2009.8.27

~キャリアコンサルタント~ 笑顔の行方を追いかけて

宿題の提出に焦る必要もない歳なのにも関わらず、8月末近くになると妙にソワソワと落ち着かないのは、 体内時計に刷り込まれた学習経験のせいなのでしょうか・・・
夏の陽射しに陽炎が立つアスファルトを避けるようにして辿り着いた公園のベンチ。
木陰に吹き抜ける風についウトウトしてしまった夢の中での徒然を綴りました。


■■□消えたキャリアコンサルタントの文字

キャリアコンサルタント技能検定が決定される数年前、『キャリアコンサルタント「国家資格化(技能検定)」に決定』と新聞紙面を踊った 「キャリアコンサルタント」の文字に「これで業界形成の成長期待を強く持てる」と、胸躍る興奮を感じたことを昨日のように思い出します。
幾ばくかの時が流れ、キャリアコンサルタント技能検定も2回目を向かえたなかにあり、日々のニュース・チェックのなかで「キャリアコンサルタント」の 文字を見つけることが難しくなっていることを感じ続けています。これは、

キャリアコンサルティングが社会に受け入れられ根付いたことの表れなのか
キャリアコンサルティングがキャリアコンサルタントが忘れ去られたとのことなのか

昨今の溢れる社会問題のなかで「雇用」をキーワードにした記事には、日々事欠くことがないのにも関わらず、 キャリアコンサルタントの文字を目にすることがないこの現状は、一体何であり・どう捕らえれば良いことなのでしょうか。

キャリアコンサルタント当事者は、一体どこにいってしまったのか
キャリアコンサルタントが臨床心理士に先んじて国家資格に向かえたのは何故なのか

「社会状況の背景を下にした正に時代の要請なのだ」と愚考を抱いていたのですが、 「派遣切り問題・ハローワーク改革・長期不況への雇用対策・女性労働力の活用・ジョブカード関連事項・ニート/フリーター問題・衆議院選挙(マニフェスト)」etc.
キャリアコンサルタントが求められるはずであろう社会状況の背景にあり、現在のステークホルダー(業界関係者:以下同意)が、キャリアコンサルタントの その機能を・その存在を・その有効性を・その姿を社会全体に対しアピールを行い、 社会問題解決のための当事者として、キャリアコンサルタントの活躍機会の場を自らが創出する動きを当然にしていくのだろうと思っていました。
その結果、キャリアコンサルタントの活躍により「労働・雇用状況の改善に繋がる」社会貢献を導けるはずだとも思いました。
これは、拙い自分のビジネス経験のなかで、ステークホルダーに対して「チャンスではなくマスト事項そのものだ」との思いでもありました。
しかし、これらの社会問題のどれ一つを取ってみても「解決・当事者」として手を上げ、積極的な名乗りを挙げるステークホルダーは居なかったと認識しています。

※各ステークホルダーの存在否定ではなく、個人的な期待事項に対して、呼応する動きを方針・方策として打ち出し、 活動を行われた先は、知るに至らなかったとの意味。

また、マスコミにおいても、例えキャリアコンサルタントの実態がどうであろうとも、政治に・各ステークホルダーに・国民に対して 「キャリアコンサルタントは、国内の雇用対策の前面に立ち、解決に当たる当事者だろう!」と、正論としてのシュプレヒコールが起こるものだとも思っていました。
ジャーナリズム視点にキャリアコンサルタントとステークホルダーが晒される中で、結果として、もっと々より良い現状へと移り変わっていくのだとも感じていました。
そしてそれは、キャリアコンサルタント自身にとっても社会にとっても、より良い方向に向かう正解なのだとの思いを抱いてもいました。

「踏み出すことを信じて疑わなかった」・・・これが本音なのですが、元来、弱い頭の私には、どうしても各ステークホルダーの動きは理解できませんでした。

キャリアコンサルタントの業界形成など、誰も望んではいないのでしょうか。
キャリアコンサルタント各々が活動を行う日常のなかでは、業界形成の必要性を感じたとしても事足りるため、殊更のように唱える必要も無いことなのでしょうか。
本当にそれで良いのでしょうか?


