Japan on the Globe-国際派日本人養成講座

JOG-Mag No.495 禅僧・鈴木正三 ~ 近代資本主義の源泉

■■ Japan On the Globe(495)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

     人物探訪: 禅僧・鈴木正三 〜 近代資本主義の源泉
    
                          士農工商、いずれの事業も仏行なり
              
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  伊勢雅臣講演会「あなたは自分の言葉で日本を語れますか?」
  日時 :5月20日(日)14:00〜17:00
  場所 :大阪府吹田市「吹田市民会館」第2会議室
  参加費無料。本メールの返信にてお申し込みください。
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■1.日本の近代資本主義の源泉■

     西欧諸国が2百年を費やした近代資本主義社会の構築を、日
    本がわずか百年足らずで成し遂げた原動力はどこにあったのか。
    その答を見つけるための研究が、インド哲学・仏教研究の国際
    的な権威である中村元(なかむら・はじめ)博士と経済学者の
    大野信三博士によって進められた。

     社会・経済学者マックス・ウェーバーは「西洋資本主義のシ
    ステムは、キリスト教の一宗派である清教(ピューリタン)の
    『どのような職業も神の召命である』とする職業倫理と、禁欲
    的・合理的な経済倫理によって支えられている」との学説を立
    て、これが広く受け入れられていた。両博士は、日本の驚異的
    な近代資本主義発展にも、ピューリタンに相当する精神的な教
    えが存在したはずであると考えたのである。

     そして両博士が、日本の近代資本主義の源泉として発見した
    のが、江戸時代初期の禅僧・鈴木正三(しょうさん)であった。

■2.なぜ他人と自己、生と死という対立があるのか■

     正三は天正7(1579)年、三河の国の足助(あすけ)庄(現在
    の愛知県豊田市足助町)の地侍の家に生まれた。信長が本能寺
    で倒れる3年前であり、いまだ戦国乱世の時代であった。

     鈴木の一族は、領主・徳川家から年貢負担を免除される代わ
    りに、戦さとなれば一定の人数を引き連れて馳せ参ずる、とい
    う戦国時代の地侍であり、そこで生まれ育った正三も、独立独
    歩、自ら信ずる所を行うという野武士的気質を備えていた。

     正三は4歳の時に、同い年の遊び友達を亡くした。その際に
    「死とは何ぞや、彼いずれの処に去るか」と問うたという。ま
    た戦国の世の常として、戦に出た大人が帰らぬ人となった、と
    いう経験も再三であったろう。戦と死が身近な時代であった。
    こうした多感な少年時代に、近所のお寺で僧の講話を聞く事が
    ほとんど唯一の学問だったようだ。

     天正18(1590)年、正三が12歳の年に、鈴木一党は家康の
    関東移封に従って、上総の塩子(しおご、水戸の北西30キロ
    ほど。茨城県東茨城郡城里町塩子)に移住した。ある夜、正三
    はこんな思いをした、と後の弟子・恵中が記している。

         ある日の夜もふけたころ、自宅の犬がしきりに吠えてい
        る。戸外に出てみると、別に変わったこともない。その時、
        晴れた夜空を仰いで、正三はしみじみといった。

         一天平等にしてなんの差別もないのに、われわれ人間に
        は、なぜ他人と自己、生と死というようなことがあるのか。
        自己と他人との対立を超越し、生と死の対立を打破して、
        大自在の境地を得たい。その導きとなる教えは仏法をおい
        て他にはない。
    
■3.「衆生の恩」■
    
     しかし、武家に生まれた正三は、俗世を離れて一人悟りを求
    める、というような生き方は選ばなかった。

     慶長5(1600)年、22歳の正三は初陣として、関ヶ原の戦い
    を目指して中山道を進む徳川秀忠の軍に加わった。さらに慶長
    19(1614)年、36歳の時には大阪冬の陣、翌年の夏の陣に参
    加した。この間、足助の庄の地に2百石を拝領する旗本に取り
    立てられた。秀忠軍の先陣として、白兵戦や鉄砲攻撃などの修
    羅場をくぐり抜け、軍功をたてたものと思われる。

