Japan on the Globe-国際派日本人養成講座

JOG-Mag No.415 情報鎖国の反原発報道

■■ Japan On the Globe(415)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

             Media Watch: 情報鎖国の反原発報道

             世界が第2の原発発展期に入ろうとしている中で、
            日本では非科学的な「反原発」報道が続いている。
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■1.イタリア全土の大停電■

     2003年9月28日未明、イタリアのほぼ全土が大停電となっ
    た。

         首都ローマでは、9月28日はちょうど白夜祭(La festa
        della nottebianca)で町中に繰り出した150万人の若者達
        で、中心街は夜明けまでにぎわっていた。しかし、皮肉に
        も白夜の最中の午前3時半に突然ブラックアウトし、それ
        から夜明けまでの数時間、家に帰りそびれた50万人は、真っ
        暗闇の白夜を路上で過ごさざるを得なかった。だが、待ち
        かねた朝はおろか、昼も過ぎ、夕方の5時になってやっと
        電気が戻る有様で、 13時間半の大停電は、戦後最長とい
        う不名誉な記録を残した。・・・

         ミラノの北60キロ、深夜のマルペンサ空港へ着陸態勢に
        入ったアリタリア機のパイロットは、眼下の大地が忽然と
        して消えてしまい、思わずわが目をこすった。これでは砂
        漠に着陸せよと言うに等しい。迷わず機首をミラノ市郊外
        のリナーテ空港へと向ける。 9分後、下界に見える筈の
        ミラノの燈火は、どちらを向いても見あたらず、ラゴスの
        ような真っ暗な町に、自動車のヘッドライトの動きが、僅
        かに散見されるだけだ。なにしろ夜中の3時過ぎである。
        しかし、幸い滑走路には自家発電の誘導灯が灯っており、
        パイロットはほっと胸をなでおろす。[1]

     イタリアは総電力需要の16.6%を、フランス、スイスなどか
    らのアルプス越えの輸入電力に頼っているが、スイスの山中で、
    折からの嵐により古い大きなモミの樹が倒れて送電線に接触し
    た事が大停電の原因だった。

     実はこの年、6月から7月にかけても、猛暑で電力需要が急
    増して、電力供給が追いつかず、各地で停電が散発していた。
    隣国フランスも猛暑で自国内の電力供給能力が追いつかず、イ
    タリアへの送電量をカットしたのが原因だった。[2]

■2.党利党略の原発停止■

     イタリアが20%近くも輸入電力に依存しているのは、過去
    の原子力発電所反対運動の結果、稼働中、あるいは建設中の原
    発をすべて停止させてしまったからだ。

     1986年には130万キロワットの原子力発電所3基が稼働中
    であり、100万キロワットが2基建設中、さらに2基が建設
    準備中で、1995年までに1000万キロワットの発電能力を持つは
    ずだった。それらが今はすべてゼロ。不足分をフランスやスイ
    スからの輸入でまかなっているが、それが上記の大停電の原因
    となった。

     1986年以前は、社会党も共産党も公式に原子力発電を支持し
    ていた。しかし、1986年のソ連・チェルノブイリ原子力発電所
    事故で国民の間に反原発感情が高まったので、小政党の急進党
    が、社会党を出し抜いて、百万人の署名を集めて、国民投票を
    仕掛けた。社会党も共産党も、原発に反対しなければ時流に乗
    り遅れると判断して、急遽、原子力反対に政策を一転させた。

     国民投票自体は原子力開発を促進する法律の是非を問うもの
    で、直接、原子力発電を禁止するものではなかったが、これを
    きっかけに運転中・建設中・計画中のすべての原発をストップ
    してしまった。そのツケが今回の大停電であった。

■3.日本でもあった首都圏大停電の危機■

     大停電は日本にとっても他人事ではない。平成15(2003)年
    夏、首都圏では大停電の危機にさらされていた。その前年に発
    覚した東京電力の「トラブル隠し」騒ぎで、福島・新潟両県知
    事の合意が得られず、東電の大半の原子力発電所が運転停止に
    追い込まれたからだ。

     幸運にも、この年は冷夏で電力需要がそれほど盛り上がらな
    かったので、大停電を回避できた。その翌年だったら、猛暑続
    きで首都圏の大停電は免れなかっただろうと言われている。

