Japan on the Globe-国際派日本人養成講座

JOG-Mag No.391 すぐに謝る国、絶対謝らない国

■■ Japan On the Globe(391)■ 国際派日本人養成講座 ■■■■

        Common Sense: すぐに謝る国、絶対謝らない国

                     日本人がすぐに謝るのは、罪と罰に関する
                    独特の感じ方があるからだ。
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■1.謝らない中国■

     中国の反日暴動が燃えさかっている。日本大使館や日系商店
    に投石して窓ガラスを割り、日本人留学生をビール瓶や椅子で
    殴って怪我をさせた。

     当然、日本政府は謝罪と賠償を要求したが、中国外務省の報
    道官は「日中関係が今日のような局面を迎えた根源は日本側に
    あるのは明かで、日本は反省に値する」と述べた[1]。これほ
    どまでの厚顔ぶりに、怒りを通り越して、呆れてしまう日本人
    も多いのではないか?

     中国は絶対に謝罪しない国のようだ。原潜の領海侵犯でも、
    サッカー・アジアカップでの暴動でも、あれこれ理由をつけて
    結局きちんとした謝罪はしていない。

     朝日新聞などは従来から「日本側が歴史問題に関して、心か
    らの反省と謝罪をしないから、中国側の理解を得られない」と
    いう論理を振りかざしてきた。しかし、そんな理屈も、絶対に
    自分の非を認めず謝罪をしない中国側の態度に色あせてきた。
    こういう国に謝罪しても、後でどう利用されるか、分からない
    からである。

     世の中には絶対に謝罪をしない国や国民がある。そして世界
    的に見れば、どうもこちらの方が普通のようなのだ。

■2.謝らない文化■

     東洋大学の社会学部の長野晃子教授の著書「日本人はなぜい
    つも『申し訳ない』と思うのか」には、この点を関する極めて
    興味深い体験談が出てくる。[1,p137]

     ある時、長野教授はフランス人4人と食事をするために、6
    時半に待ち合わせをした。しかし、待ち合わせの時間と場所を
    指定した張本人のフランス人D氏がなかなか現れない。寒風の
    中を30分以上待たされて、ようやくD氏は7時過ぎに現れた。

     D氏が腕時計を見て「ああ間に合った。約束は7時だったよ
    ね」ととぼけたので、3人のフランス人の猛烈なブーイングが
    始まった。それでも遅刻したD氏は最後まで謝らなかった。
    顔を真っ赤にし、おでこの血管をピクピクさせ、寒い季節だっ
    たのに、頭から湯気が立つほど汗びっしょりになりながらも。

     長野教授はその光景を見ながら思った。「申し訳ない」とD
    氏が一言いえば、待たされた方も気が済むだろうし、本人も気
    が楽になるのに。謝らない文化もなかなかストレスがたまるの
    だな、と。

     D氏が日本人だったら、まずは「申しわけありません」と謝
    るだろう。そして「タクシーを飛ばしてきたのですが、交通事
    故で道路が渋滞していたものですから」などと遅れた理由を説
    明する。このように自分の責任ではない不可抗力の原因でも、
    とにかく謝るのが日本人の流儀である。そして「それなら、仕
    方がないよ」などと、待たされた方も許す。

    「誠意を持って謝罪すれば、許してくれる」というのが、日本
    人の考え方だ。朝日新聞流の「心からの謝罪をしないから、許
    してくれない」というのはこれの裏返しで、すぐに謝る日本人
    の心理を巧みについたプロパガンダなのである。

■3.「30年後に罰されるであろう」■

     罪や謝罪に関する日本と欧米の違いを、長野教授は民話など
    を対比させつつ、明快に解き明かしている。たとえば、中世の
    欧州には次のような民話があった。

         貧しい若者が金持ちの娘と結婚したいと思うが、娘は若
        者が貧乏なのが気に入らない。そこで若者は商人を殺し、
        財産を奪う。娘が若者にどういう罰を受けるのか聞いてく
        るように言う。若者が殺した商人の墓に行くと、商人は起
        きあがって、神に裁きを求める。すると天から「30年後
        に罰されるであろう」という声が聞こえた。