「嵐の前の静けさ」・・・そんな思い(慰め方?)を寝言の呪文として、さらに夢の奥へ深く堕ちていきました。


■■□キャリアコンサルタントの専門性

「専門性を持たぬ限り、キャリアコンサルタントが社会に求められる機能を果たしていくことはない」

多くの素晴らしいキャリアコンサルタント諸氏を前に僭越且つ恐縮ながら、若輩&ありんこの戯言として斯様な愚考を繰り返しています。
キャリアコンサルタントを「医者」に置き換えた時に見えてくるもの(現状・課題等)が多々あるのではないかと思います。例えば、

今後、社会変化が加速する中で、現代病の発症が更に高まる危険性があるため、早急に医者を創らねばならない」との課題に対して、

早期に医者を5万人創る必要がある(国策主導)
医者としての育成・資格認定をする団体が生まれる(民間主導)
資格を持った者達が病を患う方達の前に立つ(個人)
患者は、外科手術を必要とする方も、生活習慣病も、歯科や耳鼻科も、根治療法が必要な場合も対処療法が必要な場合もあった(現状)
医者養成の組織はあるが、実務実施が可能な専門医を育てる環境・機会はなかった(課題)

医者とは、
病人の診察・治療を職業とする人・その総称
医者には、それぞれ診療科が専門として分かれている
医者の倫理や行為概念に違いはなくとも専門外の疾病には対応は出来ない
医者を創るとは、正に、「疾病を治せる人」を創ることである

「医者を創るとは、専門医を創ること」に他ならないのではないのかと思うのです。
必要なのは、医者の名前ではなく、疾病に対する専門性を有した●●(専門性名)科医であることに間違いはないと思うのです。
歯科医が、医者との括りのなかだけで、内科・外科手術を実施するなどは、命の危険があまりにも大きいことは自明の理です。
医者とは、呼称・総称だけのものであり、社会機能として求められるのも、専門医そのものであろうかと思います。

では、キャリアコンサルタントにおいてはどうなのでしょうか?

キャリアコンサルタント・キャリアカウンセラーetc. 呼び名はそれぞれ色々で良いなどと公然と自らの職業(資格)のアイデンティティを 放棄するような嘯きのなかで、専門性に対する視点に目を塞いではいないのでしょうか?
命を預かる医療の現場では当たり前な状況が、キャリアコンサルタントの現場ではどうなのでしょうか?
果たしてこの状況は、クライエントにとって、社会にとって、キャリアコンサルタント自身にとって正しい状況なのでしょうか?

 医者=キャリアコンサルタント・・呼称・総称
 ●●科医=●●キャリアコンサルタント・・社会ニーズ
 ●●専門性

キャリアコンサルタントの専門性とは、女性・若年者・中高齢者といった性別や年齢で括られるモノもあるでしょうし、 両立・未就労・再就職・キャリア開発等の諸状況に応じた括りもあるでしょう。 または、公的支援機関・民間支援機関・企業等々の活動先の機能による括りもあるかと思います。

「医療とキャリアコンサルティングを同列にしての例えは適正ではない」
「キャリアコンサルタントは、患者の自然治癒力を信じ、その促進を行う者であり、治療そのものは行わない者」との言も聞こえてきそうですが、 ただの相談受け者・治療者(専門性を持った問題解決者)のどちらを社会は必要としているのでしょうか(クライエントの主体権限を否定する意味ではない)

「社会の求めに応じてあるべき姿を創る事が必要なのではないのか」と私自身は愚考を抱きます。

例え治療者でなくてもなぜ各ステークホルダーは、「専門性」の教育・育成活動に向かわないのでしょうか。
学問としての否定は一切ありませんが、心理の方向に解を求めて向かうのみなら、臨床心理士の方向性のひとつに「キャリア」の専門性を付加する方が クライエント・社会にとって最善なのではないのかと思うのです(社会状況に対する危急の対応は難しいであろうとは思うが)


まどろみの中で寝汗を掻きながら、「なぜ」と寝言を呟いていたようです。


■■□キャリアコンサルタントの責任

「責任が伴わぬ仕事などない」

医者が診察・治療の誤りで患者の生命を脅かした時、当然のことながら「責任」を求められます。
キャリアコンサルタントの場合はどうなのでしょうか?
キャリアコンサルタントの「責任」とは一体何になるのでしょうか?

