Japan on the Globe-国際派日本人養成講座

JOG-Mag No.209 町人国家と武士国家

-----Japan On the Globe(209)  国際派日本人養成講座----------
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          _/     The Globe Now: 町人国家と武士国家
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_/ _/_/_/         テロとは断固戦うべきだが、米国の「十字軍
_/ _/_/          思想」にはついていけない日本人も多い。
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■1.割り切れない立場■

     民間機を乗っ取って、超高層ビルに突っ込むという今回のテ
    ロ事件の後の展開がどうなるのか、いろいろなシナリオが考え
    られるが、その中で日本がとるべき対応を考えると、実に割り
    切れない立場に立たされていると感ずる。
    
     まず、一般市民を無差別に殺傷するというテロそのものは文
    明を破壊する野蛮な行為として、釈明の余地はない。被害者に
    は日本人も含まれており、対岸の火事と傍観しうるものではな
    い。わが国としても当然ながら、テロ根絶のための戦いに参加
    しなければならない。
    
     しかしそれでもブッシュ大統領が「自由と恐怖の戦い」と呼
    んだように、アメリカが自らを「善」とし、敵を「悪」と決め
    つける単純明快な「十字軍的聖戦思想」には、素直についてい
    けない日本人も多いのではないか。今回の事件に至るまでには、
    様々な確執の積み重ねがあったであろう。その中でアメリカと
    しては、反省すべき点など、これっぽっちもないのか?
    
     今までの経緯をすべて切り捨てて、今回の事件だけで相手を
    「悪」と決めつけるのは、真珠湾攻撃のみを取り上げて、わが
    国を「民主主義の敵」とし、その前に日本を経済封鎖に追い込
    んでいたアメリカの挑発行為には頬被りしたのと同じ手前勝手
    な態度ではないか、との疑念を禁じ得ない。
    
     今後、テロとの戦いにわが国も応分の負担が求められるだろ
    う。湾岸戦争で金だけ出してまったく感謝されなかった愚を繰
    り返してはならない、という意見には共感するものの、さりと
    て我が自衛隊がアメリカの十字軍の一部隊のように使われるの
    はどうも釈然としない。
    
■2.テヘランのアメリカ大使館員人質事件■

     この「割り切れなさ」は、91年の湾岸戦争の時と似通ってい
    るが、実はさらにその前、79年のテヘランでのアメリカ大使館
    員人質事件でも、わが国は同様の立場に立たされた。今回のテ
    ロ事件への対応を考える上でも、忘れてはならない経験である。
    
     1979年1月16日、イランのパーレビ国王は反体制運動の高ま
    りの中で出国を余儀なくされ、続いてイスラム教シーア派指導
    者アヤトラ・ホメイニ師が2月1日、パリから帰国した。ホメ
    イニ師は1963年、パーレビ国王が推進した近代化路線の「白色
    革命」に抵抗するデモを組織した事で弾圧を受け、以来15年も
    の間、トルコ、イラクを転々として亡命生活を送っていたが、
    前年来の国内での反パーレビ運動の高まりとともに、王制打倒
    のシンボル的存在となっていた。
     
     ホメイニ派は4月にイスラム共和国の成立を宣言したが、11
    月4日ホメイニ師支持の学生グループがテヘランの米大使館を
    占拠し、外交官ら52人を人質としてパーレビ元国王の引き渡し
    をアメリカに要求した。
     
■3.日本の態度への非難燃え上がる■

     事件が発生するや、英・独・仏など欧州各国は外交官を人質
    にとることは明白な国際法違反であり、人質の即時無条件解放
    のための努力を全面的に支持するとの意向を米政府に伝達した。
    
     ところが日本政府は明確な意思表示を行わず、ようやく事件
    発生の1ヶ月後に開催された国連安保理事会において日本代表
    が人質非難の演説を行ったが、その内容は微温的なもので、米
    国政府を大いに失望させた。
    
     また米国は、イランへの懲罰としてその石油輸入禁止を各国
    に呼びかけていたのだが、一部の日本企業がイラン石油を大量、
    かつ異常な高値で輸入する契約を結び、米国の努力を無にする
    ような(米国政府の表現では)「無神経な」行為を行った。
    