         娘は若者との結婚を承諾し、二人は幸せに暮らす。30
        年後に罰が下り、二人の屋敷は瞬時に地中に没し、その跡
        は湖になった。

     この話は教会でお説教に使われたという。「殺すなかれ」
    「奪うなかれ」という神の掟を破った罪として、若者が死後、
    永遠に地獄の業火で焼かれ、苦しんでいる事を伝えて、戒めと
    したのだろう。

■4.コインロッカー・ベビーの怪談■

     これに対して、次のような日本の現代の怪談を対比してみよ
    う。

         東京で、ある女が「遊んでいる」うちに子供ができてし
        まった。一人で生み落とし、赤ん坊を東京駅のコインロッ
        カーに入れ、カギをかけて、棄ててしまった。女はそれ以
        来、東京駅には近寄らなかった。

         数年後、就職した女は上司の命令で、東京駅近くの取引
        会社に書類を届けることになった。ためらいながらも、あ
        のコインロッカーの前を通ると、小さい男の子がうずくまっ
        て泣いていた。周りの通行人は、なぜか、その子に目もく
        れずに通り過ぎていく。

        「どうしたの?」と女は聞いたが、返事がない。「お父さ
        んは?」と聞くと、「分からない」と下を向いたまま、泣
        いている。「お母さんは?」と聞くと、男の子は顔を上げ、
        「お前だ」と言って、消えてしまった。

■5.罪と良心の呵責■

     以上の二つの話を比べてみると面白い。欧州の民話では、殺
    した商人が起きあがっても、若者は謝るでもなし、怖がるでも
    ない。その後も、若者と娘は良心の呵責をまったく感じずに、
    30年間も幸福に暮らす。そして30年後に受けた罰は、屋敷
    もろとも地中に埋められるという、きわめて「物理的」なもの
    だ。

     一方、日本の話では、殺した子供が姿を現す所に最大の恐怖
    感がある。しかし子供は単に現れて消えただけで、物理的な危
    害を加えるわけではない。なぜ、これが怖いのだろうか。

     それは、やはり女に自責の念があるからである。そして、こ
    の後も死ぬまで女は良心の呵責に苛まれるだろう。したがって
    日本の罰は良心の呵責や、それに基づく恐怖という、自らの内
    心から来る心理的な罰である。

     欧州では、罪は「殺すなかれ」「奪うなかれ」という神のル
    ールを破った事であり、その結果として神から物理的な罰を与
    えられる。裁き手は外部にいる神である。

     日本では、罪とは相手に害を与えることであり、その結果、
    受ける良心の呵責が心理的な罰となる。裁き手はあくまでも内
    心の良心なのだ。

■6.欧米では自首はきわめて珍しい■

     商人を殺した若者に見られるように欧米諸国では犯罪者が自
    分の罪を悔いて自首することはきわめて珍しいそうだ。

     フランスのある判事は、自首は自分の利益に反する行動であ
    るから、はなはだ希であって、もし自首して来た者があったら、
    その者が精神異常者でないかどうか調べなければならない。精
    神異常者でないならば何の目的で自首してきたのか調べなけれ
    ばならない、と手厳しい。そして自首の80パーセントは嘘だ
    と断定する。

     日本での自首は殺人罪については、捜査の手掛かりの6パー
    セントが自首によるものだそうだ。そして捜査官に「申し訳な
    い」と心を開いて自首するものが大部分なので、自首に嘘が多
    いということはないそうである。[2,p129]

     自首の一例として、元暴力団員が金目当てに犯した11年前
    の殺人事件を自首した例が挙げられている。被害者が毎晩、夢
    枕に立って自首を勧め、男は罪の意識で酒浸りになっていたと
    いう。まさにコインロッカー・ベビーの実話版である。

     この男は、自首して洗いざらい告白した結果、ほっとした表
    情になったという。罰とは内心の呵責なので、心からの謝罪を
    相手が受け入れてくれれば、罰が緩和されたと感じるのだろう。

■7.アダムとイブの責任転嫁■

     それに対して、欧米では罪は神の定めたルールを破ることで
    あり、その罰も神から与えられるとすれば、加害者が被害者に
    謝罪するという意味合いはあまりない。欧米における罪と罰が
    極めて論理的物理的なもので、謝罪とか、内心の呵責などとい
    う心理的なものは、ほとんど出る幕がないようだ。

