キャリアカウンセリング/キャリアコンサルティングの社会認知の程度は如何程のものなのか。

20代の中盤〜40代前半位までのビジネスのコアエイジともいえる年齢層に対しては、組織内の「キャリア開発」とのキーワードがあるにしても、キャリアカウンセラーとの実際の接点を生む、関係・機会がないため、必然的にまだまだその認知は低いと感じる。

逆にキャリアカウンセリングやキャリアカウンセラーとの接点が満たされてるかと思うところは、大学を主とした教育現場においてである。

キャリア形成支援事業者として、就職活動支援等を通じて学生諸子とお話しをする機会があるが、最近の特徴として、「キャリアカウンセリングへの依存傾向による弊害が生まれ始めているのではないか」と感じる時がある。

 


学生諸子へ「自分らしさ」に向かうエールとして

 

自己分析・適性適職診断・キャリアデザイン・自己の振り返り・・・
キャリアカウンセリングを通じた、クライエントにとっての到達課題とは何なのか。
キャリア形成支援の目的とは、一体何なのか。

自己の内省を深め、自分らしい人生を歩めるようにすること

概念としては、確かに間違いのないことだと思っている。
しかし、一番重要な事は「行動できる」ようになることに尽きると思う。


比喩的ではあるが、

  キャリアカウンセリングなど無かったその昔、
    多くの人達は、自分らしい人生を過ごすことは出来なかったのか。

    高度成長期に働き蜂と言われて仕事尽くめであった人生は、
       自分らしい人生ではなかったのか。

   自分のために家族のために昼夜働きづめだった両親は、
       老いた今、自分らしい人生ではなかったのか。


多くの先輩諸氏は、激動の社会を必死に生き抜き、結果として自分らしさを全うし続けたのではないのかと思う自分がいる。
学生諸子には、自分探しのために費やす時間も大切にして欲しいと思うのだが、生身の「生」を学び・感じることの方が必要なのではないかと思う時が間々ある。


ガード下の赤提灯で、ネクタイ緩めたほろ酔い気味のサラリーマンにも、
昼下がりの公園のベンチでパンと牛乳の昼食を済ます人にも、
その人、唯一の人生がある。
何かに比較し他人が云々言うこと等に微塵も意味などない。
社会のなかで、自分自身がどう感じ、どう生きるかだけなのだ。
生きることの現実には、苦労も努力も涙も笑顔も溢れている。
必死に生きる現実の様には、匂い立つような力の漲りを感じる。
自分らしさとは、他人の評価で決まるものではないのだ。


人生とは行動と判断の連続であるはずである。
導いた判断を結果として正しかったと言えるように歩み続けるものである。
結して、自分探しの結果を逃げ道にして欲しくない。
先ずは、行動を起こし一歩を踏み出すことの中から、熱意と気概を持って自分らしさを切り開くことをも見つめて欲しいと思う。

若さゆえの拙さがあってもいい。
知らぬがゆえの恥があってもいい。

自分に足りぬものを凌駕するだけの突き抜けた熱意と、気概を持った我武者羅な行動力を備えて欲しいと心から思う。行動の先に、積み重ねた歩みにこそ自分らしさは訪れ、切り開かれていくものなのだと信じて止まない。


聡明な学生諸子であらば、社会が迎えた「不確実性」のなかで描く、自己キャリア形成の意味が理解できると思う。
行動以前の差異の少ないマッチングバランスに捕われるのではなく、行動を以って自己キャリアを切り開き・創り上げることが重要なのだと理解することが出来ると思う。
はじめの成功が、終わりの成功に繋がらない可能性が大きい時代なのだ。


自らが自らのキャリアを築いていくためには、判断と行動の繰り返しでしか達成のしようがないのだ。行動するために悩むこと事体は結して悪いことではないはずである。
悩みに捕われて「行動」に移せないことが誤りなのだと思う。

自己分析も適性適職診断も「行動」のためになければならないものであろう。
これらが行動判断の確実性を求めるための手段として利用することには大賛成だが、これに捕われ、胸の内に湧き上がる熱意を信じることなく、行動にブレーキを掛けてしまうような扱い方は確実に間違いである。


何等かの診断結果が出たその時の自分は、永遠の自分ではないことを知り、変わる自分・変われる自分・切り開けることの出来る自分を信じ、時に自分自身を過信するほどの情熱と思いと、それを遂げるための行動を大切にして欲しいと思う。
キャリアは、自らが切り開いて創り上げるもの」だと、そのことをもう一度、深く肝に銘じて欲しいと思う。

 


キャリアカウンセリング/キャリアカウンセラーは、行動に向かう納得出来る判断を導くためのひとつの手段としてあるのだと、「人生の主役は自分自身でしかない」と敢えて伝えたい。

 


キャリアカウンセラーたる自分自身への課題として

キャリアカウンセリングとは、クライエントのある瞬間々の切っ掛け作りにのみに機能を果たす「対処療法的」なものなのかも知れない。
キャリア教育においては、生涯において何度も訪れるであろう歩みへの壁を感じた時に、自分で乗り越えられるだけの何かを与え・学べることが出来る「根治療法的」なものなのかも知れない。

キャリアカウンセリングが、より見誤りの少ない判断を導くためのものであることは然りであるが、「クライエント自身が自発的に行動に向かえるようにすること」に、キャリアカウンセリングの主軸をもっと々置くべきなのだろうと改めて思うに至る。
何をしても、クライエントの行動への切っ掛けに繋がらなければならないと思う。


時代の変化と嘯くのは簡単なこと。
学生諸子とのやり取りのなかで感じた、依存傾向を呼び起こしてしまっている本末転倒なキャリア形成支援の弊害の足音。

奢ることなく、人として・キャリアカウンセラーとしての自分のスタンスからもう一度見つめ直そうと思う。

 


「行動のための支援」

 

全てはこれに尽きることをもう一度見つめ直す必要があると自分に問い掛けてみた。

 

 


Career wing    tadashi yoshida
特定非営利活動法人 日本キャリア開発協会(JCDA)所属
厚生労働省指定キャリア・コンサルタント能力評価試験合格 キャリア・カウンセラー