     東電は休業していた横須賀火力発電所を運転再開して能力不
    足を補ったが、ここの煙突は煙が洩れて、いつ倒れてもおかし
    くない状況だった。企業には節電をお願いし、中には製造ライ
    ンを東電の管区外に移した工場もあった。こうしたやりくりで
    なんとか凌げたのである。しかし、原子力発電を火力発電に振
    り替えたために、平成15年の日本全体のCO2排出量は3%
    も増加した。また一日1億円のコストアップになった。

■4.「何も知らないからあんな記事を書くのじゃないか」■

    「トラブル隠し」が発覚した際、技術者の会合ではこんな声が
    出た。

         なぜ、あんなに騒ぐんだ。ボイラーならたいていシュラ
        ウドは付いている。あんなものにヒビが入ったくらいどう
        ということはない。何も知らないからあんな記事を書くの
        じゃないか。[3,p171]

     新聞各紙は1ヶ月もの間、連日のように報道を続けて、一般
    読者の不安を掻き立ていた。

    「東電、原発トラブル隠す」(朝日新聞8月30日)
    「揺らぐ信頼深まる疑念」(毎日新聞8月30日)
    「原発の安全疑惑封印」(日本経済新聞8月30日)
    「原発事故『不安』9割、本社世論調査」(朝日新聞10月8
    日)

     といった調子である。

    「原発トラブル」とは、原子炉内のシュラウド(炉心隔壁)と
    呼ばれる円筒形の構造物にひび割れがあった、ということであ
    る。「炉心隔壁」というと、素人は、放射能を封じ込める隔壁
    で、ここにヒビでも入ったら放射能が洩れるのではないか、と
    思ってしまうが、そうではない。

■5.無理な基準に「形式的に違反」■

     シュラウドとは巨大なドラム缶状の構造物で、冷却された下
    向きの水流がその外側を流れ、熱せられた上向きの水流がその
    内側を通る、その間を隔てるためのものである。そこに多少の
    ヒビが入ったとしても、せいぜい温度の違う冷却水が微量に混
    じるだけで、安全上の問題はない。

         米国では運転開始後の原子炉の管理について、全米機械
        学会が定めた「維持基準」という別基準があり、1971年か
        ら使われている。ヒビ割れが見つかっても、基準に照らし
        て安全性に問題のないことがはっきりすれば、修理をせず
        に使い続けることができる。ドイツやスウェーデン、韓国
        なども維持基準を採用している。[1,p173]

     日本にはこの維持基準がなく、発電炉の部品は常に新品同様
    無傷でなければならないという非現実的な基準が設定されてい
    た。たとえて言えば、車のボディに少しでも傷があったら、車
    検の際に新品に交換しなければならない、というようなもので
    ある。

     経済産業省原子力安全・保安院の調査でもシュラウドの傷を
    「安全上の問題ではなく、技術水準に適合しなかったという形
    式的違反」としている。現実を無視した基準で、従来は「役人
    と電力会社のあうんの呼吸で適当にやってきた」のが、「トラ
    ブル隠し」と書き立てられたのである。

     こうして、東電は「形式的違反」をマスコミに責めたてられ、
    1基あたり約100億円の費用をかけて、世界で最初のシュラ
    ウド交換をさせられる羽目になった。16基すべてを交換する
    と合計で1600億円が「形式的違反」のためにムダに使われ
    る事になる。

■6.当初は好意的だった原発報道■

     原子力発電が登場した当初は、日本のマスコミも好意的な報
    道をしていた。昭和38(1963)年10月26日、茨城県東海村
    ・日本原子力研究所の動力試験炉が日本で初めての原子力発電
    に成功すると、翌日の朝日新聞朝刊は一面トップで、「日本も
    原子力への道を開いた」と伝えた。社会面でも「ぐんぐん出力
    上昇、”原子力電灯”またたく」の見出しで、「見学者たちは
    目の前につけられた新しいエネルギーの色を感慨深く見守った」
    と、温かい声援を送った。