     この事は聖書の「原罪」のシーンを読むとよく分かる。神は
    アダムとイブをエデンの園に住まわせたが、「善悪の知識の木
    の実は、決して食べてはならない」と命じた。しかし、イブは
    蛇にそそのかされて、いかにも美味しそうに見える知識の木の
    実を食べてしまい、アダムもそれを渡されて食べた。

     神がそれに気がついてアダムを問いつめると、彼は「あなた
    がわたしと共にいるようにしてくださった女が、木から取って
    与えたので、食べました」と答える。自分が罪を犯したのはイ
    ブのせいだと責任転嫁し、さらにそのイブは「あなたがわたし
    と共にいるようにしてくださった女」だと、暗に神にも責任が
    あるかのような口ぶりである。

     神が今度はイブを問いつめると、イブも「蛇がだましたので、
    食べてしまいました」と、負けじと蛇に責任転嫁する。こうし
    たやりとりの結果、神は蛇には地面を這いまわらせるという罰
    を与え、女には産みの苦しみを、男には生涯食べ物を得る苦し
    みを罰として与えた。

     この人類最初の「原罪」からして、アダムもイブも責任をた
    らい回しにして、何ら謝罪していない点に改めて驚かされる。
    罪と罰の決定に、謝罪や内心の呵責などはなんら関係ないよう
    だ。

     これが日本の民話だったら、アダムはすぐにはいつくばって
    神に「申し訳ございません」と謝り、イブは「いえ、そそのか
    したのは私です。罰は私だけにお与え下さい」などとアダムを
    かばう。神は二人の「神妙さ」に感じ入って、死罪一等を免じ
    て、楽園追放に処した、という所であろう。

■8.日本と欧米との罪の違い■

     もう一つ、日本人の腑に落ちないのは、なぜ知識の木の実を
    食べることが罪なのか、という事である。たとえば、神がこの
    木の実を大切にしていたので、それを食べられてしまって悲し
    んだというなら、日本人にも罪だと納得できる。神に迷惑をか
    けたからである。

     しかし、聖書にはそのような記述は何もなく、単に神が食べ
    てはいけない、と言っただけで、それが罪とされたのである。
    いかにもおいしそうな木の実を見せつけておいて、食べたら罰
    する、というのは、日本人には一種のイジメのように見える。

     欧米人にとっての罪とは、神あるいは法律が禁じた事をなす
    ことである。それに対して、日本人の罪とは他者に危害や迷惑
    を与えることである。

     この違いが鮮明に現れるのが、自殺を罪と考えるかどうかで
    ある。欧米では自殺を罪とする。「殺すなかれ」というモーゼ
    の十戒の一つに違反するからである。多くの日本人はこれを
    「他者を殺すなかれ」という意味だと誤解しているが、欧米人
    は自分も殺してはならないと理解している。それに対して、日
    本では自殺自体はそれが他者に迷惑をかけない限り、罪とは考
    えない。

     女子中学生の援助交際なども、「誰にも迷惑をかけていない」
    などと正当化する言い分があったが、これも「罪とは他者に迷
    惑をかけること」という日本的な考えが無意識の底にあるから
    である。欧米なら「姦淫をしてはならない」と十戒にあるから
    罪である、という事になる。

     ちなみに、援助交際が罪である理由をこう説明してはどうか。
    「君をここまで育ててくれたのは、両親や社会のおかげで、そ
    の君が立派な大人になって社会に恩返しできるようにならなけ
    れば、両親を悲しませ、社会に迷惑をかけることになるのだよ」
    と。

■9.すぐに謝る国、絶対に謝らない国■

     罪とは他者に迷惑をかけることであり、そこから良心の呵責
    に苛まれる事が罰である。そして相手に謝ってそれが受け入れ
    られれば、罪も罰も消える。こういう日本人の感じ方は、子供
    の頃から教え込まれたものである。たとえば小学校1年生の道
    徳の教科書には次のような話が載っている。

            (男の子がだれもいない部屋でコップをひっくり返す)
        「あっ、こぼしちゃった」
            (テーブルの下に猫がいる)
        「そうだ、たまのせいにしよう」
            (そこへお母さんがやってくる)
        「ぼくのせいじゃないよ」