     大阪夏の陣で天下統一を果たすと、徳川幕府は元号を元和
    (げんな)と改めて、平和の始まりを宣言した。そして一国一
    城令、武家諸法度、禁中並公家諸法度、寺院諸法度などを制定
    し、平和な国づくりのための布石を次々と打っていった。

     この頃、正三は旗本として大阪城を警護する仕事についてい
    たが、その自由時間に最初の著作『盲安杖(もうあんじょう)』
    をまとめた。「盲人の安心のための杖」という意味である。こ
    れは、儒学を信奉する同僚から「仏法は世法に背く(仏法は隠
    遁などを奨励して世を良くすることにつながらない)」と言わ
    れたので、その反論としてまとめたものである。

     正三は、この中で天地の恩、師の恩、国王の恩、父母の恩と
    並んで「衆生の恩」もあると説いている。衆生の恩とは「農人
    の恩、諸職人の恩、衣類紡績の恩、商人の恩、一切の所作、互
    いに相助け合っている恩」と説明し、この事を理解して、諸人
    とわけへだてなくつき合うべきだと説いている。

     諸人が日常生活を営めるのも、農民が米を作ってくれたり、
    職人が衣服を作ってくれたり、商人がそれらを流通してくれる
    からであり、「一切の所作(すべての仕事)」が「互いに相助
    け合って」世の中が成り立っている、という考え方である。

     こうした「仏法」なら「世法に背く」どころか、世法を正し
    く導くものであろう。正三の志もそこにあった。この思想が世
    間を導けば、平和な社会が到来し、「他人と自己」「生と死」
    の対立という矛盾も和らいでいくだろう。

     この『盲安杖』は、徳川時代を通じて庶民大衆の修養の参考
    書としてかなり流布したという。
    
■4.「己をすてて大利に至る」■

     旗本として大阪城を警護するなどという仕事は、当時の社会
    にあってはきわめて恵まれたエリートの地位であった。その地
    位に留まっていれば、安楽な一生が保証されていた。しかし、
    正三の自らの思想がそれを許さなかった。第2代将軍・秀忠を
    中心とする江戸幕府が築きつつあった新しい平和な社会の建設
    に、自由な思想家として貢献していこうという志を抱いたので
    ある。

     元和6(1620)年、正三は42歳にして、武士の身分を捨て、
    禅僧として出家した。正三研究の第一人者と言われる神谷満雄
    博士は、その動機について、こう述べている。

         それは今後、君恩に報いるための実践的な仏法興隆と、
        仏教倫理によって民衆を教化することを治国の基本におく
        という壮大な事業への参画・推進を生涯にわたる自らの
        「天職」として、実践していこうとする決意であった。
        [1,p178]

     幕府には、自らの出家を「曲事(まがこと)と思召(おぼし)
    めさば、御成敗あれ」と切腹覚悟で届け出た。それを聞いた老
    中が将軍に「ふと道心を起し候」と報告した所、秀忠は「それ
    は道心というではない。隠居じゃまでよ」と答えた。「出家」
    でなく「隠居」とされたことによって、養子の重長が正三の跡
    目を継ぐことができた。

     秀忠は、関ヶ原以来20年も仕えてきた正三の人となりをよ
    く知っていたのだろう。そして、その出家の志を見通していた
    のかも知れない。

    『盲安杖』には、「小利を捨てて大利にいたれ」という項目が
    あり、「いたれる人は、誠のために身命をなげうって、名利に
    とどまらず、己をすてて大利に至る」と説いていた。今、正三
    はそれを実行したのである。
    