     日本非難の論調が全米の新聞・テレビに伝播していき、これ
    に政治家たちが敏感に反応した。ロス上院議員は人質事件に関
    する日本の態度を非難する決議案を上院に提出する運動を始め
    た。ギボンス下院議員は人質事件で米国に非協力的な国の対米
    輸出に対して、50%の臨時懲罰的な関税をかける法律案を議
    会に提出すると表明した。

■4.日本の言い分■

     しかし、日本には日本の言い分があった。当時の不安定な石
    油需給の中で、欧米の石油メジャー(国際石油資本)は対日供
    給を矢継ぎ早に制限してきており、日本の非系列石油会社への
    供給はイラン革命前の日量140万バーレルから40万バーレルに
    まで削減され、1980年中にはゼロになるものと推測されていた。
    
     日本の石油会社がこのままでは座して死を待つに等しいと感
    じている所に、米国のイラン石油禁輸後間もなく、イラン石油
    公社から2〜3千万バーレルの原油をスポット・ベースで買う
    よう迫られ、もし拒絶するならば1980年の長期契約ベースの原
    油供給を保証し得ない旨をほのめかされた。
    
     日本企業からしてみれば、米国政府がイラン石油禁輸に従わ
    せたいなら、米系メジャーによる対日供給削減を止めさせるか、
    アラスカ原油の対日輸出を許可するか、何らかの緩衝措置を講
    じてくれてしかるべきではないか、という言い分があった。
    
     また日本政府はイラン石油の高値買いをしないよう行政指導
    していたが、それに従って石油の入手難に陥ったら、損害を補
    償してくれるのか。米政府も日本政府も企業の経営責任を肩代
    わりしてくれない以上、責任ある企業経営者としてはイランの
    申し出を受けざるをえない。さらに高値買いをしているのは欧
    州企業も同様である。なぜ日本企業だけ目の敵にされるのか?
    
     もっと根本を言えば、米国の大使館が狙われたのは、そもそ
    も米国が対ソ戦略のためにパーレビ国王に急速な近代化政策を
    進めさせて、イラン国民の反感を買ったという経緯があった。
    
     確かに大使館員を人質にとることは国際法を無視した暴挙で
    あるが、それまでの経緯を省みず、なおかつ日本にとってイラ
    ン石油が死活的な意味を持つことをも無視して、対イラン制裁
    に日本が加わらないことを批判するという米国の態度は、日本
    にとってどうにも「割り切れない」ものであった。

■5.天谷直弘氏の火消し■

     この時、米国での対日非難の火消しとして登場したのが、通
    産省審議官・天谷直弘氏であった。天谷氏は米国の財務長官、
    エネルギー長官、さらには上述の対日非難の先鋒・ロス上院議
    員、ギボンズ下院議員などと数日のうちに面談して、米国の意
    向を把握し、東京と緊密な連絡をとりつつ、日本政府の姿勢を
    公の場で宣明することが米国の世論対策上必要と判断した。
    
     そこで約40名の内外記者団を集めて、公式インタビューを
    行った。その第一のポイントは、次のように原則論として日本
    の非を認めることであった。
    
         いくつかの日本企業が、日本政府の設定したスポット石
        油取引に関するガイドラインを無視して、イラン石油を大
        量かつ高値であわてて購入したことは遺憾である。・・・
        
         人質が即刻無条件に解放されることは米国にとってはも
        ちろんのこと、日本にとっても重大な関心事であるから、
        日本の政府も市民も企業も、この点に関する米国政府の努
        力を効果あらしめるため必要な協力を惜しんではならない。
        ・・・
        
■6.最後に一言、米国の皆様に訴えたいことがある■

     しかし、最後に天谷氏はこう言って、アメリカの十字軍的発
    想にやんわりと釘を指した。

         最後に一言、米国の皆様に訴えたいことがある。それは
        日本はもちろんのこと自由世界全体が、イラン石油を含む
        中東石油の適切な供給なくしては、その生存が困難となる、
        という冷厳な事実である。
        
