは大きな手柄をたてました。それは
去年と同じ頃、またオリザに病気ができかかつたのを、ブドリが木
の灰と食塩を使つて食ひとめたのでした。そして八月のなかばにな
ると、オリザの株はみんなそろつて穂を出し、その穂の一枝ごとに
小さな白い花が咲き、花はだんだん水いろの籾にかはつて、風にゆ
らゆら波をたてるやうになりました。主人はもう得意の絶頂でした。
来る人ごとに、
「何のおれも、オリザの山師で四年しくじつたけれども、今年は一
度に四年前とれる。これもまたなかなかいゝもんだ。」などと云つ
て自慢するのでした。

 ところがその次の年はさうは行きませんでした。植ゑ付けの頃か
らさつぱり雨が降らなかつたために、水路は乾いてしまひ、沼には
ひびが入つて、秋のとりいれはやつと冬ぢゆう食べるくらゐでした。
来年こそと思つてゐましたが次の年もまた同じやうなひでりでした。
それからも来年こそ来年こそと思ひながら、ブドリの主人は、だん
だんこやしを入れることができなくなり、馬も売り、沼ばたけもだ
んだん売つてしまつたのでした。

 ある秋の日、主人はブドリにつらさうに云ひました。

「ブドリ、おれももとはイーハトーブの大百姓だつたし、ずゐぶん
稼いでも来たのだが、たびたびの寒さと旱魃のために、いまでは沼
ばたけも昔の三分一になつてしまつたし、来年は、もう入れるこや
しもないのだ。おれだけでない、来年こやしを買つて入れれる人つ
たらもうイーハトーブにも何人もないだらう。かういふあんばいで
は、いつになつておまへにはたらいて貰つた礼をするといふあても
ない。おまへも若いはたらき盛りを、おれのとこで暮してしまつて
はあんまり気の毒だから、済まないがどうかこれを持つて、どこへ
でも行つていゝ運を見つけてくれ。」そして主人は一ふくろのお金
と新らしい紺で染めた麻の服と赤革の靴とをブドリにくれました。
ブドリはいままでの仕事のひどかつたことも忘れてしまつて、もう
何にもいらないから、こゝで働いてゐたいとも思ひましたが、考へ
てみると、居てもやつぱり仕事もそんなにないので、主人に何べん
も何べんも礼を云つて、六年の間はたらいた沼ばたけと主人に別れ
て停車場をさして歩きだしました。 

(つづく)

(校本全集11 「生前発表童話」より)
------------------------------------------------------------
--〔作品〕--------------------------------------------------

     〔早ま暗いにぼうと鳴る〕

(冒頭草稿なし)
        早ま暗いにぼうと鳴る)
さうさう
水藻の葉が酸素の泡でからだを彩り
おきなぐさの冠毛が
おのづと夕陽にひかるやうに
street girls よ
港の夜をよそはうもよからう

(校本全集6 「補遺詩篇 2」より)
------------------------------------------------------------
--〔後記〕--------------------------------------------------

 まもなく8月です。8月には宮沢賢治学会の理事会と国際研究大
会で、二回も花巻に行きます。前回の理事会は義父の入院のため欠
席しましたが、転院して病状も落ち着いているので、今回は参加で
きそうです。

 でもまだ入院中には違いないので、夫婦で旅行というのは今年は
無理のようです。 

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