          おかあさんは、ぼくのかおをじっとみて、さびしそう
         に、「そう」といいました。そうしたらぼくも、きゅう
         にさびしくなってしまいました。[2,p57]

    「ぼく」がさびしくなったのは、お母さんが自分のせいでさび
    しそうな顔をしたからだ。そういう思いをさせて、お母さんに
    迷惑をかけた事に「ぼく」は自責の念を感じる。

     しかも、お母さんがさびしく思ったのは、コップをひっくり
    返した事よりも、「ぼく」が素直に謝らなかったことだ。こう
    いう話を読んだ子供は、人に迷惑をかけたら素直に謝るべきだ
    という事を学ぶ。そして心から謝れば、その罪は許される、と
    思いこむようになる。

     日本人の罪と罰、謝罪に関する感じ方は、子供の頃からのこ
    うした教育によって育てられたものであろう。しかし、これは
    あくまで日本文化に根ざしたものであり、世界の多くの文化で
    はそうではない事を知るべきだ。

     素直に謝っても、それを受け止めてくれない国民、あるいは
    逆手にとって悪用する国民がいる事を我々日本人は知らなけれ
    ばならない。同時に他国に迷惑をかけても素直に謝らないこと
    が、日本人の心にどれほどの不信感を引き起こすかを、中国政
    府は知るべきである。
                                         (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(073) 親善外交の常識
    謝罪と朝貢の対中外交では、真の独立国家間の友好関係は築
   けない。
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_1/jog073.html
b. JOG(170) 個人主義の迷妄〜「国民の道徳」を読む
    奉仕活動をする青年も、援助交際をする女子高生も、同じく
   「個人の尊厳」では、、、
   http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h12/jog170.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
  →アドレスをクリックすると、本の紹介画面に飛びます。
1. 産経新聞「中国、謝罪・賠償を拒否」、H17.04.13
2. 長野晃子『日本人はなぜいつも「申し訳ない」と思うのか』
   ★★★、草思社、H15
   http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794212666/japanontheg01-22%22

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■前号「『鎮守の森』を世界へ」について

                                             tamuraさんより
     私は府中市に勤務していますので、よく大國魂神社に参拝い
    たします。特に朝の参拝は心身ともに晴れやかになります。な
    りますではなく、させていただいたというのが本意でしょう。

     鎮守の森は疲れた脳を休めさせ体の細胞に本来の空気を送り
    込んでくれます。細胞の一つ一つが活性化してくるのが実感で
    きます。鎮守の森は我々の内部にある植物感覚に語りかけてき
    ているのだと思います。

                                             雄一郎さんより
     世界にはたくさんのすばらしい日本人が活躍しているんだと
    改めて勇気をもらいました。私は現在中国にいるのですがここ
    では宮脇さんの活躍など毛ほども報道せず、毎日「新しい歴史
    教科書」や抗日映画を流して反日を煽っています。私は中国共
    産党のこういうやりかたに大変ないきどうりと怒りを感じます。
    もし彼らが本当に日中友好を考えているのであれば、こういう
    ことを中国のマスコミは取り上げるでしょう。私には彼らのそ
    ういうところが本当に腹立たしくて・・。

     今回の宮脇さんの活躍を読ませていただき、改めて中国に対
    する怒りがふつふつと沸いてきました。ただ怒ってばかりでは
    何にもならないので自分なりに自分のできることをがんばろう
    と思いました。

                                             isakanさんより
    「潜在自然植生」という言葉はいいですね。これは、その土地
    に最も適した木がある、ということを明かしているわけですが、
    各々そのところを得せしめる、という明治の精神がそのまま現
    れているような気がします。

     また、これならば、決して西洋型の文明の輸出ではなく、そ
    れぞれの文明の本来の姿を再生させるという力を、日本文明が
    持っている、ということのようにも感じられます。それは、相
    手に押し付ける文明ではなく、相手を生かす文明なのでしょう
    ね。日本が本来の姿に立ち返ったとき、その力が本当に世界に
    とって必要不可欠なものとなるときが来るのでしょうね

■ 編集長・伊勢雅臣より

     日本の伝統は、まさに豊かな智恵の宝庫です。

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     掲載分には、薄謝として本誌総集編を差し上げます。
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発行周期: 週刊 最新号:  2019/03/17 部数:  31,057部

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