         また、地政学的見地に立って考えても、イランの安定は
        中東の安定のため、したがってまた世界の平和と繁栄のた
        め、必須不可欠である。したがって、自由で公正な世界秩
        序の中に、いずれの日にかイランを温かく迎え入れ、その
        所を得しめることは、われわれの重大な関心事である。
        
         偉大な国民である米国民は、当面する苦々しい人質問題
        にもかかわらず、このような歴史的展望を失わず冷静に行
        動するものと期待したい。
     
     ステートメント後の質疑応答では、とげとげしい対日批判は
    鳴りを潜めた。かえって、「メジャーの対日原油供給削減状況
    を米国政府はよく承知しているのか」「イラン石油の対日供給
    が削減ないし停止された場合、日本政府は米国政府に対し何ら
    かの穴埋め措置を要求するのか」などと、日本の立場に同情的
    な質問さえも飛びだした。
    
     この後、首相からの大統領あて親書も送られ、対日非難の火
    は沈静化していった。

■7.生かされなかった反省■

     その後、天谷氏は民間との密接な協力により、イラン石油輸
    入の長期安定を図る契約の締結、危機に陥っていたイランでの
    三井グループによる石油化学プロジェクトの救済に全力を傾け
    る。天谷氏を「油乞い」「三井救済」「対米追従」と非難する
    声の中で、なんとか日本、イラン、アメリカの三者が納得しう
    る落とし所を見いだすことができた。
    
     天谷氏は、この時の経験を以下のように反省する。第一に、
    大使館員を人質にとるというような明らかな原理原則侵犯に対
    しては、早期に日本の基本的立場を明確にすべきだった、とい
    う事である。欧州諸国はそれをし、日本はしなかった。
    
     第二に、日本企業のイラン石油高値買いは、企業経営の次元
    では理があったが、より高い政治の次元で見ると、周到な配慮
    が足りなかった。これは通産省の責任である。
    
     第三に、米国のマスコミ、大衆、政治家の心理状態に関して、
    偵察能力が不足していた。この点できちんとした読みがあれば、
    もっと適切な対応がとれていた。
    
     第四に日米イなど各国にまたがり、かつ政治、経済、外交が
    からみあった問題に関して、わが国として適切な戦略を打ち出
    し、実行するシステムと技術が著しく老朽化しているというこ
    とである。
    
     天谷氏は、今後の国際社会に生きる日本を想定すると、今回
    のような事件は例外的なものではない、と予言した。この予言
    は湾岸戦争で見事に的中したが、この反省は生かされていなか
    った。そして今回のテロ事件である。
    
■8.町人国家と武士国家■

     この事件の後、天谷氏は「日本町人国家論」[1]という卓抜
    な比喩に基づく警世の書を出された。江戸時代の日本では、町
    人は経済的実力は持っていたが、
    
        政治・警察・軍事の権力を握っていたのは武士であったか
        ら、町人がその実力を維持していくに当たっては、細心の
        注意をもって、武士との関係を調整していかねばならなか
        った。[1,p44]
        
     アメリカは政治・警察・軍事の力を握る武士国家であるので、
    必要に応じて商人に金を出すよう命じる事ができる。湾岸戦争
    で日本が130億ドルもの拠出をしたのがこれに当たる。天谷
    氏を「対米追従」「油乞い」と非難するのは、商人に対して、
    武士らしくないと、言うようなものである。氏の態度は商人国
    家の手代としては、見上げた覚悟と言えよう。日本国の生き様
    として、町人国家で行くのか、武士国家になるのか、明確な覚
    悟ができていないから、こういう混乱が起きる。
    
■9.どう生きるのか、我々自身の覚悟を■

     町人となるなら、大商人を目指すべきだ、と天谷氏は言う。
    武士社会で商人がしたたかに生きていくためには、卓越した情
    報収集力、構想力、外交能力、そして時にはゴマスリ能力まで
    も必要となる。はいつくばって武士に許しを乞わねばならない
    時もある。出すべき時に思い切って大金を投ずる度胸も必要だ。
    130億ドル出して感謝されなくとも、平然としているだけの胆
    力がいる。
    
