黒田裕樹の歴史講座・メルマガ編

黒田裕樹の歴史講座・メルマガ編 Vol.044 大正政変


カテゴリー: 2017年02月08日
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    黒田裕樹の歴史講座・メルマガ編
      Vol.044  H29.02.08

        http://rocky96.blog10.fc2.com/

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こんにちは!黒田裕樹です。
通史でたどる歴史講座、今回からいよいよ「大正編」に突入します。今
回は「大正政変」。一般的には肯定的にとらえられることの多い「第一
次護憲運動」ですが、その真実はどうだったのでしょうか?

(※文章中の「◎」は、教科書において太字などで強調された重要語句
です。文末にもまとめて掲載しています)

「大正政変」
http://rocky96.blog10.fc2.com/blog-category-516.html

明治時代最後の内閣となった第二次西園寺公望(さいおんじきんもち)
内閣でしたが、当時の我が国は、日露戦争がもたらした財政赤字によっ
て、緊縮財政を余儀(よぎ)なくされていました。しかし、明治43(
1910)年に大韓帝国(だいかんていこく)を我が国が併合したこと
で、朝鮮半島の安全保障を本国並みの基準に引き上げる必要もありまし
た。

このため、大正元(1912)年11月に、陸軍は朝鮮半島への駐留を
目的として、二個師団の増設を要求しましたが、第二次西園寺内閣が財
政難を理由に閣議で拒否したため、これに怒った陸軍大臣の上原勇作(
うえはらゆうさく)が、同年12月に大正天皇に対して、内閣に相談な
く単独で辞表を提出しました。これを帷幄上奏権(いあくじょうそうけ
ん)といいます。

上原陸相の辞任後、陸軍は後任の陸軍大臣を推薦(すいせん)しなかっ
たため、第二次西園寺内閣は総辞職せざるを得ませんでした。なぜなら
、明治33(1900)年に第二次山県有朋(やまがたありとも)内閣
が軍部大臣現役武官制を定めており、現役の大将や中将(ちゅうじょう
)以外は陸・海軍大臣になれなかったからです。

軍部大臣現役武官制は、制定当時に勢いを増していた政党の軍部への影
響力を抑えるためのものでしたが、軍部がまるで陸相を人質にとったよ
うな手法や、内閣や議会を軽視した帷幄上奏権の利用が問題となりまし
た。

第二次西園寺内閣が総辞職した後、元老(げんろう)の推薦によって桂
太郎(かつらたろう)が三回目の内閣を組織することになりましたが、
当時の桂は内大臣兼侍従長(じじゅうちょう)になったばかりであり、
これは、明治18(1885)年に内閣制度が成立した際に、宮内省(
くないしょう)が内閣の外に置かれたことによる、「宮中(きゅうちゅ
う)府中の別(=宮廷と行政府との区別)」を乱すものでした。

また、陸軍と同じように拡充計画を延期させられていた海軍では、大臣
の斎藤実(さいとうまこと)が留任を拒絶していましたが、桂は大正天
皇の詔書(しょうしょ、天皇の命令を伝える公文書のこと)によって強
引に留任させました。

内閣の成立に際して天皇の詔勅(しょうちょく、天皇の意思を表示する
文書の総称のこと)を利用したことは、議会の存在を軽視しただけでな
く、大日本帝国憲法第3条における天皇の神聖不可侵(しんせいふかし
ん)、すなわち天皇に政治的責任を負わせないという精神にも反するも
のであったことから、第三次桂内閣に対する非難の声が成立直後から高
くなりました。

こうした流れを受けて、立憲政友会(りっけんせいゆうかい)の◎尾崎
行雄(おざきゆきお)や立憲国民党(りっけんこくみんとう)の◎犬養
毅(いぬかいつよし)らを中心に、実業家や都市の一般民衆も加わって
、「閥族政治打破(ばつぞくせいじだは)・憲政擁護(けんせいようご
)」をスローガンとする運動が全国に広がりました。これを◎第一次護
憲(ごけん)運動といいます。

第一次護憲運動の拡大を恐れた第三次桂内閣は、国会を一時停会とし、
自らが党首となった新党を立ち上げて対抗しようとしましたが、大正2
(1913)年2月に立憲政友会と立憲国民党が合同で内閣不信任案を
提出すると、立憲政友会の尾崎行雄が桂を激しく非難する演説を行いま
した。

追いつめられた桂は再び議会を停会したほか、大正天皇の詔勅によって
事態を打開しようとしましたが、そんな桂の態度に激怒した国民の一部
が暴徒と化し、東京や大阪で政府と関係の深い新聞社が襲われたり、国
会を取り囲んだりする騒ぎが起きました。