辞書によれば「責任」とは、

「人が引き受けてなすべき任務」
「自分が関与した不都合な事態を解決するために他人から求められる行動をとらなければならない状態」となっています。

当たり前過ぎますが、職業倫理と契約に反した行為を行った場合に責任を求められることになります。
倫理違反とは、医者/キャリアコンサルタントとして求められるものであり、 契約行為違反とは、専門性の発揮のなかで、契約違反(不履行行為を含む)があった時に問われるものでしょう。

専門性が必要だということは、自己責任を明確にすることでもあり、権利と義務を明らかにすることに通ずるものだと思います。
つまりは、「キャリアコンサルタントとは、何が出来る人なのか」を明確にすることであり、 ここが社会・クライエントに認められぬ限りにおいては、業界形成など望む術もないはずかと思い至ります。

私は、医者(キャリアコンサルタント)ですでは、何の意味もなさず。
私は、●●を治し・解決する事の出来る者です。のみが重要なはずです。

この点で考えるならば、「何が出来る人なのか」との専門性を問われるのであろう技能検定1級の結果状況によって、 はじめて業界形成を語れるタイミングになるのだといえるのでしょうか・・・

明確な事実確認を行った訳ではないことを先に記しますが、聞き及ぶところによれば、
キャリアコンサルティングに関わる保険があるとのこと また、実際にクライエントからキャリアコンサルタントが訴えられた実例があるとのこと
あくまでもこれが事実とするならば、関係当事者であるステークホルダーは、これらの内容について積極的なディスクローズを行う必要があるのではないでしょうか。
係争中であればある意味致し方なくも、司法判断のなかで責任所在が明確になることは、今後のキャリアコンサルタントの歩みにとって 重要な意味を持つことになると思うのは間違いなのでしょうか。

責任・・・何が出来る人(契約内容)かを明らかにすること。

キャリアコンサルタントとは、「何が出来る・どんな責任を担った者」だといえるのでしょうか。
専門性を突き詰めぬ中で、果たして「責任」の内容を明らかにすることは出来るのでしょうか。
これが明確になって初めて、キャリアコンサルタントが職業として社会認知を得られる状況を迎えられるのではないかと、更に愚考を繰り返しています。


風の音は、汗を拭うように吹き抜け、犬と遊ぶ子供の声は子守唄のようでもあり、身体の芯が溶け出してしまうくらいの脱力感にまどろみは眠りへと堕ちていきました。


■■□キャリアコンサルタントへの徒然

木陰とはいえ夏の陽射しの暑さか、眠りのなかで知恵熱が出たのか、宿題の心配か、妙に寝苦しさを感じながらも夢に彷徨い続けていました。

数日後の今月末には、衆議院総選挙が行われます。
どのような政権になるのか分かりませんが、どの政党が政府機能を担うとしても、 雇用・労働問題の解決(改善)は、重要な危急案件であることは間違いないことかと思います。

各党のマニフェストを見比べるに於いて、重要施策として「雇用対策」は記載されるも、その解決策として、 一部の政党の政策集にのみキャリアコンサルタントの文字を見ることが出来るだけの現状は、先述のマスコミの報道状況に似てもいます。

政府が2010年に向けたロストジェネレーション(若者雇用支援)対策による、ハローワークの専門相談員制度 (職業探しから就職後の相談など職場に定着するまでの支援を一貫して行う担当者制)の導入へ向けた記事においても、キャリアコンサルタントの文字は見当たらず、 ジョブカード関連記事には「就職相談の専門家・・・」、さらに来年度予算には「専門家を養成する予算を盛り込み・・・」・・・etc.

キャリアコンサルタント自身が置き去りにされ不在のまま、社会状況の変化だけが激しく過ぎ去っていくような現実を感じ、一抹の不安を隠せない自分がいます。
己が身を寄せる業界がこんな状況で「本当にこれで良いのか」と苛立ちも、焦りも、憤りさえも感じるのです。

キャリアコンサルタントとは、どんな社会機能を担う者と期待され生まれたものなのでしょうか。
少なくとも雇用状況の改善のために生まれた資格なのだとの解釈に間違いはないかと思っています。

が、種々の現状・経緯を見る限りにおいて私の拙すぎる頭と経験では、 「どこが・誰が」本気でキャリアコンサルタントの社会機能化を推進し、活動しているのか残念ながら全く分かりません。 不勉強ながら少なくとも私が知り得る限りのステークホルダーにおいては、微塵もその意を感ずるところはありません。