■5.士農工商のそれぞれの役割■

     この後、正三は大和の法隆寺など各地を巡り、高僧に教えを
    乞うたり、自らの思想を説いて回った。寛永8(1631)年、53
    歳の正三は紀州の熊野を訪れ、和歌山の加納氏邸で城中の武士
    に法話を行い、求めに応じて『武士日用』を書いた。「日用」
    とは、「日常用いるもの、毎日使うもの」という意味で、武士
    としての生き方をさりげない形で説いた。

     これに続いて正三は、『農人日用』『職人日用』『商人日用』
    を書き上げ、あわせて『四民日用』とした。「士農工商」とい
    えば、現代の我々はすぐに身分差別制度と短絡してしまうが、
    正三は、それぞれが異なる社会的な役割を持って、社会を成り
    立たせていると考えた。『職人日用』には、以下の一節がある。

         鍛冶番匠をはじめとして、諸職人なくしては、世界の用
        いる所、調うべからず。武士なくして世治まるべからず。
        農人なくして世界の食物あるべからず。商人なくして世界
        の自由、成るべからず。

     鍛冶屋などの職人がいなくては、世の中は様々な道具を調え
    ることができない。武士なくしては世の中の秩序が保てない。
    農民がいなくては食べ物が得られない。商人がいなくては、様
    ざまなものを自在に流通させることができない。こうして諸々
    の職業がお互いに助け合って、世の中が成り立っている、と正
    三は説いた。

■6.「何の事業もみな仏行なり」■

     四民が互いに助け合って世の中を支えている姿に、正三は
    「何の事業もみな仏行なり」として「仏行」そのものだと見な
    した。たとえば『農民日用』ではこう説いている。

         それ、農人と生を受けしことは天より授けたまわる世界
        養育の役人なり。さればこの身を一筋に天道に任せたてま
        つり、かりにも身のためを思わずして、まさに天道の奉公
        に農業をなし、五穀を作り出して仏陀神明を祭り、万民の
        命をたすけ、虫類などにいたるまで施すべしと大誓願をな
        して、ひと鍬ひと鍬に、南無阿弥陀仏、なむあみだ仏と唱
        え、一鎌一鎌に住して、他念なく農業をなさんには、田畑
        も清浄の地となり、五穀も清浄食となって、食する人、煩
        悩を消滅するの薬なるべし。

        (農民と生まれたことは、天から任命されて世界を養う役
        人となるということである。したがって自分の身を一筋に
        天道に任せて、かりそめにも自分の事を考えず、天道への
        奉公として農業をなし、五穀を作って仏陀神明を祭り、万
        民の命を助け、虫類などに至るまで施しを行おうと大誓願
        をなして、一鍬入れる毎に、南無阿弥陀仏と仏を唱え、一
        鎌毎に心を入れて、一心に農業に勤しめば、田畑も清浄の
        地となり、五穀も清浄の食べ物となって、食べる人の煩悩
        を消滅させる薬になる。)

    「仏行」とは、俗世間を出家した僧侶のみが行う宗教的行事で
    はなく、一般人が自らの仕事に打ち込む、その日常生活そのも
    のにあるとしたのである。

■7.商人の志■

     さらに、その「仏行」は世のため人のためでなく、自分自身
    に内在する仏性を引き出すための「修業」に他ならない、と正
    三は説いた。『商人日用』では、こう説いている。

         その身をなげうって、一筋に国土のため万民のためと思
        い入れて、自国のものを他国に移し、他国のものをわが国
        に持ち来りて・・・山々を越えて、身心を責め、大河小
        河を渡って心を清め、漫々たる海上に船をうかぶる時は、
        この身を捨てて念仏し、一生はただ浮世の旅なる事を観じ
        て、一切執着を捨て、欲をはなれ商いせんには、諸天これ
        を守護し、神明利生を施して、得利もすぐれ、福徳充満の
        人となる。

        (その身を捧げて、一筋に国土のため万民のためと決心し
        て、自国の物産を他国に売り、他国の物産をわが国に買い
        入れて・・・山々を越えて心身を鍛え、大河小河を渡って
        心を清め、満々たる海上に船を浮かべる時は、この身を思
        わずして念仏を唱え、一生はただ浮世の旅である事を悟っ
        て、一切の執着を捨て、欲を離れて商いをするには、諸天
        が商いを守護し、神の明らかな徳で助けてくれるので、利
        益もあがり、徳の豊かな人になる。)