こうした事態を受けて、一時は衆議院を解散して総選挙に持ち込もうと
考えた桂もついに内閣総辞職を決断しましたが、それは組閣からわずか
53日後のことでした。なお、これら一連の動きは、今日では◎大正政
変(せいへん)と呼ばれています。

第三次桂内閣の崩壊(ほうかい)後には、立憲政友会を与党として、薩
摩出身の海軍大将の山本権兵衛(やまもとごんべえ)が第一次山本内閣
を組織しました。山本は軍部大臣現役武官制を改正して、現役を引退し
た予備役(よびえき)や後備役(こうびえき)も、軍の意向とは無関係
に首相が陸・海軍大臣に就任できるようにした(ただし、実際に選任さ
れた例はありませんでした)ほか、文官任用令を改正して、政党員が上
級官吏(かんり)に任用される道を開くなど、政党の影響力を拡大しよ
うとしました。

ところで、第一次護憲運動から大正政変までの流れは、「権力を持たな
い国民による運動で内閣を倒した歴史的な大事業」とされ、またいわゆ
る「大正デモクラシー」の幕開けとして高く評価されることが多いです
が、その実情は果たしてどのようなものだったのでしょうか。

大正政変によって、第三次桂内閣が崩壊したのは間違いない事実ですが
、その後に組閣された第一次山本内閣の首相である山本権兵衛は、薩摩
出身のいわゆる「藩閥(はんばつ)の雄」ですから、政党内閣が誕生し
たとは言えません。

それなのに、第一次山本内閣の誕生後には、スローガンであった「閥族
政治打破・憲政擁護」の声がほとんど聞かれなくなり、第一次護憲運動
の熱が一気に冷めてしまったのです。

その理由は、上記のスローガンを一番熱心に叫んでいたはずの立憲政友
会が、倒閣によって与党となり、多数の閣僚(かくりょう)ポストを得
るなど大きな利権を得たからでした。こうした政友会の姿勢には、立憲
国民党や一般国民、あるいは政友会内部からも大きな反発の声が挙がり
、尾崎行雄が政友会を離党(りとう)するなどの混乱が続きました。

大正政変が起きた当時は、大日本帝国憲法が制定されてから25年近く
の歳月が流れていましたが、政変前後における立憲政友会の動きは、我
が国における政党政治の未熟さを浮き彫(ぼ)りにしていました。そし
て、第一次護憲運動によって誕生した第一次山本内閣も、この後に思わ
ぬ方向から崩壊の危機を迎えることになってしまうのです。

大正3(1914)年1月、外国製の軍艦や兵器の輸入をめぐって、ド
イツの有力メーカーであったジーメンスが、我が国の海軍高官に多額の
賄賂(わいろ)を贈ったことが新聞各紙によって発覚し、これを好機と
見た野党の立憲同志会(りっけんどうしかい)が、国会で第一次山本内
閣を厳しく非難しました。なお、立憲同志会は、桂太郎が第三次内閣の
頃に組織した新党が母体となっています。

その後も数々の不正が発覚して、大きな汚職事件に発展したことで、海
軍大将でもあった山本権兵衛首相は、責任を取って同年3月に辞任しま
した。これを◎ジーメンス事件(または「シーメンス事件」)といいま
す。

第一次山本内閣の総辞職を受けて、長州閥(ちょうしゅうばつ)の元老
や陸軍関係者らは、言論界や国民から人気があり、また自由党の流れを
くむ立憲政友会とは長年の宿敵でもあった大隈重信(おおくましげのぶ
)を首相として迎え、立憲同志会などを与党とした第二次大隈内閣を誕
生させました。

第二次大隈内閣は、翌大正4(1915)年の総選挙で立憲政友会に圧
勝し、かねてよりの懸案であった陸軍の二個師団増設案も議会通過にこ
ぎつけることができましたが、ジーメンス事件の際に見せた「相手方の
弱みや失敗に付け込む」姿勢は、大正政変における立憲政友会と同じよ
うに、当時の政党政治に潜(ひそ)んでいた、「党益を最優先し、その
ためには国益を軽視した政争をも辞さない」という危うさを感じさせる
ものでもありました。

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  今回の重要語句(教科書において太字などで強調されたもの)

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◎尾崎行雄
◎犬養毅
◎第一次護憲運動
◎大正政変
◎ジーメンス事件(シーメンス事件)

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  最後までお読みいただき、有難うございました。
  次回(Vol.045)は2月15日に発行します。
  「第一次世界大戦と日本」

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