「本物はどこに居るのか」・・・夢の中では愛する者の手を握り締めることも実感が伴わずに叶いませんでした。

「キャリアコンサルタントにおいては、業務独占資格としての位置付けにあることは相応しくない」と諮問機関の検討内容の公文書がありますが、 果たして本当にそうなのでしょうか?
簡単に流されてしまったこの判断が業界形成(社会機能としてのプラス効果)にマイナスに作用しているのではないでしょうか。
FP(ファイナンシャルプランナー)が、金融(銀行)業界に資格活用の市民権を得たようにキャリアコンサルタントに於いて、同様のあり方は検討できないのでしょうか。
キャリアコンサルタントが一番多く活躍しているであろう、公的支援組織(ハローワーク・ジョブカフェ等)において、遅々として進まぬ改革内容にしても然り、 ジョブカード関連事項にしても然り、政治・行政機関やマスコミ等々に対して、業界としての明確な意思・存在の発信をその立場に基づいてステークホルダーに期待するのは、 過剰期待なのでしょうか。
キャリアコンサルティングのキャリアコンサルタントの将来のビジョンは、各々が描くだけのものなのでしょうか。
本当にこの現状がキャリアコンサルタントにとって正しい姿なのでしょうか。


業界形成など、お為ごかしな綺麗事などでは出来ない。
当事者意識に裏打ちされた命懸けの本気。
直向きに汗を掻いている人・組織・熱意・行動。
信じるものは、もうそれだけでいいのだろう。
砂を噛むような思いの中でも真実を見極める目を無くしてはならない。

期待を忘れてはいけない、委ね過ぎてもいけない。
笑顔を忘れてはいけない、歩みを止めてもいけない。
己自身が当事者であることを忘れてはいけない。
現実を見つめ理想を追い求めなくてはいけない。

 CHANGE!・・・Barack Obama が叫んだ。
 これでいいのだ!・・・赤塚不二夫 が呟く。

驕らず・拘らず・足枷を嵌めずに一歩を踏み出すのみ。

GO FOR IT !



繰り返しになりますが・・・業界形成など、誰も求めることも無いし、キャリア形成支援事業者ゆえの独り善がりな視点・要望そのものなのでしょうか。
己が「社会に必要なもの」と信じて止まぬ「キャリアコンサルティング」の具現のためには、キャリア形成支援事業者としてではなく、 どこかの企業・事業組織に勤務を行い、目の前のひとつづつの成功事例を導くために全身全霊を傾け注力した方が良いのだろうかと思うようにもなりました。
「いや違う」と首を横に振るも、果たしてどうなのだろうとかと自問自答の繰り返し。

例え、四面楚歌でも上下はまだ開いているさ「至らぬは、己の力」と呟きながら・・・


選挙の応援カーが公園脇に停まり、大きな声で街頭演説が開始されたため、ベンチのうたた寝は終わりとなりました。
淡い赤と白い花を咲かせている百日紅の木肌にしがみ付き、過ぎ去る夏にありったけの命をぶつけ続けるような蝉の鳴き音が遠くに聞こえました。
宿題・・・否・・・仕事に戻ろうと見上げた空は、既に秋の日暮れの時を刻んでいるようでした。


夢は現か幻か・・・笑顔の行方を追いかけて

09.暮れる夏夢より



注)あくまでも夢の中のお話しです・・・




career wing
仕事を通じて、“自分「らしさ」の実現”を追求する、キャリア形成支援のトータル・ソリューション・サービス
ヨシダの徒然 < 編集後記>

キャリアコンサルタント*ラボラトリー* 
関東オフ会(カードソート勉強会)の実施

9月5日(土)16:00より、カードソートに関する勉強会をキャリアウィング横浜オフィスにて実施します。

※同勉強会の終了後、懇親会に突入(懇親会のみも歓迎!?)

同日は、若干名の空席になってしまいましたが、継続して実施しようとの話しも持ち上がっており、 ご希望者の方がいらっしゃれば、別途ご案内を実施しますので、お気軽にお問い合わせ下さい。

※各所属団体に対する、継続学習用の証明書の発行は、キャリアウィング名で発行実施します。

キャリアコンサルタント*ラボラトリー*の概要はこちらへ!
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季節の変わり目を迎えますので、ぜひともご自愛下さい。



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Career wing  tadashi yoshida


特定非営利活動法人 キャリア・コンサルティング協議会 会員
特定非営利活動法人 日本キャリア開発協会(JCDA)所属

厚生労働省指定キャリア・コンサルタント能力評価試験合格
キャリアカウンセラー

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