     トラブルも当然あった。昭和44(1969)年6月7日付け朝日
    新聞は、動力試験炉の制御棒16本のうち1本が動かなくなり、
    取り替えても直らなかった。安全性に問題はないので、故障の
    まま運転することにした、運転計画がつまっているので、修理
    は改造工事の時いっしょに行う、とわずか2段22行の事実の
    みの地味な報道。

     地元住民の反対運動もあった。同年、三菱原子力研究所の臨
    界実験装置の落成の日に地元住民の反対グループが撤去を求め
    て訴訟すると、毎日新聞は「訴状によると、臨界実験装置は通
    常の原子炉より危険で、憲法で保障された住民の健康で文化的
    な生活を営む権利を侵害する」と、これもわずか2段23行で、
    訴訟の事実のみを伝えた。

     当時の報道は、ささいなトラブルや住民の反対運動などより
    も、原子力の開く明るい未来を伝えていた。

■7.社会党の「反原発」への方針転換の舞台裏■

     かつての野党第一党で「原発反対」をしばしばスローガンに
    掲げていた日本社会党も、初期の間は原子力推進派だった。そ
    れが変わったのが、昭和47(1972)年1月の党大会からである。
    この時に初めて「原子力発電所、再処理工場の建設反対運動を
    推進するための決議」が採択され、反原発の立場を鮮明にした。
    ある社会党議員は、この方針転換の舞台裏を次のように書いて
    いる。

        『地元で絶対反対のうねりが起こっている。党はその先頭
        に立って大衆運動を支援する』と大きな声で大会の空気が
        つくられると、多くの代議員は沈黙するしかなかった。

         大会が終わると、党執行部はこうした硬直した運動方針
        を、整合性のある方針に変えようと努力してきた。その中
        心になって政策を作っていくのは国会議員であった。学者、
        専門家の協力も求め、抵抗勢力から脱却して政権を担える
        政党に再生しようとして次の大会に提案する。しかし、地
        方の活動代議員が現地の反対運動をとりあげて、眦(まな
        じり)を決して挑んでくると、執行部は押し切られてしま
        い妥協するという繰り返しであった。[1,p117]

     当時の左翼運動は安保−沖縄という格好の闘争テーマを失い、
    新たな政治闘争のターゲットを模索していた時期であった。地
    域に有力な足がかりを持たない社会党にとって、反原発の住民
    運動は党の足腰を強める格好の戦術であると考えられたのであ
    る。

     結局、国家のエネルギー政策として原子力発電をどう考える
    か、という本質的議論をよそに、党勢拡大への戦術として「反
    原発」のスローガンが決まってしまったのである。

     そして日本の一部のマスコミも、社会党の方針転換と軌を一
    にして「反原発」に転じていった。

■8.「ドイツに学ぶべきは」の虚妄■

     2000年6月14日、日本の新聞各紙は「独、脱原発で合意」
    「独2020年代に原発廃止」などの大見出しとともに、4段扱い
    でドイツ連邦政府が主要4電力会社と19基ある原発を段階的
    に全廃する方向に合意したとのニュースを報道した。

     6月16日の朝日新聞社説「ドイツに学ぶべきは」は、「日
    本とドイツは、原発や原子力政策について類似点が多い」「原
    発を増やせる時代ではなくなった。ドイツでは、先進国が共通
    して直面するこの現実を政治が受け止め、新しい道を示した」
    「日本への新鮮なメッセージである」と書いた。ぼやかしなが
    らも、日本もドイツの後を追え、と主張したいようだった。

     ところが、ドイツ国内での報道は逆だった。

         いつ、最後の原発を閉鎖するかという具体的な期限につ
        いての合意はない。政府は電力会社に対して、原発が高い
        安全基準を維持し、原子力法に則った操業を行う限り、寿
        命を全うするまで操業を保証した。この間の廃棄物処理も
        保証される。環境保護団体からは「合意は電力会社への贈
        り物だ」との非難の声があがっている。(フランクフルタ
        ー・アルゲマイネ紙)

     株式市場も、この見方をとったのか、主要電力会社の株価が
    軒並み4%強も上昇した。

     こうした事は、日本の新聞では報道されず、日本国内では
    「先進国では脱原発の時代だ!」という誤った観念がいまだに
    まき散らされている。

■9.世界は第2の原発発展期へ■

     ちなみにドイツでの2001年の世論調査では、「政府の脱原子
    力政策は将来、別の政権によって覆されるかもしれない」が4
    7%を占め、「覆されるとは思わない」26%を圧倒した。