     物を右から左に流すだけで利潤を得るなどと、蔑まれていた
    商人たちの中にも、これを読んで、自らの職業に励むことが、
    自己を高め、充実した人生への道だと知って、いよいよ事業に
    励む人も少なくなかったであろう。

     士農工商と職業こそ違えど、人はみな心中に仏性を持ってい
    るのであり、自らの職業に打ち込むことで、その仏性を開発し、
    世のため人のために尽くせる、という考え方は、人間はすべて
    平等である、という近代的な人間観につながっていた。

■8.「一筋に正直の道」」■

     商人にとって、商売に精進することが「仏行」であるとすれ
    ば、そこから得られる利潤をどう考えるのか? 武家上がりの
    正三は、剛毅果断にも次のように説いた。

         売買せん人は、まず得利の増すべき心づかいを修行すべ
        し。その心づかいと言うは他の事にあらず。身命を天道に
        なげうって、一筋に正直の道を学ぶべし。

        (売買をしようとする人は、まず利益を増す心づかいを修
        業すべきである。その心づかいとはほかでもない。身命を
        天道に捧げて、一筋に正直の道を学ぶべきである。)

     商売が「仏行」である以上、まず利益が上がるように心づか
    いを学ぶべきだと言う。それも人を騙して利益を上げよう、と
    言うのではなく、「一筋に正直の道」を踏み外さずに利益を増
    すよう学ぶべきだ、というのである。

     現代でも耐震偽装やらで人を騙して巨利を上げた事件があっ
    たが、こうした輩があまりに多くては世の中が立ちゆかない。
    「一筋に正直の道」こそ、信用や契約など近代産業社会を支え
    る基盤なのである。

■9.近代資本主義社会の構築を成し遂げた原動力■

     正三の主張は、わが国でもっとも早く商業利潤の倫理的正当
    性を説いたもので、これが約百年後に開花する石門心学に流れ
    込んで、「商人の利潤は武士の俸禄と同じく、正当な報酬であ
    る」と主張されるようになった。石門心学はその最盛期には、
    全国34藩に180カ所もの講舎が作られ、大々的にその教え
    を広めた[a]。

     江戸期の商人や職人たちはこうした思想を学んで、自らの仕
    事が単に収入を得るための手段ではなく、自己を高め世の中に
    尽くす「道」であると考えることで、生き甲斐をもって日々の
    仕事に取り組む事ができた。さらにそれが「一筋に正直の道」
    でなければならないという教えは、約束を守る、信用を重んず
    る、など近代社会の基盤の確立につながった。

     ちなみに正三の同時代の宗教改革指導者ジャン・カルヴァン
    は、職業を神から与えられたものであるとし、商業利潤を認め
    て、中小商工業者から多くの支持を得ていた。近代商工業の思
    想的幕開けは、ヨーロッパと日本とでほぼ同時期に起こった。

     西欧諸国が2百年を費やした近代資本主義社会の構築を、明
    治以降の日本がわずか百年足らずで成し遂げた原動力は、正三
    の思想から生じたのである。                                        
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(406) 石田梅岩〜「誠実・勤勉・正直」日本的経営の始祖
    それは経済的な豊かさだけでなく、精神的な豊かさへの道で
   もある。
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h17/jog406.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。

1. 神谷満雄『鈴木正三 現代に生きる勤勉の精神』★★、
   PHP文庫、H13
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4569575560/japanontheg01-22%22

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■前号「『直き心』の日本文明」に寄せられたおたより

                                             新太郎さんより
     私が4歳のころ、父が脳溢血で他界しそれまで父が経営して
    いた会社も倒産。残されたのは母と兄弟と多額の借金。幼いと
    きから経済的に苦しい生活を余儀なくされ、明日食べるお米の
    心配をする日々でした。