     今回の「割り切れない」テロ事件でも、アメリカの傲慢さに
    言いたいことはあっても、ひとまずは大商人として十分な協力
    はして武士としての体面を尊重してやり、頃合いを見計らって
    拳の下ろし方について一言耳打ちする、というような「したた
    かさ」が必要だ。
    
     武士国家になるなら、なにはともあれ大小2本の刀をささな
    ければならない。剣術の腕も磨かねばならない。「武士は喰わ
    ねど高楊枝」のやせ我慢もいる。自らの名誉のためには、そし
    て時には、世のため人のために血を流す覚悟も必要だ。
    
     アメリカの傲慢さを批判するなら、もっと前から、武士とし
    て世の中の平和と安定に自分なりの主張と努力をしておくとい
    う実績が必要だ。その実績があってこそ世間も聞く耳を持つ。
    
     今回のテロ事件でも「報復が報復を呼ぶ」「テロリストと話
    し合いを」などというお説教を垂れているジャーナリストや政
    治家がいるが、武士国家アメリカのお膝元で、何もせずに空想
    的平和主義を唱えているだけでは、大商人でも武士でもない居
    候国家だ。幸か不幸か、わが国の経済力は居候として世間のお
    目こぼしにあずかるには巨大すぎる。
    
     今回の事件での「割り切れなさ」とは、わが国自身が大商人
    国家として生きるのか、武士国家を目指すのか、いまだに我々
    自身の覚悟ができていない所から来ているようだ。
                                          (文責:伊勢雅臣)

■リンク■
a. JOG(019) Neck in the sand
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h10_1/jog019.html

■参考■(お勧め度、★★★★:必読〜★:専門家向け)
1. 天谷直弘、「日本町人国家論」★★★、PHP文庫、H1
   
_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/ おたより _/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
■前号「岩倉使節団〜サムライ達の地球一周」について 
                                裕樹さん(アメリカ在住)より

     130年前、今のように豊かでなかった時代に、私と同じ民
    族が太平洋を渡り先進諸国を臆することなく堂々と歴訪したこ
    とに、改めて日本人としての誇りを感じることができました。
    と同時に、日本人としてのアイデンテイーの気薄な日本人への
    憤りに似た感情がおこるのを、ひしひしと感じずにはいられま
    せんでした。 
    
     日本人は自己主張しないとよく言われます。そのためか、大
    抵の留学生はそうならないようにしがちになる傾向があります。
    しかし、自己主張とは思うことをなんでも言うということでは
    ないと思うのです。”沈黙は金、雄弁は銀”という言葉があり
    ます。つまり常に主張することよりも、いつ黙るかを心得てい
    る方が重要だということです。
    
     渡米する前は、アメリカ人は常に主張してばかり、という先
    入観がありましたが、実際は主張すべき時は主張し、黙る時、
    すなわち相手の意見を受け入れる時は受け入れる、といった国
    民性を感じました。つまり、アメリカ人のほうが、この言葉通
    りの礼儀を心得ているように感じたわけです。西洋化した日本
    人の方がむしろ礼儀を心得ていないような気がします。

     過去の日本人の礼儀作法が世界で絶賛されたのなら、なぜそ
    れを維持しようとしないのでしょうか? 昔からの国民性を今
    だに大切にしているアメリカ人の礼儀作法を、今度は日本人が
    見習うべき番ではないかと思います。

■ 編集長・伊勢雅臣より

     130年前の岩倉使節団は、「英米蘭などは町人国家なり」
    と喝破しました。今や、その米国が「武士国家」に見えるほど、
    我々が町人化してしまったのでしょうか?
    
     読者からのご意見をお待ちします。本誌への返信で届きます。
    掲載不可、匿名・ハンドル名ご希望の方はその旨、明記下さい。
    欄掲載分には、薄謝として本誌総集編を差し上げます。

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発行周期:  週刊 最新号:  2019/03/17 部数:  31,053部

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