     スウェーデンでは2004年の調査で81%が原子力発電の継続
    を支持。スイスは2003年の国民投票で、「全原発を2014年まで
    に停止する」案を66%の多数で否決。フィンランドでは5基
    目の原発の増設に着工。イタリアでも冒頭の大停電から、原子力発
    電再開を望む声が出てきている。欧州諸国は軒並み原発推進派
    が主流となってきているのである。[1,p50-56]

     かつては反原発運動の草分けの地であった米国でも、2004年
    の調査で65%が原子力発電を支持。ブッシュ大統領は「今後、
    20年間で電力需要は45%の増加が見込まれる。地球温暖化
    防止のためにCO2を削減する。原子力の利用を拡大する」と
    言明した。エネルギー省は全米電力の20%を占める原子力発
    電を2050年までに50%とし、輸送機関の25%を原子力で作っ
    た水素で動かす、と発表した。

     アジアでは中国、インドが原子力発電所を急ピッチで増設中
    だ。「反原発」はすでに過去のものとなり、世界は第2の原発
    発展期に入ろうとしている。

     日本のマスコミがこうした世界の動きを国内に伝えずに、相
    変わらず非科学的な報道で原子力発電への不安と恐怖心をまき
    散らしていては、国策を誤らせる恐れがある。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(163) 公開論争〜朝日新聞 vs. 建設省
   「事実を隠している」との朝日新聞の論説に建設省が反論。国
   民を騙しているのはどちらか? 
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog163.html
b. JOG(350) ダイオキシン騒動〜 「魔女狩り」騒ぎのメカニズム
    事実はいかにねじ曲げられ、煽動に使われたか。 
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h16/jog350.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
   (まぐまぐ版では、httpのあとに「:」を補ってください)

1. 長手喜典『原発なき先進国イタリアの悩み(その2)』
   国際貿易投資研究所フラッシュ51
   http://www.iti.or.jp/flash51.htm
2. 長手喜典『原発なき先進国イタリアの悩み』
   国際貿易投資研究所フラッシュ47
   http://www.iti.or.jp/flash47.htm
3. 中村政雄『原子力と報道』★★、中公新書ラクレ、H16
http //www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4121501578/japanontheg01-22%22

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■前号「真の日韓友好への道」に寄せられたおたより

                                               和人さんより
     このマンガ「嫌韓流」については、発売以来特に有名な巨大
    掲示板2チャンネルやyahoo掲示板、CSチャンネル桜掲示板等で
    話題となり「日本人なら皆読むべき」とか「学校の副読本にし
    てはどうか」といった意見が多くありました。

     しかし同時に、その大多数の人の意見は「韓国は恩を仇で返
    す事しかしない」とか「もう半島とは縁を切れ」という物で、
    「嫌韓流」の「嫌韓」のみが増幅していた感がありました。挙
    句の果てには、冗談だとは思いますが「米国は北朝鮮と一緒に
    韓国も攻撃しろ」なんていう投稿さえあったほどです。

     しかしながら、このような物言いは韓国の言い分を鵜呑みに
    して「日本は謝罪すべき」と言う事と同様に、歴史をないがし
    ろにする事に他ならないのではないかと思います。なぜ、半島
    に旧日本のインフラが多く残っているのかといえば、それは多
    くの日本人が半島の発展を願って一生懸命働いたからに他なり
    ません。半島出身者の方とてその事に感謝し、「同じ日本人」
    として日本のために頑張った人がたくさんいたのです。

     戦時とて同じです。半島で徴兵制が施行されなかったのは、
    志願兵が殺到した為徴兵の必要が無かったというのも理由だっ
    たと聞いています。そして彼等も、戦死者は本土出身者と同様
    に靖国に奉られています。今現在の日本人が「もう半島とは縁
    を切れ」などと言う事は「先人の努力を無にしてしまえ」と言っ
    ているのと同じなのではないでしょうか。