     しかし、物質的には貧しい生活でしたが、元来明るい性格の
    持ち主である私たち家族の心はいつも満たされていました。 

     お互いに相手のことを思いやる。我慢する。自分を律する。
    相手に譲る。そんなことが当たり前の生活で、どんな些細なこ
    とでも感謝の思いが自然と湧き上がり、皆で力を合わせて母を
    支え、助け合って、そしてようやく、借金も返済することがで
    きました。

     私の生い立ちを振り返ると、物質的に満たされていないとき
    のほうが心が満たされていました。

     なぜ、心が満たされていたのか?…それは、どんな人間にも
    「尊い精神性」が備わっているからだと思っていました。

     しかし、そのような精神性がどんな人間にも備わっている、
    というよりも、目には見えませんが「直き心」が充満している
    日本に生まれ合わせたからこそ、幼いときから自然と「尊い精
    神性」を感受しやすかったのだと思いました。

     そして何より”直き心”の天皇を戴いているお陰です。

     物質文明が進歩すればするほど人間に備わっている尊い精神
    性が失われていくように感じます。

     物質開発に「欲」は必要なのであって、技術の進歩や便利な
    世の中にすることが決して悪いこととは思いません。

     しかし、これからは「ほどほど」の便利さの中で、豊かな心
    を養うことのほうが幸せを感じていけるように思います。

                                             エミコさんより
     ここに紹介していただいた在仏日本女性とは私のことです。
    私のエピソードが出てきてびっくりしました。

     個人的には彼らも気さくで優しいと思うのですが、日常のほ
    んの些細なことに対する反応の違い、国民性の違いにギョッと
    させられることがあります。こんな話もあります。この国の子
    供たちは小学生の時から鉛筆でなく万年筆でノートをとります。
    テストもそうです。なぜか?

     中学校の教師の話によると「(鉛筆だと)テストが返って来た
    ときに間違えていた答えを書き直して教師に抗議してくるから」
    だそうです。もちろん冗談でしょうが「さもありなん」と思わ
    せてしまうところがスゴイ。日本人にこんな発想ができるでしょ
    うか?

     相手がその国の国民性から逃れられないのと同様日本人もど
    う頑張っても日本人的発想から逃れることはできません。個人
    的にはちょっと痛い目にあっても、まあ、何とかやっていける
    のでしょうが、これが国家となると別です。対外交渉を担当す
    る人間は相手の国民性を徹底的に研究し、その対応の仕方を訓
    練して初めて対等になれるのではないでしょうか?

     こちらに来て最初はびっくりしていましたが、最近自分の立
    ち位置というものがはっきりしてきました。自分はどうあるべ
    きか?「地球市民として」では漠然としすぎて何の助けにもな
    りません。でも少なくとも「日本人として」なら分かります。
    日本人としてどうあるべきか。ここに至るまで貴メルマガから
    たくさんの力をいただきました。これからも勉強させていただ
    きます。どうもありがとうございました。

                                           たかはしさんより
     この号で引用なさっておられるフランス在住の方からの意見
    (スーパーでレジでお金を払う前にものを食べること)ですが、
    ここオーストリアでも特に移民の方にはごく当たり前に見られ
    ることです。オーストリアはコソボ内戦時に避難をしてきた人
    たちが沢山おり、その方たちが10年経ってようやくオースト
    リア国籍を取得したのが昨年あたりからです。(現在は15年
    に延長になっています)

     オーストリアで生まれた生粋のオーストリア人に聞いてみれ
    ば、こうしたことは一般的ではないと答えますが、移民の方の
    子供たちにしてみれば親がしていること(袋を開けてあアイス
    クリームを食べさせる)なのですからこれが当たり前になるわ
    けで、100年もすればオーストリアでもこれが主流の考え方
    になってしまうのかもしれません。
 