     このマンガの結論は、「現在は日本も韓国も(北朝鮮も、に
    なりますが)真実を知らない人があまりにも多い。まず真実は
    何かを知る事が必要だ。あの日本が半島を統治した36年はとか
    く影ばかりが強調されるが、光の部分も確かにあった。その事
    を公平に評価する必要がある」という事になると思います。ブ
    ームの時にいろいろな事を書いていた人々も、一段落した今改
    めてこのマンガの持つ意味を考えてくれると良いのですが。

                                               亮平さんより
     今回は嫌韓流ということでした。私は、地元で話題になる前
    から気にしていました。書店に並んだ時にはいち早く手にとり
    ました。が、結局買いませんでした。買うほどのものでもない
    なぁというのが正直な感想です。

     とにかく内容が稚拙であると感じました。マンガとという手
    法で、またわかりやすい主題を取り扱うことで、広い対象に分
    かり易くするという狙いは理解できます。また、内容自体も真
    実を突いているのだと思います。昨今の韓流という大きな波に
    対して、作られたブームという側面に何かしら疑問を感じてる
    人や、もともと胡散臭いと思っている人の気持ちを代弁し、新
    しく嫌韓流という流れを作ろうという気持ちはよくわかります。

     ただ、結局この嫌韓流も作られたブームに過ぎないのではと
    言う思いがあります。今までは韓流ブームに乗り、または元々
    韓国が好きで自然と韓流を歓迎する人たちの市場が出来上がっ
    た。だが何事にもアンチが存在するように嫌韓流もまた自然と
    出来上がった。だけど、嫌韓流の市場は認知されてなかったた
    め、どの企業も目を付けていなかった。

     私は作者や嫌韓流を支持した思惑がどうであれ、単に嫌韓流
    という市場に目をつけた晋遊舎が鋭かったことがこれだけの話
    題を作り上げたのではと思っています。決して本の内容自体の
    力ではないのではという気がしています。

     最後に誤解があると困りますので、これだけは付け加えてお
    きたいと思います。私は嫌韓流という本が出されて、たくさん
    売れたと言うことはむしろ良いことだと思っています。言論の
    自由からして健全だという見方も出来ますし、むしろ私は、韓
    流も嫌韓流も共に隣国をよく知りよく理解したいという心から
    出ているものであると思っています。そしてそれが、「近くて
    遠い国」から脱却するための日本側からの過程であるならば、
    私は韓国側にもその両面を受け入れる器量を求めたいと思いま
    す。

                                           三島流しさんより
    『嫌韓流』は話題になった当初すぐに本屋に発注し読みました。
    私も以前飲み屋の帰りのラーメン屋と議論しました。店主は
    「社民党も変な事言うよね」と切り出してきたので、土井たか
    子氏の親族が北朝鮮の高官とかかわりがあっている事実を言う
    と、その店主も在日朝鮮人の方だったそうでいきなり食って掛
    かってきました。

     結局「日帝が支配していて反省してない、『つくる会』が変
    な教科書作っているせいだ」とおっしゃっていたので、私が
    「その『つくる会』教科書を読んだことはあるんですか?」と
    尋ねると店主は「無い」と言っていました。日韓併合に関して
    も『嫌韓流』のいうとおり「一進会の賛成もあり、国際法上の
    手続きを持って併合した」と私が言うと店主は「反対した人も
    いるんだ!」と言う始末。

     そして挙句には「あなたは全然勉強してないね。何年生まれ?
    (「私は1977年生まれ」と言うと)私は1947年。」と自信
    たっぷりに言っていました。店主のほうが年が近いということ
    でしょうか???店主が生まれたのは日韓併合から38年後で
    あり、戦後の反日イデオロギーに染まっている年代です。店主
    のほうが勉強してほしいです。結局「ラーメン代置いて帰れ」
    と言われたので帰りました。あれが「恨」のパワーかなと感じ
    てしまいました。私はますます『諦韓流』になってしまいそう
    です。
    
■ 編集長・伊勢雅臣より

    「韓流」にせよ、「嫌韓流」にせよ、まずは事実を直視する所
    からスタートする必要がありますね。

     読者からのご意見をお待ちします。以下の投稿欄または本誌
    への返信として、お送り下さい。
     掲載分には、薄謝として本誌総集編を差し上げます。
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