     今号のテーマについてですが、最近インターネットでは韓国
    や中国に対する過激と言ってもいい非難が羅列されているもの
    がよく見受けられます。私個人としては、もちろん日本人が彼
    の地の実情を知ることはもちろん大切だとは思います。これま
    では日本のメディアからは知ることができませんでした。総連
    の問題にしてもそうです。しかし、彼の国の人たちと同じマナ
    ーで相手だけを声高に非難することは、日本人自身を貶める行
    為に等しいのではなかろうかと思うところです。われわれはあ
    くまで日本人でなければならないと思うのです。
 
     ですから、正直流行に乗って韓国人や中国人の悪いところば
    かりを見つけてそれを他の人に流すことはできますが、そんな
    所作が日本人にふさわしいのかどうか、私には疑問です。ただ
    日本人は降りかかってきた火の粉だけはきっちり払うことを覚
    えなければならないでしょう。

     日本ではアメリカとヨーロッパは一緒にされていますが、実
    際はヨーロッパはアメリカとは大違いで、全く別の思考回路を
    持った人種の集まるところです。幸いにしてアメリカが認めよ
    うとしない原爆投下についても、”世界初の原子爆弾による無
    差別テロ”という認識が主流のように思われます。アメリカに
    いい顔をしていないとむくれられるという外交上の都合もある
    のでしょうが、長い目で見た場合に日本は日本側の事情を聞い
    てくれる第3者としてアメリカではなくヨーロッパを選ぶべき
    だろうと思っています。

     そのためにはやはり英語での情報発信というものは避けるこ
    とができません。この号で引用されておりました昭和天皇の巡
    礼の話にせよ、これを外国人が英語で読めるのであれば彼らの
    日本への理解をどれだけ深めてくれることでしょうか。

                                               悦子さんより
     今日のコラムはまったく同感でした。

     私はカトリックの家庭に生まれたクリスチャンですが、随神
    の道を知ったとき、この「直き、明き、清き心」にまったく同
    感したのを思い出します。それ以来、ずっと私は天皇が祭祀の
    長でいらっしゃる神道の信奉者です。最近また、「昭和天皇の
    大御歌」を読んでいますが、涙なくしては読めません。それほ
    ど大御心に打たれます。天皇制がどうこう言う人たちは、かわ
    いそうなことに、陛下のご愛を知らないのです。

     私も昔はそうでした。その頃のことを思うと申し訳なくて、
    陛下のご愛に応えるためにもその償いをきっとさせていただこ
    うと思っています。国旗国歌のことについて議論が沸いたとき
    に、今上陛下が、「それは強制するのでなく自然に」とおっしゃっ
    たのを拝聴し、それが大君のお心だと深く感じ入りました。

    「強制しても国旗掲揚を、国歌斉唱を」と力んで口角泡を飛ば
    している人たちは、ほんとうに日の丸君が代が尊ばれるために、
    議論でなく祈りのこもった実践をなさったらよいと感じました。
    陛下が静かに日々なさっていることを、私たちは模範として生
    きればよいのだと思っています。ありがとうございました。

     今日はチェルノブイリの子どもたちのために平成6年から続
    けてきた「ドゥルージバ(友情)」という団体の解散総会とチェ
    ルノブイリ21年の追悼コンサートです。これからは私が代表
    を務める22年目になる「えんどうまめ」という団体で、平和
    を願ってチェルノブイリ原発の街プリピャチで被曝した方々の
    ために心をつなげて行きたいと願っています。この活動も、日
    本人は思いやりのあるすばらしい国民だということを知っても
    らいたくて行っています。陛下の大御心に応えることができれ
    ば何よりの幸せです。私はクリスチャンですが、陛下はきっと
    神=天から私たち国民や四方の同胞を預かって育み守るお気持
    ちでおられると思っています。その尊いお役目と、そのお役目
    を一時も休まず果たしておられるお姿を心から尊く感じていま
    す。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     こうしたおたよりを拝見して、わが国には「直き心」の人が
    まだまだ多いのだなと安心しました。

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